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22話 地球side スナイプガール

 試合終了のブザーが鳴り響いた。


 とどめとばかりにポンと放たれる3P。いわゆるブザービートってやつ。ああ、心折れる感覚がいっそ心地いい。


 3Pシュートを確実に決めている、彼女のほうを見やる。煌めく聖水のような汗、肩で息をしつつも笑顔を絶やさない彼女を。


 中学校時代の彼女とは、地方大会で対戦したことがある。結果は惨敗。

当時もレギュラーだった私は、彼女からの猛攻撃になす術など無かった。あまりの実力差に、涙を流すことすら忘れただ茫然としていた。


 女バス最強の、SGシューティングガード。そう表現すれば誰もが彼女のことを想起するだろう。

 中学時代の彼女は凄かったんだ。身長はそれほどでもなかったけど、非常に高いディフェンス能力を持っていて、なによりシュートが絶対に落ちないなんて凄すぎる。

 彼女より優れた人なんてこの世に存在しないんだろう。神に選ばれた天才っていうのは、彼女のことを言うんだなあと思った。


 中学2年生の夏。突然バスケを止めたと聞いたときはびっくりした。

 家庭の事情だったらしい。転校させられて中学生の間は部活に入ることすら、禁止させられてるとの噂だった。


 ひどいと思った。

 彼女ほどの素晴らしい才能を持っている人が、バスケを続けられなくなってしまうなんて。

 どうして彼女がそんな酷い目に遭わされなくちゃいけなかったのだろうか。

 あの頃は悲しくて毎晩枕を濡らした。彼女のことを考えるたびに涙が止まらなかった。


 あれから約2年。女バスの強豪校だとか揶揄されている船見高校に進学した私は今日、歓喜した。

 彼女がいたから。どうしてか正式な部員じゃないみたいだけど、そんなこと関係無い。久しぶりに対戦できると聞いてすごく心が躍ったんだ。またバスケが出来るようになった彼女と出会えるのが、堪らなく嬉しかった。


 そして今日は待ちに待った、彼女がいる三先高校との練習試合。40分やりあって解かったこと。彼女は2年前よりも更に強くなっていた。

 中学だったあの頃よりも、動きのキレが増していた。ううん、増してるなんてモノじゃない。すごく力強くなってたし、びっくりするほど速くなってた。


 わたしも全力を出した。他のみんなだってそう。

 けれど全然ダメだった。ああなんて、完璧で至高なんだろう彼女は。


 やっぱり、結木乃さんは、とっても強いや。惚れちゃいそう。いや、もしかしたらもう惚れてるのかもしれない。

 だって戦っている間ずっと、彼女のことを意識するだけで、股間から溢れる蜜を止められなかったのだから。






「インサイド固めて!」


 キャプテンの指示を出す声が、広い体育館に響き渡る。

 船見高校との練習試合。コートの周りには、沢山の観客が所狭しと並んでいる。そのほとんどは女子生徒であり、全く関係のない他校の制服を着ている者もちらほら。


 彼女らの注目を集めているのは、たった1人の女子選手だった。


「いくよ莉子!」


 PGポイントガードからボールを受け取ったあと、彼女は3人のマークを一瞬で引き離す。

 彼女の名は結木乃 莉子。三先のユニフォームを纏う彼女は今日、臨時の助っ人として三先の女子バスケ部メンバーに混ざっていた。


「よっ、と」


 ハーフラインの外側から放たれるワンハンドシュート。

 バスケットボールはゆるやかに放物線を描き、ゴールリングへと鮮やかに吸い込まれていく。その瞬間に試合終了を告げるブザーが鳴った。


 28-91。トリプルスコアの差をつけ三先高校は勝利した。

 攻守ともにバランスのとれた、全国レベルの強豪校である船見高校女子バスケ部。1軍のエース5人を相手にしながら、莉子はほぼ1人で圧倒していた。


「ふぅ……」


 ベンチに戻り、受け取ったタオルで莉子は汗を拭く。桃色の髪を結んでいたリボンをほどく、その動作すら艶やかに感じる。


 スポーツ万能。成績優秀。眉目秀麗。品行方正。とくに最初の項目は、体育の時間以外ではほとんど目にすることが出来ない。帰宅部でしかも家事全般をこなす莉子は、課外活動などめったに取り組まないからだ。ゆえに今日のバスケ試合は、観衆にとってとても貴重なのである。


