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15話 地球side 「テメーは全く信用ならねえ」

 ――――敵ダ。

 壊せ、壊せ壊せコロセコロセコロセ


 優汰の脳髄が、何の前触れもなく沸騰した。

 外で何かが起こったことを把握する。

 悲鳴は聞こえなかった。騒ぎも起きていない。

 優汰が気付いたのはうっすらと漂う血の匂いだ。それはごくごく微量なものだったが、彼の本能を呼び覚ますのには十分だった。

 2年前に刻まれた事件が、彼の脳裏に浮かぶ。果てしない焦燥感に急かされるまま優汰は外へ飛び出した。


 外に出た瞬間、優汰は顔をしかめる。血の臭いが辺りに充満していたからだ。

 既に雨は上がっていた。 濡れた地面を踏みしめキョロキョロと辺りを見回す。

 自動販売機の前に、何かが落ちているのを発見した。それは莉子のハンカチで、大量の血糊がこびり付いていた。

 よく見るとハンカチが落ちていたアスファルト周辺には大量の血溜りが残っている。

 嫌な予感が的中していた。


「莉子、どこだ莉子ォ!」


 喉を振り絞って叫んだ。しかし返事は無い。


「ちくしょう……!」


 優汰は歯噛みした。こんな卑劣な真似、絶対に五島の仕業だ。

 危機感は持っていたはず。油断していた。まさかこんな白昼堂々に襲撃してくるなんて。


 いや、これがヴァイスの言っていたことか。

 優汰は自戒する。俺はなんて視野の狭い、自分本位のことしか考えない奴なんだ。

 莉子のことを大切に思っているようで、思考することを放棄して後回しにして、気付いた時には取り返しのつかないことになっていて。


 優汰は走り出した。確かこの街には治安の悪い区域が合った筈。五島が待ち構えているとすれば、おそらくそこだろうか。


「お、い、優汰……」


 聡の声が聞こえた。

 声がする方向へ駆け付ける。そこは通学路として使っている河原の、高架下にあるゴミ溜り。

 傷だらけ泥だらけの聡が転がっていた。身体を持ち上げる。何度も殴られて顔面が腫れ上がり、全身滅多打ちにされていた。


「おい聡、莉子はどこだ!」


 肩をゆすり、必死に問い掛ける。


「五島の、奴らに、連れ去られた」


 更に何かを言おうとして血を吐いた。腹にはナイフで刺されたのだろう傷が何箇所もある。


「しっかりしろ、聡、聡!」

「俺のことはいいから、早く結木乃さんを……」


 最後まで喋ることが出来なかった。優汰は気絶してしまった聡を安全な場所まで運んで寝かせる。


 優汰は走り出した。守るって決めたのに。あの頃と同じだ。結局俺は何も変わっていない馬鹿のままだ。

 どうして俺はこんなに無力なままなんだ。どうすれば莉子を守ることが出来る? 優汰は自問自答するが、答えなど出る筈もない。

 替わっている筈。屑だ馬鹿だ無力だと、自分を罵るだけだったあの頃とは違っている筈。絶対に莉子を救いだしてみせる、優汰はそう心に誓った。


 ……ところで優汰は、ヴァイスやルリララには一切報告せずに飛び出してきた。その認識はやはり優汰から抜け落ちている。





 1組の男女が塀の影に隠れている。銀色の美しい髪の青年と、濡れた長い黒髪をなびかせる少女。

 対照的な容姿を持つ2人に共通しているのは、類稀なる美貌の持ち主ということ。ひとたび目に入れれば、全ての人々は感嘆し心酔してしまう。

 だが、2人の存在に気付く者はこの世に存在しない。両者ともに、完全に気配を消しているからだ。

 たとえ指摘されようとも絶対に気付かない。4人で歩いていた時とは比べ物にならない程に、ヴァイスとルリララは神経が研ぎ澄ましていた。

 視覚の盲点に入り込む才能、いや技術か。極限までに存在感を消しさることによって、透明人間になったかのように視線を素通りさせてしまっている。


「故意に痕跡を残してるね」


 ヴァイスは地面に点々と落ちている莉子の私物を確認している。

 ハッキリと喋っている筈なのに何故か耳に残らない。1つ1つの言霊を潰し、聴覚を無効化していくかのよう。


「ふむふむ、ユーたんをおびき寄せる罠と考えるのが妥当かな」


