料理男子の災難-1
(2019/6/27 改稿)
「秀斗。食堂に行こうよ」
「そうだな」
「何食べる?」
「なんでもいい。いつもの日替わり定食でいいや」
「そっか。僕もそうしようっと」
調理実習から一週間が過ぎた。
打ちのめされてしまった俺達はあれから弁当を作っていない。別に示し合わせたわけではない。ただ、二人して料理をする気になれないでいるだけだ。
誰のせいでもない。全ては自分達のせいである。藤之宮に責任を擦り付けるほどは堕ちちゃあいない。
とんでも無い実力差を見せつけられた。
なんだろうこの感覚は。焦っているわけでもなく、絶望しているわけでもない。料理が嫌いになったわけでもない。
でも全く料理をしようとは思えない。
心に穴が開いたような。今まであった情熱みたいなものがすっぽりと消えてしまったような。
――諦め
ああ、諦めたのか。俺は料理を諦めてしまったのか。
淳也と二人で弁当のおかずを交換しながら料理について熱く語っていたのが嘘のようだ。あれは楽しい日々だったな。たかだか一週間前のことなのに遠い記憶のように感じる。
「秀斗、あそこに席が空いてるよ」
「ん。行こう」
日替わり定食をトレーに乗せて淳也が示した席に着く。そう言や日替わり定食ってなんだったっけ? ああ、ハンバーグ定食か。
買ってから気が付くとかどんだけ心無くしてるんだよ。ばかみたいだ。
そうか。ハンバーグね。
「いただきます」
「いただきます」
ゆるゆると箸でハンバーグを切り、口に入れる。うん。学食のハンバーグだね。不味くはないけどとびきりに美味いわけではない。
俺達が作るハンバーグと似たようなものだ。不味くはない。それだけのハンバーグ。
「お弁当、どうするの?」
「……そうだなぁ」
特に考えがあるわけでもなく、相槌をただ打ち、そのまま黙ってハンバーグを食べる。淳也も答えを促すことなくハンバーグを食べる。二人して、黙々と。
食べ終わっても動くことなく座ったまま。最近は予鈴が鳴るまでこうやってぼーっとしているばかりだ。食堂を賑やかせていた生徒たちは時間の経過とともに減っていき、昼休みが終わる10分も前には俺達二人だけが残されたようになる。目をつぶると食堂のおばちゃんが食器を洗ってる音が聞こえてくる。
――ガチャガチャガチャ ガチャンガチャン
半分眠ったような頭になんだか心地よく響く。
――ガチャガチャガチャ ガチャンガチャン
「あなたたち、それでお弁当はどうされるのですか?」
――ガチャガチャガチャ ガチャンガチャン
ああ、もうちょっとすれば予鈴が鳴るなあ。明日も日替わりでいいか。なんでもいいや。
――ガチャガチャガチャ ガチャンガチャン
「ちょっと?」
――ガチャガチャガチャ ガチャンガチャン
…………。
――ガチャガチャガチャ ガチャンガチャン
「人が話しかけているのに無視をするとはどういうことかしら?」
んん? なんか誰かしゃべってる? 怒ってるっぽい?
薄く目を開けると女子の制服が見えた。俺に話しかける女子などいない。人違いだろう。至福のまどろみを邪魔するな。
「人違いですよ」
目をつむりなおしてそう言うと、パンッと肩に衝撃が走った。
「痛っ!? な、なんだ?」
驚いて今度は目を見開いた。なんだ? ひっぱたかれたのか?
「目が覚めましたか? 私はあなたたちに話し掛けているのです」
あ、え? 聖女様? なんで? なんだ? どうした?
