13話 地球side 女湯
木製のドアがゆっくりと開かれる。
ドアの隙間から、1人の少女が風呂場をきょろきょろ見回した。客は自分達だけなのを確認し、連れの少女を手招きする。
するとネコミミを生やした少女がそっと顔を覗かせた。
2人は手を繋いで足を踏み入れた。初々しい思春期の肌を晒して、ハンドタオル一枚を片手に浴場へと入っていく。
「まずシャワーを浴びて、身体の汚れを落としてから湯船に浸かるんだよ」
銭湯初心者のルリララの手を引いて、莉子はあれこれレクチャーする。
まず蛇口をひねった。シャワーから温かい湯が出る。勢いよく噴出した水流に、ルリララはビクッと身体を震わせた。
おっかなびっくり手を伸ばしていき、湯に触れると手を引っ込める。普段の凛々しい表情と違って少し不安げに、身体を丸めて警戒している。
「あ、もしかして」
何かに気付いたように莉子は、ルリララへ気遣わしげな視線を向ける。
「水が苦手だったりとかする?」
「べつに平気だ」
それは猫系の外見に引っ張られての発言であったが、ルリララはやんわりと否定した。
雨に濡れたときは大層に不機嫌だったが、彼女は水が苦手という訳ではない様子だ。
そもそも彼女らワーキャットは戦闘種族であると同時に、狩猟も生業としている。
森に住む牙猫族は、獣肉や木の実などが主食である。とくに魚は季節を通して採れる食材だ。そのため素潜りこそしないものの、水に触れ合う機会は何かと多い。
また戦闘は、常に自分に有利な条件だとは限らない。ときには相手のフィールドでの戦いを強いられる。
水中戦もしかりだ。あらゆる戦況に対応出来るのが一流戦士の条件である。
「ただこんなに大きな湯船は初めてだったから、軽く緊張しただけだ」
ルリララは、なみなみと湯を湛える水面を凝視する。風呂となると話は別だ。
彼女が生まれ育った名無しの世界にも、たっぷりの湯に浸かる文化はあった。ただそれは王族や高級聖道士など、一部の特権階級に限られている。
むろん牙猫族にそんな文化などない。元が猫だからというのもあるが、樹海の奥に住んでいるのでそういった設備自体が無いのだ。
せいぜい池などで軽く行水する程度である。リラックスというより、身体の汚れや体臭を落とす作業という意味合いが強い。
「ホラおいで、身体洗ってあげる」
手招きする莉子。タイルに直座りしようとするルリララに、あわてて椅子を差し出した。
備え付けの、容器のノズルを何度か押して、白いシャンプー液を出す。少し泡立ててから、ルリララの髪の上にそっと載せた。ネコミミに泡が入らないように、丁寧に髪を洗っていく。
微笑ましい光景だ。仲睦ましい姉妹にも見える。
リンスをした後、さっと湯で流す。
「ルリララって髪が綺麗」
指で丁寧に梳いていく。
元からかなり美しい長髪だったが、リンスをしたことにより一層輝きが増している。
「本当に綺麗。うらやましいなあ」
「そうか?」
ルリララの髪の毛1本1本をうっとり眺める。
きちんとお手入れをしたらもっと綺麗になる。と、莉子。
続いてハンドタオルで石鹸を泡立てる。
タオルから泡をすくい取り、手で優しく肌に載せ、満遍なく滑らせていく。
シャワーで泡を流していく。目をつぶって身体を震わすルリララの仕草が、ペットのようで妙に可愛らしい。
ルリララはなにげなく辺りを見渡す。10人以上が余裕で入れる広さだ。これだけのスペースを入浴の為だけに割くなど、ルリララの生まれた世界だとそうそう無い。
「贅沢だな。アタシ達だけで独占なんて」
「最近はこーゆートコ、儲からないらしいからね」
「?」
それなりに頭が切れるルリララだが、やや混乱している様子。
文化の違いゆえに仕方ないだろう。1つの家庭に、1つの浴室。日本ではかなり昔からあった文化だが、向こうでは想像もつかないはずだ。
1人たったの250円と子供の駄賃程度で入れてしまう。寧ろゲームセンターで遊ぶ方が、よほど金が掛かると知ればルリララは何を思うか。
莉子は周りを見渡した。自分とルリララ以外に客はいないので貸し切り状態である。
