10話 地球side 「今からユーたん達の地球にレッツゴー!」
「ねえねえユーたん、これ似合ってるー?」
「ああ似合う似合う」
何処のカリスマモデルだよと内心呟きながら、優汰は適当に返事をした。
普段の振る舞いなどからつい忘れがちだが、ヴァイスは黙ってさえいれば非常に格好いい。輝くような銀髪に加え容姿端麗で高身長。顔写真をアイドル事務所に送ろうものなら、速攻でスカウトマンがやってくること間違いなしだろう。
そんなヴァイスはバレエ教室にでもありそうな、一面張りの巨大な鏡に向かって決めポーズを連発している。
着用しているのは父親のクローゼットから拝借した、おそらく十年以上前に買ったのだろう古臭い紺色ジャケット。しかしヴァイスが袖を通しただけで、一転してビンテージ系の高級品に見えてくるのだから不思議だ。これが俗にいうイケメン補正というものであろう。
「なあヴァイス。お前って喋らなきゃ凄くモテるのに、とか言われたことないか?」
「えっなんで知ってるの、まさかユーたん読心能力者!?」
「いや、出会って初日に気付いたから」
オーバーリアクションに仰天してみせるヴァイスを尻目に、優汰は面倒くさげに周りを見渡した。いつも寝ているベッドに散らかり気味の学習机、マンガ用ラノベ用と区別している本棚に壁一面を覆い隠すような大きい鏡。ここは、あの異世界ではない。ここは優汰の自室だ。
「(なんでこんな事態になったんだ……)」
優汰は首筋を掻きながら回想を始める。
さかのぼること1時間前。今日は日曜日なので、莉子が作ってくれた朝ごはんを食べた後すぐに異世界へと向かっていた。いつものように噴水広場にてヴァイスルリララと合流。幸いにも今日はとくにトラブルもなく城に辿りつけた。
到着してからさっそく今日のメニューが言い渡される。まず午前中は優汰の弱点である持久力の無さを克服する為に、ルリララ直々のトレーニング指導が行われた。
黒騎士が出現してから8日ほどが経過している。城内はにわかに騒がしくなっていき、それまで漂っていた勇者降臨による祝賀的な、ムードは急速に消え去っていった。兵隊も王族も皆一同にピリピリした気配を帯びている。もちろん緘口令も継続中だ。
微妙に鬱々しい雰囲気に包まれているエリシア城だが、優汰と莉子の日常はべつだん劇的に変わってはいかなかった。兵士や諜報員らは1ケタ以上増えているそうだが、2人は元々そういう軍事的なことには頓着しない性格だったので気付くことは無かった。
なので少なくとも表面上は、穏やかで平和な日々が流れていた。
「この世界の名前って、どういうんだ?」
AM11:27。相変わらず体力不足でハァハァ息を荒げながら、それでも以前と違ってふんばれるようになった優汰。彼を気遣って休憩所から借りてきた、タオルと杯をそっと差し出している莉子。そんな面々を眺めている魔法剣士の青年は面白そうな展開になったらすかさず首を突っ込み、牙猫族の少女が彼に向って苛立たしげに突っ掛かっていく。
もはや日常風景の一部と化しつつあった。皆がすっかり慣れきっている、代わり映えのしない1コマのような、まるでずっと昔から繰り返してきたかのような、そんな錯覚を誰しもが感じていた。
だがあの時あの時間である。莉子に渡された柑橘系フルーツのジュースを飲み干してから、剣の素振りを再開しようと意気込みつつふと優汰が、ポソリと呟いたあの一言から始まった。
「……ぁ?」
「だからこの世界、名前はなんて呼ばれてるんだ?」
優汰が休憩をとっている間、自身は逆立ちしつつ腕立て伏せを繰り返していたルリララ。180°回転して通常の姿勢に戻ってから、腰巻を床に敷いて彼の隣に胡坐をかいた。
「……どういう意味だ?」
首をかしげネコミミな少女は、上目づかいの表情で逆に問い返してくる。普段通りダルそうな視線のせいか、ジロリと睨みつけられているようにも感じてしまう。
ヤンキーに憧れる子供っぽい仕草だな、という場違いな感想が浮かんだ。ついでに猫なのにハスキーヴォイスだなとも。優汰はそれら失礼な妄想を頭の片隅に追いやる。
「いや気になったんだ。召喚されてからそこそこ経つけど、この世界の名前を知らないし」
「世界の名前って、意味が解からねえんだが」
「名前っていうか、この世界はどう呼ばれてるんだ」
「世界は、世界だろう?」
