料理男子の災難-5
(2019/6/30 改稿)
「今日は何食べるー?」
「んー、日替わり定食」
「秀斗はいっつも日替わりだね」
「そういう淳也もだろ。毎日違う味だし、何よりも考えなくて済むしな」
「だねー」
昼ごはんを食べて残り2時間の授業を受ければ放課後だ。今日は淳也の家に行って昨日買った食材を文字通り料理してやるのだ。
きっと一人だけでやると藤之宮のハンバーグが頭にチラついて集中できないだろう。二人で料理の話をしながらでもやれば気もまぎれる。話をしながら料理なんて褒められたもんじゃないんだけどね。
「今日のはなんだ?」
「鮭のフライのタルタルソースがけだって」
「お、当たりかも」
「お魚美味しいよねー」
鮭は魚の中でも料理のバリエーションが広い。焼き鮭に始まり、フライ、照り焼き、ムニエル、フレーク、南蛮漬け、北海道ではちゃんちゃん焼きの主役を務める。魚料理を始めるのなら、鮭を選んでおけばレパートリーに困ることはないだろう。
「さてと、席も取れたし食べますか。いただきます」
「いただきます」
タルタルソースも作る人によって大きく味が変わってくるから面白い。ピクルスを入れたり入れなかったり、マヨを多くしたり少なくしたり、あるいは無くしたり。食堂のおばちゃんはマヨ多目派なんだろう。マヨマヨしたタルタルソースだ。
「鮭は塩でも醤油でもタルタルでもなんでもいけるし美味いよなー」
「クリームパスタとかにも相性いいよね」
「うおおお、それ好物。食いてーーー」
鮭フライのタルタルソースがけを食べながら鮭のクリームパスタを想像して食べたくなるなど、男子高校生の食欲は全く侮れない。
「淳也、今日は帰ったら何作ろうか?」
「昨日は何でも作れるようにって日持ちする材料を中心に適当に買ったからね。どうする? 鮭にする?」
「今食ってるじゃねーかよ。と言いつつももっと鮭食べたい自分がいるのも確かだしなー」
「自分に正直に生きようよ」
「……そう、だな。俺の考えが間違っていたようだ。一度限りの人生、自分の心に素直になって残りの生を全うしようではないか。淳也、目を覚ましてくれてありがとう」
「鮭一つでずいぶん壮大だね。じゃあ、今日は鮭を買って帰ろう」
「オッケー」
淳也との話が弾む。昨日までの陰鬱とした食事風景ではない。これこそが俺達の正しき姿なのである。そうだよ、こうこなくっちゃね。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
トレーを置いて食堂を出ようとしたら、隅の方で藤之宮が一人で食事を摂っているのが目に入った。食堂は混んでるのになぜか藤之宮の周りの席は空いているので余計に目立つ。あれだけ料理が出来るんだから弁当でも作ってくればいいのに、と思ってテーブルの上をよくみたら弁当だった。一人で弁当食べるのになんでわざわざ食堂まで来てるんだ?
「でさ、お姉ちゃんが砂糖と塩…… どしたの秀斗?」
淳也があらぬ方向を見ている俺に怪訝そうな顔を向ける。
「あ、い、いや、なんでもない。すまん、行こう」
慌てて淳也に顔を向けなおし取り繕ったのだが、今まで向けていた方角から視線を感じたのは気のせいだろうか。
そして放課後。
「急げ、行くぞ!」
「ちょっと待ってよ! スーパーは逃げないって」
「若者の時間は何よりも貴重なんだぞ?」
「ここんところずっとダラダラしてたくせに?」
「淳也、君はそうやってお姉ちゃんを怒らせてるのか?」
「あはは、そんなことないよー。よし準備できた! 行こう!」
俺達は急いで帰り支度をしそそくさと教室を出たまではいいが、俺様としたことがうっかり学校鞄だけしか持っていないことに気付いた。今日は料理道具の袋も持ってきているのだ。それが無いと満足に料理ができない。
「淳也、悪い、忘れもん。先行ってて、すぐ追いつく」
「人を急かしといて自分が忘れ物ってー」
「すまんすまん」
「はいー」
急いで机に戻って料理道具袋を手に取ろうとした時、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「一ノ瀬君。急いでるようだけど、ほんの少しだけいいかしら?」
「あ、え? は、はい、なんでしょう藤之宮さん」
さっき授業が終わったばかりの教室にはまだ大勢の生徒が残っている。その中で聖女様がモブに話しかけてるわけだからして注目を集めないわけはない。何の用だよ。大体想像は付くけどね。
「昨日のお話なのですが、お返事はいただけるのでしょうか?」
あー、やっぱりそれだよね。弁当の件しかないもんね。まあ、正直に話すしかないか。ウソは見抜かれるしな。
「ごめんなさい、今はまだお答えできそうにありません。もう少しお時間をいただけないでしょうか?」
丁寧にすぐには回答できない旨をお伝えする。
「ふふふ、わかったわ。良い答えをお待ちしておりますわ。それでは」
そう言い残して藤之宮が教室から出て行ったその瞬間、教室がことの外ひどく騒めいた。いや、騒めいたというよりももはや阿鼻叫喚というべきか。やかましいにも程がある。どうした、なにがどうなっている!?