「お返事していただけないでしょうか?」
「あ、は、はい?」
「よろしい」
なんだ? 訳が分からん。
やり取りを聞いてか淳也も目を覚ましたようだがポカーンとしている。そりゃそうだろう。俺もそうだ。
「な、なんでしょうか?」
「あなたたちに質問をしたのです。お弁当はどうされるのですか?と」
「へ、あ、え?」
「加藤君が一ノ瀬君に質問をされたでしょう? その答えを聞かせて欲しいのです」
へ? なに? もしかして俺達が弁当をどうするのかを聞きたがってる? 日本語的にはそう解釈するべき? でもそれは聖女様には関係ないよな。じゃあ何を聞きたがっているんだ? 確認するしかないな。
「すみません、一つ確認をさせていただけないでしょうか?」
混乱して敬語で話しているがまあいいや。
「はい、なんでしょう?」
「俺達が弁当をどうするのかを聞きたいということでしょうか?」
「ええ、さっきからそのように申し上げております」
日本語の解釈は合ってた。となるともう一つ確認しておく必要がある。
「それは聖、じゃない、藤之宮さんに何か関係があるのでしょうか? 俺達が自分の弁当をどうしようが藤之宮さんにはなんら関わりの無いことのように思いますが」
まだ頭が回ってないな。聖女様の目つきが若干厳しくなったような気がする。落ち着け俺。
「……それは私が決めることです」
「はい?」
何を言ってるんだ? いや、俺と淳也で完結する話だろうが?
「ちょっとごめんなさい。何をおっしゃっているのかがよくわかりません。これは俺と淳也、あー加藤との間の話で」
「あなたたちは調理実習から今日までお弁当を作っていません」
な!? なんでそんなこと知ってんだよ。確かにその通りだが。あと人の話は最後まで聞けよ。
「そ、それはまあ、はい」
「つまりあなたたちがお弁当を作らなくなったのは調理実習が関係していると推測するのが妥当です」
いや、そう決め付けていいもんじゃないだろ? 合ってるけどさ。
話を続けるよう黙って目で促す。相変わらず吸い込まれるような瞳だな。
「私とあなたたちは同じ班で実習をいたしました。班の皆さんはそれぞれの役目を果たし、先生から最上級の評価をいただくことができました」
「そう、だな」
「そして最後に自分たちで作ったハンバーグを食べてから、あなたたちは心ここにあらずといったご様子でした」
おい、俺達どんだけ観察されてんだよ?
「それ以降、あなたたちはお弁当を作らず、料理のお話もされることがなくなりました」
へ? 俺達の話を聞いていたってのか? もしかして地獄耳? いや、俺達の話声ってそんなに大きくないぞ? むしろ小さい方だぞ? 二人でしかしゃべってないからな?
「結論としてはハンバーグに原因があると考えることができます」
すげえな。名探偵ですか? 名探偵ですね?
「この推測が正しければ、私も無関係ではないということになります」
そういうことか…… はいはい、わかりましたよ。わかりましたけれど、どうするかなこれ。ここでウソついても簡単に論破されそうだし困ったぞ。ううむ。
――――キーンコーンカーンコーン
おおっ! ラッキー! 三十六計逃げるに如かず!
「あ、お話の途中で申し訳ないのですが、予鈴が鳴ったのでここで一旦終わりにさせていただけませんか?」
「教室まで一緒に移動すればお話は続けられますよ?」
ああ、そうだよ。同じクラスなんだよ。日頃接点が無いから忘れてたよ。だがまあ、逃げようはある。ここはモブらしくさも当たり前のように断ろう。
「んーっと。藤之宮さんと一緒に歩いていると何かとご迷惑をおかけすることになるかと思いますので、別々に戻った方が良いのではないでしょうか?」
俺の言葉を聞くと藤之宮さんは一瞬だけ物凄く悲しそうな、物凄く辛そうな顔をした。ほんの一瞬だけだったが、その顔を見た俺の心は突き刺されたかのような痛みに貫かれた。なんだこれは。ひどく痛い。
「……あなたたちもそう言うのね」
ぼそりと力なくそう言ったがすぐさま元の顔に戻る。
「わかりました。先に戻りますので、授業に遅れることのないようにお願いいたします」
そう言い残して聖女様は食堂を出て行った。
まだ心が痛む。
淳也が困ったような顔をしている。
「秀斗さあ、聖女様の顔見た?」
「あ、ああ」
「傷つけちゃったみたいだね……」
淳也には姉がいるので女心とやらがわかるのかもしれない。
「淳也が言うのならそうなんだろうな……」
「謝った方がいいよね」
「な、なんて言って謝るんだ?」
「そうだね…… 傷つけるようなこと言ったみたいでごめんなさい、かな?」
「なるほど、流石だな。わかった。放課後にでも話しかけてみようか。こういうことは早い方がいいだろ」
「うーん、でも、目立たないようにしないとね……」
「そうだなあ……」
そう話しながらトレーを返却棚に返して食堂を出た。
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