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料理男子の災難-2

(2019/6/27 改稿)

 放課後になった。


 5時間目の授業も6時間目の授業も全く頭に入ってこなかった。

 藤之宮のあの顔を思い出すたびに胸が痛む。きっとひどく傷つけてしまったのだろう。


 淳也とアイコンタクトをして席を立つ。藤之宮はまだ帰り支度をしているところだった。帰られる前に謝ろうと二人して藤之宮の席に行く。


「えっと、藤之宮さん。ちょっといいか?」


 藤之宮に声をかける。


「……私に何か御用でしょうか? もしそうでしたら手短にお願いいたします」


 顔をこちらに向けることなく帰り支度を進めながらそう返事をされる。

 手元を見ているため表情は伺えないのだが、不愉快そうな態度はありありと伝わってくる。


「あー、うん。すぐ済むよ。あの……」


 話を続けようとしたが周りからの視線を感じて思わず言葉と切ってしまった。

 重要な要件でもない限り孤高の聖女様に話しかける者などいない。それなのにモブごときが聖女様に話しかけているとなると、奇異の目で見られても仕方のないことである。昼休みは俺達三人と食堂のおばちゃんしかいなかったのでそんな目に会わなかっただけだ。


「お手短にとお願いしたはずですが。御用が無いようでしたらこれで失礼いたします」

「ちょっちょっちょっと待って、ごめん、すぐに済むから!」


 慌ててそう言うが一瞥もせず藤之宮はカバンを持って教室を出て行く。

 俺達もすぐに追いかけ、歩を進める藤之宮の並ぶ。


「ちょっと待ってよ。すぐに済むからお願いだって」


 藤之宮は足を止めることなく氷のような視線を向けながら言葉を返す。


「あなたは『私と一緒に歩くとご迷惑をおかけすることになる』とおっしゃっていましたわね? つまり今、あなたは私に迷惑をかけるつもりだということでしょうか?」


 くそっ、俺自信の言葉で責められてしまっては返しようがない。確かに言ったよ。言ったさ。


「そんなつもりは無いんだ、ちょっとだけ、ちょっとだけ聞いてくれないか。頼む」

「そんなつもりも何も、あなた自身の発した言葉ですよ? 責任をお持ちになれないのですか?」

「それは…… そうかも、しれないんだけど……」


 ダメだ。取り付く島もない。力なく足を止めて淳也の顔を見る。藤之宮はお構いなしに歩いていく。


「淳也、どうしよう……」

「ははは、秀斗はもうだめだね。藤之宮さんは秀斗が嫌いになったんだよ。しょうがないね。諦めなよ」


 は? おい、淳也、謝ろうって言ったのはお前だろ? 何言ってるんだ? それに別に好かれようとは思ってないし、その発言はいささか誤解を招きかねんぞ?


「いくら秀斗が藤之宮さんを傷つけてしまったことを心からお詫びしようとも、藤之宮さんが謝罪の機会も与えたくない程秀斗のことが大嫌いになっちゃったんならしょうがないよね」


 畳みかけるのかよ! 一体どうしようって言うんだ。


 あれ? 藤之宮の歩みが遅くなったか?


「でもねー、謝罪が受け入れられないっていうのならまだ分かるけど、謝罪の機会も与えられないってのは、僕達はやっぱりゴミのように見られているってことなんじゃないかなー。まあ、ゴミはゴミ同士で帰ろうよ。ささ、教室戻ろ?」


 ちょちょちょちょちょっと待て、ちょっと待て淳也。お前そんなこと言うキャラだっけ? 背中にチャック付いてないか? そんで帰っちゃうの? 謝んないの? わけわからんぞ!?


 俺が混乱して呆然としていると、先に進んでいたはずの藤之宮がこちらに向きを変えて淳也を睨んでいた。いや、睨みつけていた。


「加藤君。今、私があなたたちをゴミのように見ているとおっしゃいましたか?」

「あれれー? 僕達二人だけのはずの会話が聞こえちゃったのですかー?」


 なんか既視感のある言い回し。


「聞こえたも何も、私に向けておっしゃったようにしか思えません」

「つまり、僕達二人の会話を藤之宮さんは藤之宮さんに向けた言葉だと解釈されたわけですね? それなら僕達も、謝罪の機会も与えられない現状は人としての扱いをされていない即ちゴミ扱いされていると解釈するのも自由じゃないでしょうか?」


 うわー、なんとなく屁理屈のような気もするけど、強引に会話に持ち込んだのか? もしかしてこれを狙っていた? すげえな淳也。


「あなたは私が人様をゴミ扱いするとおっしゃるのですか?」


 怖っ! すっげー睨んでる。淳也、お前よく耐えられるな。俺だったら既に泣いてるぞ。


「いいえ、滅相もないですよ。そんなことを吹聴するようなことは致しません。心に留めておくだけにしますのでご安心してくださいね。それにゴミが何を思おうが藤之宮さんには関係のないことですから」


 おおおおおい、なんか煽ってないか? ベロベロバーってやってない?