 探偵気取りに推測をつらつらと並べる。


「誘拐犯はきっと、すごく底意地の悪い奴なんだろうね」

「どの口がほざきやがる」


 鋭い眼光でルリララは、悠然とするヴァイスを射抜いた。

 ガルルルル。牙を剥きだしてルリララは威嚇する。風呂場での大人しさを微塵も感じさせない、文字通り肉食獣の瞳。視線だけで人を殺しかねない。


「テメー、何の真似だ」


 ルリララは莉子を助けに行こうとした。あの程度の雑魚共ならば、一瞬で斃せる。

 だが飛び出そうとする直前、ヴァイスに首根っこを掴まれてしまい身動ぎ一つとることが出来なかった。

 醜悪な男共に襲われ暴行されている莉子を、ヴァイスは見て見ぬふりしようというのだ。


 すぐに突き飛ばして駆け寄ろうとした。だがルリララは一切の身じろぎが出来なかった。

 冷気魔法で作り出した氷の刃を、首筋に当てられていたからだ。刃先が触れるか触れないかという微妙な距離。ヴァイスの匙加減一つで軽く首が飛びかねない。

 ルリララは全く臆することなく睨み返している。ギラギラと目を血走らせ、隙あらば即座に噛み殺しかねない。その表情は憤怒に彩られていた。剥き出しの殺気を隠そうともせず。むしろ彼女自身が抜き身の刃のよう。


「冷静に冷静に。僕はただ実験を行ないたいだけだよ」

「んだと」


 そんな彼女を宥めようとするヴァイス。実験という言葉にルリララは反応する。


「ユーたんの勇者としての素質を観察してみたくなったのさ」

「どういう意味だ」

「黒騎士との戦いで見せたあの実力。もう一度、見届けたくはないかい?」


 莉子が斬られたショック。それが反動となって、優汰はあのとき変身していた。いや覚醒というべきだろうか。

 ごく平均的な身体でしかなかった少年が、異形のシルエットへと変貌していったのだ。

 破壊に特化した肉体は、悪魔将たる黒騎士と、ほぼ互角に渡り合っていた。もしもあの力をコントロールすることが出来たら? きっと勇者活動に多大なる恩恵をもたらすだろう。

 そうなった暁には魔王なんか目じゃないって、ヴァイスは笑みを浮かべながら言う。


「そのために莉子を危険に晒すのか。この外道」

「危ない展開になったら援護に入ればいい。それにリコたんの再生能力だって気になるし」


 こともなげに言い放つ。彼はついでに、莉子についても観察するらしい。

黒騎士に斬られようが、その日に復活してしまう。並の人間ではありえない驚異の再生力だ。

 ヴァイスは2人が、この一件でどんな反応を見せるか注目しているのだ。

 ルリララはそれに気付き激昂した。優汰と莉子を、まるでモルモットでするような実験に使うというのだ。


「テメー、んな下らねえコトの為に莉子を……!」

「勇者の長所短所をもっとよく知りたいというのって、下らないのかな?」

「お前は莉子と優汰を裏切るのか!」


 ルリララは風呂上がりの濡れた黒髪を振り乱した。そんな彼女をヴァイスは冷静に見つめる。


「ルリたんはもう少し、冷静な判断力を養うべきだよ」

「るせえ!」

「粗暴な発言とは裏腹に、キミは他人の心に敏感でとても思慮深い。その長所をもっと」

「五月蠅えつってんだろヴァイス!」


 ルリララは激しく咆哮した。その勢いにヴァイスは僅かにたじろぐ。


「アタシは陰でぐだぐだ言うのは嫌いだ。だからはっきり言う。テメーは全く信用ならねえ」


 ルリララは氷の刃を握りしめ、ぐっと力を込める。


「覚えてやがれ。次、変な真似しやがったらブッ潰す」


 バリンという破砕音。一瞬にして氷刃は霧散する。

 隙をついてヴァイスの拘束から抜け出した。掴もうとするその手を乱暴に振り払い、莉子が連れ去られた方向へ一直線に駆けだす。

 いかな相手にも影すら踏ませない、加速に継ぐ超加速。亜人であるルリララの本気だ。ヴァイスでは到底追いつけない。


「悲しいなあ。あんなに手形を発行したのに」


 端正な容姿に似合う爽やかな、しかしながら無機質な微笑を浮かべながらヴァイスはそう言い残し、空間に溶けて消えた。


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