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竜王の歯医者ですが、虫歯一本がダンジョンになっています  作者: sakumaaa
第八章 王たちの戦争

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第66話 炎の先に、三つの火山がある

 ネッサの赤い布は、戦場では小さかった。


 それでもヴァルドは見ている。彼が私たちを見分けられないわけではない。見分けた上で、土手にまだ敵がいると決めている。


「東岸の兵は下がっています」


 ヴァルドはうなずいた。


「ならば、戻れぬよう土手を焼く」


 会話が通じることと、止まれることは違った。


 アステルが霜を引き、セイルも船を岸から離した。力を下げる合図を、二人へ別々に見せる。二人が従った分だけ、ヴァルドの炎が広く見えた。


「リタ、そこから下がって」


 アステルの声で、私は自分が土手の上に立っていると気づいた。足元には、焼けた麦の穂が残っている。先端を持つと、灰になって崩れた。


 西岸から伝令が走ってきた。ヴァルドの国の火山で、火口の外に赤い亀裂が走ったという。彼の歯は三つの火山を抑えている。ここで吐く熱は、戦場だけの熱ではない。


 私は伝令の紙を、ネッサへ渡した。


「そちらから見せて。私の声より、火山の場所が分かる」


 布の隣に地図が広がる。ヴァルドの瞳が一度動いた。


「余の国は、守る」

「はい。そのために聞きます。今、どこが痛みますか」


 十年前に母が使い、私も最初の治療でようやく覚えた質問だった。今度は歯の治療ではない。だから答えを先回りして決めてはいけない。


 ヴァルドはしばらく黙った。


「翼は、些細な傷だ」

「翼以外」

「……見ておるのに、止まればそなたを失うと思う」


 赤い光が、目の奥で揺れた。


「土手の兵を焼いても、私の頬は治りません。子どもが戻る畑も」


 ネッサが布を三度振る。攻撃を止め、周囲を見直すための合図だ。


 セイルの船では、兵と一緒に粉袋を拾う人が見えた。アステルが焼けた畑へ霜を置くのをやめる。霜を足しても麦は戻らないと、彼女自身が判断した。


 ヴァルドは私へ向けていた翼を下ろし、兵舎のほうを見た。炎が喉を通って、戻る。長い呼吸の末、彼が自分の名で言った。


「余は、焼かぬ」


 言葉が先だった。熱が完全に引くまで、さらに何呼吸もかかった。ネッサは布を下ろさない。セイルは川を静かに保ち、アステルは両岸の負傷者を倉へ運んだ。


 火山からの二報目が来た。赤い亀裂は広がる前に止まった。被害なし、とは書かれていない。火口沿いの家には退避の鐘が鳴った。


「余が選んだ」


 ヴァルドの声は、いつもより低い。


「そうです。私たちだけでは、止められませんでした」


 傷つけた畑の持ち主は、誰が何を選んだかより、明日食べる物を知りたいだろう。私は灰を払い、東岸へ渡す食料札を拾った。

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