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36話 異世界side 「しっかりしろよ」

 国中の学者を総動員して、文献を漁り悪魔将についてを調べ尽くさせ。

 何百何千の兵士と武具と食料品を用意し。

 果ては魔族との全面戦争まで想定して、白沙の国と秘密裏に何度も会合を行い。


 勇者には内緒で、色々と下準備していたそうだ。


 結局はバーサーク化した勇者がねじ伏せてしまったが。

 大山鳴動、という古い言葉がエンレゥの頭によぎった。

 あまりにも呆気ない終了である。


 指揮官が消え、右往左往する魔物達の処理はごく短期間で終わった。

 周辺の死体を掃除し、同行していた金鉱の監理官に伝える。


 近くに避難していた、一部の炭鉱員が戻ってくる。

 優汰に感謝の言葉を述べ、勇者の前でいいところを見せようと、張り切って早速仕事を始める者もいた。


「……」


 エンレゥはそんな一部始終を座って眺めていた。

 ダルくて何もする気力がない。


 違った。むしろ怒り心頭だ。

 だがその怒りは彼自身のふがいなさに向けられたものだ。


「(クソったれが)」


 なんだあの醜態は。

 今まで何十匹と狩ってきた相手だ。<悪霊魔>は確かに厄介だが対抗する手段はあった。

 咄嗟に対応することが出来なかっただけだ。


 地面を殴る。こんな程度で彼の心境は落ち着かない。


 ルリララが横に座る。近付いていたのを直前まで気付かなかった。


「優汰は強いだろう」

「別に」


 エンレゥは苛立ち気だ。

 ふぅんと、ルリララは頷いた。


「(コイツもこんな表情するのな)」


 短気なエンレゥだが打ちのめされて怒る彼を見るのは珍しかった。

 こんな表情を見たのは、子供の頃以来ではなかろうか。そんな風に彼女は過去を振り返る。


「さすがに素手で<悪霊魔>をひねり潰したのには引いたけど」


 肉体そのものに、魔力を内包しているのではないか。とルリララは予想。

 簡単な魔法なら習得するかもしれない。

 ヴァイスに指導させてみるか、等と今後の訓練について考える。


「まあなんだ、納得したか?」

「……何がだ」

「優太がただ護られるだけの存在じゃないってのは理解したか?」

「うっせーよ」


 そう言って、猫のように身体を丸めて小さくなる。

 ああこりゃ拗ねてるなとルリララは察した。

 まるで図体だけがでかい子供だ。


「しっかりしろよ」


 ルリララは彼の頭を撫でる。

 バーサーク化は今のところ、せいぜい3分までが限度。連続使用はできない。1日一回までが限度だ。


 優汰の才能が開花していけば、もっと強くなるかもしれない。

 だが現時点では総合的に見て、エンレゥこそが一番の戦力でもある。

 それは当分の間、揺らぐことは無い。






 全ては終了した。

 あとは城に戻るだけだ。


 昨日と同じく交代ローテーションでの見張り。

 見張りに優汰も加わることになったが、エンレゥは特に文句を言うことも無かった。

 力を認めたのかは不明である。


 月は沈んで周囲は真っ暗だ。

 次の見張り番であるルリララを呼びにヴァイスは、手にびっくり箱を持って馬車へと戻っていった。

 彼と二人で見張っていた優汰は、ようやくウザい喋りから解放されたと一息ついた。


 不意にのそりと影が動いた。


「おい」


 エンレゥの声だ。

 気を抜いたことを責められるかと面倒臭がる優汰。しかし様子が少し違った。


「優汰、話がある」


 何だ、と返事をする前にエンレゥは捲し立てる。


「お前、ルリララとえらく仲良いな」

「仲良いってか、まあ仲間だし」

「ルリララのこと、名前で呼んでたろ」


 目が据わっている。エンレゥは話を聞かず、一方的に詰問した。


 優汰は知らないことだが、牙猫族にとって、名前で呼ぶということには特別な意味を持つ。


 亜人の中でも牙猫族は特に強い種族である。それゆえ彼らの中には排他的な考えを持つ者が多い。

 他種族に対しては『お前』や『アンタ』などの代名詞、もしくは肩書きなどで呼ぶのが普通だ。


 逆に身内に対しては、むしろ積極的に名前で呼ぼうとする。

 彼らにとって名前呼びとは、敬意であるとか親愛、更には恋愛感情といったものを表すのだ。


「いっとくが、ルリララは俺の女だ」


 優汰がルリララを名前呼びし、彼女もまた彼を名前呼びする。

 エンレゥはどうしてもそれが許せなかったようだ。


「手ェ出したら勇者つっても容赦しねえからな」


 凶悪な顔で睨みつける。

 元々不良のような輩に耐性がある優太はそれを軽く流し。

 それよりどうしてエンレゥはここまで怒っているのかしばし考える。


 ああ成程と結論に至った。


「好きな女の子を危険にさらしたくないのは解かるけど」


 平然とそう言い放った。


「好きなッて、ちょおま」


 エンレゥの顔が茹でダコのように真っ赤になる。


「? お前ってルリララのことが好きなんじゃないのか」

「バァ、何言ってんだなんで、んな訳ねーだろぉバカ!」


 エンレゥの文法がやや支離滅裂だ。


「っ、そうだよ好きだよルリララが! アイツは俺の女だ、なんか文句あんのかよ!」

「いや、文句なんか全然ないけど」


 キョトンとした表情。

 優汰は莉子が好きなことを隠していない。

 だからどうしてエンレゥが動揺しているのかが解からないのだ。


 そういう意味では、優汰とエンレゥは正反対と言えた。


「とにかく!」


 大声でエンレゥは怒鳴る。魔物とかに気付かれないかと優汰は冷や冷やだ。


「ルリララは俺の女だ! 変な気とか起こすんじゃねーぞ!」


 最後は捨て台詞のように怒鳴って、エンレゥは馬車の中へと入っていく。

 慌てているせいか段差に躓きかけていた。


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