ポカンとしてると、サッカー野郎の爽やか小林が爽やかさを取っ払い驚いたような焦ったような顔をして俺に詰め寄ってきた。お前部活あるんだろ、さっさと行けよ。
「い、い、一ノ瀬!? お前、もしかして藤之宮さんに告白されたのか? え、え、どうなんだ!?」
こいつは何を言ってるんだ?と首を傾ける。なにをとち狂ってそんなこと言い出すんだ?と考えていたらさらに畳みかけてきた。
「おおおお返事いただけるのかとか良い答えを待ってるとか、そうに決まってるだろ!? どうなんだよ!?」
落ち着け小林。ちょっと泣きそうになってるぞ。そうか、お前は藤之宮に惚れているのか。成就をお祈りしてやるから落ち着こうな。
うーむ、さっきの会話を思い返すと確かにそんな意味にも取れなくもない。……いや、そう取られるわな。なるほどなー。つーか、俺、藤之宮に嵌められた!?
さておき兎にも角にも早急にこの場を鎮めればならない。
「ばか、何言ってんだよ! 誤解誤解誤解誤解誤解!」
五回も言えばいいだろ。
「全然そんなんじゃないって! 大体聖女様が俺みたいなモブに告白とかあり得ないだろ!? 釣り合う訳ないだろ!? 聖女様がそんな馬鹿な選択をするか? 冷静になって考えろよ小林。俺がお前くらいのポテンシャルを持ってればあり得る話かもしれない。だがな、俺は何の特長も能力も持たないモブだ。絶対にあり得んぞ?」
相手をそれとなく持ち上げるという淳也直伝の戦法を用いてみた。お? 俺って意外と戦略家?
「お、おう。そ、そうか。そうだよな。一ノ瀬だもんな」
納得してもらったようで何よりだが、それはそれでなんか腹立ちますわよ。
そう話したところで教室の阿鼻叫喚も静まっていった。『人騒がせな』『どうせそんなことだろうと』『一ノ瀬はないわー』『聖女様がそんな愚行をするわけがない』『うけるー』うるさいわ。そういうのは俺がいないところで言え。
「ということだ。わかったんなら俺の肩を掴んでるその手を放してくれないか?」
「あ、お、おう。ごめんごめん。そっか、そうだったのか。つい掴んじゃって悪かったね。すまない」
小林も落ち着きはじめ、爽やかさを少しずつ取り戻してきたようだ。好きな女の子のことになると男子ってのはこんなにも取り乱すものかね? 大変ですね。
「じゃ、もう行っていいかな? 淳也が先に行ってるんで急ぎたいんだけど」
「も、もちろんだよ。引き留めて悪かったね」
「ああ、誤解も解けたようで良かったよ。じゃあな」
さて、淳也に追いかけなければ。何よりも『じゃあ藤之宮さんの言ってたお話ってなに?』という追撃を受けるわけにはいかない。この隙にダッシュで昇降口に向かう。廊下は走ってはいけません。はい。
って、あれ? 淳也がこっちに歩いてきてないか?
「淳也? どうした? 先に行ってたんじゃないのか?」
そう言う俺に淳也は少し不思議そうな顔で返す。
「いやね、さっき昇降口で靴を履き替えてたら後から来た藤之宮さんに『一ノ瀬君、ひょっとすると時間がかかるかもしれないわよ』って言われてさ。なんだろうって思って戻ってきたんだよ」
ああ。ああああ。あの悪魔。やっぱり嵌めやがったんだな。こうなることを確信してやがった。なにが聖女様だ! モブをいじって楽しんでんじゃねーよ! くそっくそっくそっくそっ!
「秀斗、すごい顔してる」
「……今めっちゃ千切りしたい気分だ」
「そ、そう? 鮭の他にキャベツも買う?」
「おう」
不思議そうな顔した淳也と苦虫をつぶした顔した俺。二人して昇降口に向かった。
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