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竜王の歯医者ですが、虫歯一本がダンジョンになっています  作者: sakumaaa
第九章 帰るための治療

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第72話 帰り道を直した人

 停戦は、誰も署名を消さないまま破れた。


 朝、王都から東岸の隊長へ命令が届いた。川底の古い逃がし路を王都軍で接収する。危険を封じるため、という文面に、治療路を使う人への連絡はなかった。


 夜、武装した兵がその道へ入った。西岸の見張りが停戦違反だと止める。双方が退かないうちに矢が飛び、川底に露出した古い留め板を割った。熱い石が再び噴き、浅瀬の渡し場と南の治療路を同時に塞いだ。


 私は診療小屋へ道具を取りに戻った。鞄の取っ手が、また引っ掛かる。父が昼に私の机へ来ていたのを思い出す。直すと言われ、断ったままだった。


 引っ張ると、留めが滑らかに戻った。内側に新しい小さな板が入っている。戻るときだけ働き、荷が落ちそうなら外へ開く。


「頼んでないのに」


 腹が立つ。でも今は、その怒りを鞄へぶつけている暇がない。


 橋の南では、粉を運ぶ家族が逃げ道を失っていた。子ども二人と荷車一台。道の中央が崩れ、後ろから熱い川水が上がる。


 ヴァルドが飛ぼうとするのを、ネッサが止めた。翼の風で道の端が崩れる。彼は人の姿で岩を支え、セイルが水を横へ逃がした。デルクと父は、荷車の軸を抜いて踏み板へした。


「先に子どもを」


 父の声だった。私が最初の子を受け取る。二人目の足が板へ乗ったとき、川底から赤い石が跳ねた。


 父が腕を上げて庇い、板の端が折れる。デルクが父の襟をつかむ。ヴァルドが下の岩を持ち上げ、セイルが流れを止めた。


「私の綱を!」


 私は命綱を投げた。父がつかむ。ネッサと私で引き、デルクが上から支える。父は自分の足でも登ろうとした。膝が動かず、顔から血の気が引いている。


「もう一度、引け」と父が言う。


 生きようとしている声だった。


 私たちは三人で引いた。父の身体が道へ上がる。子どもたちは、母親の腕の中で泣いていた。荷車の粉は半分濡れたが、残りは持って帰れる。


 父の脇腹には、砕けた石が深く刺さっていた。小屋の治療師が布を押し当てる。私には歯の内部のひびなら見つけられる。今は人の傷へ手を出す資格がない。


「運べますか」と治療師に聞いた。

「運ぶ。まず圧迫を続けて」


 私はその言葉に従った。父が私の工具鞄を見た。


「留めを、勝手に直した」

「知ってます。帰ったら文句を言います」


 父は少しだけ口の端を動かした。


 ヴァルドが担架の片側を持つ。今度は王命を出さず、治療師に歩く速さを聞いてから動いた。


 橋の向こうでは、兵がまだ矢を撃ち合っていた。担架の上で父が一度、その音へ顔を向ける。私は圧迫した布から手を離さなかった。

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