↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜王の歯医者ですが、虫歯一本がダンジョンになっています  作者: sakumaaa
第七章 父の工房

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/79

第61話 橋の両端で、弓が上がる

 雷に似た音は、空からではなかった。


 赤石橋の下で川が白く盛り上がり、蒸気が石の隙間を抜けた。台車を引いていたウインチの縄が、急に私の手を引く。


「止めて!」


 私より先に、ネッサが赤い停止布を振った。西岸の橋番が爪を落とす。私が削った止め板に歯が掛かり、台車は橋の真ん中で止まった。


 東岸にいた運び手が一人、縄を放さずに立っている。荷台には麦袋が二つ。彼の足元で、目地の白い粉が一筋噴いた。


「荷は捨てて、戻って!」


 声が届いた。運び手は縄を放す。そこへ橋の欄干から石が一つ外れた。


 デルクが西側の綱を引いた。橋番がウインチを逆へ回す。止め板を作っていなければ、戻す途中で縄の力が抜けていた。台車が西へ動き、運び手は東岸へ走った。


 遅れて、川上から熱い風が来た。


 赤い小石がいくつも東の見張り小屋へ跳ねる。屋根の乾いた板に火がつき、中にいた衛兵が腕で顔をかばって転んだ。東岸の橋番が水桶を投げ、別の人が衛兵を引きずり出す。


「竜王の火だ!」


 誰かの声が、川を越えた。


 ヴァルドはそのとき、谷の診療小屋から戻ってくる途中だった。空の上に見えた大きな影へ、東岸の兵が弓を向ける。


「撃つな! 荷の受取札がある!」


 ネッサが札を掲げる。しかし一人は弦を放した。矢はヴァルドへ届かず、私の横の橋柱に当たった。


 石の欠片が頬を擦った。指に赤いものが付く。


 ヴァルドが降りた。翼を畳むより先に、彼の目の奥へ赤い光が差した。


「そなたを狙ったか」

「違います。たぶん、あなたを」

「どちらでも同じだ」


 違う。私の頬の小さな傷と、向こう岸にいる人たちを焼くことは、同じではない。


 私は言おうとして、息をのんだ。十年前、母の命綱を切る手を止められなかった人が、今、私の血を見ている。彼は誰がどこにいるか分かっている。それでも、鱗の下の赤が広がり始めていた。


 ネッサが赤い停止布を、もう一度大きく振った。


「ヴァルド。停止役からの合図です。いったん翼と火を下ろして」


 彼の視線が布へ移る。


 一呼吸では消えなかった。赤い光が喉元まで上がる。橋の向こうでは、火のついた屋根を人が叩いていた。


「リタを後ろへ」

「私が下がるかは私が決めます。今は、あの小屋も見て」


 ヴァルドは答えなかった。けれど、翼が先に畳まれた。喉の赤も少しずつ薄くなる。


 ネッサは布を下ろさない。彼が完全に火を引くまで、橋の端に立っていた。


 東岸の小屋の火は、水桶三つで消えた。衛兵は自分の脚で外へ出たが、左腕を動かすと顔をしかめる。私は川向こうの姿を確かめ、手当ての道具を持って渡る許可を求めた。


「来るな!」


 東岸の隊長は弓を下げていなかった。


「こちらへ火の石が飛んだ。竜王も来た。何を確かめろと言う」


 西岸の衛兵が一歩前へ出る。


「先に矢を放ったのはそちらだ」


 二人とも、見たことは本当だった。そこから相手が先に仕掛けたと決める速さが、橋の亀裂より怖い。


「継ぎ枠の箱は、輸送所の保管庫です」


 私はネッサが持ってきた封の確認控えを指した。両岸の橋番は、箱がまだ橋へ運び込まれていないことを見ている。


「あれをここで使っていないことは、今なら両岸で確認できます。でも、この熱の出所はまだ分かりません」


 デルクが川の石を拾い、私の前へ置いた。表だけが焦げているわけではない。割れた内側まで、赤い粉が付いている。


「下から来た」と彼は言った。

「下のどこからかは、まだ」と私が返す。


 橋番が二人とも近づいた。東岸の隊長も、弓を持ったまま石を見る。橋の白墨線は朝の位置からずれていた。私は自分の控えへ、音がした時刻、線のずれ、箱の封、石を拾った位置を書き、両方の橋番に読んでもらった。誰か一人の言い分にしないためだ。


 川の下からの熱なら、ヴァルドの火だと決めるには早い。そう言っても、東岸の隊長の肩は下がらなかった。


「こちらの小屋が焼けた事実は、消えん」

「はい。麦が止まっている事実も」


 私は橋を見た。石の継ぎ目は、朝より開いていた。台車の二袋は西側へ戻せたが、次は通せない。


 ネッサが橋番へ閉鎖札を渡した。人も荷も、今夜は渡さない。白枝へ送るつもりだった連絡も、別の道を使う。


 東岸の隊長が兵へ命じた。


「王宮へ走れ。西岸からの熱石と、竜王の接近を報告する」


 西岸の衛兵も伝令を呼んだ。


「先の射撃を報告する。橋へ武装した者を寄せるな」


 互いの伝令が、反対方向へ駆けていく。


 ヴァルドは火を収めたまま、私の隣へ立った。彼の手には薬の空箱だけが残っている。


「そなたは、向こうの衛兵のところへ行きたいのだな」

「はい。でも今、私が走っても矢が増えるだけです」


 私はネッサへ向き直った。


「負傷者の様子と、橋の閉鎖理由を同じ紙に書いてください。両岸へ同時に渡したい」

「渡す人は?」


 橋の上には誰もいない。


 東岸で、新しい弓が二張り上がった。西岸でも兵が盾を運んでくる。夜明けまで待てば、報告より先に命令が戻ってくるかもしれない。


 私は可動鏡を鞄へしまった。今、必要なのは歯の入口ではなく、武器を下ろしてもらえる入口だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。