再修業-2
(2019/6/30 改稿)
「こんにちはー」
「来たねー。いらっしゃーい」
日曜日。予定していた買い出しをするため淳也の家に来た。
「秀斗君、いらっしゃい」
良美さんからもお出迎えを受ける。
今日の買い出しはいつものスーパーではなく、隣町のショッピングモールに行く。
淳也が良美さんにお願いして車を出してもらえることになっている。
「秀斗、家で少し休んでから行く?」
「いや、車なら車内で休めるし、すぐに行けるぞ」
「そうか。秀斗君には着いた早々で悪いのだが、早速出かけるとしよう。淳也は助手席に乗ってくれ」
「わかった、いいよー」
良美さんは運転免許を取ってから一年と少し、つまりまだ初心者マークが外れたばかりなので、そんなに運転に慣れているわけではない。だから淳也が助手席でサポートした方がより安全に運転できると判断したのだ。意外と慎重派のようだ。
俺は運転席の真後ろの席に座る。その席に座るよう良美さんに指示されたのだ。運転席の後ろは事故が起きた場合に一番生存率が高いとのこと。事故が起こるということはあまり考えたくはないが、それを想定した備えは出来る限りやるべきなのだと。うん、やはり慎重派だ。
「それじゃ行くぞ。全員シートベルト着用で」
「はい、お願いしますー」
「出発ー」
良美さんの運転は慎重ではあったが決してスムーズさに欠けるものでは無く、十分に安心して乗っていられるものだ。
橋の手前の交差点が多少混雑していたもののその他は順調だったので、割と直ぐに到着した。やはり車だと早い。
駐車場に車を止め、ショッピングモールに入って行く。
「良美さん、運転ありがとうございました」
「おう。嫌いじゃないしそう改めて言われる程のものでもないぞ。さて、淳也、どこからまわるんだ?」
「そうだね、まずは調理道具のところから行きたいな」
淳也の家のキッチンを見させてもらったが足りなさそうな道具は無いように思えた。
「なんか足りないもんてあったっけか?」
素直に聞いてみたところ意外な答えが返ってきた。
「秤が欲しいんだよ」
いや、秤はあるだろ? 確かに見た記憶がある。昔ながらのちょっと可愛い感じのやつだった。
「うちの秤ってアナログ式だからやっぱり誤差がそれなりにあってね。だからデジタル式の高精度なやつが欲しいなーって」
なるほど、そういうことか。
調味料などの重さが誤差によってブレるとそれに従って味もブレる。これは食べた方からすると調味料の量の違いによって生じた味のブレなのか、調理の仕方によって生じた味のブレなのか、原因の特定が難しくなってしまう。量を正確に測ることができていれば味のブレの原因がより分かりやすくなるわけだ。
「そうか。うちもオカンが結婚した時のまんまのアナログ式だし、俺も買って行こうかな」
「ネットで買ってもいいんだけど、使い勝手まではわからないから実物を触って買いたいんだよね」
「確かにそうだな」
秤の置いてあるコーナーに行ってみるといろいろと並んでいた。アナログ式も健在だ。
「アナログ式は安いのは分かるけど、誤差の観点からはデジタル式には太刀打ちできないよな」
「そうだねー。その部分では勝てないね」
「じゃあなんでまだ売ってるんだ?」
「たぶん、価格が安い、直感的に見易い、電池要らず、とかかなー」
「あーー。なるほど。……もしかして精度以外は全部勝ってる?」
「あはは、そうかも」
なんかデジタル式がひどく不便な物に思えてきた。
しかし不便であろうとも、今俺達は精度を求めているのだ。
「0.5グラム単位と0.1グラム単位があるな。精度が高いと値段もそれなりになるな」
「でも五万円が十万円に変わる程の価格差じゃないし、今後ずーっと使うものなんだからたかだか千円差をケチって0.5グラムにするのは安物買いのなんちゃらってやつじゃない?」
「それもそうだな。まあ、そもそも高精度の秤を買いに来たんだ。0.1グラム単位一択だ」
結局、俺も淳也も同じデジタル秤を買った。使いやすさが一番良かったからだ。秤にも使いやすさってのはある。ボタンの押し具合、反応速度、表示の大きさ見やすさ、などなどだ。
「じゃあ次は食器売り場に行くよ」
「今度は何買うんだ?」
「秀斗のお茶碗とかお箸とか。自分の気に入った食器の方が修行にも力が入るんじゃない?」
「それは、まあ、そうだな。来客用食器を借り続けるのもあれか。でも修行期間そんなに長いわけじゃないし」
「修行が終わってもまた料理しにくればいいじゃん」
「また行っていいのか?」
「二人で料理することで再発見することもあると思うんだ」
「なるほど、そうか。それもありか。よし、じゃあ買っちゃおう」
いろいろ見てまわると好みの柄の茶碗がリーズナブルな値付けで並んでいたのでそれにする。さっき秤を買ったので懐にやさしいのは助かる。箸もシンプルながらワンポイントの入ったものにした。新しい食器はウキウキするな。
「じゃあ最後に食材を買いに行くけど他は大丈夫そう?」
