20話 地球side 「また明日な」
「ただいまー」
「あー窮屈だったチクショウ」
玄関に入るなりルリララは帽子を脱いだ。ついでにショートパンツをずらして尻尾を露出させる。
「ジャケットはそこのハンガーに掛けといてくれ」
「それよりユーたんお腹空いたー」
色々な騒動のせいで、優汰達は昼食抜きのまま。しかも外はすでに真っ暗で、時計の短針は7を過ぎて久しいようだ。
「お前スーパーでウインナー食ってただろ」
「あんなのお腹の足しにならないよ」
口を尖らせるヴァイスに、莉子は申し訳なさそうに謝りながら、すっと立ち上がった。
「ゴメンねー。夕食すぐ作るから、座って待っててね」
「なんか手伝えることねえか?」
1人では大変だと思ったのだろう。莉子を気遣って、ルリララも一緒に立ち上がった。
「ありがと。でもルリララはお客さんだし、ゆっくりしてていいよ」
「気にすんなって。2人でやった方が効率良いだろ」
じゃあお願いしようかな、と一緒に台所に入った。レジ袋から夕飯の材料を取り出してキッチンの上に並べ、ルリララとの役割分担を決めていく。
莉子は慣れた手付きで人参や玉葱をザクザク切っていった。皮を剥いたジャガイモも丸ごと纏めて、圧力鍋に入れて一気に煮込んでいく。
「手際いいな莉子」
「毎日やってるからね」
コンロの火加減を調整しつつ、莉子は大きな胸を張った。一方ルリララは台所用品の水準の高さ、とくに包丁のキレ味に驚いていた。
「こっちの製鉄技術はスゲーな」
「それ、セラミック包丁だよ」
「せらみっく?」
セラミック製の調理器具は一杯あるよ、と棚から鍋やレードルを出してみせる。
「セラミック製の武器とかあったら便利だと思うなー。血糊が付いても水洗いですぐ落ちるし」
「獣の解体とかも、これがあれば楽そうだな」
「んー、そういう時はサバイバルナイフ系がいいかも。ねえルリララ、獣の解体でも、やっぱり血抜き大事なの?」
「血抜きしねえと臭くて食えなくなっちまうからな。解体のコツ教えてやろうか?」
物騒な会話が時折混ざりながらも、夕食の準備は着々と進んでいった。そうこうしている内にご飯が炊き上がる。莉子は茶碗を取り出して4人分よそっていく。
「よーし完成!」
皿に盛り付けた料理を、莉子達は次々にテーブルへと運んでいく。肉の代わりにウインナーが乗った肉じゃがは、どことなく洋食に近い雰囲気をかもし出す。
「いただきまーす!」
ヴァイスは肉じゃがを一口。
「美味しいね、コレ!」
「よかったー。もし口に合わなかったらって心配してたから」
莉子はヴァイスの反応に安堵している。肉じゃがは莉子の得意料理、なのかどうかは優汰も知らなかったりする。彼女はどんな料理でもそつなく作ってしまえるからだ。
「ゴメンねー、本当はもうちょっと凝った料理作るつもりだったんだけど」
「気にすんなって、美味いなコレ」
ルリララも舌鼓を打つ。異世界の料理は、香辛料がよく利いたものや、干物など長期保存の利く食材などがメイン。こういった繊細な味付けの料理は少なかったりするのだ。
「上品な味だと思うよ。アタシらの世界には無い料理だ」
「ありがと、ルリララ」
今日の肉じゃが料理で莉子は、あえて味付けを薄くし、素材を引き立てるようにしていた。ルリララ達には好評なようである。
「莉子の料理、美味しい」
「嬉しいなぁ優汰が褒めてくれた★ 今日も優汰の為に一生懸命頑張って作ったから、美味しく食べてね」
優汰も素っ気なくだが褒める。莉子は頬を真っ赤に染め、満面の笑みで喜んだ。
「どう見てもバカップルだよね。てかユーたんの為って?」
「言ってやるなヴァイス」
一方の優汰には褒めてあげた、という風ではなさそうだ。実際にその通りだからという程度の認識しか持っていない。
