12話 地球side 『難易度very hardで宜しいですね?』
バブルから取り残された外観とは裏腹に、暖色系のシックで落ち着いた壁紙だ。
「莉子、細かいのあるか」
「両替すればいいんじゃないかな?」
ゲームセンターに入るなり、優汰はキョロキョロし始める。落ち着きない彼にルリララは尋ねた。
「なあ、慣れてねえのか?」
「つか俺、このゲームセンターに来るの初めてだからよく知らないんだ」
「? んなトコになんで連れてきた」
ジト目。ルリララの意見はもっともだ。とはいえここを選んだのには一応それなりの理由があってのこと。
まず図書館など行ってもつまらない。私語厳禁だし、マナーとかを一から教えるのも面倒だ。同様の理由で電車やバスなども使いづらい。
カラオケボックスなら喋るのは自由だけれど、2人は日本の歌などもちろん知らないから全然面白くないだろう。映画館や遊園地なら知識が無くとも十分楽しめるだろうが、近所には無いしチケットも持っていない。
とまあそんな風に次々と候補を消していった結果、自宅から1km程歩いた所にあるこのゲームセンターが選ばれたのだ。
……以上が莉子の判断である。
出発する前に地図で場所を確認してからやってきた。優汰も莉子も、自宅周辺の地理にはとんと疎いのだ。
「んじゃ待っててくれ。なあ莉子、両替って何処にあると思う?」
「多分あそこかなー」
莉子が指差した。手をつないで一緒に向かう。優汰は周りの視線を気にしたが、1人だけだと心細いのか特に何も言わなかった。
「ねールリたん、コレなんだと思う?」
「えらく陳列が雑だな。商売する気あんのか」
そうして戻ってくると、珍しく意気投合しているヴァイスとルリララがいた。プラスチック板で四方を囲ってある大きなゲージ。それを指差して、なにやら2人で喋りあっている。
「これはだな、クレーンゲームっていう、えっと莉子」
「これは~~」
淀みなく喋っていく。莉子のフォロー能力は偉大だ。
「……っていうゲームなんだけど、わかった?」
首を横に振るヴァイスルリララ。そんな2人を見て、困った表情をする莉子。
「実際にプレイしてみせる方が解かり易いよね。ねー優汰」
そう言うやいなや優汰に抱きついた。
「私このねこぐるみが欲しいなー」
ゲージの中のある一匹を指差す莉子。それはいわゆる『ブサさわ』な猫のぬいぐるみ。
さりげなく身体を寄せて甘えだしてくる。人目もはばからない、寧ろ周囲に見せつけるように莉子はグイッと胸を押しつける。優汰の顔がトマトを茹でたように赤くなる。
莉子は普段の調子を取り戻したようだ。先ほどまで怯えていたのが、まるで幻だったかのようにあどけない表情である。
「ユーたん頑張って!」
「いや、俺もそんなにやったことないけど」
100円玉を入れた。クレーンが動き出す。ガチャガチャと適当にレバーを操作。
十秒後、優汰のクレーンは目標のぬいぐるみにはかすりもせずに終了した。諦めずに再度挑戦する。
「……すまん莉子」
3回目も空振りだった時点で諦めた。優汰なりに努力はしていたのだが、結局ぬいぐるみは取れなかった。
それ以前にかすりすらしなかったが。器用な方ではないと優汰は自覚していたが、まさかこれほどまでとは彼自身も思わなかったようだ。せっかく莉子が欲しいと言ってくれたのに。申し訳ないという気分がぐるぐる渦巻く。
「ユーたん残念―。まあ星座占いで11位だったらしいし、しょうがないよね」
「うるせ」
だるく突っ込みをいれる気力しか残ってない。
「ふんふん成程」
ヴァイスがなにやら思案している。
「しょうがない。僕が直々に腕を振るおう」
「出来る訳ねーだろ。俺より初心者なのに」
「レバーで操作するんでしょ。単純明快」
そう言うとヴァイスはおもむろに、財布から1枚の硬貨を取り出した。
「僕の華麗なるレバーさばき、とくと御覧あれ!」
いちいち大仰なセリフ回しと挙動。傍から見たら中二病患者に見えるかもしれない。もっとも本人は楽しんでやっているだけなのだろうが。
「フンフフーン」
硬貨を投入して操作スタート。
鼻歌交じりにレバーを傾ける。ヴァイスの子供っぽい行動は、むしろ美麗な外見とのギャップによって好感度が上がる。
「んしょ、そーれ」
滑らかな手つき。細かな挙動にも随分と余裕が感じられる。
まるで物理演算をこなすコンピュータのように、正確に操作していく。安定した動作でぬいぐるみを的確に掴み取った。ぬいぐるみを抱えクレーンを移動させていく。