えーっと、他に必要な物は無いか……。そうだ、忘れてた。買わねばならぬものがあった。
「あ、淳也ちょっと待って。その前にエプロン買いたい」
「エプロン? あれ? お姉ちゃんのじゃ体に合わなかった?」
「いや、サイズ的には問題ない。ただ、借りっぱなしってのも悪いし」
「秀斗君、気にしなくていいぞ。あたしは別に困ることはないからな。道具は使ってなんぼだ」
「あ、はあ、でも」
「ああ、秀斗君が気にするのか。それはすまなかった」
「いやいやいやいや、そういうことではなくてですね。すごくしっかりしててカッコいいエプロンなので、あんまりシミとか付けたくなくって」
「ははは、エプロンとは元来そういうものだろうて。好きに使ってくれていいんだぞ?」
「そ、そうですか? それでは続けて使わせてもらっていいですか?」
「かまわんかまわん。存分に使ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
うーん、確かに良美さんの言う通りだし、使わせてもらえるのはありがたいんだけど、あのエプロンはあんまり汚したくないんだよなー。まあせいぜい気を付けるようにしよう。
「汚さないように気を付けるとかすると料理に集中できなくなるからな。そんな余計な気はまわさなくていいぞ」
おおい。加藤家は姉弟そろって超能力者かなんかですか? 怖いんですけど。
「秀斗、観念すれば?」
「そ、そうだな。わかった。観念しよう」
「じゃ、食材買いに行こう」
「お、おう」
基礎練のための食材購入。調味料を中心に買い込んでいく。砂糖一つとっても基本中の基本である上白糖の他にグラニュー糖、黒糖、きび砂糖、三温糖などなど、種類は豊富にある。加藤家のキッチンに常備されている調味料は割愛するが、それでもそこそこの種類を買い足していくことになる。自分の舌で確かめるためには必要なのだ。
出汁も一から作って基本を見直す。種類としてはカツオ、コンブ、煮干しなどがあり、それぞれ厚さや種類によっても味が変わる。全てを網羅することはできないが、厚めの物と薄めの物といったように個性が分かりやすそうな組み合わせで買えば傾向はわかるだろう。
一方で、市販の顆粒出汁もいくつか買う。これは自分達で作った出汁と顆粒出汁を比較するためだ。顆粒出汁を全面的に否定するつもりはない。短時間で出汁を作るには非常に便利でなによりお手軽だ。自分達で作る出汁と顆粒出汁の違いを知っていれば、それぞれに適した味付けをすることができるようになる。ただそれだけのことだ。
あとは根菜、葉菜などの野菜類、卵、豚肉を買う。今日の晩御飯は基本中の基本である『肉じゃが』にしたのだ。ちなみに東日本は豚肉を西日本は牛肉を使うことが多いそうだ。俺自身はどちらもそれぞれの美味さがあって好きである。
「さて、買い物も済んだね。あとはどうしようか。お姉ちゃん何か料理関係以外の買い物とかないの?」
「うーん、特に買いたい物は無いな。ただ、折角珍しくショッピングモールまで来たんだ。すぐに帰るってのも芸が無いな。フードコートでも行くか? なに、甘い物調査ということだ」
おっと、これは意外だ。良美さんは甘い物はあまり好まないんじゃないかと思ってた。
「あはは、良美さんも甘い物好きなんですね?」
「なんだ、意外に思ったのか? まあ、そう思うだろうな。大学の友達なんかと割としょっちゅう甘い物食べに行ったりしてるぞ?」
「そうなんですね。女性らしいですね」
「ほほう。それは『今までは女性らしいと思ってませんでした』って言ってるようなものだぞ?」
「え!? いえいえいえいえいえ、滅相もありません! そんなことは決してありません!」
「あはははは、冗談だよ、秀斗君は面白いなあ」
焦った。怒られるかと思った。良美さんだから笑って許してくれたのだろうけど、人によってはうっかりでは済まされないものだ。
しかしなんだろう、この既視感。何か以前にも似たようなことがあった気がする。なんだっけ?
……ああ、あれだ。藤之宮を傷つけた時だ。勝手な人物像をぶつけて傷つけたんだ。こんなことは繰り返しちゃいけない。もっとフラットに物事を見られるようにしないと。
「ホントすみませんでした」
「冗談だって。あんまり気にされるとかえって冗談も言えなくなるからな。これはここでお終い! いいな?」
「はい」
良美さんのこういうカラッとしたところは好感が持てる。
「よし、じゃあ食べに行こう。大学の友達がモールに新しくクレープ屋が入ったって言ってて気になってたんだ。秀斗君は甘い物はいける口かい?」
「あ、はい。大丈夫です。なんでも美味しくいただくのをモットーにしておりますので」
「いい答えだ。ならばほら、さっさと行くぞ!」
荷物を抱えた三人は良美さんの号令の下に甘味を求めてフードコートに向かった。
評価やブックマーク、ご感想をいただけますと励みになりますので、是非ともよろしくお願いします!




