再修業-3
(いつもよりちょっとシリアスになります)
(2019/6/30 改稿)
「おっと、そこそこ並んでるみたいだな」
「そうだねー」
「うーん、こりゃ参ったねえ。秀斗君、どうする?」
「折角なんで食べましょうよ。良美さんも楽しみにしてたんですよね? 俺もクレープ食べたいですよ」
「そうか、じゃあ並ぶとしようか」
「お姉ちゃん、席を取るのもやらないといけないし、僕が並ぶよ。秀斗とお姉ちゃんは席探してて」
「いいのか? じゃあ荷物寄越せよ。俺はシンプルなやつ頼むな」
「私はチョコとイチゴのやつでお願い」
「わかった、じゃ席、よろしくね」
クレープを淳也に任せて俺と良美さんで席の確保に向かう。
日曜日のモールのフードコートは結構な混み具合でおおむね埋まっているようだ。
「良美さん、空いてないですねー」
「まあ、しょうがないさ。席の数自体はかなりあるし、なんだかんだで回転はしているようだし、さほど待たなくても大丈夫だろう」
「そうですねー」
そんな感じで空席が無いか眺めてたら、遠くの方に見たことのある人物が席に座っているのが目に入った。
ツヤッツヤの亜麻色の髪、ハーフかクオーターかのような容貌、藤之宮がそこにいた。
「まじか」
思わずそう口にすると良美さんが怪訝な顔をしてこちらを見る。
「どうした? 何かあったのか?」
どう答えたものかと一瞬逡巡したが隠すことでもないのでそのまま話す。
「いえ、クラスメイトを見かけたんで」
「へー、じゃあ淳也のクラスメイトでもあるわけだな? 誰だい?」
まあ、興味を持つのは当然だろう。聞かれて答えないのも変だし、小さく人差し指で藤之宮がいる方向を示す。
「クラスメイトと言っても接点の無い奴なんですけどね。えーっと、あの奥の柱の左側にハーフっぽい女の子がいるでしょ?」
「どれどれ…… あー、あの明るい髪した子? へえ、すっごく綺麗な子じゃないか!? あんな子がクラスメイトにいるのか?」
「はあ。容姿端麗、文武両道、神から一体いくつのギフトを貰ってるんだって子ですね」
「へーーー。で、向かいに座ってるのもクラスメイトか?」
え? と思って藤之宮の向かい席に目を向けると確かに誰かがいる。
「さあ? 見たことないですね」
全く見たことの無い顔だ。藤之宮の連れにしてはなんだかチャラい男だ。ニヤニヤしてて見ていて気持ちが悪い。藤之宮の趣味もあまり褒められたもんじゃないな。
「秀斗君、あれナンパじゃないのか?」
「あ、あーーー。そうかもしれませんね」
どうやら藤之宮の連れではなさそうだ。趣味が悪いと思ったのは心の中で謝っておく。
藤之宮が眉をしかめて何か言っているがチャラ男はお構い無しに話しかけているようだ。しつこそうな野郎だ。
「彼女嫌がっているみたいだぞ? 放っておくわけにはいかんだろ。行くぞ」
「え、あ、え、は、はい」
良美さんは知らない子でも困ってたら助けに行くタイプなんだな。ますます男前ではなかろうか。
まあ、これだけごった返しているフードコートでチャラ男も馬鹿なことはしないだろうが、良美さんだけに無茶をさせるわけにはいかない。
混んだ席の合間を縫って藤之宮とチャラ男のいる席に向かっていく途中、良美さんに彼女のフルネームを聞かれた。
「彼女の名前は藤之宮です。下の名前は、確か、巴。そう、巴御前の巴です」
「わかった、ありがとう。じゃあ私が声をかけるからね。話を合わせてよ」
そう言って、藤之宮さんまであと3メートルのところまで来た時、良美さんが手を振りながら藤之宮に声をかける。
「トモー、お待たせ! お店が混んでてねー、えーっとそいつ誰?」
突然自分の名前らしきものを呼ばれた藤之宮は驚いたようにこちらを見る。声の主と思しき人物を見て怪訝な顔をしたが、そばにいる俺の顔を認めた一瞬の後、全てを理解したように返事をする。
「もう、待ちくたびれちゃったわよ。よく知らない人に絡まれて困ってたの」
いい返しだ。流石、頭脳明晰なだけある。うまい具合合わせてくれた。
チャラ男は突然の来訪者に驚いたのか、しばしこちらを凝視していたがこの程度では怯まないようだ。あまり言いたくないのだが俺は結構キツイ目をしており、時折ヤンキー崩れみたいなのに絡まれることもあった。そんなおかげでか拳の挨拶もそこそこ出来るようになっちゃったもんだから、こんなチャラ男などどうってことはない。ただ、今は前髪を伸ばして隠しているのでこいつには俺の目が見えていないようだ。