莉子の料理は優汰にとって家庭の味になっていた。あの事件以降、両親と離れて暮らすようになったため毎日、彼は莉子の料理を食べ続けてきた。
だからだろうか。優汰はだんだん母親の料理を忘れつつあった。いずれ両親の顔も、写真を見ないと思い出せなくなるだろう。そんな懸念がときおり浮かぶものの、大した問題だと彼は感じない。
それだけ優汰にとって莉子は大きな存在であり、彼にとってはもう莉子が全てであった。
「いやーお昼抜いたから、美味しさがまた格別だね」
「でも微妙」
しかし莉子はどこか不満げな様子を見せる。
「微妙ってどういうことだ」
「1日2食になっちゃったから。偏ると太っちゃうんだけどなあ」
スタイルを維持するために、彼女はきっと並々ならぬ努力をしているのだろう。とはいえ午前中のトレーニングのおかげで運動量は申し分ない。
体重なんて気にしなくていいだろ、と言うルリララ。だが続ける言葉が逆鱗に触れる。
「アタシは太ったことないから解かんねえけどな」
「ちょっと、嘘でしょ!?」
莉子は突如声を荒げた。
「ちょっと、私は体重を維持するために毎日ストレッチしてるのに!」
「い、いやアタシはほら、生活環境が違うんだし」
「ルリたんこないだ、門外不出の秘密ダイエットしてるって言ってなかった?」
「言ってねーよ魔法剣士! お前は話ややこしくしたいだけだろ!」
「オイ落ち着け」
内容はともかく、和気あいあいと会話は弾んでいく。
優汰は妙な感慨に包まれていた。
4人で夕食をとることは珍しくない。莉子が話題を作って、それをヴァイスが相槌を打ちつつかき混ぜて、ルリララが怒りのツッコミを入れ、適当に優汰がフォローに入る。向こうでよく目にする光景だ。
ただしこちら側でとなると話は別である。莉子以外と、この部屋で談笑するのは、彼にとって妙に新鮮な気分だった。この家はいつも、自分と莉子だけの空間だったから。
「ごちそうさまー」
ルリララが莉子に何やら相談している。どうやら肉じゃがをかなり気に入ったようで、土産に持って帰りたいと言っていた。
「肉じゃがは、コロッケとかオムレツとかに再利用できるよ。今度レシピ教えてあげるね」
タッパーに詰めながら、女子同士で楽しく談話している。ダイエット関係は振り切ったようだ。
一方リビング。男子のみの構図では、とにかくヴァイスが一方的に喋り倒しはじめる。優汰は適当に相槌を打つだけだ。それすらも面倒になってきた優汰は、話題逸らしにTVをつける。
「うわー凄い見てよルリたん! 板の中で人間が蠢いてるよ」
途端にヴァイスはTVに釘付けとなる。有名司会者が何人ものタレントを仕切ってトークするバラエティ番組。向こうにはこういった娯楽は少ないのだろう。鬱陶し そうに引っ張られてきたルリララも、すぐさま画面に釘付けとなる。
2人が気を取られている隙に優汰は、少しだけ逡巡した後、台所のほうへ向かった。
「なあ莉子」
「もう少しで終わるから、優汰は座ってて」
莉子は食器を洗っていた。
「大した話じゃないから、そのまま聞いてくれ」
視線を背中で受け止める。
「……ヴァイス達が言ってたよな、俺達は亜人かもしれないって」
「びっくりだよね」
「莉子も、人間じゃないんだな」
優汰は何か言いたそうにしているが、上手い言葉を見つけられずに悩んでいる。
元から以上であるのは知っていたが、はっきりと人外であると言われると、どう反応していいやら困る。というのとは、少し違うようだ。
「フフッ」
「何だよ」
「ごめん。なんか嬉しくて」
口下手で、不器用で、でもすごく優しくて。そんな彼がたまらなく好きで好きで愛おしくて。
優汰の事を考えている、ただそれだけで莉子は幸せになれた。
「今日のことでわかった。俺は弱いままだ。あの頃から全然変わってない」
