料理男子の災難-4
(区切りの関係で少々短いです)
(2019/6/30 改稿)
「おーい、さっさと教室に入って席に着いとけよー。授業始まるぞー」
まだ遠くにいる先生が入口の前で固まる俺達にそう声をかけながらこっちに向かって歩いてくる。
「は、はい、すみません」
その声で再起動した俺と淳也は教室に入っていく。
「うやむやになったと思ってたのになあ」
「一難去ってまた一難だねえ」
「なんだか俺達、調理実習以来ボロボロだよなあ」
「ボロボロだねえ」
二人で嘆きを交わしつつそれぞれの席に散っていく。
ほどなくして先生が入室し5時間目の授業が開始されたのだが、さっきの藤之宮の言葉が頭の中でリフレインしてまったく集中できなかった。
そして放課後。
「秀斗、どうしよう?」
そうぼそりと言った淳也は半分死んだ目で黒板の上の時計を見ているようだが、なにやら目の焦点が合っていない。
「そうだな。どうしようか」
倣うように時計を見ながら考えをめぐらす。
俺達は、『どうしよう』だけで十分通じる懸案事項、すなわち、『今後弁当をどうするのか』についての結論を出さなくてはならない。現状はと言えば、調理実習からずっと弁当を持ってきておらず、もっと言うと料理自体をしていない。それをどうするのか、ということだ。
「あのさ」
「なんだ?」
「秀斗は料理が嫌いになった?」
「いや」
「料理を辞めようと思う?」
「……いや」
料理を辞める、か。
嫌いになったわけじゃないけど作る気になれない。だからと言って辞めようとは思っていない。
こうなった理由なんて分かっている。藤之宮との圧倒的な差に打ちのめされて立ち上がれないのだ。
「僕達、料理を作る気になれるのかなあ」
そうだな。今のままじゃだめかもしれない。諦めが支配した心から希望など生まれやしないのだ。
「淳也。作る気になりたいか?」
答えは分かっている。なりたくないわけがない、なりたいのだ。
「そうだね。なりたいね」
堂々巡りの思考を断ち切るために何かをしなければならない。
心がぐるぐると回ってしまって体を動かせないのならば、無理やりにでも体の方を動かしてみようか。拙速な行動かもしれないが、止まらないメリーゴーラウンドに乗り続けるわけにはいかないのだ。
「なあ、淳也」
「うん?」
「一緒に料理してみないか?」
「一緒に?」
「おう。例えば俺ん家でも淳也ん家でもいいから、二人で一緒に料理する」
一人じゃ動けないなら二人で動いてみればなんとかなるかもしれない。一蓮托生、死なば諸共だ。
「心が動かないなら体を動かしてみようかなってな」
「……ふーん、そうだね。このままじゃしょうがないもんね。やってみようか?」
「そうと決まれば早速やろう」
「じゃあ、僕の家でやらない? うちのキッチン結構広くて、二人で料理しても余裕なんだ」
「そうか、それじゃ淳也ん家のキッチンを借りることにしよう。家の人からは許可貰えるのか?」
「大丈夫だよ。みんな細かいことは気にしないからね」
ちょっとだけ楽しくなってきた。言ってみるもんだな。
「いつからやろうか? やるとなれば使い慣れた道具でやりたいから、早速とは言ったものの今日は無理だ」
「じゃあ明日はどう? 今日は食材を買う日にしてさ」
「いいな、前向きだ。今の俺達はそれくらいがむしゃらに動かないとダメかもしれないからな」
「うん。僕ん家の近くにスーパーがあるからそこに行こうよ」
「よし、さっそく行こう」
「買い出しが終わったら一度僕の家に来てキッチンを見ておいて欲しいんだけど、いいかな?」
「もちろんだ。そう言えば、淳也の家に行くのは初めてだな。じっくり見させてもらうぞ。よろしくな」
少しだけ心が軽くなったようで、会話も以前のように弾んでいる。この一週間、落ちに落ち込んでいたからか、なんだか心地いい気がする。
スーパーで買い出しを終えた俺達は淳也の家に来た。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
「おかえりー」
家の中から女性の声で出迎えの言葉が返された。お母さんか、お姉さんか。
「お、友達を連れてきたのか? 淳也には珍しいな」
「お姉ちゃん、もうちょっと女らしくしなってば。友達の一ノ瀬秀斗君だよ」
「一ノ瀬秀斗です。今日はお邪魔します」
「ああ、君が秀斗君か。淳也の姉の良美だ。よろしく」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
初めて会う淳也のお姉さんの第一印象は『サッパリした感じのお姉さん』だ。
淳也よりも背は高いが俺よりかは低い。スタイルは一言で言えばスレンダー。髪は僅かに赤味がかったショートヘアーで鼻筋もスッと通っており、キリっとした瞳をしている『イケメン寄りの美人』といったところか。よっぽど淳也の方が女の子っぽいかもしれない。
この男前なお姉さんが淳也とどんな喧嘩をすれば拗ねるんだろう? なんか想像が付かない。女心はわからないものだということか。
「淳也からいろいろと話を聞いてるよ。秀斗君も料理するんだって?」
淳也君。君は一体何を暴露してくれているのかね?
「は、はい。稚拙ながらいろいろと作っております」
「淳也も料理上手なんだよ。私よりも断然上手いんだ。はっはっは」
「何言ってるの、お姉ちゃんだってなんでも一通りできるじゃん。じゃあ、僕と秀斗はキッチンに入るからね」
「へー、ここんところ全然寄り付きもしなかったのに。何か心境の変化でもあったのか?」
「そうそう、あったあった」
「投げやりに言うんじゃない」
「そうだ、明日からしばらくの間秀斗と一緒に料理することにしたんだけどいいよね?」
「私は構わないよ。一応お母さんにも聞いときな」
「うん、わかった。秀斗、こっちこっち」
お姉さんよりも淳也の方が料理は上手いのかな? 俺と淳也はどっこいどっこいだし、やっぱり俺達が特に劣っているわけじゃないよな……
淳也に連れられてキッチンに入った。これは確かに広い。道具も整頓されているしシンクもピカピカだ。うちの台所とは比べ物にならないぞ。
「驚いたな。淳也、こんないいキッチンで料理してるのか? 心底羨ましいんだが」
「へへ、いいでしょ? キッチンだけは自慢できるんだ。家を建てる時にお母さんとお姉ちゃんが並んで料理できるようにって、お父さんが設計の人にお願いしたんだよ」
「ほえー、オーダーメイドか? すごいな。明日からここで料理ができるのか。なんだかそれだけでもワクワクしてきたぞ」
「気に入ってもらえたなら何よりだね。あっと、食材を冷蔵庫に入れとかなきゃね」
「そうだな、ほれ、任せたぞ」
淳也から一通りキッチンの説明を受ける。道具は自由に使っていいとのこと。冷蔵庫にある食材はプリンなどおやつ類を除けば多少は使ってもいいそうだ。食材の費用は基本的に俺と淳也で折半する。都度都度計算するのは面倒なので、二人であらかじめ同額を出し合ってそのお金で買うことにした。
いろいろと方針を話し合ってから淳也の家を後にし、帰還する。
我が家に着き、真っ直ぐに台所に向かう。使い慣れた包丁を厳重に包んで袋に詰めたりと、細々な明日の準備をするためだ。
――ピロン
ふいにスマホが鳴った。
メッセージの送り主は淳也で、そこには『お母さんの許可も出たから明日よろしくね』とあった。
『りょ』と返しスマホを机の上に置き、俺は道具と心の準備を進めた。
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