話が噛み合っていない。どうやら彼女は何を質問されているのか、さっぱり理解できないといった様子だ。
優汰は返事に窮した。ルリララに上手く伝えられない。こう言いたいというのは頭の中にあるものの、いかんせん彼にはそれらを表現できるだけの語彙力が無い。
「あーつまり、えーと」
「優汰が言いたいのは」
困っている彼氏に助け船を出さんと、すかさず莉子がすっと会話に入ってきた。
「優汰が言いたいのは、ここエリシアや白沙の国などの全ての国家や地域や社会、それらを一纏めにした名称つまり」
莉子は一旦息継ぎをする。
「つまるところ、この世界の固有名詞は何か? を知りたいと思ってる!」
喋り切ってからキメ顔で振り向いた。
「……で、合ってるかな優汰?」
「あ、ああうん」
優汰は気押されたように頷いた。一方の莉子は役に立てたのが嬉しいのか満面の笑顔を浮かべている。
話の流れを素早く理解して、的確な文章に組み立てて、ジェスチャーも交えつつ淀みなく喋る。優汰には不可能な芸当だ。異世界との文化交流にて、ある意味最も必要とされる能力であろう、それら一連の才能に関して莉子はかなり秀でていた。
「あー、そういうことな」
ルリララはだいたいの骨子を理解したようだ。莉子の言い回しはかなり難解だったが、とりあえずは先程の説明で伝わったらしい。
「そういうのは、聞いたことがねえな」
「ないのか?」
優汰と莉子は、違和感満載といった顔でルリララを見つめる。
要するに自分たちでいうところの『地球』という言葉。小学生でも知っているだろうし、TVを点ければニュースなどで必ず耳にする単語だ。ルリララがどんな教育を受けてきたのかは知らないものの、全く聞いたことが無いのは不思議である。
「アタシ学ねえからなぁ……。おいヴァイス、聞きたいことがあるんだが」
ボリボリと頭を掻き、ルリララは後ろを振り向く。そこには気配を殺して傍にすり寄って、会話に混ざるタイミングを図っていた魔法剣士が立っていた。どうやら彼の行動パターンは把握されているらしい。
「なになに? ちなみに僕は独身で絶賛恋人募集中だけど」
「脳天カチ割ったろか。どうせ盗み聞きしてたろ、さっさと答えろ」
今日も今日とて、ヴァイスの軽口っぷりは冴えわたっている。それを軽くいなすルリララも平常通り。
「この世界の名称だっけ? 結論から言うけど、この世界には名前なんか無いよ」
返事を用意していたのか、ヴァイスは即答した。その内容に優汰は少々驚く。
「えっ、無いのか!?」
「だってさ」
ヴァイスは地面を指差し、もう片方の人差し指を優汰たちに向ける。
「僕やルリララが住んでる『こっちの世界』と、ユーたんやリコたんが住んでる『向こうの世界』。それ以上区別する必要なんてないでしょ? だから名前なんか必要無いのさ」
「ふーん」
莉子は納得したように頷く。
「じゃあ例えば商売をしている人達のコミュニティのことを、例えば『商売の世界』って風に呼んだりはしないの?」
「一切無いね。てゆーか僕達に言わせれば、商売の世界だなんて奇妙な言い回しだよ」
「へぇー。日本語が通じるのは不思議だと思ってたけど、アッチとコッチでやっぱり細かい差異はあるものなんだね」
どうやら『世界』という言葉が持っている意味そのものが、我々日本人が習ってきたものとはかけ離れているようだ。
「んな概念もあるのか。アタシは興味ねぇけどよ」
「文化の違いって面白いね優汰!」
「俺抜きで話を進めないでくれないか」
教養が無いという謙遜のわりに、ルリララはしっかり会話に混ざっている。蚊帳の外に置いてけぼりなのは優汰だけだ。
話が複雑になってきた。興味を惹かれたのか、何人かの兵士がチラチラとこちらの様子をうかがっている。
「そうだよ。ねーガルたん」
腕章をつけた金髪の騎士に、ヴァイスは脈絡もなく声を掛ける。彼は先の黒騎士戦で命を落としたジルハに代わり、先日新たに教育兵長に任命された若きエースだ。
年齢は優汰たちよりやや上か。素直で真面目そうで、人を疑うことを知らなそうな好青年である。今だって外見に似合わぬニックネームをつけられ、とっさに話しかけられても対応できず右往左往している。
優汰が見渡した限り、城の人間はヴァイスに何らかの苦手意識を持っているように感じられた。まあ無理もないだろう。街の住人には人気があるようだが。
