18話 地球side 「ユーたんは屑じゃないよ」
「ユーたんお疲れー」
のろのろと自分の元に歩いてくる優汰に、彼はねぎらいの言葉を掛けた。
「ヴァイスも、来てたのか」
「当然だよ。勇者様の為ならたとえ火の中水の中、どこにだって駆け付けるさ!」
笑顔でまくし立てながらも彼は、五島の傍にしゃがみ込んで、指先から魔力の塊を生成している。
「何、やってるんだ」
「膝の皿を粉砕してるのさ」
言うやいなや、ヴァイスは紫色に輝く不気味なオーラを五島の両膝に押し込んだ。
みるみる内に青黒く変色していき、関節が逆方向に曲がる。
バキバキと不穏な音が廃墟に木霊した。内部で骨と血管が破裂していく音。医学を知らない優汰にも、五島の膝がどうなっているかは想像がついた。
「ついでに肘の関節もね。そしたら僕らに仕返そうなんて愚かな発想が、永久に出てこないでしょ」
そう言い放ち再び魔力を集め始める。ヴァイスは笑顔を崩さぬまま腕を持ち上げた。
それは処刑だった。
今後この不良共は、健常者としての生涯を送ることは叶わないだろう。気絶しているのは唯一の救いかもしれない。
「いやーそれにしても凄かった。悪党をバッタバッタと倒していく様子、正に鬼神の如し」
朗らかに話しかける。処刑の手を休ませず、淡々と作業を続けている。
「ユーたんがあんなに強かったなんて予想外だったなー」
「……あれが俺の本性だ」
優汰は重い口を開いた。
「ヴァイスは、物に八つ当たりしたことあるか?」
「何回かあるよ。人間は感情の生き物だしねえ」
怒りに身を任せて暴れてしまう。それはまだ感情のブレーキが効かない、子供などにありがちな傾向。
それ自体は確かに面倒なものの、別に深刻でもなんでもない。
「けど俺はそれだけじゃなかった」
「他に何かあったの?」
「破壊衝動だ」
キレると、物に八つ当たりする。そんな問題児は幾らでもいる。
だが優汰は少々様子が違っていた。
人間は生命の危機を感じると、能力以上の力が発揮できるという。
怒りの限度を超えると我を忘れ、暴力をふるってしまう。
生まれたときから、自分でも何かがおかしいと気付いていた。どうしてこんなにも、破壊するのが愉しいのだろうと。
大人への反抗だとか、そんな綺麗事など全く持ち合わせていなかった。
ただ殴って潰すのがひたすら愉しかった、それだけ。
瓦、窓ガラス、蟻、ナメクジ、カエル、鳩。だが特に、人間を殴るのが一番愉しかった。
原形をとどめないほど、殴って、殴って叩き潰す。そして無残に倒れ伏しているのを見下しているときが一番心満たされた。
血が沸騰するような、心臓がドキドキ鳴って高揚するあの感覚に酔いしれた。
けれども愉しいのは一瞬だけ。
破壊したい。衝動はまたすぐにやってくる。
殴りたい、捻りたい潰したい裂き千切りたい。そんな欲求が常に頭をよぎり続ける。
彼の破壊衝動は常に飢餓に悩まされていた。乾いた本能に血液をぶちまけ、常に潤わせてないと発狂してしまいそうで。
両親も優汰の破壊衝動には手を焼いていた。言って聞かせても、全く止めようとしない。
見かねた両親は、暴力を健全な方向に向かわせるため優汰をボクシングジムに通わせた。だが練習中に、相手をルール無視で半殺しにしかけてしまう。そんな事件を何度も引き起こした。
結局1週間も持たずに、ジムを追い出されることになった。柔道や空手道場でも同じようなことを優汰は繰り返していた。
中学生になってからは更に荒れた。本性を曝け出すようになったと言うべきか、衝動の赴くまま、ひたすら喧嘩に明け暮れるようになった。
意識して鍛えてはいなかったが、喧嘩を繰り返している内に優汰は、どんな攻撃にも耐えうる強靭な身体を手に入れてしまった。
