三人のコック達-2
(2019/6/30 改稿)
「じゃあ、巴さんと秀斗はキッチンで、僕はテーブルで料理するからね」
「はい、よろしくお願いします」
「おう」
藤之宮が、さっきコック帽を出した大きなバッグから、今度は調理道具などを取り出し始める。藤之宮クラスだとどんな道具を使っているのかすごく興味がある。俺達はいわゆる普通の家庭用の道具がメインだ。
視線に気付いたのか、藤之宮が包丁のカバーを外しながら説明してくれる。専用カバーがあるのか。っていうか、その包丁でかくない?
「これは中華包丁です。中厚刃のもので、400gほどあります。慣れると大変楽に切れますよ」
「へ、へえ。ずいぶん大きいというか、四角なんだな」
「はい。今日は中華料理ということでこれを選んできました」
選んできたということは他にもいろいろ持っているということか。なんでもかんでも三徳包丁一本で済ます俺達とはえらい違いだな。
せっかくなんでちょっと触らせてもらおう。
「と、巴、ちょっとだけ持ってもいい?」
「はい、いいですよ。ちょっとと言わずお好きなだけ」
「すまん」
「ただ、万能な包丁なのですが扱いが難しいので、指を切り落とす事故もあります。十分気を付けてくださいね」
お、おう。そうか、危険物か。俺は三徳包丁で十分だ。
「そいつはおっかない。巴の指は全部あるよな?」
「ふふふ、おかげさまで」
藤之宮ならそんなヘマはしないだろう。軽口を挟みながら中華包丁を受け取る。
「うわっ、重っ!?」
想像以上に重かった。俺の包丁の倍? もしかするとそれ以上あるぞ。やばい、これは武器だ。厨師長とシェフが戦ったら絶対厨師長が勝つぞ。こんな重いの使ってて疲れないのか?
「重いでしょ? 中華包丁はその重さを利用して切るんですよ。逆に言うと勝手に重さで切れちゃうので……」
「切れちゃうので?」
「指もすぱっと」
「うへえ」
「ふふふ」
なんだか藤之宮はすごく楽しそうだ。口調も少し砕けた感じがする。料理が好きなんだなあ。
「こいつはすごい。おい、淳也も持ってみるか?」
「うん、ちょっと待って」
淳也がテーブルからこちらに回ってきたのだが、思った通りキッチンに三人は少々狭い。
「ほれ」
「へえええ、ずいぶん重いねえ。ちょっと怖いなあ」
「巴はこれを使いこなしているわけだ」
「すごいよね」
料理男子達の視線が注がれた藤之宮はわずかばかり顔を赤らめて慌てた様子になる。
「い、いえ、まだまだ使いこなしてるわけじゃないですよ」
俯いちゃって、もしかして照れてるのか? 学校じゃこんな藤之宮を見ることはないから新鮮だな。気品のある聖女様というよりも可愛らしい天使様って感じだ。つまり可愛い。
思ったことを淳也に小声で耳打ちしてみる。
「今日の藤之宮、聖女というより天使だな」
「うん、僕もそう思ってた」
淳也がそう言い終わるやいなや、藤之宮がバッとこちらに顔を向けた。顔がさらに赤くなっている。
「き、聞こえてます!」
まじか!? ああーーー、藤之宮がすげえ地獄耳だったの忘れてた。忘れてたけど、まさかこれが聞こえるとは……
淳也は素知らぬ顔して包丁を置いてすたすたとテーブルに戻りやがった。許さん。
「い、いや、そ、その、すまん」
「そ、そういうのは、は、恥ずかしいのでやめてください」
「わ、わかった。聞こえるとは思わなかった」
「お願いしますよ」
「おう」
淳也を見るとどこ吹く風で準備を進めている。くっそー、覚えてやがれ。
ふと、淳也の向こうのソファーに座る良美さんと目が合った。良美さんはニコニコとにやにやの間くらいの表情でこちらを見ている。
「秀斗君」
「な、なんすか?」
「青春しているな」
「ちょ、な、なんすかそれ!?」
「くっくっく。ほら、どうした? 手が止まってるぞ?」
揶揄われてしまった。目なんか合わせるんじゃなかった。藤之宮もまだ赤くなってるし。全くなんてこと言うんだ。
「わ、わかってますよ。あああ、ふ、と、巴、包丁返すな」
「あ、はい」
「くっくっく」
どぎまぎしながら自分の準備を進める。藤之宮も落ち着きを取り戻し動き出した。
……なんだよ、藤之宮が綺麗なのは誰もが認める周知の事実だろ? それが今日は可愛かったんじゃないか。淳也だってそう言ったし。ただの事実じゃないか。事実を事実だと言って何を慌てることがあるんだ。だいたい、藤之宮の中身なんて悪魔だぞ? 悪魔のくせに照れやがって。俺様はお怒りだぞ? 激おこだぞ? なんならキャベツの千切りでもしようか?