「お前なぁいい加減にしろ、つーかその呼び方は失礼じゃないか」
「そうなの? それよりユーたんの世界って名称があるんだよね、じゃあ教えて!」
だから人の話を聞けってと優汰はぼやく。聞き入れるような相手でないのは解かり切っているが。案の定、右から左へと聞き流したヴァイスはもう別の話題に移っている。
「ったく。俺たちの世界は、地球って名付けられてるんだけど。えーと説明は莉子に頼む」
「まーかせて!」
どうせ自分がやるより莉子のほうが伝わりやすいという、やや後ろ向きな理由で頼ったのだが、莉子は爛々と目を輝かせて説明を始めた。
地球というのはどんな所なのか。自分達は普段どんな感じに生活しているのか。またこっちの名無し世界には存在しない科学技術、例えば自動車や飛行機などについてずらずら説明していく。更には経済や行政や、法律についても事細かく。
「(なあ優汰、議会制民主主義って結局なんだ?)」
「(俺も知らん)」
答えられる訳が無い。同じ地球出身でありながら開始10秒で脱落したのだから。
どんどん難解な方向へと進んでいく。海外にはどんな国があるのか。名称は、成り立ちは、国家間パワーバランスはどうなっている。ついには惑星単位へと話が飛躍していった。地軸の傾きによる春夏秋冬の移り変わり。果ては太陽系形成の宇宙史にまで。
高校1年生の少女が喋っているとは思えない驚異の知識量だ。学年トップの成績は伊達ではないということか。
「ねえねえユーたん、地球には魔物いる?」
「魔物はいねえよ」
それだけははっきりと言えた。
「フーン……」
何やらヴァイスは考え事をしている様子。そして顔を上げたかと思うと、不意にニヤリと笑みを浮かべた。嫌な予感しかしない。
「なあヴァイス、まさかとは思うが」
「よーし決めた! 今からユーたん達の地球にレッツゴー!」
まさかと思ったその台詞が本当に出てきた。
「行くのはもう決定事項! ルリたんも参加してね」
「ちょっと待て」
「ユーたん達だけそんな楽しそうな世界を満喫するなんてズルいって。僕やルリララだって、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有してるんだから」
早速覚えたての法律用語を使うヴァイス。知識量が増えたせいか、ウザったらしさに更なる拍車がかかっている。
「(あんな下らない質問しなきゃよかった)」
馬鹿らしくなり優汰は回想を終了した。
そこからの流れは性急だった。引きずられるままに大聖堂の地下にある封印の間へとやって来させられ、反論する間もなく元の世界にまで戻ってこさせられたのだ。そして今に至る。
「あれがリコたんの住んでる家なの?」
「ああそうだよ」
ひとしきり満足したのか、1人ファッションショーを終えて傍にやってくる。ヴァイスが指差した部屋の窓の向こう側には、レースがあしらわれた可愛らしいカーテンがあった。
あれは莉子の部屋だ。2人の家は隣同士であったため昔はよく、お互いベランダの柵を乗り越えて行き来をしていた。
「カーテンの隙間から着替えシーンが覗けちゃうかも」
ローブ姿や女戦士の衣装で街中を歩かれては目立ってしかたない。そのため到着してすぐにヴァイスとルリララには、洋服に着替えてもらうことにした。
ヴァイスは目を凝らそうとする。今頃カーテンの向こう側では、女の子2人があられもない姿でいるのだろう。
「おいコラふざけんのも大概にしろ」
「えーだって、女子の着替えは覗くためにあるんだし」
「おい!」
「9割は冗談なんだから、そんな怖い顔しないでよユーたん。ほらもう2人とも道路に出てるって」
外の景色を覗く。道路を隔てた向かいにある、莉子の家から出てくる2人の影があった。つくづく人をからかうのが好きな男である。
玄関のドアが開いた。靴を脱いでパタパタと階段を上ってくるこの足音は、莉子とこの前にお揃いで買ったスリッパだ。気配が1人しかしないのは、もう1人がワーキャットだからか。
「お待たせ優汰!」
バタンと扉が開く。着替えを済ませた莉子とルリララが入ってきた。2人ともシャワーを浴びてきたのか、少しだけ髪が濡れている。ほのかに漂うシャンプーの芳香が、優汰の鼻孔をくすぐる。
「懐かしいな、そのセーター」
