27話 異世界side ヴァイスにはああ言ったが……
薬効成分のある、数種類の植物を混ぜ合わせて作ったルリララ特製の回復薬。
切り傷などの場合は、すり潰し患部に塗り込んでから包帯で巻くと治癒が早まる。また湯に溶かせば大体の病気への飲み薬にもなる。
日本の医薬品よりも遥かに性能が良いのだが、製作者のルリララはそれを自覚していなかった。
「(こんなもん、使う機会無きゃいいんだけどな)」
そう脳裏で愚痴りながら荷物に寄り掛かる。
兵士を除く人数分を用意したが、エンレゥには受け取って貰えなかった。
その分お前が持っとけお前は弱いんだから、つーか貧弱な装備をなんとかしろ。そう言われ厚手のブレストアーマーを渡されたのだった。
「ルリララ、水」
エンレゥは馬車に乗ってからもずっと機嫌が悪そう、というか悪い。長年一緒だった彼女には、彼の心境など手に取るようにわかる。
こういうときは何を言っても無駄だと知っているので、黙って水入りの竹筒を放り渡した。
エンレゥは黙って受け取り飲み干し、空になった竹筒をルリララに投げ返す。
「」
何か言おうとしたが、内容が思い付かず口を閉ざした。
そして再び場を支配し始める沈黙。馬車で移動を始めてから既に30分以上が経過したが、エンレゥはずっと黙りこくったまま。
ルリララと必要最低限の会話をするのみで、優汰とは目すら合わせようともしない。
「(マジでなんなんだよ、エンレゥ)」
――――協調性に欠ける奴ではある。ヒトは弱いと決めつけ、決して頼ろうとしない。
かつて勇者パーティ入りを突っぱねられたのも、苛立ちの1つかもしれない。
だが、それにしても限度がある。
エンレゥだって成人済みの大人だ、なのにあの態度はなんだ。
彼を連れてきたのは失敗だったかもしれない。
悪魔将から優汰を護り抜く自信が無かった。
だからルリララは彼にパーティ入りを乞うた。だがその判断は間違いだったかもしれない。
悪影響は既に出ている。優汰の様子がおかしいのだ。
面構えがいつもと違う。まるで悪人面のような、邪悪な雰囲気が滲み出ている。
莉子から聞いた『不良だった頃』の彼に逆戻りしているかのようだ。
異様なまでにギスギスした雰囲気が、馬車内に漂い始めてから約1時間。息が詰まりそうなプレッシャーが、重くのしかかり続ける。
「はろーはろールガたん。こうやって出会えたのも何かの縁だし、親睦を深めていこうよ」
唯一、そんな鬱屈した空気などものともせずに、ヴァイスはまた性懲りもなく話し掛けた。これで5度目だ。
「ねーねー」
無言。
「なんかルガたんって語呂悪い気がするなー、ちょうどいいニックネームってなんだろ」
「慣れ合う気はねえ。失せろ」
漸くの第一声がまたひどい。絡んできた方もアレではあったが、協調する気はゼロなのだろうか。
殺気剥き出しで睨み付け、牙を剥きだし、視線だけで人を殺しかねない。
さっさと失せろって無言のプレッシャーも、これで5度目だ。
渋々といった様子で、ヴァイスは引き下がる。
「しょうがないなあ。ねーユーたん向こうの世界だけど」
優汰のほうにすり寄っていった。
あのウザい魔法剣士の鬱陶しい性格が、今だけは妙にありがたかった。
恐らく彼がいなかったら、馬車内は今どころではない険悪な空気だったろう。
優汰もそれが解かっているのだろう、ヴァイスを邪険に扱わない。
なんにせよエンレゥの加入は、悪い要素しか増やしていない。
「(それでも)」
ルリララは心中で呟く。
「(それでも、お前は必要なんだよ、アタシの許嫁エンレゥ……)」
突如、馬車が急停止した。
なにごとかと、ルリララは猫耳をそばだてた。
どうやら魔物による襲撃らしい。兵士が上擦った声で叫んでいる。
