聖女様のご乱心?-1
(2019/6/30 改稿)
俺と淳也が再修業を始めてから二週間が経った金曜日の昼休み。食堂で日替わり定食を買うべく列に並んでいる。
弁当は再修業が終わったら再開することにした。その再修業だが、協力してもらっている良美さんとも相談して一か月間と決めたので、今は丁度修行半ばというところである。一か月としたのは期末試験がその頃に迫ってくるからで、料理もいいが学生の本分も全うせよと良美さんに釘を刺されたのだ。
「今日の日替わりはカツ丼か」
「丼物の時はお味噌汁が付いてくるのが嬉しいよね」
「そうだなー。味噌汁って、こうなんか心情的にもあったかい感じがして好きなんだよ」
「日本人だよねー」
「豆腐と油揚げの味噌汁ってさ、全部大豆が原料なんだよな」
「これがホントの豆知識?」
「だれが上手いこと言えと」
「大豆って万能だよね。そうだ、今日は豆腐料理の研究を入れない?」
一応、一か月間の大まかな計画を立てて修行をしているが、こんな感じで突発的にやりたくなったことを入れたりすることもある。あくまで追加なので、他を犠牲にするわけじゃないから問題無い。
「じゃあ、今日はスーパーに寄ってから淳也ん家に行こう」
「わかった。あ、今日はお姉ちゃん遅くなるし晩御飯は外で食べてくるって」
「あれ? 木金は早いんじゃなかったっけ?」
「なんか、友達と服を見に行ってから女子会するってさ」
「そっか。じゃあ、今日は二人分で良さそうだな」
「だねー。あ、すみません、日替わり一つお願いします」
「俺も日替わりお願いしますー」
お金を払いトレーを両手に持って席を探す。幸いなことに何故か今日はいつもより空いていて至極簡単に見つかった。稀にこういう日があるが、何が原因なんだろうか。たまたま偶然が重なっただけというのが妥当な気もするが。
「なんか今日は空いてない?」
「おう、いつもこんなんだったらいいだけどな」
「でも弁当になったら屋上に行くようになるからあんまり関係なくなるけどね」
「そう言えばそうだな。調理実習以来、屋上に行ってないな」
「うん。それじゃっと、いただきます」
「いただきます」
ちゃんと三つ葉も乗っていて彩も良い。とろとろ卵のかかったカツに箸を入れ一口目を頬張る。少ししょっぱ目の味付けに米を促がされる。まごうことなき学食のカツ丼である。
味噌汁をすすろうと丼を置いたとき、隣の席に誰かが来た気配がした。
「こちらの席、よろしいでしょうか?」
鈴を転がすような声で放たれたその言葉を合図に、食堂の喧噪がピタリと止んだ。
動きを止めた俺と淳也が声の主の方にゆっくりと目を向けると、亜麻色の髪の色白な美しい女子がこちらを見ている。
なんだ? なんで藤之宮が隣に来てるんだ? しかも座ろうってか?
これは、どうぞと言っても面倒なことに、ダメだと言っても面倒なことに、どう転んでも面倒なことにしかならないではないか。そもそも断る大義名分が無いので了承する他ないのだが。
「あ、ええ、はい? あ、空いてる席は自由に座れますので、どうぞ」
うそです。座らないで頂けると助かります。お願いします。
「それでは失礼いたします」
ああーーー。失礼されてしまった。まあ、よろしいでしょうか?っつって来たのにどうぞって返したんだからそうなるわな。
静かだった食堂が徐々に騒めき出す。『おい、誰だあいつ?』『聖女様から近寄って行ったぞ?』『まじか?』『あいつ何か弱みでも握ってるのか?』『けしからん!』『成敗してくれようか!』
おい、物騒なこと言ってるんじゃねえ。なんだよ、やっぱり面倒くさいことになってんじゃんかよ、もう。
そんな声が聞こえてくるもどこ吹く風で、聖女様は日替わりのカツ丼を乗せたトレーをテーブルに置いて席に着いた。
あれ? いつも弁当じゃなかったっけ? 藤之宮でも学食を食べることがあるんだ。
ちょっと不思議そうに藤之宮のカツ丼を見ていたら、察したのだろうかカツ丼のオーナーが自ら理由を話す。
「たまには学食をいただくのも良いかと思いまして」
うん、まあ、それは自由だ。下々の者がどんなものを味わっているのかを知るのも一つに見識であろう。
だが、隣に座ったのが解せん。いつも通り、お一人様で食べたって味は変わるもんでもなかろうが。普段藤之宮を見かけるあたりの席を見ても空いているようで、なおさらここに来た理由がわからない。
「はあ。そうですか。藤之宮さんのお口に合うといいですね」
当り障りない返事をしたつもりだったが、ちょっと嫌味っぽかったか?と思ったら淳也に脛を蹴られた。少し睨んでる。やっぱ嫌味っぽかったようだ。
さておき、目下の優先事項は藤之宮が隣の席に来た理由を聞き出すことだ。意味も分からずに針のむしろに座らされるのは御免被りたい。駆け引きは面倒なのでど直球に聞いてみる。
「ところで、藤之宮さんはだいたいあの辺りにいつもいらっしゃるようですが、今日はどのような理由でこちらに来られたのでしょうか?」
再び食堂に静寂が訪れる。おい、お前ら聞き耳立ててんじゃねえぞ? はやく飯食って教室に帰れ!
