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料理男子の災難-3

(2019/6/27 改稿)

 次の日の昼休み。


 俺と淳也は相も変わらず食堂で日替わり定食を食べていた。


「秀斗。この麻婆豆腐、全然辛くないよ」

「まあ、こんなもんだろ。女子も食べるだろうし、辛くしたらあんまり売れないんじゃない?」

「そんなの納得できないよ。麻婆豆腐に対する愚かな冒涜だよ」

「そう言うな。淳也の納得よりも辛くない麻婆豆腐の方が売り上げにつながるんだよ」

「むうう。……世の中お金なんだね」

「そうだな」

「世知辛いね」

「そうだな」


 料理をしなくなってから内容がいくぶん厭世的(えんせいてき)になっている気がするものの、いつものように他愛ない話をしながら昼食を口に運ぶ。

 自分で作るとしたらもう少し辛くはするだろうな。この麻婆豆腐はあまりにも辛くなさすぎる。ていうか甘さすら感じる。

 うん、この料理は麻婆豆腐ではなく違う名前にした方がいいんじゃないか。名は体を表すわけであるからにして、現時点では詐欺に等しいと考えることはそう間違ってはいないと思われる。


 二人して麻婆豆腐的な何かを食べ終える。決して不味いわけではないのだけれど麻婆豆腐とは呼びたくない。


「ごちそうさま」

「ごちそうさま」


 礼に始まり礼に終わる。食堂において食道の精神を発揮し食材や調理した方々に感謝の意を示すのだ。我こそは食道の伝道師、一ノ瀬秀斗である。そして次の始まりの礼は『おやすみなさい』だ。予鈴が鳴るまでのまどろみを甘受するのだ。


「ねえ、秀斗」

「んん?」

「今、すっごく馬鹿な事考えてない?」

「……」


 流石俺の親友。淳也はなんでもお見通しだ。薄目を開けると淳也も瞑想に浸っているようだが、そうやって俺の心を読んでいるのだな?


「まあ、俺達は馬鹿でゴミクズ底辺だからな」

「もう、そんなこと言わないの」

「料理の腕もゴミクズ底辺なわけよ」

「んもう」

「……」

「……」


 互いに目を瞑りながら自虐的な会話をして自ら落ち込むというどうしようもない食後のひと時。救われないなあ。


 ああ。ただただ、辛い麻婆豆腐が食べたい……




「それなら作ればよいのではないかしら?」




 へ!? なんだ? 俺の思念に誰かが反応した? 淳也の声とは違うぞ。となれば口から洩れ出てたのか?

 そんなことはどうでもよく、重くくっ付いていた瞼を無理やり開けるとそこには藤之宮がいた。


「あ、あ、藤之宮さん……」


 頭を起動しフル回転させ返事をする。淳也を見るとまだ瞑想に浸っているようなので慌てて現世(うつしよ)に引き戻す。


「淳也、目を覚ませ! 藤之宮さんだぞ」

「……う、あ。あ? は! え、えーっと藤之宮さん! あっ、えっ、そ、そうだ、こ、この度はお時間作っていただいてありがとうございます!」

 

