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竜王の歯医者ですが、虫歯一本がダンジョンになっています  作者: sakumaaa
第七章 父の工房

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第51話 父の弟子には、戻らない

 母の手回し柄は、私の鞄に収まった。


 受け取った品の名と日付を控えに書き入れ、父にも確認してもらう。父は署名を済ませたあと、もう一度その布包みを見つめた。


「柄だけでは使えない」

「知ってます」


 道具として、今すぐ使うためだけに引き取ったわけではなかった。


 私は鞄の留め具を締めた。


 外へ出る前に、秤の女の人がまた戻ってきた。今度は呼びかけず、入口で父の手が空くのを待っている。


「水車、見てもいいですか」


 私が聞くと、父ではなく、彼女が頷いた。


「動くなら助かるけど、無理はしないでおくれ。昨日、一度軸が跳ねたんだ」


 父が立ち上がった。

 私は顔を向ける。


「直すかどうかは、見てからです」

「分かっている」


 少しも分かっていなさそうな速さの返事だった。


 製粉所の横へ回る。水は細い脇道へ流され、大きな車輪は止まっていた。軸を受ける木の片側が深く減っている。


 父はその前にしゃがみ込んだ。


「ここを交換する。材料の届くのを待っているところだ」

「応急の支えは?」

「回せはする。だが、持たない」


 父が置いていた薄板を持ち上げる。削った跡は滑らかで、寸法も合っている。ただ、古い受けの中へ入れるには薄かった。

 そのままなら割れる。

 私も同じ判断をした。


 水車から少し離れたところに、使っていない小さな滑車が吊ってあった。


「あれ、外していいですか」

「荷を上げる物だよ。今日は使わない」


 女の人の返事を聞き、私はヴァルドを見た。

 彼は腕を組んだまま言った。


「今度は何を持てばよい」

「この端です。上げないで、重さだけ抜いてください」

「細かい注文だ」


 文句を言いながら、言ったとおりにしてくれた。


 私は滑車の頑丈な枠へ、父の作った薄板を重ねた。軸の荷重を傷んだ受け木だけに落とさず、外側の枠でも分散して受ける。恒久的に使えるものではない。新しい材料が届くまで、低速で回すための仮の支えだ。


 父が留めの位置を指した。


「そこでは、引かれたときに回る」

「じゃあ、こっちにもう一本」


 工具を渡しかけた父の手が止まった。


「使うか」

「使います」


 私は受け取った。

 父の道具を使ったからといって、父の答えまで受け取ったことにはならない。


 固定を終え、手で軸を少し回してみる。傾きは減ったが、一周したところで枠が小さく揺れた。

 父が押さえようとしたので、私は首を振った。


「人が押さえ続けないと動かないなら、駄目です」

「ここへ添えれば」

「それならお願いします」


 彼は余った木片を削り、枠の下へ入れた。もう一度回す。揺れは止まった。


 ヴァルドが手を離した。

 軸は落ちなかった。


 女の人に、水をほんの少しだけ戻してもらう。車輪がきしみ、ゆっくり動き始めた。最初の一回転は、全員で見た。

 二回転目も。


 父が口を開きかけ、閉じた。


「もっと速くできる、って言いたいですか」

「言っていない」

「私も少し思いました」


 女の人が笑った。


「今日はこれで十分だよ」


 私は枠の合わせ目へ、白墨で一本の線を引いた。もし位置がずれたら、線が食い違って目で分かる。異音がしたときもすぐに止めるよう伝え、水を脇道へ逃がす手順を一緒に確認した。


 止まった。

 動くところだけでなく、止まるところまで見て、ようやく手を離した。


 父は、白墨の線を見ていた。


「誰に習った」

「いろんな人に」


 ミラの顔が浮かんだ。マレナ、トルカ、ネッサ。名前を全部並べなくても、工具箱の中に少しずつ残っている。


「父さんから覚えたことも、使いました」


 そう言うと、父はほんのわずかに笑った。


「なら、ここで」


「残りません」


 私は遮った。

 水車は、ゆっくり回っていた。父の薄板も、私が借りた枠も、一緒に働いている。


「役に立ったことは、なかったことにしません。でも、王様の歯が壊れると知ってて使う仕事は、手伝わない」


 父の笑みが消えた。


「一人ずつ治しても、追いつかない」

「一人ずつ壊したら、追いつくんですか」


 父は視線を水車へ戻した。

 私もそちらを見た。仮の支えでは、この製粉所をいつまでも動かせない。材料を待ち、直し直し、人が見なければならない。

 その面倒をなくす方法を、父は探しているのかもしれない。

 だからといって、その途中で人がいなくなっていいとは思えなかった。


「私がどう直したか知りたいなら、患者さんに話していいか聞きます。そのあとで、私から説明します」

「条件を付けるのか」

「はい」


 父はしばらく黙ってから、頷いた。

 賛成した顔ではなかった。それでも、私の道具を勝手に開けようとはしなかった。


 帰る前に、私は工房の机へ戻った。


「明日、記録の続きを見せてください。お母さんの道具を受け取ったところから」

「分かった」

「今日は、帰ります」


 父の目がヴァルドへ移る。

 私は先に鞄を持った。


「私が決めました」


 ヴァルドは何も言わず、扉を開けた。


 外には、まだ日が残っていた。夕刻の連絡に間に合うよう、近くの輸送所へ寄る。泊まる場所も、そこから頼めるという。


 私は製粉所のほうを一度振り返った。

 父は戸口に立っていた。手には何も持っていなかった。


 歩き出してから、ヴァルドが尋ねた。


「腹は」

「空いてません」


 返事をした直後、腹が鳴った。

 今日も報告が早い。


「では、余に付き合え」

「何に?」

「夕食だ。一人で食うには多い物を頼む」


 まだ注文してもいないくせに。


 私は少しだけ歩幅を広げ、彼の隣へ並んだ。


 鞄には母の道具が一つ増えた。

 父の工房には、私の作った仮の支えが残った。


 どちらも持ったまま、私は自分の泊まる場所へ帰った。

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