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9話 異世界side 「屑なんかじゃない」

 ――――始まりがあるからこそ終わりがある。終わりがあるからこそ始まりがある。

 誰かが言い出した訳でもない。誰かれの区別なく平等に皆、そのことわりを握りしめて生きている。不変などは有り得ない、天地万物ありとあらゆる存在は必ず朽ちはてる宿命を持ち、また新しく再生する権利を持つ。

 この一面の夜空だってそう。星々を散りばめた遮光カーテンも、朝になれば取り替えられていく。今は安寧の時間。人々は深淵のゆりかごに抱かれ、つかの間の微睡まどろみに身をゆだねる、そんな貴重な一時。


「(んっ……)」


 夜の底でルリララは小さく伸びをした。固まった筋肉をほぐすように手首足首を回す。

 彼女は大聖堂の扉から顔を覗かせると、すっと足音を立てずに外へ出た。薄手のコートを羽織っているのは外の気温が冷たいからか。

 街灯の無い、星明かりだけが頼りの噴水広場を、ルリララは危なげなく歩いている。多くの亜人は、ヒトと比べて肉体的に優れた傾向がある。ネコのように夜目が利くのもその1つだ。


 夜の街を散歩するワーキャットというのは、なかなか絵になる光景である。いやルリララだからこそか。初雪のように白い肌と流れるような黒髪のコントラストは、宵闇の中でなおいっそう輝いていた。

 辺りには誰もいない。この時間帯は、ほとんどの住民が寝静まっている。


 ルリララはふと、ベンチに誰かが座っているのを発見した。

 じっと目を凝らしてみる。細身の少年で、髪は栗毛色。あれは優汰だ。その背中はひどく憔悴しているように感じる。


「勇者様、こんなところにいると冷えるぞ」


 ルリララはそばに寄っていく。普段から年齢のわりに、妙に落ち着いた印象のある優汰。今の彼は一回り以上老けているように見えた。


「座っていいか」


 返事は無い、優汰はボーっと夜空を見上げたまま。少し躊躇したあと、ルリララは1人分ほどスペースを開けて隣に腰掛ける。


「莉子のことは、 ……まあ気にするな」


 優汰は押し黙ったままだ。話題の選択をミスったか、ルリララは少し反省する。

 2人とも無言のまま数十秒間が経過した。気の利いた言葉が思い付かず、結局ルリララは最初から用意していた台詞を述べた。


「今後は情報収集を徹底する。これからは莉子を、危険には晒さない。 ……信じてくれ」

「……」

「許してくれなんて言えない。アタシ達は莉子を、護り抜くことが出来なかった」


 ――――黒騎士との死闘のあと。全速力で駆ける馬車の中でルリララは、必死に莉子の蘇生を試みた。その時点ですでに莉子は心肺停止状態であり、助かる見込みは非常に薄かった。

 城に帰還して、すぐさま城中の医者やクレリックが総動員され莉子の治療が行われた。エリシア王国における、最高水準の医療が莉子の蘇生のために注ぎ込まれた。混乱を避けるために緘口令も敷かれた。


「夕食前に説明したけど黒騎士は、悪魔将っていう非常に危険な奴なんだ。あんな奴が現れるなんて、今までに無かったことなんだ」

「……」

「だから今後も勇者の力が必要なんだ。わかってる、こんなのアタシ達の我儘だ」


 優汰と莉子に、どう謝罪すればいいのだろうと、ルリララはずっと考えていた。考えて考えて、でも彼女には答えを出せなかった。

 エリシア城での治療の間、何も出来ないルリララはひたすら待機するしかなかった。間抜けだ阿呆だアタシはと、自分に苛立つことだけしか出来なかった。


 当初の報告では、グヌヌェット村に現れた魔物はせいぜい10匹足らずだった。しかし実際に待ち構えていたのは200匹を超えんとする大群。その時点で何かしら嗅ぎ取って、一旦は引き揚げるべきだったかもしれない。そうすれば莉子をあんな酷い目には、遭わせずに済んだかもしれない。

 何もかもが後の祭りだった。過ぎ去った後悔は、決して取り戻せない。


「傲慢だと思う。けれど聞いてくれ、勇者はこの世界にとっての大きな希望なんだ」

「……」

「だから、頼む。 ……エリシア王国の勇者を続けてくれ」


 ルリララは深々と頭を下げた。こうやって謝るのも、しょせんは自己満足であることに気付きながら。けれども彼女は謝らずにいられなかった。


「俺には、出来ないと思う……」


 ずっと夜空を見上げていた優汰は、あるかなきかの消え入りそうな声で呟いた。


「莉子を危険な目に遭わせてしまった」

「だからそれは」


 アタシ達の責任なんだ、そう言おうとしてルリララははっとする。優汰が悩んでいるのは、もっと根源的なことだった。


「約束したのに、莉子を護るって。俺が護らなくちゃいけないのに」

「おい」

「俺は、最低の屑なんだ……!」


 優汰はがっくりと肩を落とした。うっすらと目に涙を浮かべて。

その姿がどこか普段の彼と重なるようで。

 ああそうかと、ルリララは気付く。

 思い起こせば彼はいつも気だるげで冷めていて、何をするにも不熱心だと思っていた。莉子以外の他人とは距離をとっていて、あまり積極的にかかわろうとしない。その理由が今ようやく解かった気がした。