エンレゥは魔物より恐怖に震えた兵士達を、それこそ掃き捨てるゴミクズのように眺める。
「オラどけ。お前ら雑兵は役立たねーんだから、魔物が来たら黙って端に失せろ」
ダルそうに立ち上がり、おびえる兵士を乱暴に押しのける。
ルリララの目にも、彼らが訓練を積んでいるようには映らなかった。
「んだよ<石魔>かよ。張り合いねえな」
格子窓から覗きこんだエンレゥは確認し、軽く舌打ちした。
たった数匹でヒトの村を壊滅させるほどの強さを持つ<石魔>数十匹を前にして、エンレゥは相手が弱すぎるとひどく落胆した。
「何やってんだルリララ」
「何ってアタシも出、っ痛!」
横に並ぼうとするルリララに軽く怒鳴りつけ、首根っこを掴んだ。
文句を言おうとする彼女を手で乱暴に突き飛ばす、ルリララは尻餅をついた。
「お前は弱ぇんだから。黙って見てりゃいいんだよ、泣き虫女」
渋々引き下がるルリララ。
弱いからではない。少なくとも周りの兵士よりはずっと強いと彼女は自負している。
だが彼女の得物は尖らせた骨。<石魔>は名の通り石のように硬い魔物。まず負けないだろうが、骨折り損になる可能性もある。
それにどうせ、エンレゥは言い出したら聞かない。
「……好きにしろよ」
投げやり口調なルリララに一瞥もせずエンレゥは、腰にぶら下げていた手甲鉤を装着した。
「っら!」
馬車から飛び出したエンレゥは、襲い掛かる<石魔>の群れに向かって、地面すれすれに手甲鉤をなぎ払った。
全ての<石魔>は死んだ。
「(って、マジかよ……)」
なぎ払う、その動作だけで戦闘は終わってしまった。
ほんの1秒足らずだった。
もしルリララだったら、1分近くは掛かっていた筈。
そりゃ引っ込んでろと言う訳だと、彼女は思った。
「ハン、雑魚が」
血と臓物の沼地と化した石畳を踏みならし、戻ってくる。呼吸一つ乱れていない。
「ルリララ、水」
「あ、ああ」
エンレゥに水筒を投げ渡す。
「(あいつ、こんなに強かったのか……)」
表情にはおくびにも出さなかったものの、プレートアーマーに包まれている背中には冷や汗が流れていた。
<石魔>ごときに少々やり過ぎな印象はあったが、おそらく優汰や自分に見せつける意味もあったのだろうと彼女は推測する。
「(ヴァイスにはああ言ったが……)」
エンレゥは強い。彼女は改めて認識した。
戦略もフォーメーションも関係ない、きわめて単純な力量差を感じた。
幾ら強いとはいえ亜人の基準であり、さすがに悪魔将とやりあうのは無理だろう。数分前までそう考えていた。
だが先ほどの<石魔>殲滅から、認識を改めるべきだとルリララは考え直した。
エンレゥは別格だ。もしかしたら、バーサーク化した優汰の腕力すら上回るかもしれない。
それだけ今の虐殺にはインパクトがあった。
そんなルリララの動揺を余所にして、また別問題が進行しつつあった。
「テメー邪魔してんじゃねえよ」
怒気を孕んだエンレゥの声と、応える涼しげな返事。
実はヴァイスもさりげなく飛び出していて、2匹を始末していたのだった。
「えーでもー、僕達ってば仲間なんだからさ」
助けるのは当然でしょ、と満面の笑みを浮かべる。
たとえ修羅場であろうとブレない姿勢は、呆れを通り越して感心してしまうほどだ。
「あぁ!?」
殴りかかろうと胸倉に手を伸ばす。
しかしヴァイスはするりと避け、馬車へと駆けていく。
「強いねールガたん! さすがルリたんが認めた男、ハンパないよー!」
馬車の中から手を振るヴァイス。
そんな調子の彼にエンレゥは額に青筋を浮かべ、魔物の死体を道の外へ蹴り飛ばす。
「さっさと出せ、チンタラやってんな!」
御者を蹴飛ばし乗り込む。
すでに腐敗が始まっている<石魔>を轢き潰しながら、馬車は発進した。




