聖女様のご乱心?-2
(区切りの関係で少々短いです)
(2019/6/30 改稿)
放課後、学校を後にした俺と淳也は食材の調達のためスーパーに向かっているのだが、昼間のことが頭から離れないでいた。
「淳也、学食でのことなんだけど」
「うん」
「俺、全然わかんないんだわ」
「うーん」
「何だったの、あれ?」
「うーん」
いや、うんうん唸られてるだけじゃわからんのだが。淳也にしてはキレの悪い反応だ。
「うーんじゃなくて」
「そうだねぇ……」
「そうだねでもなくてだな。……話せないことなのか?」
「あーーー、やっぱり秀斗には自分で気が付いて欲しいなあ」
「はあ!?」
なんで? 分かってるんなら教えてくれたっていいじゃんかよ。全然わかんないんだけど。
「……いやさ、皆目見当が付かんのだけど」
「僕から言えることは、たぶん、藤之宮さんはこれからも話しかけてくるつもりだと思う、ってことかな」
「えええ? それって日替わり定食を食べてるからか? 何それ?」
「日替わり定食は例えなんだと思うよ」
「例え? 何の? て言うか、淳也、よくそんなの分かったな」
「あはは」
淳也は答えるつもりは無いようだ。見た目はほんわかした、どちらかと言うと可愛いという形容詞が似合うような男子だが、中身はビシッと一本筋が通っている漢である。そんな淳也が自力で回答を導き出せと言っているのだから、俺が考えるべきなんだろう。頭が痛い。
「……さっぱりだ」
「まあまあ。分からなくてもいいけど、藤之宮さんを邪険にしちゃだめだよ?」
「いや、学校の聖女様を邪険にしたらこっちの身が危ないし、そもそもそんなことはしない」
「よかった。こないだのことで藤之宮さんを嫌ったり恨んだりしてないかなって」
「あのな。そこまで堕ちちゃいないぞ。要するに聖女様が料理においても類まれなる腕前をお持ちだってことであって、俺が何かされたわけじゃない。藤之宮に非なんか欠片も無いわけだし」
「秀斗は男前だね」
「なんだよそれ」
そんなことを話しながら目的のスーパーに入る。今日は急遽豆腐の研究をすることにしたので買いに来たのだ。
豆腐と言えば木綿と絹ごし。他にも高野豆腐や卵豆腐などもあるが、今回はこの代表的な二種類に着目することにした。
「木綿と絹ごしなんだけど、しっかりとした味わいの木綿、なめらかな舌触りの絹ごしって感じだよな」
「そうだね。木綿は脱水しているから絹ごしに比べて煮汁を吸いやすいってのも特徴かなあ」
「絹ごしも水切りすればそこそこは吸うけどな。よし、それを研究するか」
「いいね。あと、安い豆腐と高めの豆腐の味比べもしてみたいな」
「ああ、それもいいな。じゃあ、木綿と絹、それぞれ安いの高いの買って比べるか」
「うん」
豆腐は安価で栄養価も高く、脱水しない絹ごしはミネラルも多く含まれている。木綿は脱水のためミネラルは流出してしまうが、タンパク質やカルシウムなどは絹ごしよりも多い。二百年以上も昔に『豆腐百珍』という本が出版されたくらい日本人にはなじみ深く、長きにわたって愛され続けてきた食材である。
買い物を終え淳也の家に着くと、俺達は早速修行を始める。
修行をやり始めておよそ二週間経ったのだが、一つ明確に分かったことがある。それは調味料の計量をきちんとすれば、おおよそ味の再現が可能ということだった。もちろん調理の仕方や場合によっては気温や湿度にも影響されるが、調味料の量が結構な支配力を持っているのが確認できた。煮物などの『味のしみ具合』は調理の仕方で変わるが、『味』そのものはやはり調味料の量によるところが大きい。
それが分かってからは大雑把な計量で済ますことは無くなった。面倒なようだがキチンと計量するようになった。逆に計量しないと落ち着かない程で、つまりは慣れればいいだけのことだった。淳也は以前から割と計量していたのだが、秤を高精度なものに換えてからはさらに味の再現度が上がったようで、いい買い物をしたと顔をほころばせていた。俺の秤はまだ家では使っていないが、淳也と同じ秤なので成果はすでに知っている。
さて、今日の豆腐である。出汁を取り、炒めた牛肉と長ネギに調味料を合わせてしばし一緒に煮る。
出来たものを四等分して鍋に分け、そのうちの二つ分に高い木綿と安い木綿をそれぞれ入れ、さらに煮る。コンロの口が三つなので四種類いっぺんには煮られない。そのため先に木綿だけを煮ることにしたのだ。一つの鍋に高いのも安いのも一緒に入れてもいいのだが、お互いの味に影響するかもしれないってことで敢えて分けている。
「さて、できたかなー」
「いいにおいだな」
まずは安い木綿を食べる。何というか、いつもの味だ。自分達にとっては四種類の中で最もポピュラーな組み合わせである。
「うん。うまい」
「そうだね」
次に高い木綿を食べる。豆腐を鍋に入れる前に少しだけつまみ食いしたのだが、やはり高いだけあって豆の味が濃かった。豆腐本来の味を楽しむのであれば、煮るよりも冷奴などのシンプルな方がいいのかもしれない。煮た高い木綿豆腐は予想通り豆の味は強いものの、味のしみ具合自体には指摘できるほどの差異は見られなかった。
「へえ。高い豆腐ってあんまり買わないけどやっぱり違うんだね」
「そうだな。俺達現役男子高校生は質より量的なところがあったりするからついつい同じ値段でたくさん買える方を選んじまうけど、この差は無視できないな」
「でも、やっぱり高いよね」
「うーん、バイトでもするか?」
「あはは、ご飯の為にバイトするって、ものすごい大飯食らいみたいだね」
「確かに」
こうやって肉豆腐とかにする分には、敢えて高い豆腐を選ばなくて十分楽しめる気がする。奴は高い方が美味いと思うので、適材適所でいけばいいのだ。
食べている間に水切りが終わった絹をやはりそれぞれ別の鍋に入れて煮る。煮る時間は木綿と同じ八分とした。この『八』という数値には特に意味はなく、意味があるのは木綿と『同じ』というところだ。条件が同じで味のしみ具合を見る。火加減も同じ弱めの中火だ。
「絹も水切りすると多少は吸うんだな」
「木綿ほどじゃないけどね。水切りするとミネラルが逃げるから絹の優位性が落ちちゃうし、木綿が順当かなあ」
「でもこのなめらかさは捨てがたいな。高い安いの差は木綿と同じ感想になる」
「煮た場合に味がしみるかどうかと高い安いでどれだけ違いが出るのか、その観点で言えば安い木綿がコスパ的に最有力じゃない? 味優先なら高い木綿かもしれないけど」
「うーん、そうだなあ。コスパも重要ではあるよな。結局一番ポピュラーなところに落ち着いたか」
「でも、ポピュラーじゃない味を知った上でポピュラーを選択するっていうのは、単にポピュラーだからという理由で選択するのとは違うわけだし」
「それを確認するのも研究ってことか」
「うん、そうだねー」
出来立てを食べて感想を言い合ったが、煮物の味がしみるのは煮ている間ではなく冷える時だという話も聞いたことがあり、少量ずつ小鉢に分けて残しておいた。明日の朝、淳也が食べて確認をするという。
そんなこんなで肉豆腐を食べながら淳也と料理の話に花を咲かせたのであった。
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