「屑なんかじゃない」


 ルリララはきっぱりと言い切る。

 まだ2人が勇者として召喚されてから日は浅い。だから優汰と莉子の間にどんな過去があったのか、ルリララは何も知らない。ただ彼らの関係は少なくともルリララから見て、恋人同士と呼ぶには少しだけ変な光景だった。

 優汰は、笹山優汰のことを嫌っている。逆にそんな彼を、莉子は心の底から愛している。

 2人は互いに依存し合っているようにも感じられた。互いの存在にすがって、寄り添って生きているような。


 優汰が悔んでいること。それは自分を愛してくれる莉子の気持ちを全く考えなかった己の馬鹿さ。莉子を守り切れなかった無力さと無能さなのだった。


「お前は屑なんかじゃない」


 ルリララはもう一度、しっかりと言い切った。屑なのはアタシ達のほうだったと、これからは絶対に2人を護り抜くと。


「なんつうか今日の件で、お前のことをちょっと見直したよ」

「ルリララ……」

「これからも宜しく。 ……優汰」


 ルリララは慰めるように、普段の彼女からは想像もつかない位に優しい声でそう告げた。


「る、ルリララ……?」


 そんな彼女を、びっくりした表情で見つめる優汰。


「んだよ」

「いや、お前の笑顔って初めて見」

「優汰!」


 第三者が彼の名を呼んだ。思わず肩をビクッとさせる優汰は、辺りをきょろきょろと見渡して彼女の姿を探し始める。


「優汰っ! 探したんだから」

「わっ!?」


 噴水広場の端のほうに声の主が立っていた。と気付く間もなく全速力でベンチに走ってくる。そして彼女は優汰に、体当たりを仕掛けるかのごとく思い切り抱きついた。


「もう優汰ってば、なんで居なくなっちゃうの?」

「りっ、莉子、そんな走って平気なのか」

「全然平気! 今すっごくパワーが溢れてるもん」

「でも莉子はまだ病み上がり」

「優汰の方こそげんなりしてない?」


 そう言って莉子は優汰の顔を覗き込んだ。一方の彼は気まずそうに、うつむいて目を逸らそうとする、が。


「こっち向いて」

「りりりり莉子っわわわわ!?」

「優汰?」


 莉子は優汰の頭を両手で挟み、くいっと自分のほうに向けた。

 そしてぐっと顔を近づける。距離にして約10cm、はからずも今朝と似たシチュエーションが再現された。


「駄目だよーリコたん、ここは男のプライドってのを察してあげなくちゃ」


 第四者の声がする。いつから気配を消していたのやら、ベンチのすぐ裏手の影からヴァイスが首を伸ばしてきた。


「どういうことなのヴァイス」

「リコたんが目覚めた時、ユーたんてば嬉しさの余り号泣しちゃったんだもん。カッコ悪くて顔合わせられないって」

「そうなの優汰?」


 莉子は途端にしゅんとした表情になる。

 絶望的だと思われていた莉子の命。1時間後もしないうちに、彼女はあっという間に完治した。担当医曰く、驚異的な回復力でみるみる傷が塞がっていったという。


「ゴメン、優汰のプライドをずたずたに引き裂いちゃって」

「い、いや。そんなことはない……ってかヴァイス適当なこと言うな!」

「えっ違うのユーたん?」


 首をかしげるヴァイス。どうやら初めから茶化す気満々だった模様。その証拠に目元がニコニコ笑っている。

 そんなやりとりの間も、莉子はずっと優汰に抱きついていた。優汰が顔を赤くする理由は、むしろそれなのかもしれない。


「さーさー恋仲を邪魔しちゃいけないし、僕らは退散しよー!」


 そう言ってヴァイスは、ルリララの腕を掴んで走り出す。


「っておいコラ、離せって魔法剣士!」

「ユーたんリコたんまた明日ねー!」


 急展開すぎて呆気にとられていた彼女は抵抗ままならず、夜中にも関わらずはしゃぎ回るヴァイスに連れられ闇夜へと消えていった。


「……俺らも帰るか」

「せっかくだし、星空を見ていこうよ」


 そう言って莉子は隣にちょこんと座る。優汰の身体に寄り添って、そっと手を組んだ。


「腕、あったかいな」

「優汰?」

「なんでもない」


 莉子を守る力が、俺にあるのか。

 強くなりたいと願った。ヴァイスやルリララに頼っているようではいけない。


 優汰はのんびりと夜空を見上げた。地球のそれと似ているようで、微妙に違う星座や月。莉子はこの異世界の空にどんな感想を漏らすだろうか。

 ふと隣を見ると莉子と目が合った。どうしたのと聞かれ、優汰はまた顔を赤くした。






「僕はねー、炎に焼かれる程度じゃ死なないんだ」

「なんだそりゃ」


 ルリララは驚きを通り越して、呆れた声でそう呟いた。

 噴水広場を出たあと、仕方なしにヴァイスと一緒に深夜の真っ暗な街中を歩いていたルリララ。どのタイミングで殴り飛ばしてやろうか画策していた彼女は、ふと黒騎士との対戦時に気になったことを問い詰めた。