「へえ、あんたも可愛いじゃん? 三人でさー、俺と楽しいことしようぜ?」
チャラいだけじゃなくてゲスだった。俺はこういう輩が一番嫌いだ。とりあえず普通に声かけるか。
「あのさ、俺が目に入んないかな?」
「あん? なんだてめぇは」
「彼女らは俺の連れなんでね」
「だからどうした? 俺が貰ってやるから引っ込んでろよ」
くっそ。ぶん殴ってやろうかと思い拳を握った時、良美さんが俺に言う。
「シュウ、やめときな。一昨日も切り刻みすぎてあたしらを困らせただろ? あんたの後始末はあたしらが大変なんだよ」
シュウ? なるほど俺か。切り刻むってなんだ? 一昨日? あ、もしかしてキャベツの千切りのこと? 確かに作りすぎて困ったことになったし。
ほほう。面白くなってきた。ここは話を合わせよう。
「ああ、一昨日はむしゃくしゃしてたからな。元の姿が分からないくらいに刻んでやったよ。やりすぎて迷惑かけちまったな」
そう言いながら、チャラ男だけに見えるようゆっくりと前髪を手で上げ、思い切り睨みつける。
チャラ男は案外ヘタレだった。俺の目力と会話の意味を理解したチャラ男は真っ青になって逃げて行く。あの様子じゃ復讐できるほどの度胸はないだろう。どうしてこんなクソみたいな男が世の中にのさばってるのか。処されれればいいのに。
良美さんが改めて藤之宮さんに視線を向け、無事かどうかを確認する。
「藤之宮さん、だよね? 大丈夫だった? 上手く話を合わせてくれて助かったよ」
俺も藤之宮に視線を移し様子をうかがう。藤之宮は取り乱しているわけではないが何か不安そうにこちらを見ている。あんなことがあれば多少不安にはなるだろう。
「一ノ瀬君の、か、彼女さんでしょうか? こちらこそ助けていただきましてありがとうございます」
彼女じゃないけど、まあ、若い男女がいればそう思うわな。
「はじめまして。突然名前で呼ばれて驚いたでしょう? 申し訳なかった。あたしは加藤良美。加藤淳也の姉だ。よろしく」
「あ、こちらこそはじめまして、加藤君のお姉さんなのですね。私、藤之宮巴と申します。加藤君と一ノ瀬君とは同じクラスメイトです」
「ええ、さっき秀斗君から聞いたわ。容姿端麗、文武両道ってね」
おいおいそこまで言うか? やめろ藤之宮。その綺麗な顔からジト目で睨まれると冷や汗が出る。どうやら不安はとれたようで良かったが。
「ははは。今日は良美さんに車を出してもらって淳也と買い物に来たんですよ。今淳也はクレープを」
「お姉ちゃーん、秀斗ー、クレープ買ってき…… あれ? 藤之宮さんじゃない? どうしたの?」
丁度いいところに淳也がクレープを手に帰ってきた。ちんぷんかんぷんだという目をして三人を見ている。
「おう、淳也。いろいろあって、今この状態」
「秀斗、それ全然説明になってないんだけど」
「淳也、私から説明するよ」
良美さんは、淳也がクレープを買いに並んでからのことをつらつらと説明をする。ふんふんと頷きながら淳也は聞いていたが、チャラ男が『切り刻む』にビビッて逃げたところで笑い出した。淳也も真の意味が分かったのだろう。
そうして笑い合ってる中、藤之宮がものすごく心配そうな顔になって俺に訊ねてきた。
「一ノ瀬君、あなたは本当に人を切り刻んだりしたのですか?」
良美さん、淳也、俺の三人が一斉に噴き出す。良美さんが笑いながらフォローに回る。
「あははは、た、確かに秀斗君は切り刻んだけど、ふふっ、だけど、それは人じゃなくてキャベツ」
「え?」
「秀斗君は一昨日うちに来てキャベツの千切りをしたんだ。ただ、ちょっと集中しすぎちゃってたくさん切りすぎてね。そのことを会話してただけ」
「あ…… そういうことでしたか。私はてっきり」
「てっきり秀斗君が人を切り刻んだと。そうか、秀斗君はそういうことしてもおかしくない人物なのか。意外だな」
「え、ちょ、良美さん、誤解ですよ、俺そんなことしませんてばー」
「あははは、冗談冗談。秀斗君がするはず無いものな。淳也と同じ気の優しい料理男子だ」
「そ、それもなんかこそばゆいのでやめて貰えませんか?」
「あはは、まったく秀斗君は面白いなー」
「お姉ちゃん、秀斗で遊ばないの」
「もう勘弁してくださいよー」
「はいはい。あはは」
俺が殺人常習犯だとの疑いは晴れたようだが、なんにつけても良美さんにはいじられてばかりだ。まあ、悪い気はしないのはそこに悪意がないからだろう。