莉子の表情が一瞬硬くなる。
「俺は絶対強くなる、どんな事があっても莉子を護れるように」
莉子は洗い物の手を一旦止めた。
「……ねえ優汰」
背中に感じる熱い視線。手を休め、振り向いて優汰の顔を見つめる。
ずっと一緒に過ごしてきた2人にとって、心の隔たりなど存在しない。
「まだ死にたいって、思ってる?」
「……」
そっと莉子がすり寄って、飛び込む。
受け入れる優汰は、莉子を抱きしめながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。
「あの事件があってから、思わない日は無かったな」
莉子が押し黙る。
「けど何時からだっけな、そんなこと全然考えなくなってた」
「?」
「向こうの世界で勇者をやり始めるようになってから、かな」
やや照れ気味に優汰。
「……莉子は怖くないのか?」
彼は問うた。黒騎士しかり、五島しかり。
「ルリララにも似たようなこと言われたなあ」
銭湯でのルリララとの会話。刻まれるべきは恐怖だった。
「私には、『痛い』とかそういう感覚が欠落してるのかも」
彼女には危機意識が足りないのかもしれない。再生能力が無ければ、既に何十回死んでいたことだろう。むしろ再生能力のせいで、莉子の『そういう感覚』が育たなかったのか。
「ねえ優汰」
「何だよ」
「あの日はつらかった」
五島に襲われた2年前。それは莉子の心に刻まれた、唯一の恐怖。一生引きずって生きていくのかもしれない唯一の痛み。
「だけど、あの日は私にとって、優汰と恋人同士になれた最高の日でもあるの」
あの時、あの場所で交わしたキスを思い出す。
ずっと前から大切に思い続けていた、目の前の少年が単なる幼馴染みから、愛する彼氏へと変わったその瞬間を。
「私ね、向こうの世界に行けるようになってから、毎日がすごく楽しいの」
「ああ、そうだな」
「大聖堂とかもすごく綺麗だし。それにヴァイスやルリララも、とってもいい人だし」
「あいつ等が?」
ヴァイスをいい人と称するのはいかがなものか。何を考えてるのか読めなくて少々不気味、初めはそんな印象だった。
ルリララも最初に話した時は、皮肉まみれで冷たい雰囲気の、どちらかというと嫌な印象が強かった。
けれど人格は記号ではない。箇条書きでも表せない。
電子ゲームのキャラクターではない、ヴァイスもルリララも血の通った人間なのだと、優汰が気付いたのはいつからだったか。
「莉子、俺は「ユーたんリコたん、ちょっと来てみてよ!」
感慨に浸る間もなく、相変わらずのはしゃぎ声。
「なんなんだ。っておい、どうしたルリララ」
台所から出てきた優汰と莉子。
そこには異様な光景が広がっていた。
「……にゃー」
ルリララが床にぺたんと座り込んで、何やらモソモソしている。
「おい、何があったルリララ」
「にゃんか、コレのにおいをかいだらー」
呂律が回っていない。よく見ると口元からは涎が垂れていて、目元はトロンとしている。
それはまるで、例えるなら発情している雌猫のよう。
「あっ、もしかしてマタタビ」
「マタタビがどうかしたのか」
はっと気付いた莉子に、嫌な予感を感じながら優汰は問うた。
「たまたま家にあったのを持ってきたんだけど」
何故そんな厄介なものを持ってきたのか不明だが、どうやら原因はそれらしい。
ワーキャットにもマタタビが効くのは意外だったが。玉葱は平気だったが。優汰には基準がよく解からない。
「うぐぅ」
などと悠長に考えている暇はないようである。
お腹を出して、ルリララはごろんと仰向けになった。普段の彼女だったら絶対に見せないだろう、あまりに無防備で扇情的なポーズ。
そして莉子にすり寄ってきた。喉をゴロゴロ鳴らし、まるで子猫が飼い主に甘えているようにも見える。
「えっと、どうしよ優汰」
