閑話 悪魔将
黒騎士は1人立ち尽くしている。
暗く冷たいだけの空間。踏みしめる大地は腐り、風は毒を孕み、空は暗黒で覆われていた。
「フム」
黒騎士は微動だにせず、1人立ち尽くしていた。ただ思考の闇に深く沈んでいた。
脳裏に映るは勇者の片割れ、ショートスピアを構えた細い少年。
本来ならば達成していた勝利。だが敗北した。原因は? ショートスピアの少年。少年の膨れ上がった筋肉に負けたのだ。前例ト違ウ。
グヌヌェット村襲撃を敢行したあの日の失態。理由は? 前例との違いを考慮しなかった、己の浅はかさ。醜態ヨノウ。
結果から導きだされる敗因粒子。可能性の再構築。活動範囲の再分析。なにより、致命的なる過小評価――――
「屑鉄の分際で、反省しちゃってるぅ?」
声が響く。女、いや少女のソプラノ。陰気な空間に似つかわしくない、ふざけた明るい声が木霊していく。
おもむろに少女は歩み寄る。一見すると只の少女。だが人間ではありえない肌色と、ふざけてるとしか思えない膨大な魔力がそれを否定する。
「悪魔将が、新米勇者に負けちゃったなんて。素晴らしい悪夢アハハハハ!」
少女は笑う。裂けた口から魔素を吐き出し、鮮血に染まるドレスを躍らせて、くるくる、くるくる。
「にしてもアンタも鈍りましたねぇ。ヒトに負けるなんて、ハラキーリしちゃうべきかしらぁ?」
「厳シイノ意見ヨノウ」
無表情無感情に、黒騎士は溜め息をつくという動作をした。
「マア其モ一興カ」
「正気?」
途端に爆笑を止めた少女。口角を引き攣らせたまま、瞳孔の開ききった目玉をランダムにぐりぐり動かす。
「イズレニシテモ、鍛エ直ス必要ハアルノウ」
「鍛え直す! へぇ鍛え直す!! あはは勝手にしちゃえばぁ。キャハハ」
何かが琴線に触れたのか、ふたたび腹を抱えて笑う少女。顎を外す勢いで、鮮血を振り回しながら、くるくる、くるくる。
「んで? アンタをやったヒトって、一体どんな奴なのぉ?」
「4人ダッタ。槍使イト弓使イ、ツキビトハ猫亜人ニ、ヒトノ魔法使イダッタナ」
笑うのに飽きた少女は、じろりと黒騎士を眺める。あっという間に瞳が充血した。
「驚いた、まだ居るんだねえヒトの魔法使い」
紅を塗ったように赤い唇を歪ませて、少女は目を見開く。瞳がアーモンド状にくり抜かれ、うす汚い喜悦に取って代わる。
「アタシが殺ってもいいかしらぁ」
「好キニシロ。セイゼイ返リ打チニ遭ワンヨウニナ」
「そうさせてもらうわぁ。クク、クククク」
何が面白いのか、ケラケラと気色悪い声で笑いだす。腰を折り、膝を丸めて地面に倒れ伏し、喉が枯れんばかりにケラケラと笑う。
まるでこの世の全てが可笑しくて堪らないと言わんばかりに、ケラケラと笑い声が木霊する。
「クク、ハハハ、アハハハハハッ!!!」
笑い過ぎたためか痙攣し、そのまま倒れてピクリとも動かなくなる。ネジの緩んだ瀕死少女など意にも介さず、黒騎士はふたたび思考の闇に深く沈んでいった。