 体育館に集まっている沢山の女子生徒達が、莉子に向けて恍惚のまなざしを莉子に注ぎ込む。

 その柔らかそうな胸に顔をうずめたい。引き締まったウエストを撫でまわしたい。尻を太腿を揉みしだきたい。肢体を目に焼き付けた瞬間、性別すら突き抜けて、狂おしいまでの独占欲を掻きたてる。


 三先高校の女子バスケ部ユニフォームが、欲望をさらに加速させる。

 白を基調とした、女性らしい清楚な雰囲気を持つユニフォーム。十分に汗を吸ったそれは、しっとりと湿り気を帯びて肌に張り付き、インナーのラインを浮かび上がらせる。

 暴力的な官能。ひたすらに劣情を催させるその光景に、いつ誰が野獣と化してもおかしくない。


「おつかれ結木乃さん」


 3年生のレギュラー部員が、破裂しそうになる性的欲求を抑え込み、努めて平静を装いながら本日のMVPに話し掛けた。


「浅倉先輩もお疲れ様です」


 瞬間、濡れた3年生。ジュクジュクとうるさい下着から意識を逸らす。


「結木乃さん、女子バスケ部に正式入部しちゃわない?」


 なんとか先輩の威厳を装いつつ、言葉を続ける。


「莉子って絶対入った方がいいよね」

「入ってくれたらみんな喜ぶと思うな」


 ほかの部員達も下半身を気にしつつ同調する。しかしそれは本心からの言葉だ。

 三先高校女子バスケ部。部員は全員合わせて24人であり、その実力は決して低くない。

 過去の戦歴だけ見ると、せいぜい中堅レベルといったところ。だが全国大会へ進めるだけのポテンシャルは十分秘めている。


 彼女らに足りないのは、チームの中心となるべき絶対的スコアラーだ。

莉子の才能は、今日の試合を観覧した誰もが認めている。とくべつ身長に恵まれてはいないものの、高いジャンプ力に敏捷性、そしてなにより驚異的なまでのシュートレンジと命中精度。

 2年間のブランクがあったとは思えない、むしろ驚異的な進化を遂げているといっても過言ではないだろう。莉子はまさに、喉から手が出るほどに欲しい逸材なのである。


「僕からも頼むよ、結木乃」


 女子体育を兼任している、監督の中年男性も頭を下げた。


 莉子を今まで勧誘しなかったのは、2年前に彼女が巻き込まれた事件が原因である。

 2年前、莉子は彼らに乱暴されそうになった。犯人は屍羽根連合しかばねれんごうという、暴力団まがいのグループだ。


 魔の手から逃れるため、遠いこの地にまで引っ越してきた莉子には、非常に重い制約が課せられることとなった。

 部活動は一切禁止。その他ボランティアなどの学外活動も禁止された。少なくとも高校卒業までは、対外的な活動は極力控えるようにと指示されたのだ。


 そういった裏事情を知るのは、校長を含めた学校関係者のごく一部。未成年だということで、新聞やニュースなどでは詳しく公表されなかったからだ。そのため被害者が莉子だと知る者は少ない。