莉子の指を舌先でチロチロ舐める。子猫が母乳を欲しているような仕草。困惑した様子で莉子は、膝の上で丸まっているルリララの頭を撫でた。
傍から見ると、中々に扇情的な光景だった。ネコミミと尻尾を生やした美少女が、これまた美少女に身を寄せ合っているのだから。
「普段トゲトゲしてるぶん、こうなると可愛いなぁ」
近付いて何か悪戯しようと興味津津なヴァイス。手にはマジックペンを握りしめている。
「フニャッ!」
「痛っ!?」
顔に落書きしようとするヴァイスの手を、爪で素早く引っ掻いた。どうやら防衛反応は働いているようだ。
「じゃあ私、そろそろ家に行くね」
莉子とは一緒に住んではいない。ずっと優汰の家に入り浸っているせいで、優汰自身もつい忘れてしまいがちになるが。
とはいえ料理を作って洗濯掃除をして一緒に買い物に行って食事を共にして。2人はまるで新婚夫婦そのものだ。実際近所の住人からはそう思われている。
とはいえ互いにまだ高校生。健全な付き合いをしているので、性的な行為にはまだ発展していない。時間の問題かもしれないが。
玄関のドアを開ける。季節は初夏、夜とはいえ少しだけ暑い。
「なんか汗かいちゃったし、寝る前にもっかいお風呂に入ろ?」
さっきようやく酔いが醒めたルリララに、莉子は無邪気に提案した。
「ひ、一人で大丈夫だからな!」
さっきまで泥酔状態だったとは思えない位にしっかりした声色。ボッと、爆発音が響きそうな勢いでルリララは顔が赤くなる。
「一体銭湯でナニが行われていたのやら」
「アホか」
銭湯と聞いて、優汰の頬にもうっすら朱が差す。莉子に対して思春期的な、いかがわしい妄想でもしたのだろう。
それを眺めるヴァイスは相変わらずの表情。枯れてるヤローめ。優汰はそっと心の中で呟く。
「じゃあ優汰、また明日起こしに行くからね!」
「また明日な、お休み莉子」
いつも通りの挨拶を交わし、莉子とルリララは玄関を出ていった。
戸締りと火元を確かめてから寝る準備。やはり鏡は消えていなかったので、仕方なく優汰はリビングに2人分の布団を敷く。
「俺達も寝るぞ、ほらテレビは消せ」
ヴァイスはずっと、通販番組を飽きもせず眺めている。
「今の空気清浄機、お値段たったの7980円だって! 買おうよユーたん」
「買う訳無いだろ」
何故ヴァイスはこんなにも無駄に元気なのだろうか。
これ以上構っていたらきりがないと判断し、TV本体の電源を落としてしまう。
「えー消さないでよ。もうちょっと見たいから、ねー」
「駄目だ、つーかもう寝るぞ」
「ヤダ―! もっと起きてたい!」
「子供かお前は」
イケメンが台無しどころではない。呆れを通り越して勿体無いとさえ優汰は思った。頬を膨らませるヴァイスを無視して、灯りを消す。
「なあヴァイス」
「……」
「ヴァイス?」
「……zzz」
スウスウ寝息。寝付きのいい男である。普段あんなに騒々しいのに、眠ってしまうと静かなものだ。
優汰はまぶたを閉じる。
今日の出来事が浮かぶ。
莉子の姿が浮かんだ。莉子はいつも笑っていた。そんな顔ばかり。
俺はなんて幸福なんだろう。莉子が傍に居てくれる幸せ。俺なんかにお前が護ることが出来るのだろうか。
俺1人じゃ無理でも、ヴァイスやルリララが一緒なら護ることは出来るかもしれない。
「(そんなんじゃ駄目だ)」
いつまでもずっと、ヴァイスやルリララと一緒にいられる訳ではない。
事情があって、いつか離れ離れになったとき自分はどうする。そのとき俺は莉子を護ることが出来るだろうか。
誰かに頼っているようではいけない。俺自身が強くならないと。
しかし今だけ、2人に頼ってもいいだろうか。
十分に強くなるまでの束の間だけ。
沈んでいく意識を感じながら。
――――こんな駄目な彼氏でごめんな。




