閑話 牙猫族
優汰達が召喚されし名もなき異世界、のとある1つの大陸。
地球と同様、ここには沢山の人間が生きている。その数ざっと3000万。大陸の広さがオーストラリアと同等なのを踏まえると、人口密度はまあそこそこといったところか。
当然、さまざまな人種が存在する。文化や住んでいる国、肌の濃淡に身分差など 区別のしかたは色々。だがここは地球では無いゆえ、そんな些細な違いなど誤差の範囲内でしかない。
重要な点はただ1つ。亜人であるかヒトであるか、全ての基準となるのはそこである。
亜人はヒトより遥かに優れた種族である。
例えばドワーフ。白沙渓谷の地下深くの坑道に集落を構える彼らは、小柄ながらも頑強な肉体を持つ。腕力と体力が総じて高く、暗視能力や猛毒耐性なども兼ね備えている。また工学にも秀でており、とくに製鉄技術は日本のそれと比較しても遜色ないほどだ。
例えばハルピュイア。総じて知能が高く、簡単な魔法なら使いこなすことが可能。翼で大空を舞う彼女らのトップスピードは時速数百キロにも達する。風を完全に制御することで一切の音を立てずに飛行することも可能だし、戦闘ではカマイタチを操り相手を屠る。
ヒトを遥かに超越し、強く、賢く、至高で、気高い。それが亜人という種族だ。
本来であれば、ヒトなど駆逐され、亜人こそが新たなる地上の支配者となっていくべきだったろう。本来であれば。
だがそれはありえない。なぜならこの異世界には、亜人より遥かに強くて凶暴な、魔物という脅威があるからだ。
北の最果て。地球で例えると北極にあたるそこには、魔大陸と呼ばれる荒涼とした大地が広がっている。そして魔大陸には何十億もの魔物が犇めいているという。
魔物は強い。絶望的なまでに、僅かな抵抗すら許さず、一欠片の希望すら踏みにじる。
例えば<悪岩石魔>。甲冑の姿を模した、巨大な岩人。ニ階建ての民家に匹敵する背丈を誇る。ひとたび腕を振りおろせば、ドワーフ製の武具などまるで粘土のように容易く破壊されてしまう。
例えば<悪黒鳥魔>。邪悪な人間の顔を張り付けた、巨大な怪鳥。飛行速度は軽く音速を超え、補足されてしまえばハルピュイアですら逃れられず餌食となる。
魔物による脅威には、超人的な力を持つ亜人ですらまともに対抗できない。どうしようもない暴力的なポテンシャル差があるのだ。
より優れた一部のエリートの中には、魔物に対抗できるだけの強さを持つ者もいる。だがそれも極僅か。
徒党を組んだ魔物によって襲撃を受け、絶滅させられた種族も少なくない。そのためヒトよりも繁殖力に優れる亜人だが、絶対数はヒトの半分ほどしかないのだ。
この異世界におけるヒエラルキーの頂点は魔物であり、たとえ亜人であろうともそこに届きはしない。
いずれは数の暴力に押されて、必然のようにヒトも亜人も動植物すら駆逐される。
ここはそんな死の世界で醜悪な魔物達が跋扈する、そんな宿命を背負っている異世界だっ『た』。
転機が訪れたのは数百年ほど前。1人の少年が、また別の異世界から迷い込んできたのが始まりだった。
のちに初代勇者ヨルテスと讃えられる英雄は、人類にとって天敵である魔物をバッサバッサと倒していき、回復魔法で多くの命を救い、人類に希望を見出させた。
そしてヨルテスは晩年、クリスタルを媒体とした勇者召喚魔法を確立した。以後、勇者は数十年に一度、コンスタントに呼び出されることになる。
勇者召喚の根幹を成すエリシア王国の中心地、ドラキ・ベヴェテア大聖堂。この異世界の一大宗教であるヨルテス教の総本山だ。ヨルテス式魔素一点濃縮型聖水晶。通称『クリスタル』を用いて、勇者召喚が代々執り行われており、大陸中にその名を轟かせている。
そんな大聖堂の遥か東にある、エイレイ大樹海の奥深く。ワーキャットと呼ばれる亜人の一種が生息している。
高い身体能力を生かして、枝から枝へと跳躍していく姿が見受けられる。樹上を生活拠点としている彼らにとっては、ごく普通の1コマだ。
数多く存在する亜人の中でも、ワーキャットはもっとも戦闘に特化した種族であるといえる。
その名が示す通りネコミミと尻尾を生やしているが、それ以外の姿形はほぼヒトと同じ。だが彼らは、ヒトを軽く凌駕する。
想像を絶するほどに圧倒的な、運動能力や動体視力バランス感覚といった肉体的優位性を持ち、全ての能力に満遍なく優れている。こと地上戦においては、亜人最強と言い切ってもいいだろう。
2匹のワーキャットが、地面に寝転がって空を見上げている。
「だいじょうぶかなあ」
1匹は、まだ年端もいかない童女。8歳位に見えるその子は、尻尾とネコミミを心配げに揺らした。
「おねえちゃん、だいじょうぶかなあ」
「知るかよ」
低く威圧するような声で、もう1匹の男は吐き捨てる。
浅黒く日に焼けた肌。筋肉の厚みもあって、とにかく大柄な男という印象だ。隣に座っている童女が華奢なので、なおのこと大きく見える。
「あーだりぃ……」
苛立たしげに、男は干し肉を歯で食い千切る。
「おねえちゃんなら、だいじょうぶだよね?」
まだ片言でしか喋れない童女は、ぽそりとそう呟く。その言葉を聞いた男は。
「あ?」
並のヒトなら震えあがるような、威圧感に溢れる声色とともに睨み付ける。だが慣れているのか、童女はとくに臆することなく言い返した。
「? おしごと、たいへんじゃないかなって」
「ケッ、あんな泣き虫女に勇者が守れる訳ねーよ」
男は心底ダルそうに目を閉じた。瞼の裏にかつて隣の童女と、同じ背丈だった頃の幼馴染を想起する。情けなくて泣き虫で、愚図でノロマだったあの少女を。
「どうせ今頃ビービー泣いてんじゃねえのか」
「おねえちゃん、泣いたりなんかしないよ」
幼さゆえ、言葉を額面通りにしか受け取れなかった童女は、たどたどしい口調で否定した。男がどうして苛立っているのかも解からない様子だろう。
「つーか勇者サマも、最初から俺を連れてきゃいいのによ」
「でも、そういうしきたりなんだよ?」
「んなモン知るか。勇者なんてゴミクズ同然だろーが」
クソ喰らえと、男は吐き捨てた。クソみたいな信託に従った結果がこのザマだ。
「悪魔将だあ? アホらしい」
男は気だるげに起き上がる。天に掌をかかげ、太陽を覆い隠す。
「エンレゥおにいちゃん?」
「どんな魔物だろうが、俺がブッ潰してやる。待ってろルリララ」
男は鋭く言い放ち、日輪を握り潰した。