いつしか常勝無敗の狂戦士なる二つ名で呼ばれるようになり、仲間の不良にさえも恐れられた。強い奴と喧嘩をすることが唯一のストレス発散。
愉しいけど、なにか物足りない。どれだけ叩き伏せても結局満たされることは無い。すぐにまた湧き上がってくる破壊衝動。
鬱屈したそんな日々が、ずっと続くと疑わなかった。
「……どうして俺は、あんなにも馬鹿だったのだろう」
「何があったんだい?」
優汰はあの日の思い出を断片的に、ポツリポツリと話し始めた。
中学二年生。夏。
莉子が五島の一派に狙われたのだ。
莉子は、優汰にとってほぼ唯一の理解者だった。
彼女といると暴力的な自分を忘れることが出来て、穏やかな気分で過ごすことが出来ていた。
莉子が巻き込まれるなど、優汰は全く考えなかった。彼にとって喧嘩とは、自分の中で完結している出来事だったから。
駆け付けた優汰が見たのは、顔面が腫れあがるほど殴られ、縛られて吊るされていた莉子の姿だった。
その瞬間、身体に変化が生じた。
骨がきしみ筋肉は醜く膨れ上がり、今までとは比べ物にならない位の、猛烈な殺意と闘争心が体中から溢れ出た。
気が付いたら、うずくまる不良共の中心で、莉子を抱きしめていた。
莉子は胸の中で、静かに泣いていた。
そこから先の記憶は曖昧である。
警察が介入しているのは知っていたが、そのとき大人がどんな対応をしていたのかは彼も覚えていない。
とりあえず新聞などで表沙汰になることは無かった。自分達の預かり知らぬ所で、水面下に粛々と処理がなされていったようだ。
その日を境にして、優汰達を取り巻く環境は一変する。
元から多少煙たがられていたのは感付いていたが、露骨に避けられるようになった。
仲間だと思っていた人間は急速に離れていった。
陸上部は強制退部させられた。
周囲の人間の、加害者を蔑み恐れる視線から逃れるように県外へと移り住んでいく。
両親とは離れて暮らすようになった。
実は会社をリストラされ、遠い地で再就職したのを知ったのはごく最近のことだった。
人生をめちゃくちゃにした息子が憎いのだろう。事件以来、全く顔を合わせていない。
莉子も同様の憂き目に遭っている。莉子は、何も悪くないというのに。
俺のせいだ。
あの頃の俺はなんて馬鹿だったのだろう。もう少しだけでも視野が広ければ、想像力があれば、あんな事件は起こらなかったかもしれない。
何もかもが後の祭りだった。たとえどれだけ悔もうとも、過去は決して変えられない。
その事件以降、優汰は暴力を封印した。
不真面目で温和で頼りなさげな男子高校生。そういうレッテルを自らに張り付けることにした。
そうすることで彼は、莉子を守ることが出来ると信じた。破壊衝動を抑え込んで、慎ましやかに。そうすれば莉子が、暴力事件に巻き込まれることも無くなる。
「俺に勇者なんか、できっこないんだ」
結果がこの様である。
結局優汰は、自分本位でしか考えることしか出来ないままでいた。
「なんでっ、なんで俺なんだよ」
その場に泣き崩れる。2年前から何一つ変わっていない。
「なんで俺みたいな屑に頼るんだよ!」
それは優汰の悲痛な叫びだった。
遥か前から気付いていた。けれど見て見ぬふりをし続けていた。
自分には誰かを護る力は無い。
あるのはひたすら野蛮で凶暴で、救いようのない破壊衝動だけ。勇者という肩書きが、あまりにも眩しすぎて。自分みたいな屑には到底似つかわしくなくて。
愛した女の子1人すら守れぬ、ただ殴り潰すことだけが快楽の狂戦士などがどうして尊敬されよう。
優汰は何よりも、自分の無能さを恐れた。
馬鹿な自分はいつかこの手で、莉子を傷付けてしまうかもしれない。
――――俺には莉子を護ることが出来ない。
一筋の涙が流れる。いつの間にか優汰の身体は戻っていた。