ルリララの耳や尻尾を、誰かに見られることが無いのは幸いか。まあたとえ見られても、コスプレと言い張ってしまえば問題ないだろうと莉子は考えている。見る人によっては扇情的かもしれないが。
莉子は湯船に入った。湿ったタイルの壁に凭れかかる。
「ほら、ルリララもおいでよ」
「あ、ああ……」
温度を確かめるように、指先でちょんちょんと水面を叩く。足首を入れた後、意を決して全身湯に浸かる。
ちゃぽん。エコーの掛かった水音が浴室内に響いた。
「ほぅ……」
ルリララは、無意識に声が出た。
温かい。じんわりと身体の芯まで温かさが沁みていく感覚。
それは赤ん坊の頃を思い出すような、フカフカの毛布に包まれているような安心感を与えてくれる。
「んっ、気持ちいい……」
「温かい……」
一番風呂なせいか、少し湯が硬い。
ルリララの雪の肌がほんのりと桜色に染まる。一糸纏わぬ裸体になって弛緩するその姿は、普通の人間と大差ない。
彼女は細身の体をしていた。
ネコミミと尻尾という、際立った部分を除けば、いたって普通の可愛らしい美少女。一瞥しただけでは、それなりにスポーツで鍛えている少女という印象しか浮かばないだろう。
適度に脂肪なども付いていて、女性らしい丸みも帯びている。
莉子より少しだけ低い背丈。殆どの人にはルリララが、中学生ぐらいの年齢に見えるのかもしれない。
肌の白さから室内の運動部、例えばバスケットやバトミントンをしているのではないか。顔の綺麗さや長い黒髪から、あるいは図書室の似合う文学少女などを想起するのではないか。彼女に対する第一印象は、おおむねそういったところだろう。
そんな外見とは裏腹に、ルリララがその気になれば、頑強な男数人をたやすく叩き潰してしまえる。亜人達の筋肉は、人間のそれとは根本的に質が異なっているのだ。
予備動作無しのバック宙ひねりなど朝飯前。外見からナメて掛かると、火傷どころでは済まない。
身体の温まった莉子はんんっと、小さく伸びをした。
背中が反って、大きな胸が強調されるポーズ。
ルリララはなんとなしに莉子の身体を眺めた。
肩から腰にかけてじっくりと観察していく。
呼吸に合わせて静かにゆるやかに、莉子の豊かな胸が上下している。水に浮かんでいるそれは、柔らかそうにフルフル震えている。
「えっち」
「っ、って誰がHだ!」
視線に気づいた莉子がわざとらしく両腕を前でクロスさせる。
あまりに突拍子の無い莉子の言葉に、思わず赤面してしまうルリララ。じっと凝視していたのは事実だったため反論は出来ない。
「違うっての。 ……傷は、残ってねえな」
身体を見回していたのは傷跡を確認するためだった。
グヌヌェット村にて、黒騎士から斬撃を受けた莉子。喜ばしいことに痕跡すら残っていないが。
「ルリララも斬られたって、兵士さんが言ってたけど」
「アタシは亜人だから、傷の治りが早いんだよ」
ルリララもまた、黒騎士との戦闘で怪我を負わされた。ただし傷口は塞がっているので、もう包帯は要らない。
僅かにかさぶたが残っている程度だ。あと2週間ほどもすれば、それも無くなるだろう。
あの黒騎士に襲撃された日、ルリララはあえて己の身体を凶刃に晒した。それこそが莉子と優汰を護るための最良の策であると判断したからだ。
だが実行したのには別の理由もある。
それはごく単純に、彼女はそう簡単に死なない強靭な身体を持っているからだ。
そもそも亜人はヒトと比べ、どの種族もなにかしら肉体的に優れたスペックを持っている。その中でもワーキャットというのは、亜人でも屈指の戦闘種族だ。
肉体強度もさることながら、やはり一番の優位性は自然治癒の速さにある。彼女の腹部には、黒騎士によって斬られた傷がまだうっすら残っていた。だがそれ以外は、シミ一つない綺麗な肢体をしている。
あの一撃で致命傷を負いはしたものの、その日の夜には歩けるまでに回復していた。
骨や臓器など、まだ多少軋む部分はあるものの支障をきたす程ではない。万全ではないが、魔物との戦闘なら十分にこなせるレベルまで回復済みだ。
亜人がヒトよりも優れていると呼ばれる所以である。
