第75話 王たちが、口を開ける
治療椅子に座っているのは、ヴァルドだけだった。
セイルは双潮宮、ラシャは谷、ドルガは坑道の入口。アステルは白枝で待つ。それぞれの王が自分の土地の受けと停止札へ、別々に同意した。一つの命令で五か国を動かさないためだ。
「最初に診た王だけ、私の前にいるんですね」
「余が最後に返事をするのだろう」
「はい。全員の確認が届くまで、口は閉じていてください」
順番は海、森、獣、鉱、最後に竜。海王領から最初の確認札を載せた便が着く。セイルが力を少し落とし、港側の受けが持った。潮塔の両方で停止を試し、古い放流口を閉じても川の水位は変わらなかったという。
次はアステル。白枝の倉番が青い札を持って橋へ来た。四季の受けは動き、倉の麦にも異常はない。
遠い場所からの知らせは遅れる。だから私たちは、全員が同じ時刻に一斉に動く手順を捨てた。各段階で運び手が確認札を持ち帰るまで、次へ進まない。
翌日の午後、ラシャの三群と、ドルガの二本の坑道の札が届いた。鉱王領では旧坑道の外側の口も閉じた。止めたい人が止められた、と現地の職人の字で書いてある。受けは、王の力を奪う箱ではない。土地が王へ返す荷を、一部だけ現地で支えるための場所だ。
最後にヴァルドが、三つの火山の熱を絞る。
「痛みは?」
「一つ、古い傷へ響く」
彼は隠さずに答えた。出会った頃なら、痛みを一つ告げることさえなかった。
赤石橋の下で、デルクとミラが古い逃がし路の口を閉じた。輸送所に封じた父の継ぎ枠は使わない。母の板と父の三段溝を組んだ小さな戻り留めを、新しい受けへ付ける。
熱石の音が止まった。
両岸で人が息をつく。誰も拍手はしない。西岸の橋番が白墨線を見て、荷車はまだ通せないと告げた。東岸の畑も、焼けたままだ。
ヴァルドが立ち上がろうとして、椅子の端を握った。爪が木へ食い込む。
「止めて」
私は彼へではなく、作業班へ言った。ネッサが赤い札を掲げ、どの国も次の段階へ進まない。
「どこですか」
「最初に治した歯の、奥だ。焼けるのではない。押される」
可動鏡を当てる。鱗の薄片で補修した面は残っている。そのすぐ外側、前にはなかった細い筋が走っていた。戦場で力を上げたときの新しい負担だ。
川底を閉じたせいだけではない。彼自身が自国へ返した熱が、古い補修の隣へ溜まっている。
「戻し口を開けば、いったん楽になる」とデルクが言う。
「川へ熱を戻す?」
「戻る先はそこだ」
川岸には人がいる。ヴァルドは首を振った。
「余の痛みを、橋へ預けぬ」
私も同意した。新しい道を開いたばかりで、古い捨て場所へ戻しては意味がない。
「治します。ただし、次に痛みが増えたら、あなたが先に止めてください」
ヴァルドは椅子へ座り直し、口を開けた。
最初に治療椅子へ座らせた日、私は彼の痛みを一度も尋ねなかった。今は、彼のほうから言ってくれる。
私は少しだけ笑って、道具を取りに行った。




