聖女様のご乱心?-3
(2019/6/30 改稿)
金曜日の修行が終わり、俺は料理道具を一旦家に持って帰ってきた。
このところずーっと淳也の家でばかり料理をしていたが、たまには自宅の台所でもやっておこうと思ったのだ。一人単独で料理をするのは久しぶりだった。
翌、土曜日。今日は学校も無い。修行から一旦離れて自由に作ろうと思ったのだが、オカンにリクエストを聞いたところ、「久しぶりね。秀ちゃんの修行の成果を見たいわ」とか言い出したので、結局修行でやった基本的な料理を出すことにした。
作ったのは豚の生姜焼き。非常にオーソドックスなメニューであるが、淳也と修行のため研究のため何度も何度も作った甲斐あってか、結構自信を持てるようになったレパートリーである。幾度も食べてもらうことになった良美さんには悪いことしたのだが、不満などおくびにも出さず真剣に評価してくれて本当に有難かった。良美さんは俺達二人が気付かなかったことなどを指摘してくれ、これも大いに助かった。
生姜焼きの他には豆腐の味噌汁とご飯。味噌汁などで使う『出汁』は料理の基本中の基本ということもあり、たっぷりと研究した。修行中はこれを一番多く作ったであろう。ご飯も鍋での炊き方を研究した。
久しぶりに一人で腕を振るったのだが、オカンの評価は上々で、もっと修行してさらに腕上げてこいと発破をかけられる始末。身内贔屓もあるだろうが、いい評価を貰えたのは素直に嬉しかった。淳也と一緒に買った自分の高精度デジタル秤もようやく使うことが出来、これもなんだか少し嬉しかった。
そんな土日を過ごし、月曜日を迎え、いつもの昼休み。
「秀斗、今日も食堂?」
「おう」
「じゃ行こっ」
淳也と弁当は修行が終わってからと決めている。だから修行中は二人食堂で食べる毎日だ。さてさて、今日の日替わり定食はなんざんしょ?
のほほんと食堂に向かっていると、淳也が声を潜めて話しかけてきた。思わず俺も身構える。
「……藤之宮さん、来ると思う?」
あー、先週の金曜のあれかー。さて、どうかなあ。声を潜めて返す。
「さあてね。一時の気まぐれなんじゃないの?」
「僕はね、絶対来ると思うんだ」
絶対ときたもんだ。あの禅問答でどこからその自信が湧いてくるのか?
「へー、すごい自信ありそうだな。何か賭けるか?」
「いいよ? 今日の修行の後片付けを一人でやるってのはどう?」
「ほほー、なかなかいいご褒美だな」
そうこうしている内に食堂に着く。今日の日替わり定食はなんと豚の生姜焼き定食だった。
「あちゃー。生姜焼き、俺、休みに作って食べたんだよなー」
「え? 秀斗も? 実は僕もなんだよ」
「ははは、二人して何やってんだかな。流石に良美さんは食べなかったろ?」
「それが、一人分だけ作ろうとしたら私の分も作れって言われてさ」
「へー、あんだけ食べてたから暫く見たくなくなったんじゃないかと思ったんだけどな」
「お姉ちゃん、肉好きだしね」
「なるほどねー。で、今日はどうする?」
「えっとね。うん、日替わりでいいや。ちょっと、他の人の作った生姜焼きを食べてみたくなって」
「奇遇だな。俺も日替わりだ」
昼休みの厨房は戦場さながらである。大量に作り置きされた生姜焼きとキャベツの千切りが次々と皿に盛られ、ご飯と一緒にトレーに乗せられていく。
「すみませーん、僕、日替わり定食をお願いしますー」
「俺も日替わりでー」
「私も日替わり定食をお願いいたします」
へ? 後ろを見るとそこには藤之宮さんがいつものアルカイックスマイルを湛えて立っていた。いつの間に!? あなた、忍者ですか?
「ふ、藤之宮さん?」
思わず声を掛けてしまったが、これはマズったぞ。瞬時に列に並んでる奴らが突き刺さすような視線を浴びせてきた。
「あなた方は今日も日替わり定食なのですね」
いや、まあ、そうですけど。周りの視線が痛い。ここは最低限の返事で会話を打ち切らねば。
「は、はい」
よし、これで会話終了。
……とはならなかった。お構いなしに話しかけてくる。
「私も日替わり定食にしました」
そうですね、ご存じですよ、今聞いてました。
これにどう返せば俺達が幸せになれるのかが分からず躊躇してしまったのが運の尽き、その隙を突いた聖女様は満面の笑みで『静寂の呪文』を放ったのだ。
「今日もご一緒させてくださいね?」
はい、終了。俺達の幸せはどこか彼方へ行ってしまいました。しんと静まる列。固まる俺。
『あれ、あいつら先週もじゃなかったか?』『聖女様は一体どうされたんだ?』『一度ならず二度までも』『本当にご慈悲なのか?』『やはり成敗せねばならぬか?』
だから物騒な話に持っていくのはやめろってば。冷や汗が背中を伝う。どうするんだこれ?