だが莉子はそれすら上回った。
1週間前の、あの日の惨劇を思い出す。
あまりにも惨たらし過ぎる傷だった。生き残っているだけで御の字。後遺症で植物人間になってもおかしくない。
当時移送中の馬車内で、応急処置をしていたルリララはそう考えていた。
なぜ莉子は完治しているのだろうか。
もしや治療すら必要無かった? そんな疑問が湧いて出る。
「……なあ莉子、恐くないのか?」
ルリララは恐る恐る問うた。
「えっ?」
「あんだけキツイ目に遭ったのに、何で平然としてるんだ」
あの一件が重度のトラウマになっているのではないかと、ルリララは危惧した。
たとえ身体は大丈夫でも、心に負った傷はそう簡単に癒えない。そしてそれは表面上では気付きにくいこと。
普段から周りに明るく振る舞っている莉子ならば尚更だ。
意識を取り戻した直後、彼女は平然としていた。
次の日また姿を見せたとき、何事も無かったかのように弓術の鍛錬を行っていた。
莉子は無理をしているに違いない。そう思い、ルリララは色々と気遣った。だが2日3日と経つうちに、妙な違和感に気付く。
全く引きずっていない。
そう、まるで斬られた事実など無かったかのように。
「何でだろう。私には解からないな」
「おい」
ルリララはまた一つ疑問に思った。なぜそんな、他人事のように振る舞える。犠牲者は他ならぬ莉子自身なのに。
「私ね、優汰と一緒ならどんどん勇気が湧いてくるの」
「優汰と一緒?」
「それにルリララ達の世界に行けるようになって、優汰がとっても楽しそうだから」
そこまで喋って、何かに気付いたように莉子は顔を赤らめた。
「どうした?」
「壁の向こうで、優汰もお風呂に浸かってるんだよね」
そう言って男女を仕切る、天井から少し隙間がある壁を見上げた。
「優汰がハダカで、ってヤダ私ってばはしたない」
その惚気っぷりは、恋する乙女のそれである。
顔を赤らめている莉子に、少々呆れ気味にルリララは呟いた。
「お前は、優汰の事が好きなんだな」
「大好き」
揶揄に莉子は、当然とばかり答える。
「私は優汰の素敵なところをたくさん知ってるもん」
「そうなのか」
「私は優汰のためだけに存在しているの。この身体は優汰との初めてのために、綺麗にしておくの」
隅々まで綺麗に石鹸で洗った身体中を、手でゆっくりなぞりながら話す。
そんな莉子の行動原理は、すべて優汰だ。莉子の口から彼以外のことを話す時、驚くほどにトーンの差がある。
自分やヴァイスには、多少なりとも心を許している、とルリララは感じているが。
「優汰が18歳になったら結婚できる」
ポーッとした表情で、ぽつぽつと語る莉子。
「子供は2人欲しいな。最初は女の子で、次は男の子」
恍惚とした表情で妄想を語る。
浮かんでいるのは甘々の新婚生活か、はたまた行為そのものか。ルリララは軽く聞き流すことにした。
「ルリララには好きな人はいるの?」
唐突に振られた話題。無返答、そして無表情を装う。
あらかさまに動揺している。きっと恋人はいるのだろうと推測できる。あるいは許嫁がいるのだろうか。
「……好きな奴なあ」
ひとしきり思考した後、ルリララは感慨深げに呟いた。そしてまた沈黙する。
莉子はそんな彼女から何かを汲み取ったようだ。
「なるほど、気になってる人はいるんだね」
途端にルリララの顔が赤らんだ。
図星だろう。戦闘に関すること以外、彼女はわりと歳相応の反応を見せる。
「そっ、それよりも!」
「それよりも?」
「いやその、……莉子って胸が大きいんだな」
話題を元に戻して、じっとそれを見つめる。
彼女の大きく張った胸は、同年代の少女と比べてもかなりのボリュームを有していた。
更に特筆すべきなのは引き締まったウエストと、下半身へと繋がっていく均整のとれたプロポーション。
裸身となった彼女はとてもとても美しい。莉子の女としての完璧な魅力を、余すことなく表現している。
着痩せするタイプなので普段はある程度隠されているが、いざ風呂などで裸になると、その迫力は絶大だ。可愛らしい顔立ちが重なって、男女の性別問わず完全に虜にしてしまう、傾城の美少女が誕生する。