何かを考えていたのだろうか、少しの間があってから藤之宮が口を開いた。
「そうですね。あなた方はお二人で日替わり定食を召し上がっていますね? 私も日替わり定食を頂きたいと思いご一緒させていただこうと、こうして参りました」
ほんのりと顔を赤らめながらもそうすっぱりと言い切った藤之宮。しかし、言い切られた内容に俺の理解が追い付かない。そんなのご一緒しなくても勝手に一人で食べればいいじゃないか? 俺達を理由にするのは何故? なんだこの禅問答は?
周りの連中も首をひねっている。『どういうことだ?』『俺も日替わり食えば聖女様が来て下さるのか?』『ばか、それならもっと前から誰かと食べてるだろ』『それもそうか』『じゃあなんだよ?』
聖女様は涼しい顔をしているが、俺を含む他の者には見当も付かない。だが少しずつ食堂に騒めきが戻ったきた時、たった一人うっすらと気付いた奴が現れた。
「あ……」
今目の前にいる淳也がその人だ。
「えっと、藤之宮さん。ちょっといいですか?」
「はい、なんなりと」
「僕達はいつも二人で日替わり定食を食べています」
「はい、存じております」
「僕達は日替わり定食を通じて仲良くなり、今は親友と言えるほどになりました」
「はい」
おい。なんだそれ。日替わり定食を通じてって。そんな仲良くなり方ってあるか? 全く話が見えんのだが、淳也は何か感ずるところがあったのだろう。ここは様子を見守るしかない。
「そして、それはこれからも変わらないと思います」
「はい」
いや、修行が終わったら弁当だろ? なんで日替わり定食を食べ続けねばならんのだ?
「しかし、藤之宮さんはいつも一人でお弁当を食べていました」
「はい」
孤高だからな。まあ、それは周りが作り上げた勝手な像でしかないが。
「それが今日は僕達二人と同じ日替わり定食を選んでこちら側に歩まれてきた、ということですね?」
「はい。加藤君のご理解で間違いありませんわ」
なんかさらに少し顔が赤くなってない? 周りもそれに気付いたようだが何事が起っているのか分からないので只管首をひねるばかりだ。
俺も様子を見守っていたがたまらず声を掛ける。
「淳也、ごめん。俺、全然わかんないんだけど」
「あはは、秀斗。そうだね、あのね」
「おう?」
「か、加藤君!」
なんか藤之宮が慌ててるぞ? 俺は完全に蚊帳の外だなこりゃ。しっかし、淳也はホントこういうことに気が回る奴だ。すげえな。やっぱ超能力持ってるだろ。
「秀斗、よく聞いて?」
「おう」
藤之宮が落ち着かない様子で淳也を見ている。周りの奴らも淳也が一体何を話すのか針が落ちる音すら逃さまいと聞き耳を立てている。
「そのね」
ごくり。
「カツ丼冷めちゃわないうちに食べよ?」
周り中から『はああああああああ?』の合唱が聞こえてきた。なんだよそれ……。
「そ、そうですわ、いただきませんと」
藤之宮も一体なんなんだよ。そりゃ食べるけどさあ。結局なんでこっちに来たのかサッパリ分からず仕舞いじゃねえか。
『聖女様は何がしたかったんだ?』『あいつらっていつも二人でつるんでる奴らだろ?』『聖女様が気まぐれでお慈悲を与えたんじゃないのか』『それくらいしか思い付かねえな』『お慈悲じゃしょうがないか』『さすが聖女様だな』
好きなように言われているが、何となく俺達が睨まれるような事態は避けられたようだ。学食がいつもの喧噪を取り戻していく。
もう藤之宮が絡むと寿命が縮む。今回2,400秒は縮んだな。
「わ、わかった。せっかくのカツ丼、冷めたら勿体ないからな」
箸を動かしてカツ丼を掻き込みながら、さっきの仕返しとばかり淳也の脛を蹴飛ばすが、素知らぬ顔をして品良く食べてやがる。
藤之宮もだんまりを決め込んでしまい、モブ二人と聖女様のおかしな組み合わせは黙々と日替わり定食を食べるのであった。
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