再修業-1
(2019/6/30 改稿)
スーパーで鮭とキャベツを買い終えて俺達は淳也の家に向かった。
「ただいまー」
「こんにちはー」
「おかえりー。秀斗君もどうぞー」
「すみません、今日もおじゃましますー」
「どうぞどうぞ。遠慮するなよー」
今日もお姉さんの良美さんはご在宅のようだ。
良美さんは淳也の三つ年上で今は大学二年生。大学の授業は高校と違って自分で時間割を構築する。お姉さんは木曜日と金曜日の午後は空いているとのことで、昨日今日2日連続でのご対面となる。
「お姉ちゃん、早速だけど僕達キッチンに入るから。冷蔵庫から出しときたいものあったら先に出しといてー」
「あ、じゃあお茶持ってくぞ」
「ほーい」
良美さんは冷蔵庫からお茶の入ったポットを取り出して自分の部屋へと階段を上っていった。
俺達は肘から先を丁寧に洗ってからキッチンで準備を始める。エプロンは良美さんのを借りたが、おしゃれなカフェの店員さんが着けてるようなシンプルでブラックのカッコいい系なものなので、男子が着けても全く違和感が無かった。良美さんらしいチョイスだなと思う。
「じゃ、帰りに話しした通り、鮭ときのこのクリームシチューを作るぞ」
「そうだね。どう分担しようか」
「淳也、俺はだな」
「うん?」
「何と言おうとキャベツを千切りにする」
「あははは、ホント大変な目にあったねー」
「まったくだよ! この俺様を嵌めやがって。勉強ができてスポーツ万能で料理も超一級なんだからそれで満足しろってんだ。何が聖女様だ。気まぐれにモブをからかいやがって、性格悪いったらありゃしねー。ふざけんなっつーの」
「まあまあまあまあ。じゃあ、秀斗に千切りはまかせるね」
「おうよ! キャベツ持っていくぞ」
持参の料理道具袋から包丁を取り出す。このキッチンは元々二人で料理できるように道具が揃えられているのでまな板は二枚あるのだ。淳也からまな板を借り、野菜面を確認して調理台に置く。
キャベツの千切りはあの調理実習以来だ。あまり思い出したくないが今は今日の怒りをぶつけることに集中する。
慣れた手順で葉を2、3枚丸めて包丁で切る。細くて見目のいい千切りにするのだ。
――ダダダダダダダダダダダ
今日は遠慮なく轟音を立ててキャベツを切る。切って切って切りまくる。切って切って切り倒す。このっこのっこのっこのっ!
「秀斗、顔が怖いよ。口元しか見えなくても分かるくらいだよ」
俺の前髪は鼻の頭くらいまで伸びているので、普段は表情が見え辛いのだ。ただ、淳也は俺との付き合いが長いのもあって、口元や声色の変化ですぐに表情がわかるらしい。
「俺は今キャベツ千切りマシンと化している。マシンには表情など無いのだ。だから気にすることなどない」
「いやいや、怖いって」
「それもこれもあの女のせいで…… くそっくそっ」
「言葉が汚いよ? 料理は楽しくやらなくちゃ」
「すまん。が、この千切りだけは許してくれ……」
怒りをぶつけてはいるが、いつもよりも意識して切っている。藤之宮との絶対的な差はどこからくるのか。俺達には何が足りないのか。何が藤之宮をあそこまで押し上げたのか。
俺達は今どういう状況なんだろうか?
慣れでやっていないか? 惰性になってないか?
料理に限ったことではないが、人間、ある程度上手に出来るようになると慣れだけで動いてしまいそこから伸びなくなってしまう。初心者のときには大事にしていた基礎や習慣が、慣れるに従ってその大事さを忘れ疎かになり、結果成長が止まってしまう。
もしかすると、俺達は料理が、弁当作りが、ルーチンワークのようになってしまっているのかもしれない。もちろん工夫や挑戦をしているつもりだが、知らず知らずのうち、慣れのもとで基礎を蔑ろにしてしまっているのかもしれない。
「淳也。あのさ、俺ちょっと思ったんだけどな」
「もう一度基礎からおさらいする? とか?」
お、お、お前はエスパーか何かか?
