三人のコック達-1
(2019/6/30 改稿)
「ただいまー」
「ただいま」
今は誰もいるはずのない加藤家だが加藤姉弟はただいまの挨拶を欠かさない。俺も家に帰ればただいまと言ってしまうので特に不思議には思わないが、人によっては変に見えるかもしれない。いいじゃないか、誰の迷惑になるでも無いし。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔いたします」
姉弟の後に俺と藤之宮が続く。今日はこれから三人で料理をするのだ。なぜ藤之宮が居るのかというと、ショッピングモールでチャラ男に絡まれている藤之宮を良美さんが助けたことがあって、そのお礼として藤之宮が料理の腕を振るうことになったからだ。俺は一度参加を辞退しようと思ったのだが、淳也に『秀斗も助けたんだし、お礼される側でもあるから絶対参加』的なことを言われ、のこのこと着いて来た。まあ、藤之宮の料理作りを目の前で見られるのはいろいろと学びが多いだろし、得られるものは得た方がいいと思い直したのもある。
わしゃわしゃと食材を置き、各自準備を始める。良美さんはテーブルではなくソファーに身を沈めて俺達の様子を見守っている。今日は三人で作業をするのでキッチンだけでは場所が足りず、淳也がテーブルでサラダを作ることにしたからだ。
「秀斗君、淳也君、よろしいでしょうか?」
藤之宮が大きなバッグからなにやら白い布っぽいものを取り出しながら俺達に声を掛けてきた。
「確認なのですが、おふた方は調理の時に何を身に着けられますか?」
俺も淳也も普通にエプロンをする。まあ、俺は良美さんのを借りているのだが。
「えっと、エプロンしてるけど?」
「エプロンだけでしょうか?」
「うん、まあそう」
特にそれ以外に身に着ける物は無い。
「ではこれを着けませんか」
「なになに?」
藤之宮が手にした白い布を俺達それぞれに渡してきた。
広げてみるとそれは帽子だった。これ見たことあるぞ、コック帽ってやつじゃないか?
「もしかしてコック帽?」
「はい」
藤之宮はニコニコして見てる。かぶれということか。
「ほほう、なかなか楽しそうではないか、今日はシェフのお出ましだな」
良美さんも揶揄い気味にけしかけてきた。
「どうしたんだこれ?」
「エプロンも大事ですが、頭髪にも気を付けた方が良いと思い、持って参りました」
ふむ、衛生面への配慮というやつか。藤之宮らしい気配り、さすが聖女様。
俺達は『料理作り』ばかり意識していたから、『料理作りへの配慮』が欠けていたというわけだ。ある意味、初歩の初歩ができていなかったのだから、これはかなり恥ずかしい。
「なるほど、髪の毛が落ちては困るってことだな。俺達、そんな初歩的な配慮も出来てなくてなんだか申し訳ないな」
そう言うと藤之宮は慌てた様子で手と首をぶんぶんと振る。
「あ、いえ、そんなつもりじゃなくて、その……」
あれ、なんだか焦ってる。あー、いや、別に嫌味のつもりで出したわけじゃないだろうし、ちょっと俺の言い方が悪かったかな。
「おっと、すまん。嫌味だとかそんなことは思ってなくて、ただ、素直にまだまだ配慮が足りないなと感じただけだ」
藤之宮は申し訳なさそうな顔をしているのだが、少し恥ずかしそうでもある。
「その、頭髪のことはそれはそうなのですが、それよりも……」
ん? 他にあるのか?
「せ、折角三人でお料理をするのですから、その、お揃いのものがあれば、より、その……」
え、どうした? 全く普段の藤之宮らしくないぞ? まるで女子高生みたいじゃないか? 可愛い。驚いた俺と淳也はそんな藤之宮を見ているしかなかったが、しどろもどろになる藤之宮を見かねた良美さんが口を開く。
「なるほど、公平に三人がコックとして力を合わせてくれるわけだな?」
良美さんの助け舟に藤之宮がジャンプして乗っかる。
「そ、そうです! 公平です! さ、三人とも同じなのです」
ホッとしたような顔で言ってるけど、少し顔が赤いぞ? 大丈夫か?