 全力で戻ってきた淳也がお礼を言う。俺よりも覚醒速度は速いようだ。


「一ノ瀬君が謝罪をしたいということでこちらに伺いましたが、場所はここでよろしいでしょうか?」

「あああああ、は、はい、はい、ありがとうございます。わざわざ来ていただきまして恐縮です。ここで問題ございません。それでは俺からの謝罪をさせてください」

「はい、お聞きいたします」


 まだ少し動揺しているが、多少落ち着きを取り戻せている。

 藤之宮は無表情に俺を見ているが、昨日のような不愉快さを醸し出しているわけではなかった。そこにいくぶんか安堵し、謝罪を続ける。


「昨日、この食堂で、藤之宮さんをいたく傷つけてしまいました。大変申し訳ございませんでした。心よりお詫びいたします。ごめんなさい」


 ストレートにぶつけた。謝罪につまらない言い訳は不要だ。


 藤之宮はそれを聞いてうんともすんとも言うでもなく、しばしの間観察をするかのようにこちらを見続けている。


 重たい沈黙が続く。なんかしゃべってくれよ。イエスでもノーでもいいからさあ。


 しびれを切らした淳也が口を開こうとしたその時、藤之宮が先に沈黙を破った。


「あなたは私をどのように私を傷つけたのかしら? それに私は何も傷ついていないと言ったらどうなさるのかしら?」


 どのようにって、俺が言葉で傷つけたんじゃないか。それに明らかに傷ついていたでしょ? ものすごく悲しそうな辛そうな顔したじゃん。今思い出しても胸が痛む。


「え、えっと一言一句正確には言えないですが、藤之宮さんと一緒に歩くと藤之宮さんに迷惑がかかるという内容を言ったからです」

「それで? 私が傷ついたとなぜ思ったのでしょうか? 私は何も傷ついてませんよ?」


 うそだ。傷ついてなきゃあんな顔になるはずがない。


「その言葉を藤之宮さんが聞いたときに、藤之宮さんはその、ひどく悲しそうな、そして辛そうな表情をされました。それは人が傷ついたときに現れる表情だと思ったからです。そして、その、余計なことかもしれませんが、自分の胸もひどく痛みました」


 また沈黙が訪れる。額からの汗が頬を伝って流れる。時間が怖ろしくゆっくりと進んでいる。


 藤之宮は俺の目の奥を見つめながら再び沈黙を破った。


「では、最後にお聞きします。あなたは反省をされているのかしら? 反省をされているのなら何に対してかしら?」


 それはもちろん反省はしている。何に対してって当然藤之宮を傷つけたことに対してだ。再三そう謝罪しているじゃないか。


 ……いや、ちょっと待て。何に対しての反省か、か。謝罪じゃなくて反省。


 藤之宮が傷ついたという『結果』に対しての謝罪。

 じゃあ反省は? それは『原因』の方だ。

 今回の原因は? それは一緒に歩くと迷惑がかかると言う文言をぶつけてしまったことだ。この言葉で藤之宮は傷ついたのだ。

 だが、それは真の原因ではない。真の原因は『なぜ俺がその言葉をぶつけたのか』だ。


 あの表情をしたとき、藤之宮は何かを言ってた。なんだったか。思い出せ。


 ……………………そうだ。『あなたたちもそう言うのね』確かにそう言った。


 つまりは藤之宮は俺以外からもそう言われ続けていたということだ。

 なぜだ?

 それは『誰であれ藤之宮と一緒に歩くことで藤之宮に迷惑がかかるだろう』という認識が周囲に出来上がってしまっているからではないか?

 藤之宮はこれに傷ついたということは、藤之宮はそんな認識など望んでいないということじゃないか?

 そもそも藤之宮は自ら『教室まで一緒に移動すればお話は続けられますよ?』と言っていたじゃないか。


 昨日、淳也が言った『ゴミ扱いをしている』という言葉にもひどく怒りをあらわにして否定していた。これは自分は他人と差をつけるような見方は絶対にしないという気持ちの表れじゃないか?


 考えろ。


 藤之宮は『孤高の聖女様』と呼ばれている。でもそれは藤之宮が望んだものなのか? 『孤高』なのは周りが作り上げた押し付けのものではないのか?


 ……よし、答えは出た。今度は俺が沈黙を破る。


「えっと、お待たせしたみたいですみません。藤之宮さんは藤之宮さんと一緒に歩くことになんら迷惑だなんて思っていません。しかし、周りはそうではなく迷惑だろうと勝手に決め付けています。俺はそんな周りの決め付けに安易に乗って馬鹿な発言をしてしまいました。それについて反省しています」


 俺がそう言うと、藤之宮は少し俯き、そしてわずかに微笑んだように見えた。

 少しの間の後、藤之宮が答えた。


「わかりました。謝罪を受け入れます。この件に関して一ノ瀬君に対してなんら思うことはありません」


 あ、あ、よかった……


 緊張していたのか、ガチガチだった体から一気に力が抜けていき、崩れ落ちるように椅子に腰かけた。

 淳也も大きく息を吐きだしている。二人で魂の抜けたような呆けた顔を見合わせた。


「ありがとうございます。ごめんなさい」


 そう言うと同時に予鈴が鳴った。


  ――キーンコーンカーンコーン


「もう謝罪は十分ですわ。この件はお終いです。さあ、授業が始まりますよ? 三人で教室に戻りましょう」


 えっと一瞬思ったがたった今反省したばかりじゃないか。藤之宮が望んでいるのだ。一緒に歩いて戻ればいいだけだ。


 俺と淳也はトレーを戻して食堂を出る。そこに藤之宮もいる。今度は三人揃って教室に向かう。


 許されて安堵していた。もうこれで平穏な日々に戻れると思っていた。

 無言で歩き教室の入口まできたその時、藤之宮がぶっこんできやがった。


「あなたたち、それでお弁当はどうされるのですか?」


 俺と淳也は入口の前で固まった。


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