「な、なんで分かった?」
「なんとなーくね」
嘘だ。絶対、淳也は他人の脳に直接アクセスできる超能力を持ってるに違いない。
「いくらなんでも脳に直接アクセスするなんてできないよ?」
ちょっ!? やめろ、怖いわ!
「なんて冗談。秀斗は考えてることが顔に出やすいからねー」
えー、そうかなあ、そんなことはないと思うのだけどなあ。割とポーカーフェイス出来てる方だと思うんだけどなあ。それに顔っつっても口元しか見えてないよ? それでも読めるものなの?
……って、違う! 例え顔に出ていたとしてもだ、ここまで正確に読めるなんてどんだけ人の心の機微が分かるんだよ。淳也には嘘ついても速攻でバレるなこれ。閻魔様かよ。何か? 俺の周りには、悪魔だ、閻魔だ、地獄の住人しかおらんのか?
「ところで秀斗さ。その量多すぎない? 三人じゃ食べきれないよ?」
「……あ」
しまった。淳也にそう言われなければキャベツまるまる一個分の千切りが出来上がるところだった。俺達と良美さんの三人で食べるにしては多すぎる量になってしまっている。
淳也の両親は仕事で遅くなることが多く、大抵は外で夕食を済ませるそうだ。そのため、俺達は両親が早く帰って来ない限り三人分の夕食を料理することにしたのだが、いきなりミスをやらかしてしまった。
「いや、ついうっかりして、すまん」
「あはは、いいよいいよ。切るのに集中してたもんね」
「わりい」
「でね? 話戻すけど、基礎から見直すってことなら僕はそれがいいなって思うよ」
「うん。俺達、慣れて惰性でやってて成長できていなかったのかもなって、な」
「そうだね」
「だから、しばらく二人で本当に基本的な料理で基礎を確認していかないか?」
「いいねそれ。いい考えだと思う」
「そうか、賛成してくれてありがとよ」
淳也が賛同してくれたので俺達は基礎練からすることになった。
基礎練と言っても重たいリストウェイト付けて包丁を振るわけではない。それで料理がうまくなるのなら爽やか小林なんてすぐにでもシェフになれるだろう。実際には、包丁さばきや鍋さばきなどの技能面以外に、理論を実践し結果を確認する知識面の研究もある。
ただ、基礎練をするとして、俺達だけが納得すれば済むものではない懸念が一つある。
「でも一つ懸案事項があるんだ」
「懸案事項って?」
「しばらくの間、加藤家の晩御飯がリピート気味になってしまうこと」
「あー、あはは、そうだね、確かにねー。そうだねー」
のんきに笑っているがいいのか? 俺達だけの問題じゃないぞ?
「それでも大丈夫か? 良美さんに断んなくても大丈夫?」
「気にしなくてもいいよ。ずーっと続くわけじゃないし、お姉ちゃんは人が作ったものに文句言う人じゃないしね」
「そうか。それならいいんだが」
今日は基礎云々とは関係なく久しぶりの料理を自由に作りたいと思っているが、来週からは基礎練を始めるのでそうならざるを得ない。最低でも二日は同じものを作って差分の検証をしなければならないからだ。
ただ、まるまる同じものを作ることはしない。主菜と副菜の周期をずらせば、それぞれは連続で作ってはいるものの全体としては毎食違っていることになる。妙な組み合わせになるかもしれないけどな。
「さーてこっちだけど、あとはしばらく煮てから味を調える感じだね」
「うおっ!? 手早いな、淳也。すごい」
「そうでもないよ? って言うか秀斗だってそれだけのキャベツを切れば結構時間かかるはずだけど、それもわからないくらい集中してたってことなんじゃないの?」
「そ、そうか、そうだったか。ははははは」
俺は苦笑いしながら中途半端に残ったキャベツをラップに包んだ。
煮ている間にお皿の準備などをする。キャベツは大きめのガラスボウルに入れ、各自がトングで取るようにした。キャベツだけでは殺風景なので昨日買っておいたプチトマトを加える。ただし、これ以上何かを足すと量が半端なくなるのでやめておくとする。ドレッシングは各自の好みがあるので今はかけない。最近はノンオイルの青じそドレッシングにはまっている。そういえばドレッシングは市販品ばかり使ってるな。ドレッシング作りも基礎と言えば基礎だろう。これもやるようにすべきか。思ったよりもやることはありそうだ。