「わ、わかったわかった。じゃあ、皆、コックとして腕を振るうってことだな?」
「そうです。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
「うん、僕も頑張るよ。よろしくね」
なんだかわからないけど、俺達はコック仲間になったようだ。
では、まあコック帽とやらを被ってみるか。サイズはどうだ? お、丁度いい感じ。なんで俺の頭のサイズ知ってる? あー、Mって書いてるから、SとMとLがあるんだな。
「秀斗」
ん? 淳也が胡乱な顔してこっちを見てる。もしかして似合ってない? ちょっと心外だぞ?
「なに? 変か?」
「うん。それじゃコック帽の意味が限りなくゼロになってるよ」
「え?」
帽子なんてかぶればいいんじゃないの?
「前髪出したまんまかぶってどうするのよ。ちゃんと上げて帽子に仕舞わないと」
ぬお!? た、確かにその通りだ。そうだ、髪をちゃんと仕舞わないと。
あ…… 前髪仕舞うってのは顔を出しちゃうってことだよねえ? えー、俺、目付き悪いからあんまり顔出したくないんだよなあ。
「むむう。髪仕舞わないとだめ?」
「だめに決まってるでしょ」
ず、随分強気ですわね淳也さん。俺の顔なんて幾度となく見てる淳也はいいんだけど、この目付き、あんまり女子に見せていいようなものじゃないしなあ。威嚇してどうするってねえ……。
「どうしても?」
「どうしても」
そんな押し問答をしていたら藤之宮が割って入ってきた。
「秀斗君、頭髪を帽子に入れることに何か問題があるのでしょうか?」
うん、至極当然な意見だ。
「いや、髪の毛を入れるのはいいんだけど」
「では何も問題は無いですね?」
ですよねえ。仕方がない、正直に話すか。
「うーん…… 俺ってすごく目付きが悪いんだよ。人によっちゃ威嚇されてるように思われたりするんだよな。そんなんで、あんま顔出したくないって言うか」
これで藤之宮が納得してくれればいいが。
「私は秀斗君がどんな目付きであっても態度を変えることはありません」
あーーー。まあ、藤之宮がそう言うんならしょうがない。腰抜かしても知らんぞ?
「わかったよ。んじゃ、まあ」
そのままかぶりなおすのもなんだか小っ恥ずかしいので皆に背を向けてかぶりなおす。うん、ものすごく視界がスッキリする。もしかしてこれはなかなかいいかもしれない。
何度かほつれ出てた髪の毛を帽子に押し込んで、くるりと皆に向き直した。
「淳也、どうだ?」
「うん、いいんじゃない?」
「目付き悪いだろ?」
「秀斗さ、いつもそう言うけど、普通にしてたら全然そんなこと無いからね?」
え、そうなの? 友達の贔屓目か? これは他の人の意見も聞かねば。
「よ、良美さん、どうっすか?」
「秀斗君」
「は、はい」
「君、なかなかの男前だな」
「はいい?」
うそお。
「いや、びっくりしたよ。確かに強い目ではあるが、目付きが悪いっていうのとはちょっと違うぞ」
「そ、そうすか?」
「うん、淳也の友達にこんなイケメン君がいるとは思いもしなかったよ」
イケメン君? 俺が? 流石に持ち上げ過ぎだろ。
「い、いや、俺、イケメンとか言われたこと無いですよ?」
「まあ、あれだけ髪を伸ばして顔を隠してれば普通は分からんだろうて」
それはまあ、顔を、というか目を隠すために伸ばしてるからな。
そうだ、藤之宮はどうだ?
「ふ……と、巴はどう?」
「……」
ん? 怯えている?
「えっと、怖かったのか?」
「…… あ、え、えっと怖くないですよ! 全然怖くないです! だ、大丈夫です」
そ、そうか。怖くなけりゃまあいいや。大丈夫ってんなら大丈夫なんだろう。
うーむ、もしかするとさして怖くはないのか。実はそんなに気にする程でもなかったのか?
