19話 地球side 「バーサークってやつだね」
「ユーたんの変身は、バーサークってやつだね」
沢山の食品が所狭しと並んでいる光景を眺めながら、ヴァイスはなんとなしに呟いた。
バーサーク。ベルセルク、狂化などとも表現される。由来は、北欧神話や伝承などに登場する異能の戦士達だ。
軍神オーディンの加護をうけ、危機に陥ると忘我し、膨れ上がった筋肉で鬼神の如く戦う狂った戦士。先ほどの優汰はまさにそれだった。
「いわゆる『亜人覚醒』の一種じゃないかと推理してみたんだ」
「なんだそれは」
初めて聞く単語に、優汰は首をかしげた。
「亜人覚醒は、つまり亜人の先祖返りだ」
精肉コーナーに目を奪われつつも、ルリララは解説をする。
異世界において、ヒトと亜人が交わって子を成すことはまず有り得ない。それは拒絶反応が激しく、流産であったり奇形児が生まれる可能性が非常に高いからだ。
ごく低い確率で正常な子供が生まれることがあるが、大抵その子供はヒトの血を濃く受け継ぎ、ヒトとして一生を終える。
「もしかしたら優汰の先祖に、亜人と交わった奴がいたかもしれない。んでお前は、その血を色濃く受け継いだんじゃねえかと」
だが世代を重ねるうちに、あるとき突然変異的に、亜人の血を覚醒させた子供が生まれることがある。その子供はヒトの姿でありながら、亜人の性質を併せ持つらしい。
特殊ゆえ、個体数は極めて少ない。また不純な血であるとヒト亜人両方から爪弾きされ、奴隷扱いされることも多い。
「つまり、隔世遺伝みたいなものかな」
そう莉子は言う。隔世遺伝とは、個体の持つ遺伝形質が両親ではなく、祖父母やそれ以上前の世代から、世代を飛ばして遺伝することだ。
たしかに原理的には亜人覚醒とよく似ている。むしろ亜人覚醒は、隔世遺伝の一種といったほうが適切だろう。
優汰の血が沸騰しやすい性質も、あるいは先祖から受け継いだのだろうか。
「リコたんの言う隔世遺伝ってのは初めて聞いたけど、まあ原理的には同じだと思うよ」
「そうなんだ」
ヴァイスは莉子のほうを見やった。会話に混ざりつつもチラシを片手に、商品の陳列棚とにらみあいをしている。
あの血生臭い一件を片づけてから数時間。
悩んだ末に、警察には匿名で通報することにした。優汰の名前を出してもメリットなど無いし、余計な注目を浴びたくなかったからだ。
自分達に飛び火する可能性があることを告げると、ヴァイスは記憶操作を不良共に施してくれた。これで不良共の口から、優汰たちの名前は出てこない筈だと。
さらにヴァイスは、空間掃除と誤認誘導の魔法も使い、自分達がここにいた痕跡全てを消し去った。
表沙汰にならなかった優汰達とは違い、五島を始めとする襲撃してきた連中は、五島軍団と揶揄されテレビや新聞などでも名の知れた極悪人である。おそらく仲間同士の小競り合いが激化して云々、といった形で決着がつくだろう。そう優汰は踏んだ。
すべきことを全て終えて、廃墟ビルを後にした。一旦家に戻ってきた頃には、すっかり日が暮れていた。
家に置き忘れていた携帯に着信あり。メールにて、聡が地元の友達らしき人物と、ラーメンの早食い勝負をする写真が添付されていた。
呆れながらも返信。とりあえず彼は無事に帰ったようである。
冷蔵庫を確認したところ、4人分の材料が無かったので、折角だから豪華な料理を作ろうという莉子の発案によりスーパーへと直行。
買い物カゴをぶら下げて4人でやってきて、そして今に至る。
「ユーたん聞いてる?」
「ああ。で、お前の説明だと地球にも、亜人がいたりするのか?」
「解かんない。あくまで単なる推理だもん、実際は知らないよ」
ヴァイスはあっけらかんと答える。
性格にしろ顔や背丈にしろ、優汰はあまり両親には似ていない。とはいえそれだけで断定は出来ないだろうが。
「多分だが莉子も、そういった系なんじゃねえか」
「そう、なのか?」
「そうでないと説明がつかん。いくらなんでも再生が早すぎる」
優汰は戦闘行為に特化した亜人覚醒であり、莉子は再生能力に特化した亜人覚醒である。ルリララはそう断じた。
莉子の負った傷は、今やほぼ完全に消失している。痕跡すら見当たらない。数時間前に不良共から暴行を受けていたと言っても、誰も信じないだろう。
亜人であるルリララですら、黒騎士との戦いの傷が、まだ完全には癒えきっていないのだ。
ただのヒトにそのような真似が出来る筈がない。
なので間違い無く莉子は亜人であると、ルリララは確信を持っていた。
「そういや莉子が、病気で寝込んでるのを見たこと無かったな」
更に優汰は昔のある出来事を思い出す。
