第64話 嘘をつかない記録官
王都の記録官ユーディトは、最初に橋ではなく倉を見た。
「東岸の麦八台分。西岸へ届いたのは台車の分だけ。合っていますか」
片手に薄い帳面。もう片方には、濡れた靴。王都からここまで、馬を替えて来たらしい。
「合っています。十四台の予定だった分と混ぜないでください」
「承知しました。出荷しなかった六台分は、ここにはありません」
数字を取り違えない人だ。少なくとも、私が直す隙はなかった。
ユーディトは古い橋台帳を開いた。川下の浅瀬に、収穫期だけ使う石の渡し場が載っている。道幅は荷車一台、水が引いても一日に二往復が限界。橋の代わりにはならない。
「今日は水位が低い。両岸の橋番が試して、安全なら粉と薬を先に通せます」
その言葉で、ネッサが走った。運び手を呼び、帰りの空荷まで含めて順番を組む。昼過ぎには粉の小袋が五村へ向かった。ユーディトの記録がなければ、見つからなかった道だ。
「助かりました」
「記録の仕事です」
記録官は笑わない。礼を置く場所が机の上にないような顔をした。
私は昨夜の二通を差し出した。彼女は熱石、小屋、矢、頬の傷を順に読んだ。
「王宮への報告は、これより早い時刻に出ています」と彼女は言った。「竜王の接近の後、衛兵が負傷した。どちらも事実です」
「熱石が飛んだのは、接近の前です」
「報告の見出しへは、まだ書いていません」
書いていないだけで、嘘はついていない。見出しを先に読む王なら、十分に間違える。
「順番を入れ替えると、原因まで変わります」
「原因はまだ証明されていません」
「だからこそ、先に見たことを先に書くんです」
ユーディトは私を見た。人ではなく、訂正を要求する証人を数える目だった。
「第十七号票の写しを持っていますね。出所を確かめたい」
私は鞄を開けなかった。代わりに、川上で拾った蓋の刻印を写した紙を出す。
「調査印の当時の担当を教えてください」
「事故の後、調査官は三人いました」
「あなたは?」
「その一人です」
答えは速かった。隠すつもりのない事実だけを先に置くのが、この人の仕事らしい。
デルクが蓋の内側に残る黒い膜を見せた。
「これは記録にあるか」
「あるものを見せてから、ないものを尋ねてください」
ユーディトは手袋をはめ、膜の切れ端をひっくり返した。端に小さな穴が二つある。記録官の指が、そこで止まる。
「試験品の留めです。押収器具の目録とは、別に保管されました」
「どこへ」
「王都の保管庫へ。少なくとも書類の上では」
また、嘘ではない。
私は彼女の帳面へ、自分の紙を重ねた。蓋の採取位置、二枚の写しの所在、今日ここまでに渡った食料の数。誰が先に結論を書くかより、消せない順番を増やす。
「母の事故の原記録も、見せてください」
「王たちが争っている今ですか」
「今だからです」
川の向こうで、浅瀬へ向かう最初の運び手が手を振った。ユーディトはその姿を見届けてから、原記録の封を開ける許可を取る、とだけ答えた。
何のために取る許可かは、まだ言わなかった。