そこには華奢で線が細い、頼りない少年しかいなかった。
「ユーたんは屑じゃないよ」
優汰の慟哭を全て受け止めたヴァイスは、喜怒哀楽が欠落した、慰めるつもりなんか毛頭ないといった様子で返答する。
「ユーたんは護るのは苦手かもしれない。だけど魔物を倒す才能なら、ユーたんは十分に備えてるし」
「俺には、破壊しか出来ない……」
魔物を倒す才能とは、つまり殺す才能である。
そこには正義など欠片も無い。それこそ勇者とは全く正反対の性質ではなかろうか。
「うーん、困ったな。じゃあこうしよう。勇者ってのは、綺麗事を述べる職業なんだ」
また1人、不良の膝を丁寧に粉砕しながらヴァイスは答えた。
「魔物を屠殺するだけの簡単なお仕事。こなすだけでキミは英雄になれる」
「……?」
「だって人間を殴るのも、魔物を殺すのも、やってることは同じでしょ?」
違うのは大義名分だけで、結局は暴力である。そうヴァイスは言った。
眼前に広がるこの光景こそが、なによりの証拠である。
「ちょっとしたクイズをしてあげよう」
累々と横たわる不良共を一旦背にして、優汰のほうへ向く。
「なぜ僕達が、勇者のお供をしてると思う?」
ヴァイスはすっと目を細めた。
銭湯での、あの瞳を思い出こさせる。優汰は一瞬たじろいだ。
「答えは簡単、キミ達が選んだからさ」
「それが、どうした?」
「キミ達は、たまたま街で出くわした僕とルリたんを、勇者のお供に任命した。ただそれだけの理由さ」
ヴァイスは魔法剣士の旅人で、ルリララはたまたま買い物に来ていただけ。2人は本来、勇者とは何ら関係が無い身分であった。
「でも不思議だと感じなかったかい? 何処の誰とも知れないワーキャットや魔法剣士を傍に据えるなんて」
「それは……?」
「しかもリコたんは召喚された直後で、僕達の世界のコトを全くなーんにも知らない。なのにその決断に誰も異を唱えようとしなかった」
異世界召喚が執り行われた初日。
右往左往していた優汰と違い、まるでゲームの世界だと莉子ははしゃいでいた。
大聖堂内部を勝手に散策しはじめ、手当たり次第に質問をしまくってヨルタ教皇を困らせた。更には様々な手続きを無視して、街中を出歩いてみたいなどと無茶を言う始末。
そして街を自由に歩き回り、出会ったヴァイスとルリララを、パーティに組み込むことを勝手に決めてしまった。
そのあまりにも我儘過ぎる行動に、城の誰もが一切の口出しをしてこなかった。
当時はそれら一連の出来事に、優汰はなんら疑問を覚えなかった。
異世界召喚というイベントに心浮かれていたのもあるが、よくよく考えれば確かに異常である。なぜ誰も一切止めなかったのか。
「異を唱えなかった理由その1。歴代の勇者達は、天性の判断力を持ってるから」
勇者の選ぶ全ては、回り回って益となる。だから干渉は最小限にとどめ、判断の大部分は勇者に委ねようとする。
「だけどそれは建前に過ぎない。真の理由はね、自分達で何も決定したくないからだよ」
「決定したくない、だと?」
「エリシア国の連中はね、意思決定になるたけ関わりたくないんだ」
勇者がどのような世迷いごとをのたもうとも、その決定には誰も逆らおうとはしない。正確には、逆らおうなどという発想を最初から持ち合わせていない。
「何が、言いたいんだ」
「全人類皆奴隷。それが僕達の生きる世界の本性さ」
滑稽だろう、とヴァイスは締め括る。
もしヴァイスとルリララが不審者で、仇を成す国賊なのが周知であろうと、決定は揺るがなかったろう。
なにも思考したくない。ただ勇者から与えられる恩恵のみを享受していたい。
そのために思考することを放棄する。奴隷。正にその言葉がぴったり似合う。