おもわず目を逸らすルリララ。自分で振っておきながら恥ずかしがっている。
それら言動から察するに、野性的な外見のわりにかなりウブなようだ。
「なあ莉子」
「なあに?」
「小さい胸のオンナって、その、微妙だと思うか」
ルリララは少しだけ頬を染めつつ聞いた。年頃の女同士が、裸でしていい会話なのかどうかと悩みながら。
莉子はうーんと、口元に手をやり考える。
「女の子の魅力は、胸だけじゃないんだから。そういうのでしか判断できない男の人って、私は嫌い」
「だっ、だよな!」
何故か強く同調するルリララ。
「それに、ワーキャットは戦闘種族だから。その、スレンダーなほうがいいんだよ色々と!」
そう言って、小さな乳房を隠すように両手をクロスさせる。
莉子とは対極的にルリララの胸には、ふくらみと呼べる物がほとんど無い。
ワーキャットは戦闘種族であるゆえに、男女を問わずスレンダーな体格の者が多い。
というのは半分嘘が交じっている。
見た目こそ亜人とヒトは似ているものの互いに、生活環境から何まで全く違う文化を有している。
ワーキャットは主に狩猟を生業として、俊敏な動きでもって獲物を捕らえる。そう進化してきた彼女らはヒトよりもずっと筋肉質であり、無駄な肉は殆どないのが特徴である。ゆえにヒトと比べ、胸が小さめな女性が多いのは、統計データとしては正しい。
だが成長期になれば、やはり身体つきは女性らしくなってくるもの。哺乳類というくくりである以上、授乳という行為は必須だからだ。無論それだけでなく、性的なアピールの意味合いも持っている。
幼児体型というほどではないが、ルリララは同年代の仲間と比べて、小柄で凹凸も少ない身体付きをしている。
成長期から1人取り残されたような己の胸は、実はルリララの密かなコンプレックスでもあった。
普段はさほど気にしていない。だが莉子のような豊満な乳房を持つ少女と裸で横に並ぶと、どうしても見比べてしまうのである。
「はぁー……」
落ち込んでしまっている彼女を見ていて、なにやら思い付いた莉子。波音を立てないように、こっそりと後ろへ回り込む。
考え込んでいるせいで注意が散漫になっている、ルリララの脇から両手を差し入れて、慎ましやかな彼女の胸を優しく包み込んだ。
「きゃあっ!?」
「あは、ルリララちゃん可愛い」
普段の彼女からは想像もつかないような上擦った声だ。
「はは離せって!」
「知ってる? 揉むと大きくなるんだよ」
絶妙な手つきで、平らなルリララの胸をマッサージするように揉みしだく。莉子は更に下腹部へと手を伸ばしている。
「こっちのほうも、まだまだ子供なんだね」
「ちょっと触るなっ、んあっ」
拘束から抜けようとするが、意外と莉子の力が強くて離れられない。もがいても、ばしゃばしゃと水飛沫をまき散らすだけだ。
「日本ではね、温泉に入った女の子達はイタズラし合うって伝統があるの」
「いや絶対ねーだろ!」
上擦った少女のツッコミが、大浴場に響く。
莉子は茶目っ気ある性格だが、ここまで過激な行動をとることは普段まず無い。
原因はおそらく男湯の優汰だ。彼のことについて妄想していたせいで、少々興奮気味になっているのかもしれない。
じたばたともがいていたルリララだが、やがて観念したのか徐々に抵抗が弱まってきた。
十数分後。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな」
壁に寄り掛かって、ルリララはぐったりしていた。
顔を赤くしているのは、のぼせている以外にも原因があるだろう。ネコミミが垂れて。尻尾は元気が無い。
「ごめんルリララ」
「うー……」
湿った吐息、疲れ切った表情。あれはスキンシップの範疇を超えた悪ふざけだったと、莉子は深く反省している。
「えっと、先に出てるね。そうだジュース買ってくる」
恨めしげな上目遣いから逃れるように、莉子は大浴場を後にした。
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