「お下がりを貸してあげたの」
ルリララが着ているのは手編みの黒いセーターに、デニムのショートパンツ。ネコミミは帽子で隠していた。どれもこれも優汰には見覚えがある。あのセーターは中学生の頃に、莉子が好んでよく着ていた。
「ルリたん似合ってるー!」
「うるせぇ黙れアホ」
確かに似合っている。元からして相当な美少女にカテゴライズされているのだ。きちんとした格好をすれば魅力はぐんと跳ね上がる。現に跳ね上がった。
透けるような、色素を喪失したかのような純白の肌。それと対をなす、夜空を凝縮したかのように輝く漆黒の長髪。野性味を帯びたワイルドで、それでいて可憐な双眸。うっすらと口元から覗くやや鋭めな八重歯は、肉を噛み千切るのに役立ちそうだ。
全ての欠片が、美しく洗練されている。どこか人間離れした綺麗さを感じるのは、彼女が亜人だからだろうか。まるで氷像のような、精緻に造られたドールのような絶世の美少女。彼女はこの世ならざる者なのだと強く認識させる。
「なあ、コレ持ち歩くのは駄目なのか?」
ルリララは本当に美少女。ただ太腿にバンドで固定している、いつもの尖った骨がかなり異彩を放っている。
見知らぬ地で護身武器を持ちたい心理は、優汰もある程度は察していた。彼も一時期そんな環境に置かれていたので。ただ少し禍々しすぎる。パンク系のアクセサリと言い張れなくもないが、近頃はなにかと物騒である。警察とかに難癖をつけられては堪らないので、説得してこの部屋に置いておかせた。
「ねえねえ優汰、わたしの服は似合ってるかな?」
「お、おおう」
ぐいっと胸を突き出して、莉子はアピールした。別の女の子にばかり目がいっている優汰を見て、少しムッとした表情をしている。
「あ、か、可愛い……」
「優汰?」
一瞬だけ、優汰は言葉を忘れていた。
可愛い。改めて惚れ直してしまいそうなくらい格別の可愛らしさ。ずっと彼氏のはずの優汰が、思わずのぼせてしまうほど。
ごくりと生唾を飲んだ。ルリララやヴァイスが持つのは幻想的な美しさ。それに対し莉子の魅力は、凄まじいリアリティを伴うその官能的な肉体にあった。
ゆったりとした薄桃色のシャツワンピースは、彼女の扇情的なボディラインを隠し切れていない。激しく自己主張する乳房にキュッと引き締まったウエスト、小ぶりなヒップにむっちりとした肉付きの良い太腿。
ヘアピンなどのちょっとしたアクセサリにもかなり気合が入っている。手足のネイルアートもとっても綺麗。
誰が許容できよう。彼女の全てが優汰一人だけに捧げられていることを。女子高生とは思えない、溢れんばかりの圧倒的な色香は、性別を問わず誰をも引きつけて止まない。
「あれー。もしかしてユーたん見惚れてる?」
「しっかりしろよ彼氏野郎。まぁ確かに可愛いよ。そのまあ、女のアタシから見ても魅力的だし」
ヴァイスはからかい、ルリララはごにょごにょと小声でそう呟いていた。
ふと優汰は、自分の格好を鏡で見やる。映し出されるのは華奢で頼りないオトコ。そして普段着であるくたびれたGパンとTシャツ。
もう少し小綺麗な服装を選んだ方がよかったかと反省する。この面々で街中を歩くと、確実に優汰だけ浮きあがる。
「じゃあユーたん、案内して!」
「案内するのはいいがちょっとまて、出掛ける前にさっさとコレを処分してくれ」
優汰は巨大な鏡を指差す。むろんそんな大きな姿見を、彼が所持している訳が無い。来るなりヴァイスが魔法で作り出してしまったのだ。
「あーゴメン。鏡面魔法ってね、造ることは出来ても消せないんだ」
「おい待て!?」
「大丈夫だよ、1日経ったら魔力が切れて消滅するから。それより早くいこレッツゴー!」
相変わらずヴァイスはマイペース過ぎて何を言っても通用しない。TVによくしゃしゃり出る自称政治家にこんな奴がいたなと、筋違いな感想が優汰の頭をよぎる。
ハァと溜め息をついた。溜め息をつくと不幸になると言われているが、なら今日一日で彼はどれだけ不幸になるだろうか。
この2人が面倒を起こさなければいいのだが、と優汰は切に願う。なにせ責任をとるのは自分たちなのだ。
鏡は丸1日そのまま。きっと寝るとき非常に落ち着かないだろう。今日はリビングで眠るべきかもしれない。いっそ莉子の家で? ブンブンと頭を振って煩悩を吹き飛ばす。
評価と感想を待ってます。




