32話 異世界side 「考えたことあるか?」
東の最果てが、徐々に明るみを呼び寄せている。
太陽が昇り始めてくる直前、見張りをするのは後もう少しだけ。そんな油断しがちな時間帯だ。
無論ルリララは気を抜いたりなどしない。彼女は最後まで、見張りの役目をきっちりこなす。
尖った骨を握りしめ、ネコミミをピンと立て周囲への警戒は怠らない。ヴァイスのような索敵魔法は使えずとも、同等の働きは出来る。
昨晩掘った縦穴には、計34匹の死体が転がっている。内訳はヴァイスが13体、エンレゥが15体、残りがルリララ。
つい数十分前に襲ってきた<石魔>に対しても、彼女はきっちり仕事を果たした。
突進をかわしつつ腕を掴み、もう一体にぶつけ、まとめて殴り砕く。首をねじ切って、踏み潰してやれば脳味噌が盛大にはじけ飛ぶ。
見張りとして、また牙猫族の戦士としてルリララは完璧に近い対応をしていた。しかし納得いかない表情を、彼女は隠していない。
理由は幾つかある。まず慣れない鎧姿のせいで、思うように動けないこと。
本来彼女はパワー不足を、スピードと瞬発力で補う戦闘スタイル。エンレゥに押し付けられた厚手の鎧は、彼女にデメリットしか付与しなかった。
もう一つ、こちらはエンレゥと関係ない。どちらかというと数年来の悩み。
手首の関節を鳴らし、血が滲んでいるのを舐める。彼女の甲はやや赤く腫れていた。
魔物の内でも下位である<石魔>だが、実はルリララにとって相性は悪い。彼女は<石魔>など、硬い魔物を苦手としている。
理由は単純、攻撃が通りにくいから。
尖った骨は脆過ぎて折れてしまう。かといって素手だと、自身もダメージを受けてしまう。
この程度の傷ならすぐに自然治癒するものの、連戦は出来ない。
ルリララには、刀剣の才能は無い。槍も使えず、弓矢もろくに扱えない。唯一彼女が、他より優れていたのは身体能力だけだった。
戦闘を生業とする牙猫族にとって、武器が使えないことは致命的であった。
素手による格闘、脆くてリーチの短い尖った骨。それらは好きで選んだ訳ではない。
不器用ゆえに、それ以外の武器を使いこなすことが出来なかったからだ。
はぁ。
声にならない溜め息を吐く。
栄養補給で、干し肉を食い千切る。
苛立ちという程でもないが、やはり不機嫌さは隠せていない。
理由はエンレゥ。
彼の傲岸不遜な態度のせいで今日、どうも場の空気が悪くなっている。
せめてもう少し周りに合わせてくれれば、などと願わずにいられない。
「(昔はああじゃなかったんだがな)」
失敗して落ち込んだとき、励ましてくれた。一緒に喜んで、悲しんでくれた。兄のように慕っていた時期もあった。
昔はもう少し、落ち着いた性格だったとルリララは思う。
あんな性格になったのは、ここ4,5年ほど。
暴力的で言葉が汚くなり、平行するように人相も悪くなっていった。優汰と莉子が勇者召喚されてから更に悪化した。
勇者パーティに選ばれなかったのが、そんなに屈辱的だったのだろうか。
背後に気配。
「もうひと眠りしとけ優汰」
馬車からの無警戒な気配に、振り向かずに言い放った。
「出発はもう少し先だ」
「いや、なんか目が冴えちまって」
そう言って優汰は丸太に座りこんだ。
慣れない長旅に気疲れしているのだろうと推測する。干し肉を投げてよこした。
「座るか?」
「いやいい。すぐに終わるから」
すぐに終わると言いながら、言い淀む。
優汰は単刀直入な物言いをするが、喋り始めるまでが長い。もうそれは彼の個性だ。
ルリララは待つ。その間も警戒は怠らない。
「その、ルガヴィのことなんだが」
ああ、やはりそれか。
というか他に話題も無いだろうと彼女は踏んでいた。
