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聖女様のご乱心?-4

(2019/6/30 改稿)

 今、俺は日替わり定食を食べている。


 目の前の席で、淳也が日替わり定食を食べている。


 そして俺の隣の席で、聖女様が日替わり定食を食べている。


 昼休み、人でごった返しているにもかかわらず、異様な静けさが食堂を支配している。


 俺は耐えかねてとうとう口を開いてしまった。


「ふ、藤之宮さん?」

「はい、なんでしょうか?」


 ふっつーに返してきてるけどさ、こうなってるの藤之宮(あなた)のせいですよ?


「静かですね」

「そうですね」


 自分のせいだって自覚してるのか? いや、多分してないだろう。是非してもらいたいところである。


 流石に居心地悪すぎるし、今後もめったやたらに呪文を放たれても困るので、ちょっと自覚を促してみるか。

 その行為によって俺は死ぬかもしれないけど、このまま座していてもやはり訪れる死を待つよりもよっぽどいい。


「さすが藤之宮さんですね」


 藤之宮の箸が止まる。


「なにが『さすが』なのでしょうか?」


 淳也。後で遺書渡すからな。


「なにって、この静けさですよ」

「それが私のせいだと?」


 聖女様の視線がキッと強くなる。周りの奴らが聞き耳を立てているのがわかる。静けさは永遠に続くかのようだ。


「藤之宮さん、ちょっと確認をさせてください。藤之宮さんは日頃から周りに注目されていることはお判りですよね? それも敵意ではなく好意的に、です」

「……はい。それは否定いたしません」


 よしよし。これを否定されたら例え昼休みが24時間あっても『ごちそうさま』が言えなくなってしまうからな。


「それではですね。えーっと、先ほどの、あの三人組なんですが、そうですね、仮にまあ、村人A、B、Cとします」


 誰かが『ぶふぉ』って噴いたが気にしない。


「……はい」


 ちょっと訝しんでいるようだが構わず続ける。


「その彼らのうちの最初に声を掛けてきた村人Aの言動は、藤之宮さんの自由意思を否定するようなものでしたね?」

「その通りです」

「それに対して、藤之宮さんは毅然とご自身の意見を述べられました」

「はい」


 話の土台となる状況の説明を行い、それに同意してもらう。ここまでは確認作業、ここからは冒頭へとつなぐ。


「その後村人達は去っていきましたが、残されたのはご覧の通りの凍り付いた静けさです。私はこの周りへの影響力について『さすが』だと言いました」

「それは私でなくてもこの結果にな」

「なりません」


 言わせない。


「な、なぜですか?」


 遮られたことにご立腹なのか、意見を否定されたことにご立腹なのか、その声は少し怒気をはらんでいる。


「先に、藤之宮さんは日頃から好意的な注目を受けているということは同意いただけてましたよね?」

「はい」

「だからこそです。藤之宮さん以上にそのような立場の人はこの学校にはいません」

「……」


 ちょっと考えるような顔つきになった。怒らせるのが目的ではない。自分で考え、そして気付いてもらうのだ。


「村人Aは藤之宮さんの自由意志を否定しました」

「はい」

「それは藤之宮さんにとってはその通りでしょう。でも、別の見方をした場合は違ってきます」

「……どういうことでしょうか?」


 そういう視点が欠けていると、自分にとって正しければすなわち正義、って人間になっちまう。正義感の強い奴ほど陥りがちな罠だ。


「村人達は、藤之宮さんの自由意志を否定したかったわけじゃないんですよ」


 ここで一呼吸おいて顔色をうかがってみる。藤之宮は頭脳明晰だ。闇雲に反論することはしないだろう。


「…………続けていただけますか。最後までお聞かせください」


 流石だ。頭脳明晰に冷静沈着も加えておこう。


「藤之宮さんと同席する人について、俺達ではない他の選択肢、もちろん村人Aにとっては村人A自身が望ましいのだろうけど、それ以外にも選びようがあるのではないか、という『提案』をしたかったんですよ。そしてそれは、藤之宮さんを、好意をもって見ているがため、発せられたのです」

「……」

「無論、村人Aの主張はひどいものでした」

「はい。私はあなた方に弱みなど握られていませんが一方的に決めつけられました」

「彼らは本当は他の選択肢という『提案』をしたかったのですが、好意の裏返しとして、藤之宮さんに選(・)ば(・)れ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)俺達に対する猜疑心や嫉妬もあったため、本来提案するだけに留めておけばよかったのがあのような言動になってしまったのです」

「……なるほど仰りたいことはわかりました」


 言いたいことはわかった、けれど納得はしていない、というところか。ならばもう少し押すまで、一気にまくしたてる。


「一方で他の人達も村人達と同様に、『提案』については同じように考えていると思って差し支えないでしょう。しかし、やり方が悪かったとは言え、目の前で村人達は『提案』に失敗し、しかも全く意図していない怒りを買ってしまった。そうなると、他の人達は明日は我が身かもしれないと萎縮してしまい、結果このような静寂につながったのです」

「……」


 藤之宮は何か考えているのか黙ってしまっているが、これでは傍から見れば俺が藤之宮さんをやり込めたように見えているだろう。それはまた新たな敵を生むことになり、なんとしても避けたい。それに俺達が藤之宮の弱みなど握ってはいないことも周知させたいので、もういっちょ話をしておく。