「加藤君! 私は人様をゴミ扱いなんかいたしません! これまでも、これからもです!」


 やめてくれ、注目が集まってるって。廊下で聖女様が怒鳴ってたら目を引かないわけがない。もう帰りたい。


「そうですよ。藤之宮さんはそんな酷(ひど)いことなんかしませんよ」

「は?」


 おい、今ものすごい手のひら返しを見たぞ。俺もびっくりだし、藤之宮もあっけにとられてるぞ。レア表情だ。もとい、SSR表情だ。


「そんなことをするはずがない藤之宮さんのことだから、少なくとも人間である僕達に謝罪の機会を与えてくれるはず、ですよね?」

「え、あ、そ、そうね。も、もしかして、い、一ノ瀬君は私になにか謝罪をしたかったのかしら?」


 うわー、焦った藤之宮を見られるなんてSSRどころじゃないんじゃないか?


「はい、秀斗がそのことをなかなか切り出せなくて、お急ぎのところをお引き留めしてしまった格好になり、大変申し訳ございませんでした」


 うおっ、サクッと頭下げたぞ。その手慣れた感じ、謝り慣れてるのか? ひょっとしてお前の姉ちゃんっておっかないの?


「そ、そうね、私も急いでいたとは言え」

「おやめください。こちらの落ち度ですからそれ以上の言葉は必要ありません。僕達は謝罪の機会が欲しいだけです。そのためのお時間をいただけますか?」


 すげぇ、とっさに遮ったのは後々を考えてのことか。これだけの人に見られている中で藤之宮に頭を下げさせた日にゃ、視線だけでぶっすぶすの穴だらけになる自信あるし。淳也、あとでラーメン奢ってやる。


「わかりました。そういったご用件でしたらお聞きいたします」

「ありがとうございます。でも今日は藤之宮さんはお急ぎでしょうし、今の会話ですでにお時間を取らせてしまいました。それに人の目も多いので、改めて別途謝罪の機会をいただけると有難いのですが」

「……そうですね、わかりました」

「藤之宮さんのご都合のいい時にお声がけいただければと思います。今日は引き留めてごめんなさい。それではさようなら」

「あ、え、ええ。さ、さようなら」

「秀斗、ほら、行くよ!?」

「へ? あ、お、おう」

「ほらほら!」


 なんだかわからないまま、淳也に背中を押されてその場を後にする。俺は教室に戻ってからようやく口を開くことができた。


「展開に追いつけなかったぞ……」

「あはは、ごめんね。学校であんなことするハメになるとは僕も思わなかったよ」

「いやいいけどさ。しかし、よくもスラスラとあれだけの言葉が出てくるな。お前の知らない一面を垣間見た気がする」

「あれはまあ、家族向けの一面というのかなー。怒って拗ねた人の対応は結構難しいからね」

「拗ねた人って…… よく聖女様が拗ねてるってわかったな」

「なんとなーくね」

「……淳也。さっき思ったんだけど、もしかしてお前の姉ちゃんて」

「あ、わかっちゃった? 姉ちゃん拗ねると面倒くさいんだよね。で、仲直りのコツはこっちから折れること。なんでもいいからともかく先に頭を下げて相手を持ち上げてそこから譲歩を引き出すんだ。秀斗とはそんな駆け引き必要ないからあんな僕初めて見るよねー。ははは」

「道理で手慣れた感じだったよ。ま、とにかく助かった。まったく取り付く島も無かったからな。ホントおっかねぇわ。女怖えよ…… あ、そうだ、お礼にラーメン奢ってやる」

「え! やった! それじゃ駅前のラーメン屋の味噌バターコーンが食べたい!」

「あはは、お前あれ好きだよなー。じゃ、帰り寄ってくか」

「うん!」


 えらい目に遭ったが、淳也の特殊能力のおかげで首の皮一枚つながった。あとは藤之宮から時間をもらって謝りさえすればこの件はお終いだ。その上で嫌われたら嫌われたでしょうがない。元々接点なんか無かったわけだし、これまで通りなだけだ。


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