第69話 父の正しさでは、橋を渡れない
父は昼、デルクに呼ばれて輸送所から来た。私が原記録を読んだことは、もう知っていた。
話をする前に、作業台の上へ壊れた取っ手を置く。私の工具鞄の、戻り留めだ。今朝から引っ掛かっていた。
「貸して」
「後で直します」
父の手が止まる。前なら、返事を待たずに直しただろう。
「必要なら言え」と彼は言った。
その変化を、無かったことにはしたくない。でも、聞くべきことを後回しにもできない。
「十年前、外の人に図を見せなかったのはなぜ」
「試験片を抜くことしか考えないと思った。抜けば王の歯が崩れると見ていた」
「だから母が一人で残るほうを選んだ」
「そうなるとは思わなかった」
思わなかったことは、起きなかったことにはならない。父は取っ手を握らず、机へ戻した。
父は取っ手の横へ、工房印のある開放票の控えを三枚置いた。品目はいずれも「黒い試験片付き旧口」。同じ日付と、それぞれ別の担当者の署名がある。
「橋と港と鉱王領の旧い口が、同じ夕方に動きました」
「日付を入れたのは私ではない」
「図は?」
「私のものだ。日付を空欄にして渡した」
票の署名と父の言い分は、別々に記録した。自分で開けなかったとしても、開けられる道具を渡したことは消えない。
彼は赤石橋の継ぎ枠の図を広げた。現物は輸送所で封じられたままだ。
「川底の古い逃がし路を閉じるなら、今のうちに王の歯と土地を切り離す。境界石を一度に締めれば、王が戦っても地面へ届かない」
「畑は?」
「季節と潮が戻るまで数日止まる。火山も自分で熱を逃がす。すべてが無事とは言わない」
「数日の食料を持たない村があります」
「今の戦争が一週間続けば、もっと失う」
比較は間違っていない。怖いのは、数字の大きさだけで人を選んでしまえることだった。
「王の歯の負担を減らす設計は必要です」と私は言った。「でも患者にも畑の人にも、切られると知らせていない」
「許可を集めている間に、人は死ぬ」
「許可を省いても死にます」
父の目が、一瞬だけ厳しくなる。
「お前は、母と同じ言い方をする」
「同じ間違いはしません。私一人で中へ残らない」
窓の外で、橋の修理音がした。叩くたび、別の人が止めて測る。父の図にも、止める板はある。ただそれを誰が使えるかが、空欄だった。
「切る技術は借りたいです」と私は続けた。「止める条件は、私たちが決める。断る権利を王だけでなく、受けになる人へ渡す」
「それでは全員が同じ日に動かん」
「動けるところだけから始めます」
父は、理解できない子を見る顔をしなかった。私の図を見たい職人の顔で、しばらく黙った。
「描け。切らずに負担を分けるなら、どこへ返す」
私は白紙を一枚もらった。使える線を一本だけ引く。橋でまとめて受けるのではない。各地の職人が、各地の受けを作る。王が止めても、戻せる道を残す。
父はその線へ定規を当てた。
「ここは、止めたときに重さが戻る」
「分かっています。だからまだ治療できません」
同じ机で、答えの違う二人が同じ失敗を見た。父は赤鉛筆を置き、私の線を勝手に直さなかった。