「み、皆さん仲がよろしいのですね?」
「秀斗君は弟の親友だしな。弟が増えたみたいなもんだ」
「秀斗、大変なお姉ちゃんができたみたいね?」
「こら淳也。この姉を大変呼ばわりするとはなんだ。目見麗しいとかあるだろうが?」
「お姉ちゃんがもうちょっと女の子らしくしてたらねえ」
「ほほう。我が女子力を持たぬとそなたは申すのじゃな?」
「なんでラスボスみたいになってるの。そういうとこだよ?」
やいやい言い合ってると藤之宮がなんだか温かい眼差しで見ていることに気が付いた。まさしく聖女様の面目躍如たる美しさと神々しさをたたえた微笑みに、こんな表情もするんだと迂闊にも見入ってしまった。つい観察してしまう。
「一ノ瀬君、なんでしょうか?」
見つめられていることに気が付いた聖女様にそう問いかけられたが、咄嗟にまともに答えられるはずもなく口ごもる。
「ひぇっ? あ、いえ、なんだ、その、えーーー、あ、ぶ、無事でよかったですね」
どうにも間抜けな返答をひねり出したのだが藤之宮は気にもせず同意し、再び感謝の意を述べた。
「はい、助かりました。ありがとうございました」
「い、いえ」
そこで藤之宮が少しあらたまった体で話を切り出す。
「一ノ瀬君、加藤君。お話からするとお二人は一緒に料理をされていたようですね?」
「あ、まあ、は、はい」
「僕の家のキッチンが二人並んで作れるようになっていて、それで」
「まあ、そうでしたか。料理をされているのなら何よりです」
「え? そ、それはなぜです?」
「はい、あなた方がお弁当を作って来られなくなったので、料理をお辞めになったのかと思い少々心配をしておりました」
その話か。
ふん。第三者からすれば思いやりのある言葉に聞こえるだろうが、どうせ『自分に原因があるのかどうかが心配』なんだろう。俺達が料理を続けようが辞めようがそんなのはどうでもいい、知ったこっちゃねえんだろ。
「大丈夫です。たとえ辞めたとしても藤之宮さんが原因ではありません。安心してください」
そうきっぱりと言い切るが、藤之宮は食い下がってきた。
「どうしてそう言い切れるのでしょうか?」
もう面倒くさい。一切合切話して終わりにしよう。
「俺達が弁当を作らなくなったのは藤之宮さんのせいではありません。調理実習で藤之宮さんが俺達の心を折り来たわけじゃないでしょうし、俺達が勝手に折れて勝手に立ち直らなかっただけです。だから真の原因は俺達の中にあります。藤之宮さんが気にすることは一つもありません」
俺達のせいでいいじゃないか? これで満足だろ?
「そ、それでは、やはり責任の一端は私に」
藤之宮が自分に責任があるようなことを言おうとしたのでつい大声を上げてしまった。
「これ以上みじめにさせないでください!」
周りの客が怪訝そうにこちらを伺っている。チャラ男の件と言いよく注目を集める席だ。だめだ、もっと感情を押さえなきゃな。
言葉を遮られた藤之宮がハッとした表情でこちらを見ている。
俺達は大好きな料理で、同い年の同級生に到底及ぶことのできない圧倒的な差を見せつけられた。自分達はそこそこは出来ると自負していたけれど途轍もない力量を見せつけられてしまっては『その力量差を原因』としている限り簡単に立ち直れるはずもない。手の届かない頂への絶望を、自分達の至らなさに原因をすりかえてなんとかやり直そうとしているのだ。敗北者の欺瞞かもしれないが、今はそうするしかないのだ。
「皆まで言わせないでください……」
「秀斗……」
淳也が何か言いたそうにこっちを見るがもうこの話は終りにするべきだ。
「淳也、これは俺達の問題だ。俺達の慢心が原因なんだよ。藤之宮さんは何も関係無いんだ。そうだろう?」
「……そうだね」
「そういうことで、藤之宮さん。淳也も俺も原因は自分たちにあることを自覚しています。だから、調理実習に関する件はこれでお終いです。ご心配をおかけし誠に申し訳ございませんでした」
藤之宮は俯いて一言「そう」とつぶやき、用事があるのだろう、そのままテーブルを後にした。
俺達は席に着き、淳也の買ってきたクレープを頬張ることとした。
「淳也、買ってきてくれてありがとう。さあ、皆で食べようか」
「そうだね」
「はい」
沈んだ雰囲気の中で食べるクレープはなんだか少しほろ苦い気がした。
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