 さて、屍羽根連合のリーダー格であった五島 邦次郎26歳。彼はつい1週間前、ふたたび警察に捕まえられた。

 再犯だったということもあり、執行猶予なしの実刑判決が下された。またどういう訳か逮捕当時、両手両足の関節が破壊されていてほぼ植物人間だったという。


もう報復などに怯えなくてもいいのだ。ならもう勧誘するしかない。むしろ入部すべきである。


 観衆の女子達も同じ気持ちである。

 もし莉子が大会試合に出てくれるのならたとえ地球の裏側だろうと、あらゆる予定をキャンセルして応援に駆け付けるだろう。皆の期待と興奮が入り混じった視線が、集中する。


「ゴメン、無理なの」


 しかし当の彼女は、皆の懇願をあっさりと一蹴する。


「それってやっぱり、例のカレ?」

「うん。優汰の為にご飯も作りたいし」

「ふーん」

「それに部活始めちゃうと、優汰と一緒にいる時間も減っちゃうし。やっぱり優汰との時間は大切にしたいんだよね」


 いつものように惚気を展開し、自分を抱き寄せるように両腕をクロスさせる莉子。とても幸せそうな彼女を眺めつつ、女子部員達の視線はその色を冷たく変える。


「フーン……」


 一斉にしかしさりげなく、視線はある1点に吸い寄せられていった。試合を見学していた女子生徒たちも同様だ。


「彼ってさ、高校生にもなって料理もまともに作れないのかしら」

「あんなの莉子には勿体無さ過ぎるよね」


 妙に大きいヒソヒソ話。その矛先は、体育館端のある一角。机に腰掛け、あくび混じりに試合を観戦していた男子生徒だ。

 彼の名は笹山 優汰。高校生にしてはやや高めな背丈だが全体的に肉付きが薄いため、ひょろ長いという印象を受ける。性格は無愛想で無気力、非社交的。


「(あー……)」


 またこの展開かと、優汰は適当に流すことにした。

 嫉妬の類はとうの昔に慣れていた。まあどうせ、放課後は莉子を独占できるのだからと溜飲を下げる。

 だがなおも続くヒソヒソ話に、若干の苛立ちが募る。


「(あんたらは、莉子の表面しか知らない癖に)」


 握りしめる拳の裏に、同時に悲しさも募った。誰1人として莉子を知ってくれない。熱狂的なファンがこれだけ沢山いるのに、莉子は孤独なのだと。


「結木乃さんに彼氏? ……許さない許さない絶対許さない許サナイ許サナイ許サナイ」


 ふと目をやると、相手校のレギュラーの1人が、優汰に向かって延々と呪詛を吐き続けている。

 適当に流すには少々不穏なセリフ。うすら寒さを感じた優汰は、聞かなかったフリをしてそっと体育館を後にした。






 中学時代の莉子は、スナイプガールという二つ名で呼ばれていた。絶対に落とさないシューターとして名を馳せ、一部では有名な存在だったのだ。

 ただその二つ名は、やや誇張が過ぎるものでもあった。

 たしかに彼女のシュート性能は、同年代らと比べ確かに抜きんでていただろう。 それでも姿勢を崩されれば失敗していたし、離れれば命中精度も落ちていた。

 当時の莉子はまだ、常識の枠内・・・・・に収まっていたのだ。


 しかし今日の試合。2年間のブランクがあるにもかかわらず、莉子は更なる進化を遂げていた。

 今日の試合において、莉子が放った3Pシュートは計25本で、シュート成功率は100%。

 それだけでも異常な成績。だがさらに第4クオーター、調子の上がってきた彼女はコートの端からゴールを決めるなどミラクルプレイを連発。


 きっと人知れず練習してきたのだろう。バスケが出来なくなってしまっても、それでもバスケがやっぱり好きだから。それが女子生徒や監督達の共通認識だ。

 盛大な勘違いである。全員莉子の表層部分しか見ていない。

 更にいうと身体能力が急激に向上したのは、ここ1カ月程のこと。そして彼女達は知らない。莉子にとってはもう、バスケなど過去の産物でしかないことを。


「さっ、帰ろう優汰」

「いいのか。女子バスケで打ち上げやるらしいけど」


 船見高校と一緒にカラオケパーティが行われるそうだが、莉子はさっさと抜け出してしまった。横に並んで、優汰にぴったりとくっついて、一緒に帰宅している。

 学校を出てからもずっと、背後に呪詛の籠った視線が憑いてきているが、なるたけ意識しないように優汰は歩き出した。


「抜け出しちまって、本当に良かったのか?」


 今から引き返せば、誰もが莉子を歓迎してくれるだろう。


「だって私は優汰と一緒にいるのが楽しいんだもん」

「……ああそうだな」


 自分を選んでくれた莉子の頭を、優汰はそっと撫でてやる。くすぐったそうに彼女は笑った。


「それに向こうで待ってる人がいるもんね」