そうこうしているうちに『鮭ときのこのクリームシチュー』アンド『特盛千切りキャベツサラダ』が完成した。ちなみにきのこはしめじにした。
おいしそうな香りに引き寄せられてか、丁度いいタイミングで良美さんが2階から下りてきた。
「いい匂いだなー。どれどれ、おおー美味しそうじゃないか? ん? なんかえらいサラダの量だな?」
「す、すみません。無心に切ってたらそんな風になっちゃって」
良美さんの突っ込みに苦笑いしながらそう返す。
「あはは、秀斗君が切ってたのか。シチューも秀斗君が作ったのか?」
「いえ、シチューは淳也が作りました。千切りに夢中になってたため淳也に全部任せた恰好になりました」
ウソをつく必要もないので正直にそう答える。
「そうか、じゃあ今日は我が家の馴染みの味のシチューということになるな。今度は秀斗君の腕を披露してもらいたいな」
「あ、はい、是非ご感想をいただければと思います」
「楽しみにしてるよ。さてさて、冷めないうちに食べようか」
にこにこしながら席について良美さんは俺達にそう促す。対面式キッチンの前には4人掛けのテーブルがあり、淳也と俺が向かい合って座り淳也の隣に良美さんが座っている。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
俺達は二人ぼっちなので淳也と一緒に食べるときは三人以上になることなどほとんどない。三人で食べて思ったがやっぱり食事は多人数の方が楽しい。
「鮭とバターの相性ってすごいよね」
「今日はしめじ多め玉ねぎ少なめなんだな。食べでがあるぞ」
「最後、胡椒強めにした? 淳也って割とスパイシー系だよな」
良美さんはフレンドリーに接してくれるからか、はたまた淳也から姉の話をよく聞かされていたからか、はじめの緊張もほどなく解け自然と会話できるようになった。楽しく食べながら話をすれば世界は平和になるのだ。
夕食を終え洗い物を済ませた俺達は今後の計画を立てる。良美さんはソファーに座ってスマホを眺めながら紅茶を飲んでいる。
「秀斗さ、明後日の日曜だけど何か予定入ってる? もし時間あるなら食材の買い出しに行かない?」
「おう、いいぞ。俺は大体において予定など無いからな」
そう、料理以外の趣味もこれと言ってないので予定らしい予定は無い。料理以外はゲームしたり撮り溜めたアニメ見たり本読んだりくらいなものだ。
「わかった。で、お姉ちゃん。お姉ちゃんも日曜は時間ある?」
「ん? なんだ? あたしも付いて行くのか?」
「うん。お姉ちゃんも食べるんだから関係無いわけじゃないからね?」
「うーむ、特に予定無いと言えば予定は無いが……」
「実はお姉ちゃんにしか出来ないことがあってね」
「あたしにしか出来ないこと? なんだ?」
「車を出して欲しいんだ。隣町のショッピングモールに僕と秀斗を連れてって欲しいんだよ。スーパーよりも食材が充実してるし、食材以外にもキッチン用品とかいろいろ見たくって。あと荷物が重いし」
「最後の付け足しみたいに言ったのが一番重要なことに聞こえたが? んー、まあそういうことなら車出してやってもいいぞ」
おお。これは助かる。近くのスーパーで買うなら多少荷物が多くなっても問題ないけれど、隣町のショッピングモールからだと正直辛い。良美様々である。
話を聞くと良美さんは大学に入って間も無く運転免許を取ったそうだ。合宿免許と言って短期集中で取ることができるらしい。車は加藤家の車で軽のハイトワゴン。玄関横のポーチに停めてある深緑のやつのことだろう。下手なコンパクトカーよりも広くていいぞと楽しそうに話してくれた。
「じゃあお言葉に甘えまして、明後日はよろしくお願いします」
「お姉ちゃん、頼んだよ」
「わかった。任せとけって」
そう約束をして、俺は加藤家を後にした。良美さんを若干巻き込んでしまったが、俺は淳也との再修業が始まることに心が躍っていた。
評価やブックマーク、ご感想をいただけますと励みになりますので、是非ともよろしくお願いします!