「秀斗さ、ちょっと試しに僕を睨んでみてくれない?」
おっと、なんだ? 何かを試そうと言うのか? なんだか良くわからないけど考えがあるんだろう。ここは乗っかってみるか。
「よ、よし。……こうか?」
藤之宮にからんでたチャラ男の顔を思い出して淳也をこれでもかと睨みつける。
「うん。わかった。絶対に人を睨みつけちゃだめだよ?」
「な、なに?」
わけがわからん。
良美さんは…… 若干顔引き攣ってない!?
藤之宮は…… 他所向いて少し震えてる!?
「秀斗は日頃の目付きは悪くないんだよ。っていうか精悍で力強い目なんだよ。だけど睨むとめっちゃ怖い顔になるからね」
「ええー? そうなの?」
良美さんも藤之宮もこくこくと首を縦に振っている。そんなに怖かった?
「……んーと、そうだ、今度は少しだけ睨んでみてくれる? あ、睨むって言うよりもキッと見つめる感じで」
なるほど、どこから怖くなるのか見定めるつもりか? それにしてもキッと見つめるって…… 肉の焼き加減を見るような感じかな?
「わ、わかった。……これでどうだ?」
「……」
返事が無い? 俺一体どんな顔してんだ? そんな酷いの? めっちゃ不安なんですけど。
「淳也どうした? まさか人に言えないような変な顔か?」
「い、いや。まさか秀斗がこんなにイケメンだったとは」
「はいい?」
今日何度目のはいい?だよ。どういうこと?
視線を良美さんに移すと、あんぐりと開けていた口を閉じて咳払いを一つしてから再度口を開いた。
「秀斗君、前言撤回だ。君はなかなかの男前どころか、ものすごい男前じゃないか。いやー、驚いたよ」
そ、そうなの? 藤之宮は? ああ、俯いてて見てなかったのか。まあいいけど。
「いや、そんなこと言われるとは全然これっぽっちも思わなかったっすよ」
「秀斗君、君は髪を上げた方が断然人目を惹くはずだぞ」
俯いていた藤之宮がそれを聞くなりバッと顔を上げた。
「ど、どうした?」
「い、いえ、なんでもありません」
そう言ってまた俯いた。なんだなんだ? なんでもありませんはないだろ。ちょっとびっくりしたぞ?
「ま、まあ、強く睨むとものすごく怖い顔になるけど、キッと見る程度だと全然怖くはならないってことだね」
淳也研究員が実験結果のレポートをしてくれたのだが、結局のところ睨まなきゃ大丈夫だってことか。
じゃあ、なんでヤンキーくずれに絡まれてたんだろ。うーむ。……んー、あ。もしかして。
「ちょっと淳也、この顔はどうだ?」
非常に不機嫌そうな顔をしてみる。睨むわけではなく、単に不機嫌な時の顔をする。
「あーーー。秀斗、それが普通の人のレベルの睨み顔かな。そのレベルで留めておいた方がいいよ」
……やっぱりそうか。ヤンキーくずれを見ると不快になってたからそれが顔に出てたんだな。今更分かっても遅いわ。
「なるほどねえ。ま、いろいろ分かったんで今後の人生に役立てるよ」
「うん、そうするのがいいね」
「あと、これが分かっただけでも儲けもんだ。その切っ掛けをくれた巴には感謝しないとな」
藤之宮は俯いたままだったがかまわず礼を言う。
「ありがとうな」
「い、いえ、とんでもありません」
うーん、顔を上げないところを見るとやっぱり怖いんじゃないのかな? そうだったら申し訳ないな。今日、料理中ずっと怖がらせちゃうのか? それなら帽子取った方がいいのかな。
そんなことを考えてたら淳也に脳がアクセスされたようだ。
「秀斗、巴さんは怖がってないから大丈夫だよ。ちゃんと帽子かぶっててね」
「あ、あいかわらずの……」
「はいはい、じゃあそろそろ料理しないとね!」
「お、おう。そうだな始めるか! 巴、コック帽ありがとう!」
「は、いえ、どういたしまして」
「皆、楽しみにしているぞ」
こうしてようやく三人の料理が開始されるのであった。
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