だが後もう少しという地点、穴の淵で不意にこぼれ落ちてしまった。理由はサイズ比率が明らかに合っていないからだろう。まるでメーカーの悪意がひしひしと伝わってくるようだ。
「あっ惜しい」
「なあに想定の範囲内さ」
すかさず2枚目の硬貨を投入する。ぬいぐるみの真横に来るように操作。クレーンが開く勢いを利用して、今度こそ穴に落ちてくる。
取り出し口から、目当てのぬいぐるみを取り出す。
重度のやり込みプレイヤーが使うような高等テクを、いとも簡単に披露してみたヴァイス。
たったの3回、優汰がプレイしているのを観察していただけ。それだけで操作方法どころかマシンの癖まで掌握してしまったようだ。驚異的にも程がある観察力である。
「ほら、リコたんこれが欲しかったの?」
「ありがとヴァイス」
素直に受け取る莉子。絵になる構図を目の当たりして、優汰は少しだけみじめな気分になる。
莉子とヴァイスでファッション雑誌のトップを飾ったら、さぞ売れ行きは上々だろう。
「気にすんなよ優汰、それよりあっちはなんだ」
「……ダンスオブワルツってゲームだ」
フォローのつもりか、ルリララは別のゲーム台を勧めてくる。
台には7つの大きなボタンが並んでいる。そして足元には8方向の矢印。
「どういう装置なんだ?」
「要するに音ゲーだな」
「音ゲイ? ゲイって何だ」
ゲイという言葉を多用するのはいかがなものか。周囲から別の意味に捉われかねない。
それはともかくCMなどでよく宣伝されていたので、流行に疎い優汰でも名称くらいは知っていた。確か据え置き機に移植されたとか何とか。
この手のゲームは、操作はだいたい同じようなもの。チュートリアル画面にて、書かれている文章にざっと目を通す。
「デモ画面見てみろ。音符が出てきてるだろ、それにタイミング合わせて、床の矢印を踏んだり目の前のボタンを押したりするゲームらしいな」
「……?」
一から十まで全部読みあげるのは面倒なので適当に省いて説明してみたものの、やはりルリララには伝わらない様子。
「あー、俺が見本やるわ」
先ほどのクレーンゲーム同様、やって見せた方がいいだろう。
「今度こそ頑張ってねー。頑張れ頑張れユーたん!」
無責任なヴァイスの応援を背に、優汰は筐体へと向かう。
200円を投入し、開始レバーを引く。難易度はとりあえずeasyを選択。
『ミュージックスタート!』
POP調キャラクターがステップを踏んだ。開始の合図とともに、ぞくぞくと音符が出現してくる。
「って難っ!?」
おびただしい数の音符が降り注いできた。
いきなりミスをしてしまった。上半身と下半身で、全く違う動きをしないといけないのだが、これが予想以上に難しい。
かなり頭が混乱する。そしてまたミス。焦りのせいで連鎖的にミスが続く、こうなると立て直すのは非常に難しい。
ああ多分スコアは全然だろうなと、プレイ途中ながら優汰は感じた。
『おめでとうございます 貴方の得点は1470点です』
「まあ初めてだし、こんなモンか」
中盤以降はグダグタになってしまい殆ど得点が稼げなかった。1470点というのは良い成績なのかどうか悩ましい。
ふと視界の隅に入ってきた筐体側面。小さな文字で『初心者はまず5000点を目指しましょう』とプリントされている。優汰は見て見ぬふりをした。
経験はないがまあ大丈夫だろうと思っていた。それは甘かったようだ。
小さい頃からTVゲームには興味が無く、いつも外でばかり遊んでいた。そのツケを払わされた気分を優汰は味わった。
「お―成程」
じっとプレイを眺めていたルリララが感嘆の声を上げる。
「なあ、アタシにもやらせてくれよ」
「いいけどよ、ムチャクチャ難しいぞ」
財布から硬貨2枚を取り出して渡す。
「満点取る」
「無理に決まってるだろ」
無茶な宣言である。ゲームセンターに置いてあるゲームは、初見で全クリア出来るようにはなっていない。それでは儲からないからだ。
ましてや満点など。優汰は呆れた、どこからそんな自信が湧いてくるのやらと。
「頑張れールリたんファイト」
「五月蠅いヴァイス」
ルリララは適当にボタンを押していった。
『難易度very hardで宜しいですね?』
「待て、それ一番難しいやつ」
優汰が制止させようとするが、ゲームは始まってしまう。
『ミュージックスタート!』
始まるやいなや残像が走るほどの、人間離れした素早い蹴りが炸裂した。