「秀斗。にやけてる」
ぶふぉっ。
「に、にやけてなんかないぞ!」
「じゃあ、そういうことにしとく」
「いいいいいいから手を動かせ!」
「はいはい」
「くっくっく」
良美さん笑い過ぎですよ。
そんなこんなで準備も終わり、藤之宮がピーマンを切り始める。いよいよ聖女様の包丁さばきを拝める時が来た。
――――スタンタンタンタンタンタン
な!? あの重たい包丁がものすごく軽やかにまな板の上で踊っている!? そして重さで切るってそういうことか、力が加わっている様子が見られない。いや、もちろんほんの少しは加えているんだろうけど、全くそれを感じさせない。すげえ。しかも、切られたピーマンの幅がおっそろしく均一になってる。全然ばらつきがない。まるで精密機械のようだ。
淳也も目をまんまるにして見ている。ソファーに座っていた良美さんまで覗きに来る始末。
「えっ、と、そんなに見つめられると……」
藤之宮が手を止めて恥ずかしそうに俯く。うん、やっぱり今日の藤之宮は可愛い成分多めだ。
「巴ちゃん、ものすごく上手だねえ。下手な料理人なんかよりもずっとずっと上手いんじゃないか? いったいどこでそんな技術を学んだんだい?」
そういえば藤之宮はお父さんに料理を教えてもらってるって言ってたな。
「ええ、そうですね、うちで父に教わっています」
「へええ、そうなのか。もしかしてお父さんは料理を仕事にされているのかな?」
おっと、それは聞いちゃいけない。藤之宮の家族のことはタブーなのだ。自分のことは話せても、家族のことは話せないと言っていたからな。
すかさず淳也がフォローする。
「お姉ちゃん、ご家族のことは聞いちゃ失礼だよ?」
「お、おう、そうだったか。すまない、巴ちゃん。ちょっと不躾だった。謝ろう」
良美さんはだめな理由も聞かず、素直に頭を下げた。こういうところが気持ちのいい人だと思わせる。
「いえ、そんな、大丈夫です。頭を上げてください」
「そうか。いやすまなかった」
「こちらこそすみません。……そうですね、父のことですが、ここにいる皆さんにはお話してもいいと思っています」
え、そうなの? 良美さんに頭を下げさせたのを気にしているのか?
「巴ちゃん、無理しなくてもいいんだぞ? 誰しも詮索されたくないことはある。言いたくないことを無理やり聞こうとは思っていないからな」
「はい、ありがとうございます。でも、皆さんには聞いておいて欲しいと思っています」
ふむ。言いたくないどころか聞いて欲しいっていうのか。それなら遠慮なく聞かせてもらおうではないか。
「私の父ですが、ご想像された通りシェフをやっております。それで料理については父に教わっています」
やっぱりそうか。シェフってことはフレンチ料理の料理長だろうか。きっとどこかのホテルかレストランで働いているんだろう。
良美さんが話を促す。
「そうだったのか。お父さんはフレンチが専門なのかい?」
「はい。専門はフレンチですが、和食、中華、イタリアンもそれぞれ修行しており、それで中華包丁の使い方も教えてもらいました」
「ほおー、ずいぶん多才にされてるんだな」
「いろいろな料理を知り、それを参考にしたり、時には融合したりすることで、料理を進化させていくのだと常々口にしております」
「なるほど、向上心の塊のようなお父さんだな」
「はい。とても尊敬しているのですが……」
藤之宮の表示が少し陰った。寂しそうな顔をしている。
「その、父は仕事熱心すぎて家を空けがちで、料理を教わるのも月に数回程度です」
完全な人間などいない。親父さんは料理人としては非常に優秀なのかもしれないが、家庭人としては聊か疑問が残るようだ。
しかし、寂しそうな顔からにこやかな顔に切り替え、藤之宮は言葉を重ねる。
「料理を教わっているときは厳しい父ですが、うまく出来るときちんと褒めてくれますし、すごく優しく大事にしてくれています」
「そうか、巴ちゃんはお父さんに愛されているのだな。良い家庭じゃないか」
「はい! ただ、もう少し家にいて欲しいのですが、贅沢ですかね」
「ははは、贅沢ではないと思うが、叶ってしまうと際限がなくなってしまうぞ?」
「ふふふ、そうですよね。我慢、我慢」
ふむ。家庭人としてもきちんと娘のフォローができていて、満点とは言わずとも十分及第点のようだ。藤之宮の明るい顔を見ればわかる。
「じゃあ、その腕前は、お父さんに褒められたい思いで上がっていった、というわけなのだな?」
「え、ええ。あ、い、いえ! 違います!」
バレバレだ。焦ってる焦ってる。
「ははは、まあまあ。巴ちゃんがお父さん大好きっ子ということがわかったところで、そろそろ料理を進めてはいかがかな?」
「ち、違います! 良美さん!」
「はははは、さ、作った作った」
「もう」
ぷんと頬を膨らませる藤之宮も可愛い。美少女はなにをやっても可愛いか。
学校では決して見ることのない自然な表情を惜しみなく見せる藤之宮は、心からこの時間を楽しんでいるようだった。
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