それは5歳だった頃。当時友達が居なかった優汰は、よく莉子と近所の公園で遊んでいた。
ある日ジャングルジムを使った鬼ごっこをしていた時、ふとした拍子に莉子は足を滑らせて、コンクリートの地面に叩きつけられてしまった。
慌てて駆け寄ったが、気にせず莉子は遊ぼうとせがむ。心配したものの、平気そうなので気にせず鬼ごっこを続行し、その日は夕方になるまで遊んだ。
「あのとき莉子の足、骨折してた感じだったな」
「気付くの遅すぎねえかオイ」
「いや、なんつーか……」
半ば呆れ気味にルリララは呟く。一方優汰はなんの反論も出来ない。
莉子とは物心つく前からの幼馴染みである。互いのことはよく知っているつもりでいた。
だが莉子が人外かもしれないというのは彼にとって想像外のことだった。
自身が暴力狂いという異端であると同時に、莉子もまた異端であったのだ。
優汰は今の今まで、それに気付けなかったのだ。いかに彼が自分のことしか考えてこなかったかが如実に解かる。
もっと他人を観察すべき。そう優汰は心に誓った。
「リコたんも多分、亜人覚醒?」
「何で俺に聞くんだよ」
俄かには信じられない話である。自身が人間離れしているという自覚は、優汰には確かに合った。だが実は亜人だったなど、そうそう信じられる話ではない。
だがそうでないと説明がつかないだろう。バーサーク化に再生能力。一般人がそんなものを持っている筈が無い。
一口に亜人といっても、種族は千差万別だ。
少なくともワーキャットは、ほぼヒトと同じような容姿をしているから、耳と尻尾以外では見分けがつかない。
たとえば亜人に恋をして、性的な行為をして、子供を産んで育てて。そんなヒトが居てもなんらおかしくないかもしれない。
あるいは、向こうの異世界へと優汰達が召喚されたように、異世界から地球に迷い込んできた亜人がいたかもしれない。
そして地球人との間に子供を授かり、その子孫が優汰や莉子である。そんな可能性は、もしかしたらゼロではないかもしれない。
全部『かもしれない』だ。推測以上のことは知りようもない。
「そういう特性を持ってるからこそ、召喚されちゃうのかなー。むしろ亜人=勇者?」
ヴァイスはそんなことをぶつくさ喋りながら、ふらふらと匂いがする方へ誘い込まれていく。
「それは試食コーナーだ。戻ってこい」
「試食ってことは、ちょっとだけなら食べてもいいんだね」
焦げ目の付いた、香ばしい匂いを放つウインナー。店員に勧められるまま、ヴァイスは一口ぱくりと齧りついた。
「外はカリっ中はジューシー、こんなに美味しいの食べたことないよーぱくぱく」
「だからって3本目を食うな!」
試食係の女性店員は、ヴァイスの流し眼で魅了されてしまっているようである。辺りの主婦などもヴァイスに見惚れていた。
「ユーたんこれ買ってもいい、買ってもいいよね?」
「駄目だ。今月は食費を抑えるって莉子が言ってたんだ」
ゲームセンターでお金を使いすぎてしまったので、夕食では贅沢出来ないのだ。
破壊衝動に溢れている優汰は、他にも色々我慢をするのが非常に苦手だったりする。特に金銭面はルーズであり、買い物やゲームなどでも、のめり込むとつい財布の紐が緩くなってしまう悪癖がある。
普段はきっちり管理してあげている莉子も、今日のゲームセンターに限って金銭感覚が麻痺してしまっていたようだ。
それら事情により買い物は安く済ませる予定なのだが、お構いなしにヴァイスは4本目のウインナーを食べようとしている。
ルリララも匂いに釣られている様子。ただし彼女の場合はそれなりに自制してくれるようだ。目立つ行動を控えるつもりのようだが、やはり視線はウインナーのほうに釘付けだ。
「どんだけ食い意地張ってんだお前ら。ほらヴァイス来い!」
優汰に引きずられ、仕方無しにヴァイスは未練たらたら試食コーナーから離れる。
その表情はとてもふくれっ面。廃墟にて、あれだけの酷薄な所業を成したのが、同一人物とは到底思えないような無邪気っぷりに、優汰は辟易する。
「ところでご飯は何?」
「今日は肉じゃがを作っちゃおうかな」
「肉じゃがってどんな料理?」
「牛肉と玉葱と人参とじゃがいもと、それからウインナーを一緒に醤油お酒みりんで煮込んだ料理!」
莉子が持っている買い物カゴの中には、既にウインナーが入っていた。
「やったー」
ウインナーに反応してキャッキャと喜ぶヴァイス。せめて外見年齢相応に落ち付いてほしい、そう願う優汰。でないと周囲の視線が痛い。
レジで精算してスーパーを後にする。帰り道、ルリララの帽子が枝に引っかかってネコミミが露出するというアクシデントがあったものの、無事に優汰の家へと戻ってきた。