 どうしてあんなムキになって魔法をぶっ放したのか、テメーらしくもねえ。その問いかけの返事が、さっきのセリフである。


「だからわざとキレた振りしてフレア・バーストぶっ放したと? 無茶苦茶だな」

「だって本当に死なないんだもん。なんなら今から再現するよ」

「アホか」


 ヴァイス曰く、死に体を装うことによって、黒騎士は必ず油断する筈であると。そして隙を見計らって、奇襲を仕掛けてやろうという算段だったそうだ。


「それを言うなら、ルリたんだってわざと斬られたんでしょ」

「何で知ってんだよ」

「だって、炎の中から見えてたもん」


 見てんじゃねーよと、ルリララは愚痴る。

 コートの裾から覗く肌には、生々しい傷跡が刻まれていた。彼女もまたヴァイスと同様に、殺されたフリをする作戦をとっていた。ただルリララがやり遂げた作戦は、あまりにも突飛で常識外れなものだった。


「心臓を止めるってどんな気分なの?」

「全部お見通しかよ。んーまだ少しダルい気分だ」


 苦しまぬように逝かせると黒騎士は言った、ならば死体を切り刻むような無粋な真似はしない筈。ルリララはその判断に賭けた。

 彼女は斬られたと同時に、身体をひねって急所を外させた。そして彼女は更に、強制的に心拍を停止させてしまったのだ。ヨガの体系の中には心臓の鼓動を止める特殊な呼吸法がある。彼女が咄嗟に行ったのもそれに近いものだった。


 無茶苦茶な作戦だったのは、彼女も十分承知である。だがそれ以上の良策は無かっただろうという自負もある。誤算は意識を取り戻すのにかなり手間取ってしまったこと。もっと早く目覚めることが出来れば莉子は大怪我をせずに済んだだろう。結果オーライという言葉を、ルリララはとても嫌う。


「間近で見てみたいから、もう一回ちょっと心臓止めてみて」

踵骨アキレス腱を裂かれたいか」

「何にもしないって。気絶してる最中にちょっと下着とか覗くだけだから」


 ルリララはおもむろに尖った骨を取り出す。


「ゴメンゴメン、にしても心臓止めって凄い能力だね。ユーたんやリコたんに自慢したら?」

「するかアホ」


 勇者とはいえまだ多感な時期の少年少女。この傷を知れば優汰と莉子は、きっと罪悪を感じてしまうだろう。いらぬ心配をさせる必要などない。


「汚れた部分なんか見なくていいんだ、優汰と莉子は」


 ルリララは手の中で、骨を弄びながらそう呟いた。


 エリシア王国は今後、より軍事的に変貌するだろう。それは2人には悟られないようにしないといけない。グヌヌェット村の住民が全員死亡していたことも伝えなかった。

 魔物だけでなく人間にも、吐き気を催すような奴は幾らでもいる。昼間の傭兵連中などまだ可愛い方。金の亡者に快楽殺人者、それから奴隷商人。


 そんな汚れたこと全て、知らなくていいと彼女は思った。

 勇者とは崇められるべき存在だ。勇者の瞳を曇らせてはならない。醜いモノは、全て自分達で覆い隠してしまうべきだと。それが2人のためになると、ルリララは考えている。


「そういや黒騎士に主を殺されたとかほざいてたな」

「言ったっけ、そんなコト」


 あまり深入りされたくなかったのか、ルリララはさりげなく話題を変えた。


「言ったじゃねえか」

「記憶にないなあ。だいたい僕、黒騎士を見たのって今日が初めてだし」

「主人の仇ってのは冗談なのかよ!」

「言ったっけ、そんなコト」


 みるみる視線が険しくなっていくルリララを気にも留めず、ヴァイスは勝手に喋り続ける。


「てゆーかそもそも僕、今までずっと1人旅してきてたし」

「お前確かに主が殺されたって言ったぞ!」

「勘違いじゃない? もしくは僕を異性として意識するあまり、幻聴が聞こえたのかも」

「よしテメー殴る顔ボコボコになるまでぶん殴り続けてやる」

「それよりさー、ルリたん僕の名前を呼んでくれたでしょ。あの時は嬉しかったなー」


 まるで花も恥じらう乙女のように、ヴァイスはうっとりとした表情で喋り続ける。

 プチンと糸が切れる音がした。むろん発信元はルリララである。ヴァイスはその空気を察して少し大人しくなる、訳が無い。


「これって婚約のプロポーズだったりする? うわー今度、牙猫族の里に御挨拶しなくちゃ!」

「おいコラ逃げんな待ちやがれ!」


 攻防が始まった。蹴りやパンチを華麗にかわしていくヴァイスと、ブチ切れた形相で彼を追いかけるルリララ。互いに深夜なのを忘れて騒いでいるが、いつも制止役をする優汰は今この場にいない。

 ……寝不足気味な街の住民曰く、彼らの散歩は明け方まで続いていたそうだった。


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