「エンレゥって呼んどけ。パーティ内で別々の呼び方してるとややこしい」
「そうか。ところでルガヴィってのは、彼の名字なのか?」
って言動じゃなくてソコかよ。思わずズッこけそうになる。
「ルガヴィってのは称号だ。牙猫族で、最強の戦士にはルガヴィの称号が与えられるんだ」
ルリララは簡潔に説明してやった。これで寝るだろうと思っていたら、優汰はまだ馬車に戻ろうとしない。
「? まだ何か聞きたいのか」
「なあ、エンレゥが言ってた泣き虫って」
ルリララって昔そうだったのか? などと無邪気に聞いてくる。
「おい……ったく」
不機嫌そうな表情を返した。その話題に触れるのか、的な表情。
「アタシは昔、弱かったんだよ」
「ルリララが?」
素っ頓狂な声、そこまで驚くことかよ。
「その頃は泣いてばっかでな」
当時ルリララは、同年代の男児から苛めを受けていた。
後から思い返せばそれは、女のくせに生意気といった類の、嫉妬のようなものだったのかもしれない。
「んで、鍛えたんだ」
よく助けてくれたエンレゥに迷惑を掛けないように、彼女は必死になって強くなった。
苛めてきた連中を、逆にボコボコにしてやれるくらいには。いつの間にか彼女は、牙猫族NO2の強さに成っていた。
「なんか、ルリララのこと知れて良かった」
そう言って優汰は、ルリララの顔を見る。
昔から強かった訳じゃなかった。苦労してきたのだな、と。
ふと彼女の幼少期を想像し、表情が柔らかくなる。
そんな優汰を、ルリララは怪訝な表情で見つめた。
「意識してんじゃねえよ」
「?」
「そういう異性を見るような表情を止めろ」
キョトンという表情すらしない。そんな彼に呆れた。
「ったく莉子も大変だな。こんな朴念仁を好きになって」
「朴念仁って何だ、牙王語か?」
「あのな。意識してようがしてなかろうが、異性にそういう視線を向けることが問題なんだ」
「? 俺が好きなのは莉子だぞ」
「なら尚更だ。莉子はアタシの事を、友達だって言ってくれたんだ」
噛み合わない会話のせいでルリララの呆れが強くなる。
彼はここまで鈍感なのか、と。
「ダチの彼氏寝取るとか外道もいいとこだろ」
「俺は莉子が好きだし、なんでルリララと付き合うんだ?」
どうして恋愛関係になるとこの男は鈍感になる?
ルリララは心中で毒吐いた。莉子が他の男を眺めてたら、嫉妬とかするだろ!
2人の関係にヒビを入れたくないので黙ったが、彼女は内心イライラし始めていた。
「解かってるのか? 男が女をガン見するなんて普通は浮気だぞ。他の奴等にどう見られるか、考えたことあるか?」
彼は異性との、距離の取り方などを知らないようだ。
莉子以外の女性に興味がないのと、莉子が寛容だったこともあり今まで問題無かった。
だがいずれ表面化するかもしれない。このままでは莉子は苦労するだろう、そう思いルリララは更に色々忠告してやろうとする。
「おい、なんでルリララと二人きりなんだ勇者!」
極めて不機嫌そうな声。振り向かなくても解かる、エンレゥだ。
「こっち向けルリララ」
仕方なくルリララは振り向いた。
普段以上に、彼は怒気を撒き散らしていた。
「なんで怒ってんだ? それよりエンレゥ、お前の当番は終わっただろ。だから休息を」
「うっせえルリララ! それよかおい勇者」
ルリララの話を一方的に断ち切り、優汰を睨みつけた。
「ルリララに変な真似してねえだろうな」
「いや、ちょっと相談してただけだ」
「……チッ、おいルリララ、来い」
言い放って、一人で森の中に入っていった。ルリララはスマンと一言謝り、エンレゥの後を追っていった
1人取り残された優汰は、何故か傍にいたヴァイスと2人で見張りを続けることにした。




