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16話 地球side ドクン。

 最初は蟻だった。庭で行列を作り、ペットの食べ残しに群がっていた何十匹何百匹。

 少年はそのうちの一匹を無造作に、人差し指で一匹潰してみる。瞬間、心の中に得もいえぬ快感が押し寄せた。


 何時間も掛けて、一匹一匹丁寧に丁寧に潰し続けた。

 ふと気が付くともう夕方だった。そんなに時間が経っていたのかと少年は自分でも驚いた。


 次の日は昆虫図鑑を参考にして、ナメクジに塩をかけて溶かしてみた。原形が残らなかったのでちっとも達成感が無かった。

 1週間後はコオロギを踏みつけた。小さいながらも内臓や体液がきちんと詰まっていて、爆ぜたそれらを見て心が躍った。

 1ヶ月後はカエルを捻り潰した。虫よりも複雑な構造をしていてもっと心が躍った。

 1年後は鳩を絞殺した。カエルよりも遥かに複雑な構造をしていてもっともっと心が躍った。


 ある日、些細なミスで両親にばれてしまった。父親から拳骨を喰らい、母親からニ度とやるなと猛烈に説教された。

 どうして両親は怒ったのか、少年には理解できなかった。

 なぜやってはいけないのか。こんなに愉しいのに、他人に迷惑を掛けた訳でもないのに。


 次の日からは、隠れて動物を殺すようにした。

 莉子以外の奴はみんな、俺のことを狂っているとか頭が壊れてるとか罵った。けど毎日が愉しくて、愉しくて優汰は仕方なかった。






 優汰たちが現在住んでいる、三先市の人口は十数万人ほどだ。

 病院や小中高校などの施設は一通り揃っており、子育てなどに最適な街としてよく知られている。


 駅の南口を降りたすぐにあるのは、市が誘致した大型スーパーや大型書店。

 遠方から訪れる人も多く、学生や買い物客などで毎日ごった返している。

 そんな豪華なビルとビルにある、僅か1mの小さな隙間。

 殆どの人はそんな所など見向きもしない。目に入ったとしても、無視して通り過ぎていく。


 その隙間に一歩足を踏み入れるとツンとした異臭が鼻に飛び込んでくる。空き缶、虫やネズミなどの死体がそこら中にごろごろ転がっていて不衛生極まりない。


 鼻をつまんで小汚い路地を抜けると、寂れてシャッター通りと化した商店街などが立ち並んでいる。行政から支援を受けた大型スーパーによる理不尽な経済競争を仕掛けられて、成す術なく淘汰されていったものだ。