焦りながら若干震える手で日替わり定食の乗ったトレーを持つ俺だったが、淳也は涼しい顔をして俺の代わりに答えを返す。
「はい、藤之宮さん。日替わり定食についてのお話だと思いますが、それでよろしければ僕達はかまいません」
「ありがとうございます」
なんだそれ? うーん、たぶん禅問答の続きだよなあ。しかし、何が『僕達はかまいません』だよ。俺、なんも分からずに巻き込まれてるだけじゃん。
『おい、聖女様がお礼を言ってるぞ?』『どういうことだ?』『やっぱり何か弱みでも握られているんじゃ』『これは聞いてみないとわからないな』『だ、だれが聞くんだよ』
おいおい、周りが変な方向に進んでるぞ? まずい空気ではあるが、今はトレーを持ったまま立ち尽くしてもしょうがないので席の確保が先決である。
「な、なあ、まずどこか席に着かないか?」
「そうだね、どこか無いかな」
俺と淳也が探し始めるが、藤之宮が先に見つけたようだ。
「それではあちらが空いているようですわ」
あーーー。そこっていっつも藤之宮が弁当食べてる席だよね。もしかして聖域みたいになってるとか? 聖女様専用的な。
「わ、わかりました。ありがとうございます。それでは行きましょうか」
あそこに行くのか。どうにも憚れる。
『ジャジャーン。絶対不可侵の聖域に踏み込んだ迷える子羊達の運命や如何に!? 次回、『生贄』。許しを乞う先は神か悪魔か』
脳内で凄惨な予告映像が流れる中ついに聖域に入ってしまった子羊達であったが、そこへ男子生徒三人がやってきた。名前など知らないので村人A、B、Cとしておく。
「ふ、藤之宮さん」
――むらびとAははなしかけてきた
――むらびとBはようすをうかがっている
――むらびとCはようすをうかがっている
というか、食堂、めっちゃ静かなんですけど。君らご飯食べなさいってば!
「はい、なんでしょうか?」
「こ、こいつらに何か弱みでも握られているのですか?」
「……はい? こいつらとは一ノ瀬君と加藤君のことでしょうか? そして彼らが私の弱みを握っているのではないかと仰っていますか?」
「は、はい、そうです!」
そうですじゃねえよ。どっちかって言うと俺達が握られてるんだよ。思わずつぶやく。
「え、俺達の方が握ら」
「一ノ瀬君?」
ひいい!? ごめんなさいごめんなさい!
「な、なんでもないです! お口はチャックですね、ハイ!」
恐ろしい眼光だった。石にされるかと思った。
「結構。……さて、あなた、なぜ、そのようなことを仰るのでしょうか?」
藤之宮が村人Aに向き直ってそう問うた。Aよ、お前が石にされてしまえばいいのだ。
「な、なぜって、その、どう見たってこいつら、藤之宮さんがわざわざ話しかけるようなレベルの奴じゃないですよね?」
こいつ、何てこと言いやがる。失礼極まりないな。
「それはあなたが決めることですか?」
うっわ、めっちゃ怒ってる。村人A、真っ青だぞ。BもCも引きつってるぞ。
「え、い、いや、だって他にも日替わりを食べているのはいるし、なにもこいつらみたいのじゃなくても」
「私がどなたとお話をしようともそれは私の自由ですわ。あなたは私の自由をあなたの都合で捻じ曲げようと仰っているのですね?」
村人A、真っ青通り越して白くなってる。怖えよ。俺、帰っていいですか?
「私はあなたがそのような考えを持っていらっしゃるとたった今認識いたしました」
「え、い、いや、そ、そんなつも」
「あなたの考え方は私の自由にとって脅威以外他なりません。あなたのご友人がたもそのようなお考えであれば、私は全力を以てあなたがたを」
「いえ!! 違います!! そんなことはありません!!」
――むらびとBがとびだしてきた
「すみません! すみません! なんかこいつちょっと朝からおかしいみたいで、ごめんなさい! 忘れてください! お、おいっ、行くぞっ」
――むらびとBとむらびとCは、むらびとAをひきずってにげた
『誰だあの三人組?』『奴ら終わったな』『天の裁きというやつか』『でもよ、聖女様は自由意志でそうしてるみたいだったぞ』『あの一ノ瀬だっけ? どうも逆にあいつの方が弱』
「何か仰りたいことがございますか?」
ひいっ!? だから怖いってば。どんだけ魔力持ってるんだよ、完全に静寂に包まれたじゃないか。
「コホン。皆さん、貴重なお昼休みですよ。お食事を進められてはいかがでしょうか」
藤之宮がそう言うと、静かに、静かーに食事が再開された。誰も言葉を発することのない、まるで教会で修道女が食事を取っているかのような、そんな食器の音だけが響く中、俺達もようやく席に腰を下ろすことができた。
食堂シーン、まだ続きます。
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