「さて、このような齟齬が、えっと藤之宮さんは納得しづらいかもしれませんが、まあ、齟齬があったため、村人達は藤之宮さんのご不興を買ってしまうという結果になってしまいました。ただ、村人達も自業自得とは言え、齟齬の上でとなれば多少不憫だとも思えます。なにより、なにも藤之宮さんだって齟齬から生じてしまった誤解に対してお怒りを募らせることは本意ではないと思いますが」

「え、ええ、確かに誤解であれば……」


 だいぶ丸め込め、もとい、ご納得いただけてきたかな? よし、最後の一押しだ。


「なので、一つお願いがあります。もし、村人達が謝罪に来たら、まずは謝罪をお聞きになっていただけないでしょうか?」

「そ、それは……」

「彼らはとても悔いていると思います。謝罪を受け入れるのかどうかは別として、お聞きになるだけでもお願いいたします。私も以前、謝罪の機会をいただけたことでこうして藤之宮さんとお話することができるようになりました」

「そ、そうですね…… わかりました。そのようにしようと思います」

「ありがとうございます。ご理解に感謝いたします」


 ふうー。なんとかケリを付けられたかな。


 『あの三人組、助かったようだな』『聖女様のご寛大さに感謝すべきだな』『誰か三人組に謝るように伝えてやれよ』『しかし、一ノ瀬って奴、聖女様に何かで謝罪してたみたいだな』『弱みを握ってる奴が謝罪なんかするかな?』『うーん、やっぱり弱みを握られたわけではなさそうだな』『何にせよお怒りが鎮まったみたいで何よりだ』


 上出来だ。これで藤之宮が、自分の影響力が何を引き起こすのかについて意識を持ってくれればいいんだがねえ。そうすれば、俺達みたいなモブが針の筵に座らせられることも無いんだが。


 凍り付いた静寂であったが徐々に解凍され、いつもの食堂の喧噪が戻りつつある。ようやく落ち着いて食べられるってもんだ。待たせたな、生姜焼き。


「一ノ瀬君」


 うおい。なんだよ、もう食べさせてくれよ。


「今回のことは思い返せば確かにあの三人を責め過ぎたきらいがありました。そこに気付かせてくださったことに感謝します。ありがとうございます」

「あ、いや、別にそんな、大丈夫ですよ。お気になさらずに」


 ホントやめてくれ。周りからのヘイトが増えるだろうが。頼むから自分の影響力を理解して。


「……以前、調理実習で一つ貸しを作ったと言いましたが、これで貸し借り無しということにいたしましょう」


 ……あーーー、なんかそんなこと言われてた気もするが。なんかどうでもいいんだけど、借りが無くなるんならウェルカムだな。


「は、はあ」


 とりあえず肯定しておくか。面倒な関係にならなければなんでもいいわい。はい、お終い、食べるぞっ!


「時におふた方」


 まだなんかあんのか?


「なぜクラスメイトである私に敬語を用いるのでしょうか?」


 おい。こんなでかいブーメラン見たの初めてですよ。何を仰ってるんですか?


「藤之宮さん、それはお互い様ではないでしょうか?」

「私は以前より誰に対してもこのようにお話しております。どの先生方に対しても、ど(・)の(・)ク(・)ラ(・)ス(・)メ(・)イ(・)ト(・)に(・)対(・)し(・)て(・)も(・)、常に同じ話し方です」

「は、はい」

「クラスメイトによって話し方を変えることはありません」

「そ、そうですね」

「あなた方はお二人でお話されるときは、敬語ではないですね?」


 そりゃそうだ。


「えー、淳也さん、果たしてそうでしたでしょうか?」

「んー、秀斗さん、私も全く身に覚えが」

「は?」


 ひいっ だから怖いって。わかったから。


「ま、まあ確かに淳也と話すときは、敬語なんかは使いませんが」

「でしたら、私も同(・)じ(・)ク(・)ラ(・)ス(・)メ(・)イ(・)ト(・)ですので、そのようにお話しいただくのが公平というものではないでしょうか」


 おい、すっげー屁理屈ぶっこんできたよこの人。


「現に、調理実習の時は敬語をお使いではありませんでしたよ?」


 あー、あの時は藤之宮を傷付ける前だったし、そもそも調理実習限りの接点だと思ってフツーに話してたんだよな…… 俺の馬鹿。


「貸し借りも無くなった以上、元のようになさるのが道理かと思います」


 ……絶対押し切るつもりだろこれ。貸しを盾にじゃなくて貸しを無くした上で要求するというのだから道義的に拒否しづらいったらこの上ない。ものすごい高等戦術だな。


「わ、わかりました」

「おや? まだおわかりいただけないようですね?」

「わ、わかったよ、わかった。これでいいか?」

「はい。よろしいですね。よろしくお願いいたします。加藤君もよろしくお願いしますね」

「うん、よろしくね」


 おい、淳也、お前順応早すぎないか? そんな簡単にしれっとして。

 そんで、藤之宮、なんだよその満面の笑みは? だから影響力を考えてくれっての! ヘイトが山積みになるだろが!


「それでは昼食を進めましょう」

「は、はい」

「はい?」

「あ、えっと、お、おう。おうだ」

「はい」


 いったい、この先どうなるんだ……

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