「自分達で魔物を倒そうなんて考えない。愛しの勇者様が何とかしてくれる日を心待ちにしている、そんな人間達ばっかり」
ヴァイスはそう言ってクックッと嗤う。感情のこもっていない空虚な、異世界の全てを嘲るような冷たい微笑みを浮かべていた。
エリシア国民には、奴隷という言葉すら生易しい。表面を皮膚でコーティングしてあるロボットである。彼は暗にそう仄めかしていた。
「お、おいヴァイス」
「まあアレだよ、僕が言いたいのは」
次の瞬間にはいつもの適当な笑顔に戻っている。
「落ち込んでばかりじゃ良くないってことさ」
「そうだぞ優汰」
ルリララも頷いた。スヤスヤ眠っている莉子のあたまをそっと撫でる。
「護るのが苦手? じゃあ僕やルリたんに頼ってよ! 護衛とかそーいうの得意だし。巷では知られてないとっておき情報だけど、実は僕とルリたんはとっても強いんだから」
「コイツの言う通りだ。たとえ黒騎士がまた来ようと、今度は好き勝手はさせねえよ」
それに、とヴァイスは一旦区切る。
「自分のことを屑だ屑だってユーたんは言うけど、別にユーたんだけが汚れてるんじゃないし」
優汰の頬に片えくぼが生まれる。
「まあ、確かにお前はな」
「えーなんでー。僕ほど清廉潔白な人はいないと思うよ」
先程のようなことを平然と言える人間を、清廉潔白とはいわないだろう。
「魔法剣士の場合は、清濁併せ呑むだな」
「なんかひどいなあ」
ルリララにからかわれ、ヴァイスはふくれっ面になる。
そんな2人のやりとりを見ていてふと優汰は、笑みが戻っている自分に気付いた。
「そうそう。ユーたんに仏頂面は似合わないよ、ホラ笑って笑って」
優汰の頬をグイッと引っ張る。
「やめろって」
ヴァイスの手を振り払う。優汰は、少しだけ心が落ち着いている自分に気付いた。
きっと彼の態度がそうさせたのだろう。
「お前は優しいんだな」
「えっ?」
ヴァイスが普段から軽口を叩いているのは、周りの緊張をほぐすためなのだろうと優汰は思った。
気を使っているのだろう。鬱陶しい性格をなんとかしたいと思っていた優汰だったが、もしかしたら彼なりに、ムードメーカーを演じていたのかもしれないと思ったのだ。
「えっ、いやいや」
珍しくヴァイスが動揺している。こういう風に返されるとは思っていなかったのか。単に感謝されることに慣れていないのか。
「騙されんなよ優汰。こいつが優しいとか天地がひっくり返ってもねえから」
「それは知ってる」
「あれ、僕なんで総攻撃受けてるの」
若干しょげかえり気味のヴァイス。そんな彼をしばし見つめる。
「なあヴァイス」
「なにユーたん?」
気を取り直したヴァイスは、残り一人となった膝破壊を終えた。
因果応報である。ここでうずくまっている数十人の不良共は全員、もうニ度と喧嘩など出来ないだろう。それどころか日常生活すらままならない。最悪、植物人間もありうる。
優汰は可哀想な彼らを一瞥した後、少しためらいながらも口を開いた。
「俺は、お前やルリララのように強くなれるのか?」
「ああうん、なれるんじゃないかな」
そしてヴァイスは更にこう続けていく。
「いずれはユーたんが、陣頭指揮を執れるようになるんじゃないかな」
「俺が、お前らを引っ張っていくのか?」
「うんうん。ユーたんには素質がある、僕やルリたんよりずっと」
「心配すんな。開花するまでしっかり面倒見てやるよ」
何を言っているんだと優汰は思った。だがヴァイスもルリララも、適当を言っている風ではない。
素質があるのだろうか。彼はしばし悩んだ。莉子ならばともかく、この俺に?
「それよりさ、お腹減っちゃったし、そろそろ帰ろうよ?」
その思考もヴァイスの暢気な声にかき消される。
彼はいついかなる時でも、マイペースを崩さない男だった。