 その一角にある、廃墟同然のビル。

 数年前の不況のせいでテナントは全て逃げ出し、オーナーも点検に来ることは無い。外壁はすっかり剥がれ落ち、今や見る影もない。

 路地の奥の、さらに陰に隠れた場所にあるために警察の目が届きづらい。さぞ集会にはうってつけの場所だろう。


 ビル内部を見渡せば、煙草の吸殻などがそこかしこに転がっている。

 目を凝らすと血痕やら女性用下着の切れ端なども落ちていた。

 悲鳴が聞こえてきそうな程の、生々しい光景だ。惨劇が目に浮かぶようである。


 整備されて綺麗なのは表面だけ。裏でここ三先市は、多くの不良やら暴力団が根城にしていることでも知られている。

 その実情は凄惨たるもの。条件さえ整えば、悪人は地域など選ばないのだ。


 そんな薄汚い空間に、やはり場違いなまでの輝きを放つ男女1組。

 2人の周りには5人の『元』見張りの男共。息はあるようだが、全員手足の関節が逆方向に曲がっている。


「ここからなら地上がバッチリ見えるねー」

「……」


 ヴァイスとルリララが、最上階の窓から見下ろしている。

 能天気な口調の好青年と、押し黙ったままの美少女。どちらも既に戦闘状態にあった。透明で静かな、はち切れんばかりの殺意をその身に宿している。


 戦闘能力を有し、それを淡々と行使する。その姿は、異世界で魔物と対峙するそれと全く同じだった。

 これがヴァイスとルリララの本性である。しかしそれもまだ片鱗でしかない。


「おい魔法剣士」


 もはや剥き出しの怒気を隠そうともしない。声そのものが凶器であり、いつ人斬りを始めてもおかしくないといった様子。

 同じく殺戮態勢に入っているヴァイスは、涼しげな表情で受け止める。


「解かってんだろうな」

「百も承知さ。危なくなったら助太刀に入ればいいんだし。それに」


 背後をちらりと見やる。


「リコたんの安全は、既に確保してるしね」


 ビルの床に横たわって、莉子はスウスウと寝息を立てている。

 銭湯前で暴行を受けていたが命に別条はない。むしろ今の彼女の傷跡を探すのが大変な程だ。

 ルリララはそっと彼女の身体に触れた。身体全体が、ほんのりと熱を帯びている。

 あの時と同じである。黒騎士に斬られ瀕死の重傷を負った。馬車で城に移送している途中。あの時は燃えるように全身が活性化していた。

 そこまで熱くない今は、もうほとんど自己再生を終えているのだろうか。

 その華奢な身体の中に、どれだけの再生力を秘めているのか。ルリララには想像も出来ない。


「ほら見てって、ユーたん来たよ」


 袖を引っ張るヴァイス。ルリララは窓から道路を見下ろす。

 何十人もの男共が優汰を取り囲んでいる。

 その最前列に、リーダー格とおぼしき人物。


「五島、ってめえ……!」


 優汰は眼前の男を睨みつけた。

 その男は醜悪な容貌をしていた。でっぷりと肉の付いた顔面。だんご鼻。濁ったような目。薄い唇。そして酷薄な笑み。不細工の手本みたいな醜男である。


 男はまだ20代半ば。だが中年のように腹が突き出ている。それでいて青黒く、不健康そうな顔付き。栄養バランスがまるでなっていないのだろう。

 耳に大量のピアス。唇や鼻にまでも。タンクトップから露出している脂ぎった腕には、ガイコツを模した刺青が彫られていた。


 一目見ただけでまともな輩ではないのが解かる。というかこんな奴が、まともに社会生活を送れる訳が無い。かといって暴力団の類という雰囲気でもなさそうだ。

 不良が更生することなくそのまま大人になった、とでも称するのが一番しっくりくるか。性根のひん曲った犯罪者。あるいは社会不適合者。


「見るからにワルそうな人間」

「だが小物だな」


 ヴァイスとルリララは、優汰に立ちはだかる男共をそう評価した。

 2人の情報に『不良』は無かった。説明の際、莉子が意識的に避けたワードだったのか。


 そうこうしている内に優汰の周りを取り囲んでいく、五島の手下の男共。

 歳は10代から20代まで様々。だれもかれも人相悪く、学校などでも相当な問題児だっただろう、そんな面子。


「笹山ァ」


 煙草の煙を吐き出しながら優汰の名を呼ぶ。釘を飲み込んだカラスの様なしがれた声。口内に唾液が溜っているような、人の神経を逆撫でする不快な声。


「莉子を返せ」


 優汰はむしろ静かに言い放った。声には怒気を孕んでいる。

 真剣な表情の優汰を、五島は小馬鹿にした表情で睨みつける。


「お前のオンナだっけ?」


 小指を立てる。それを根元から折る動作をした。


「ひん剥かれてるんじゃね? つか2年前よりもエロい身体に成長してるなあオイ」

「五島、テメエ!」

「けど残念だったな、今頃キズモノになってるだろうよ」


 にいっと下品に、五島は口元を歪める。


「前回はヤれなかったが、今度は最後まで楽しませてもらうぜ。今10人位でマワさせてんの。あいつら獣だからなあ。お前ブッ潰して俺も混ざるか」


 全身にこびり付いた脂肪を揺らして、クックッと嗤う五島。

 徹底的に見下した嘲笑。人を不幸にするのが楽しくて仕方が無いといったような、最低の屑特有の嗤い方。周りで五島の機嫌取りをしている男達も、彼に同調して嘲り嗤う。


 ドクン。


 優汰の中で何かが弾ける。優汰の身体に起きている異変を確認し、五島が口角を吊り上げた。


 トクン。

 トクントクン。

 トクントクンドクンドクンドクン殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス。


 優汰の二の腕が膨れ上がった。


「始まった」


 誰かが小さく呟く。声の主はビルの上から、悠然と眺めるヴァイスだったか。

 聞き取れた者は、地上には誰一人として存在しない。


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