三人のコック達-4
改稿のため前回の投稿よりだいぶお時間を頂戴いたしました。お待たせして申し訳ございません。
前回までの超簡単なあらすじ:巴が良美へのお礼のため、秀斗、淳也、巴の三人が加藤家で料理をすることとなったので食材を調達し、今、加藤家のキッチンで三人が料理を始めている。
――ダダダダダダダダダダ
――タンタンタン、タンタンタン
――ザッ、ザクッ、ザッ、ザッ
三人それぞれが調理に入り、手を動かしていく。藤之宮の包丁使いは、とても重い中華包丁を使っているものとは思わせない軽やかさであった。また、食材は均一の幅に切られており、それだけで互いの食材が邪魔をしない、ほどけるような食感を想像させるものであった。
藤之宮は青椒肉絲の食材を切り終えるとそれらを一旦端に寄せ、卵スープの方に取り掛かかった。持参した鶏がらスープはすでに火にかけられており、温まるのを待っているところだ。ここに卵とネギとしょうがをぶち込んでいくのだが、当然そのままぶち込むわけではない。
しょうがはざっと洗い皮に水をしみこませる。左手にしょうがを、右手にスプーンを持ち、こそぐように皮を剥いていく。これもめちゃくちゃ速い。もしかしてサイボーグなのではないかと思わせる速さ、正確さ。いやサイボーグ見たことないけどね。
かくして、しょうがはあっという間に裸にされてしまった。あれだ、動画配信サービスなんかで見る超絶職人の早業を、リアルに目の前で見た感じである。
藤之宮の手際にあっけにとられていたのだが、俺の視線に気が付いたのか、こちらを見て抗議されてしまった。
「あんまり見られていると恥ずかしいのですが……」
「そ、そうか、そうだな、悪かった」
いやいや、俺としてはその技は見ておきたいのですよ。こんな機会そうそうあるもんじゃないからね。でもガン見されるといい気はしないのも分かるので、チラチラと見ることにする。それで勘弁してもらおう。
藤之宮はしょうがをものすごく薄く切り始めた。中華包丁ってなんでもできるんだな。向こうが透けて見えそうだ。これもあっと言う間に切り終えられた。
スライスしたしょうがをずらして並べ、さらに切っていく。針しょうがというものだが、本当に細い。今の俺達がどんなにがんばってもこれの3倍くらいの太さにはなるだろう。まち針と畳針くらいの違いはありそうだ。
次にネギにとりかかった。単純な小口切りではなく、白いところは縦5センチ程度に切り分け白髪ネギにしていく。呆れるほどの正確さと速さで白髪が増産されていく。ネギの青いところは少し幅のある縦切りにされた。あとは卵を溶いておけば準備は完了である。
ここまで終わった藤之宮が視線を俺達に向ける。
「あの。進んでますでしょうか?」
やばい。藤之宮の手元が気になってチラチラと見ていたせいで自分の方は全然進んでいない。10の内1くらいの進捗である。
「え、いや、その、すまん」
一目瞭然の進み具合に藤之宮は少し呆れたような顔をしてジト目で見てきたが、申し訳なさそうに見つめ返すとハッとしたように視線を外された。ぷいってやつか。そんな、顔が赤くなるほど怒らなくても、いや、俺が悪いんだけどね。
「そ、それでは私がお手伝いしますね。仲間ですから協力しあうのは当然です」
そいつは助かる。藤之宮の技術で手伝ってくれればこの程度の遅れなど取るに足らないものである。
「わ、悪いな。助かるよ、ありがとう」
「それでは、えびをいただけますか?」
「わかった、それじゃ頼むな」
「はい、頼まれました」
手伝ってもらっているのだが藤之宮は楽しそうだ。本当に料理が好きなんだろう。なんだろう、すごく温かい空気を感じる。
おっと、眺めているとまた怒られてしまう。俺の方も進めなければ。
――ダンダンダンダン、ダンダンダンダン
――チャッチャッチャッチャッチャッ
――トンサクッ、トントン、トンサクッ
――………………
――…………
――……
三人三様それぞれのペースがあり、助け助けられしながらも無事に料理が完成した。青椒肉絲、卵スープ、エビチリ、中華風サラダの四品である。結局藤之宮はエビチリもサラダも手伝ってくれた。良美さんへの感謝として手料理をお披露目する、という意味ではいい結果になったのだろう。皿の盛り付けも藤之宮にやってもらったが、『美しく盛り付ける』ということも料理の技術なのだと、改めて突き付けられてしまったのだった。
「巴ちゃんは本当に料理が得意なんだな。盛り付けも完璧じゃないか。その年齢で全くたいしたものだよ」
「あ、ありがとうございます! お口に合えばいいのですが」
「はっはっは、じゃあ口に合うかどうか、早速いただこうじゃないか」
テーブルに皿が並び、日本人の主食たるご飯も盛られたところで、皆席に着いた。俺の正面に淳也、その隣に良美さん。これはいつもの座り方だが、空いた俺の隣に藤之宮が座る。あ、これは車の座席と同じ並びだ。違うのはお互いの顔が見えることだな。
さて、いよいよ食べる時が来た。のだが、藤之宮がなにやら話し出した。
「すみません、その前にちょっとよろしいでしょうか?」
