二人から三人へ-2
(2019/6/30 改稿)
昼休みになり、いつものように淳也と食堂へ向かう。今日は水曜日、来週いっぱいで学食ともお別れだ。そう思うと多少寂しい気もする。
あれ? 俺達が弁当に戻したら藤之宮はどうするんだろ? 弁当の件の回答もしていないし、今日来たらそのことを聞いてみようか。
そんなことを考えている間に食堂に着いた。
「秀斗、今日の日替わりは青椒肉絲だって」
「ふむ。久しく食べてないな。美味そうだわい」
「青椒肉絲はピーマンの切り方で食感がぐっと変わってきますわね」
おおう、相変わらずの忍者っぷり。いつの間にか藤之宮が後ろに着けている。
今日も今日とて三人とも日替わり定食。カウンターで受け取り、定番となりつつある聖域の席に着く。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
食べる前には必ずいただきますを言う。それが料理男子の矜持である。あ、女子もいるか。
流れでピーマンの切り方について話を進めるが、あまり周りには聞かれたくないので自然にヒソヒソ声になる。
「俺、つい最近まで炒め物だと縦に切るって知らなくて。ピーマンは何でも輪切りと言うか横に切ってたんだよな」
「修行で気が付いた感じだったよね。藤之宮さんは流石によく知ってるね」
「いえ、私は父にそう教わっただけで、ご自身で発見されたあなた方の方が素晴らしいと思います」
藤之宮もつられてなのか気遣ってなのかはわからないが、俺達に合わせてヒソヒソ声で返してくれる。ありがたい。
「そ、そうか?」
「ええ、流石です」
藤之宮に流石と言われてもなあ。淳也に言われるなら「だろ?」とか胸の一つも張れるんだが、藤之宮に言われても「う、うす」としかならん。
「う、うす」
「……信じてませんね?」
そのジト目はやめていただけませんか?
「い、いや、そんなことはないけど……」
しどろもどろである。
「まあいいですが。学食のピーマンはちゃんと縦に切ってありますね」
「え? 僕のは横に切れてるよ?」
「まじか? どれどれ? ……あー、もしかしておばちゃんによって切り方が違うんじゃねーの?」
「じゃあ僕のはハズレだったってわけ? 秀斗のは?」
「うん、縦切りだぞ。アタリだな」
淳也のほっぺが膨らんでいるのだが、外見が中性的なところもあってちょっと可愛かったりする。
「むうー。なんだか悔しいなあ。よし、じゃあ明日の修行は青椒肉絲にする!」
ヒソヒソ声で叫ぶとは器用なり。
「二日連続で食べるのか?」
「連続なんて修行中はしょっちゅうでしょ? 僕は縦切りピーマンの青椒肉絲が食べたいの!」
淳也は一度決めたらなかなか折れないところがあって、こういう時は素直に言うことを聞いておくのだ。
「わかったわかった。明日は良美さんもいるんだよな?」
「うん。実はお姉ちゃんが中華料理が食べたいって言ってて、それもあってね」
「あ、そういうことか。それなら特に問題は無さそうだな」
「じゃあお姉ちゃんに明日の献立送っとくねー」
ということで、明日の修行料理が決まってしまった。淳也はスマホ取り出して早速良美さんに連絡しているようだ。食事中に褒められたものではないが、フレキシブルかつスピーディーに対応するのが俺達のスタイルなのである。
ただ、この楽しい修行もいつまでも続くわけではない。開始から一か月間、来週の金曜で終了する。それ以降は俺も淳也も弁当を作ってくることになっている。弁当のことは藤之宮から聞かれてもいるし、早めに答えておかないとな。
「ま、その修行も来週一杯で終わりだ。そうしたらまた弁当の復活だな」
「そうだね。久しぶりのお弁当作りだね」
「あら、おふた方はまたお弁当を作って来られるんですね?」
なんだか嬉しそうだな。そんなに気になってたのか?
「ああ、修行が終わったら弁当を作ることにしてたんだよ。リセットってやつかな? まあ、だから、その、俺達はもう日替わり定食を食べることは無くなるんだが……」
藤之宮がハッとした顔したのですかさず淳也が聞きに回る。
「藤之宮さんはどうするの?」
「そ、そうですね……」
しばしの思案のあと、続けて話す。
「その、私もお弁当にしようかと思います」
そうか。トリオ・ザ・日替わり定食は完全解散になるのだな。なかなか視線の痛い昼食であったが、これでようやく解放されるのだ。まあ、来週一杯は続くのだが。
「じゃあ、三人で一緒に食べるのは来週で終わりってことになるのかなー」
「……それでですね」
藤之宮がぐぐっと真剣な目をこちらに向けてきた。声も一段とトーンが下がっている。思わず耳を澄まして聞く。
「その後は、屋上ですよね? 三人でのお弁当、楽しみにしておりますよ?」
な、なんだと? ちょっと待て、そんなことが誰かに知れたら俺達の命が危険だぞ。
慌てて周囲を見渡すが、幸いなことに誰にも聞こえていなかったようで、特に反応は無かった。危ないにも程がある。まったく何を言い出すのか……
とりあえず真意を聞かねば。
「えっと、それは再来週以降も一緒に食べるってこと?」
「ええ、そういうことです。よろしくお願いしますね?」
「じゅ、淳也……」
「うん、こちらこそよろしくお願いします」
え、淳也!? なんかあっさりと承諾したけど、大丈夫なのか俺達?