 ああ、そういえば。あの騒がしい2人は今頃どうしているかと想像を張り巡らせる。

 バスケのせいでもう夕方だから、待ちぼうけてるだろうか。


 裏道抜け道を駆使して、ストーカーまがいの女子生徒をなんとか振り切ることに成功。

 家に到着し、いつものように一旦別れた。動きやすいスポーツウェアに着替えて色々と準備をする。とんとんと、莉子が階段を上ってくる音が響く。


「おまたせ!」


 ぱたんと扉を開く。莉子の格好は、一見するとただのスポーツウェア。けれども化粧をし直してたり、所々のアクセサリや髪形などに彼女のちょっとしたアピールが光る。


「ねぇ、向こうに行く前に少しだけ」


 胸板にしなだれかかり、いつもの猫が甘えるような仕草でぴとっと肌を重ね合わせる。莉子は満足そうに目を閉じた。

 頭を撫でてやる。インナーは替えていたが、シャワーなどは浴びてきていない。肌をつつくと、広がる濃厚な汗の匂いが広がった。

 部屋の中で、しばしイチャイチャしたあと2人は<クリスタルオーブ>を手に取った。






「つまり、ルリたんは恥ずかしがり屋さんってことだよね!」

「テメーは!」


 教会前の噴水広場にて、一組の男女が言い争いをしていた。

 1人は装飾過多なローブを纏う銀髪の美青年。もう1人はネコミミと尻尾を生やした背の低いワーキャットの美少女。なにやら喧嘩をしているようだが、どうせまた下らない理由だろうと優汰は息を吐く。


「来たよールリララ、ヴァイス」

「もちっと仲良くしろよお前ら」


 ルリララ。見た目はただの背の低い少女である。腰に届くかというくらい長くて綺麗な黒髪、それと対を成すように白くて透明な肌。

 一見すると深窓の令嬢といった雰囲気。今日の彼女は、わりと落ち着いた服装をしているので余計にそう感じるだろう。


 それとは正反対にヴァイスは一言でいえばただただ派手。無駄に極彩色なローブと、これでもかと無駄に散りばめた装飾品の数々。

 一歩間違えればピエロになりかねない奇抜すぎる出で立ちだが、モデルのような高身長と細身ながらも締まった肉体と美麗な容貌のお陰で、謎の昇華を遂げていた。


 そんなちぐはぐな2人だが、そのじつ戦闘のスペシャリストでもある。

 外見からは想像もつかないが、ヴァイスは剣技と魔術で戦うマジックナイトであり、ルリララは尖った骨で超接近して戦うアタッカーだ。彼らは優汰と莉子とともに、勇者パーティとして活動している。


「莉子どした。なんか疲れてるのか?」

「るーりーらーらー」


 莉子はふらふらとルリララのほうに歩いていく。そして、


「るーりーらーらー!」

「ってどした莉子!」


 勢いよく抱きつく、というかバスケのダンクシュートを彷彿とさせる痛烈な体当たりを仕掛けた。


「あははールリララ」

「テンション高いな莉子!」


 ギュッと抱きよせて、莉子はルリララの猫耳が生えた頭を撫でまわす。さながらペットに癒しを求める飼い主のようである。2人の身長差はだいたい16cm。ちょっと歳の離れた妹といった風にも見えなくない。


「どしたー莉子」

「あははー。あのね……」


 莉子はじーっとルリララの顔を覗き込む。


「今日バスケやって、とーっても疲れたの。だからルリララ成分を補充するの」

「そ、そうか……」


 されるがままのルリララは、困惑しつつもまんざらでもないといった表情だ。まあ莉子が満足してくれるなら、といった風なのだろう。

 一方そんな姦しい風景を、暇そうに見物していたヴァイス。何か悪戯を思いついたような笑顔を浮かべて、優汰の元にすり寄っていく。


「あははーユーたん!」

「ぅおい!」


 銀髪の青年が、隣の少女らを真似するように優汰に抱きついた。ただしこちらは男同士だ。


「って何でお前まで」

「ユーたん成分を補充してるの」

「アホか、アホなのか、離れろヴァイス気色悪い!」

「ルーリーラーラもぐもぐ」

「ちょっ、耳を食むな莉子、くすぐったい」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、彼らは仲良さそうな雰囲気だ。住民はほほえましげに眺めている。これもまたエリシア城下街では、日常の一部となった光景だ。


「(あー、くっだらねえ)」


 ふと優汰から笑みが零れる。

 ヴァイスとルリララは、学校の奴らと違って莉子のことを理解してくれる。そんな些細なことに心安らいだ。


 今日もまた、この名もなき異世界で、優汰と莉子の放課後が始まる。

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