「ふむ、なんだい巴ちゃん」
畏まった風に姿勢を正して藤之宮が正面の良美さんを見据える。
「良美さん。ショッピングモールでは困っているところを助けていただきまして、誠にありがとうございました。感謝いたします」
良美さんはそんな藤之宮の言葉に自分も姿勢を正して応える。
「巴ちゃん、そんなに畏まらなくてもいいからね。あれを見逃すようでは人としてどうかと思うし、当然のことをやったまでだ」
「ありがとうございます」
「それと、助けたのは私だけではないぞ? 秀斗君が巴ちゃんを見つけてなければそもそも助けもできなかったしな」
「はい」
そう返事をした藤之宮は俺の方に体を向けなおした。
「秀斗君。秀斗君にも助けていただきました。ありがとうございます。感謝します」
面と向かって礼を言われるとなんだか小っ恥ずかしい。それに、俺はこの子を傷つけてしまったことがあるんだよな。そんな俺に正面から感謝の気持ちをぶつけられると、なんとも言えない罪悪感のような申し訳ない気持ちになってしまう。
「あ、い、いや、俺はたいしたことしてないから、良美さんが先頭切っていったんだし、俺は別に」
「いえ! 本当に感謝しています」
「そ、そうか」
「その…… 助けてくれて、ありがとう」
いつもの藤之宮ではない口調でお礼を言われ、ふいに違った一面を見せられたことによる戸惑いであろう、少しドキッとしてしまった。まあ、ここまで言われたのなら素直に受け取るのが礼儀だ。俺は受諾の意を示す。
「うん、わかった。どういたしまして」
「……はい!」
元気な声で返事をし、改めて藤之宮はテーブルに向き直る。
「さあさあ、巴ちゃんのお礼の言葉も済んだようだし、冷めてしまっては勿体ない。みなでいただこう」
「はい! いただきます!」
「いただきます」
「いただきます」
皆、藤之宮の料理に興味津々なのであろう、揃って青椒肉絲から箸を付ける。具材の太さが揃っていると箸でつまみやすいんだな。意外な盲点だった。そんなことを思いながら口に入れる。
「……めちゃくちゃ美味い」
調味料のバランスが完璧なのだろう。王道を極めた味付けと言うべきか。調和の美というものを感じさせるそんな美味さだ。
「巴ちゃん、技術もすごかったけど、味もとても素晴らしいじゃないか。巴ちゃんは本当に高校生かい?」
良美さんが感心しきりといった顔で藤之宮を褒める。藤之宮は照れながらも嬉しそうな顔で「ありがとうございます!」と返す。
「秀斗、こんなに美味しい青椒肉絲、食べたことある?」
淳也が聞いてきたが、そんなのあるわけがない。
「いや、これほど美味い青椒肉絲は生まれて初めてだ。今まで食べてたのは何だったんだろう…… いかん、これは非常にマズい事態になったぞ」
「あーーー、そうだね。非常によろしくない事態だね」
俺と淳也がそう言いあってると藤之宮が不安そうに俺達の顔を伺っている。
「なにか良くなかったでしょうか?」
まあ、気になるだろう。美味いと褒められた後に良くない事態だと言われれば誰だって気になる。
「巴ちゃんが心配することじゃないから安心していいぞ。この二人の問題だからな」
「えっと、安心と言われましても、問題というのが気になります」
良美さんフォローはあまりフォローになっていなかったようだ。
藤之宮は自分に少しでも原因があると思うと気になるんだな。そんなに真剣になるような問題でもないし、タネ明かしをするか。
「問題ってのは、巴のが美味すぎて今後ほかの青椒肉絲が食べられなくなってしまう、ってことだ。だから俺達の問題ってわけ」
良美さんがにやっとしながら俺の話に続く。
「そういうこと。だから、巴ちゃんが気にするようなことではない。我々の胃袋が掴まれてしまったということだ。はっはっは」
藤之宮はなんだか納得のいかない顔をして「そうですか……」とつぶやく。
「うーん、そんなに気になるようだったら、巴ちゃんには責任を取ってもらわないとな」
「責任、ですか?」
「例えば、一生料理を作ってあげるとか」
「えっ!?」
良美さん、なにを仰ってるんですか…… 藤之宮はしばし考えたが意味を理解したのだろう、ボンっと真っ赤になってうつむいてしまった。
「お姉ちゃん、言うに事欠いてなんてことを……」
淳也があきれて良美さんを非難するが当の本人はカラカラと笑っている。
「あっはっは、冗談だよ、冗談。すまない、巴ちゃんはホント可愛いなあ」
「ごめんね、こんなお姉ちゃんで」
「い、いえ、あはは」
揶揄われることに慣れてないのだろう、どうしていいか分からない様子で苦笑いしている。今日の藤之宮は百面相のごとくいろんな表情をしているな。
「はっはっは。はいはい、ほらほら皆食べるぞ!」
「まったくお姉ちゃんは……」
「おいおい、男の子が細かいことをぐちぐち言うもんじゃないぞ?」
「はあー。もういいよ」
そんな話の中、笑い声の絶えない夕餉が進むのであった。
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