調理実習-4
(今回、短めです。すみません)
(2019/6/27 改稿)
悪魔がそう一言残してからの実習は特に地獄を見ることもなく平穏無事に過ぎていった。
藤之宮のテキパキとした指示の元、俺と淳也でハンバーグの種づくりをし、小林、松井、末永がそれを小判大の大きさに整える。
もちろん、藤之宮がお手本で空気を抜くことを教えているから焼いている最中に暴発することもないだろう。
ジャガイモの素揚げとハンバーグの焼き調理は藤之宮自ら行う。すこぶる手際が良い。
聖女様が料理をするとなるとクラス中の当然のごとく視線が集まる。制服エプロンで料理する美女だ、男共が見惚れないわけがない。きっと頭の中妄想しまっくていることだろう。お前らな、聖女様はめっちゃ怖いんだぞ? 真実を知らんから鼻の下を伸ばしてられるんだ。
お皿に盛り付け、ソースをかけて、我が5班の調理は完成。班で作ったとは言え、藤之宮の手のかかった料理だ。他班から注がれる羨望と嫉妬の視線が痛い。
「はーい、そろそろ出来た班もいるかなー? 出来たら先生を呼んでねー。評価しに行くよー」
家庭科の先生がクラスに声をかける。俺達はおそらくいい評価をもらえるんじゃないか? 料理男子たるもの、やっぱりやるからにはそれなりの評価は欲しい。
「先生、5班の調理が完了いたしました。ご評価をお願いいたします」
先生が藤之宮から完成報告を受けると5班のテーブルにやってきた。クラスが注目する中、先生の評価が始まる。
「では見させてくださいねー。おやー、これはすごいですねー。大変綺麗な盛り付けですー。キャベツの千切りも細くて均一で素晴らしいですねー。ジャガイモの大きさも揃っていていいですー。ハンバーグの適度な焦げ目もいいですねー。ソースの色もいいですー」
『いいです』連発の高評価に『おおー』とクラスがどよめく。なんか見た目の評価はすこぶるいいみたいだぞ? これは嬉しい。味の評価も良ければ最高なのだが、先生はどう評価するのか?
「では、試食のお皿をいただけますかー?」
「はい、先生。こちらが先生用となります。試食用に少ない盛り付けとなっておりますが、どうぞお召し上がりください」
「はーい、それではいただきますー」
先生がナイフとフォークでハンバーグを切ると肉汁がぶわっとあふれだした。どこからか『ぐう』と腹の鳴る音が聞こえてくる。辛うじて俺の腹は耐えてくれたようだが、これを見て食欲のわかない奴はいないだろう。
先生はソースを絡ませて口へと運ぶ。2度3度咀嚼すると目が見開かれた。そのまま咀嚼を続け嚥下するも口を閉じたまま言葉を発する気配がない。静寂に包まれる中、誰もが成り行きを見守っている。緊張に思わず唾を飲み込んだ時、先生が閉じられた口を開いた。
「たいへん、たいへん美味しく出来ていますー! これは今までの調理実習で一番美味しかったのではないでしょうかー! 素晴らしい焼き加減ですー! ソースも申し分ありませんー! これは満点の評価に値しますー!」
一瞬おいて『おおおおお』という歓声と『俺も食いてー』『5班羨ましいー』『売ってくれー』と怨嗟にも似た声が聞こえてくる。
「ジャガイモの素揚げも大変美味しいですー。完璧と言っていいでしょー。本当に素晴らしいですー。5班の皆さんはよく頑張りましたー」
先生の絶賛に俺達は喜色満面となった。ここまで人から料理を褒められることなんてなかったし、心底嬉しいのだ。そして、これほどの評価を得られたのはリーダーたる藤之宮のおかげである。皆がそう思っているだろう。小林が藤之宮に声をかける。
「藤之宮さんがリーダーになってくれて本当に良かったよ。この高評価は藤之宮さんのものだと思うよ」
「小林君、それは違いますわ。皆さんで手分けして、皆さんがその役割を全うしたからこその評価です。私は微力を尽くしたに過ぎません。皆さんが等しく受け取るべき評価ですわ」
爽やか小林の賞賛の言葉にも藤之宮は謙遜してそう返す。完璧な聖女様だ。皆、崇高なるものを見る視線を送っている。だがな、俺は騙されないぞ。そいつは悪魔だ。
「さあ、それでは私たちもいただきましょう」
藤之宮がそう言って合掌をする。俺達も慌てて『いただきます』とともにナイフを掴む。他班で指をくわえて見てる奴もいるがやらんぞ? 俺達の共同作品は俺達が食う。お前らはお前らで食え。
実際どれくらい美味しいのだろうか? 一口食べて咀嚼する。
……なんだこれは? 調理実習で作られるものとは次元が違う。
焼き方ひとつでここまで変わるものなのか? ……いや、違う。焼き方だけじゃない。種づくりの際に玉ねぎ以外の材料も混ぜたのだが、その分量が絶妙だったのもあるだろう。分量は俺ではなく藤之宮が量っていた。俺は与えられた食材を混ぜただけに過ぎない。
つまり、結局のところ藤之宮が作っていたと言っても過言ではないのだ。賞賛は藤之宮が受けてしかるべきなのだ。
自分の料理の腕に過信などはしてはいないが、そこそこの自信はある。だが、この圧倒的な差はなんだ? 天と地ほど違う。根本的に何かが異なるのだろう。計量精度なのか? 調理技術なのか? 絶対的味覚なのか? おそらくは全部なのだろう。そのどれも藤之宮のレベルには全く達していない。いや、足元にすら及んでいない。俺は同い年の聖女様と比べることさえおこがましい程度の腕しかないのだ。なにが料理男子だ。おままごとでしかない。
「秀斗…… おいしいね」
俺が呆然としているところに淳也が俯いたままで話しかけてきた。
「ああ。おいしいな」
料理にウソはつけない。これは絶対的においしいのだ。
「僕達には届かない世界なのかな……」
「…………」
くそったれが。自分が嫌になる。そこは『そんなことはない、俺達には出来る』って答えるところだろ。
だが、現実問題として今の俺達が今日明日到達する世界ではないのは明らかだし、じゃあ何年後にかは到達できるのかを考えても想像することができない。
だから俺は黙るしかなかった。淳也もそれ以上は何も言ってこなかった。
喧噪の中、俺達は無言で藤之宮の料理を食べた。
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