仮想の魔物をなぎ倒しているかのような、強烈過ぎる勢いで床を踏みつける。
先程の優汰のプレイとは雲泥の差だ。的確な手さばき足さばきで、みるみる内にスコアが伸びていく。
「おい、あの女の子凄いぞ」
「コンボ数が99、うお3ケタになった。つーか超可愛いな」
「コレ確か普通の音ゲーより遥かに難しいのよね」
いつの間にか筐体の周りに人だかりが出来ていた。誰もがルリララのプレイを、固唾を飲んで見守っている。
ダンッ、と最後のステップを踏んで終了。汗を拭ってスコア表示を待つ。
『おめでとうございます 貴方の得点は1000000点です』
「100万、って良い成績なのか」
こんなキリのいい数字は普通出ない。もしかして、と優汰の脳裏にある予感がよぎる。
豪華な金色トロフィーのCG。更にデンと表示される全国1位の文字。ルリララは初挑戦にして、カンストスコアを弾き出してしまったのだ。
「うおーーー凄えええマジかよ!」
「なっ、えっ?」
困惑気味のルリララ。そんな彼女をよそに観衆から拍手喝采が巻き起こる。
2位以下のスコアは30万以下。ゲームに疎い優汰でも、ルリララがとんでもない偉業を成し遂げたのは理解出来た。
「なあ莉子」
「なーに優汰」
脚光を浴びるルリララから離れた場所で、終始ニコニコした表情で佇んでいた莉子に声を掛けた。
「ここって日本だよな」
「うん」
「ヴァイスもルリララも、異世界人なんだよな」
更にいえば2人とも、この世界に呼ばれたのは今日が初めてだ。
「2人とも凄いよねー。ああいうのを天才肌っていうのかな」
「……あー」
別に今までずっと軽んじていた訳ではないが。やっぱり凄い連中なんだなと、優汰は改めて感心した。
「あの半裸の男が変なポーズ取ってる、妙に気色悪いアレはなんだ?」
「それは腕相撲マシーン、やめとけそれは」
大男をたやすく組み伏せられる筋力を持つルリララが、下手に本気を出すと破壊しかねない。なのであらかじめ釘を刺しておいた。
「どう遊ぶのアレ。ユーたん見本やって!」
「要するに腕相撲だ、もう適当にやってろ」
優汰は投げやり口調でそう言い放った。
「ふー。遊んで遊んで遊びつくした!」
ヴァイスは歩みも軽やかにゲームセンターから出てきた。
「思いのほか、マシなモン揃ってる世界だな」
「こんなに楽しいトコロだなんて! また来たいなあ」
珍しくルリララも機嫌がいい。よほど2人はこの世界に満足したのだろう。
そりゃ良かったな、と最後尾の優汰はそっと愚痴をこぼした。すっかり軽くなった財布とは真逆に、彼の気分はどんより沈んでいる。
「気のせいかな? なにやらユーたんの心に劣等感とか屈辱とか、そういう鬱屈した気持ちが宿ってるように見えるんだけど」
「気のせいってことにしといてくれ」
優汰の顔を覗きこんでくるヴァイスは、人間観察力まで秀でているようだ。うざったらしさは異世界の頃から健在である。
そんなやり取りの中で、ルリララはふと空を見上げる。
「どしたのルリたん」
「もうすぐ雨が降るな」
ルリララが呟いた。
「なんで解かるんだよ」
「勘だ」
「勘って」
んな適当な。と言い終わる前に、優汰の鼻先にポツリと水滴が落ちる。
さっきまで晴れていたのに、ぞくぞくと雨雲が集まってきた。
「うわー本当に降ってきたね」
「マジかよ。天気予報じゃ今日は晴れって言ってたんだがなあ」
「信じろよ、ワーキャットの勘は当たるんだ」
そうこう言っている合間にも雨脚はどんどん強まってきた。ものの数分も経たないうちに、バケツをひっくり返したような土砂降りになる。
「ルリたんナイス的中!」
「嬉しがるな!」
「喧嘩してる場合か」
ホントに仲悪いな、と頭の中でのみ呟く。
雨宿りできそうな場所は無いか周りを見渡す。横殴りのかなり強烈な雨だから、軒先などでは到底しのげそうにない。
「濡れた……」
ルリララは声のトーンが低い。べったりと素肌に張り付く衣服はかなり不快なようだ。
「あ、見て優汰。銭湯があるよ」
莉子が指差すその先に、クラゲをひっくり返したようなマークの暖簾。
昔ながらといった感じの古い建物。ただ煙突などは無いので、電気で沸かしているのだろうか。
こんな場所に銭湯があるなんてと呟く。ここは優汰達の通学路だったのだが、2人とも知らなかったようだ。
急いで中に入る。4人とも服はびしょ濡れだ。
大人250円と書いてある。千円札を番台の老人に手渡し、男女それぞれの暖簾をくぐった。