「そ、そうかそうか。わわわかった、よ、よろしくだ」
つまりはこの先もずっと一緒ってことだよな? 毎日寿命が減り続けるのか?
……ああ、でもそうか、やっぱりそうだったんだ。藤之宮は仲間になりたかったんだな。淳也の思った通りってわけだ。そして淳也はこうなるって分かってたんだ。……淳也さん、なんか最近この状況を楽しんでないか?
「それでね、おふた方、特に加藤君になるのですが、お願いがあります」
なんだよ、こんどは何をぶっ込んでくる気だよ。
「え? 僕にですか? お話次第ですが僕にできることでしたら」
焦って敬語になってるぞ、大丈夫か?
「あの、……明日、加藤君のお家にお邪魔させていただけないでしょうか?」
「ふあっ!?」
思わず声を出してしまったが、藤之宮は気にもせず話を進める。
「明日は加藤君のお姉さんがいらっしゃると聞きました。以前、ショッピングモールで助けていただいたお礼を是非させていただけないでしょうか?」
そ、そういうことか。そういうことなら淳也に任せておけばいいな。ふう。
ただ、これにはさすがの淳也も予想外だったらしくえらく慌てている。
「い、いや、姉には藤野宮さんの感謝は伝えておきますので、藤之宮さんにわざわざ来ていただかなく」
「それと、折角ですので」
うわっ、かぶせてきたよ。聞く耳持つ気がないのか?
「折角ですので、おふた方と、その、一緒に料理をしてお姉さんに召し上がってもらいたいなと、思いまして……」
…………何?
藤之宮が俺達と一緒に料理をしたいだと? そりゃ授業でやったことはあるさ。でもそんなの全然関係なしに俺達と料理がしたいって? まじか?
それになんだよその上目遣いは、初めて見るぞそんな顔。
淳也が固まってる。やばい、どうすんだよ? なんかないか? ……あ、そうだ! 良美さんへの訪問がメインということは良美さんの都合が合わないといけないよな?
「よ、良美さんの都合も聞か」
「さっきお姉ちゃんから『速攻で帰る』って連絡が来た」
「……そ、そうか。ち、青椒肉絲、楽しみなんだな」
「うん……」
合理的に断れる理由が無くなってしまった。もう受け入れるしかないか。俺達の勝手な都合で良美さんへのお礼を邪魔するわけにはいかない。腹をくくろう。
「そ、それなら、も、問題無い、のか?」
「う、うん。問題無いね」
それを聞いて藤之宮がらしくもなく感嘆の声を上げる。
「やった!」
急に大きな声を出すなって! ほら、周りがジロジロ見だしただろがっ!
「ちょ、声大きいって」
訝しむ視線を浴びる中ヒソヒソ声で注意すると、藤之宮は申し訳なさそうに、でも口元が緩んだまま、声をひそめた。
「あ、ごめんなさい、つい嬉しくって」
なんだよ。そんな表情もできるのかよ。教室でそんな顔見たことないぞ。どんだけ引き出しあるんだよ。
淳也がスマホを取り出してなにやらやっている。たぶん、念のため良美さんに連絡してるんだろう。良美さんのことだ、お礼を固辞することは無いと思う。頑なな固辞は却って失礼にあたるとも言うし、逆に弟の同級生しかも超が付く美人さんのお礼なんだから喜んで受けるかもしれない。いづれにせよ、そうなるよな。……おっと、スマホの返事が来たようだ。
「良美さんだよね? なんだって?」
「うん、大歓迎だって」
「そ、そうか。確定だな」
「よろしくお願いしますね!」
ニッコニコじゃねえか。一つ分かったことがある。藤之宮がニコニコすると俺の寿命が縮むってことが。
ただ、なんだかこの笑顔は壊しちゃいけないぞって気になってしまうんだよな。きっと一度傷つけてしまったのを反省する気持ちがそう思わせるんだろう。たぶん。
結局、食事を終え、教室に戻るまで藤之宮は終始ニコニコしていた。
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