↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜王の歯医者ですが、虫歯一本がダンジョンになっています  作者: sakumaaa
第七章 父の工房

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/79

第48話 小さな箱を、二人で開ける

 父へ会いに行く前に、私たちは箱を開けるため引き返した。


 山岳輸送所へ帰り着いたのは、鉱王領を立ってから同日の午後のことだった。

 ネッサは私たちの姿を認めるなり、壁に掛けられた木札を一枚動かした。


「到着、午後。荷、二つ。怪我は」

「ありません」

「疲労はある」


 ヴァルドが余計な項目を付け足した。


「ずいぶん報告が細かくなりましたね」

「そなたが省くからだ」


 修理場の作業机は、出発したときと同じ場所にあった。天板の焦げ跡も、片脚の下に挟まれた木片も。


 私は工具箱を下ろし、鉱王の元にあった控えの写しを取り出して差し出した。

 ネッサは視線を落とし、最後まで読み終えるまで何も訊いてこなかった。


「預かり品の閲覧ですね」

「はい。ヴァルドが預けた小金具と、私が取った炭写しを突き合わせたいんです」


 輸送所の保管係が呼ばれた。

 運び手会のネッサと輸送所の保管係が、それぞれ封の印を確かめ、預かっていた品を机の上へ揃える。私たちだけの都合では閲覧できない。二人が揃う手間が、今日はありがたかった。


 蓋が持ち上げられる。

 中にあるものは、思っていたより小さかった。


 獣王の歯から出た薄片。その欠けた場所に収まっていた、四角い可動金具。ヴァルドが拾って、私にはただの罫書きだと言った物。


 私は敷かれていた布ごと、手元へ引き寄せた。


 二本の刻みがあった。

 二本目だけが、少し短い。


 見覚えのない印ではない。精霊王の歯から回収した留め金にも、似たような加工があった。かつての家に残されていた、父の手仕事にも。

 それでも、ここにあることを知らされていなかった。


「見たんですね。あのとき」

「見た」

「似ているだけ、じゃなくて?」

「似ていると分かった。誰が作ったかまでは、分からぬ」


 私は金具を作業台へ置いた。


「そこまでなら、そう言ってほしかったです」


 ヴァルドからの返答はなかった。


 私は炭写しの紙を広げ、欠けた輪郭へ金具を重ねた。合う。捨てた部品ではなく、あの薄片の一部だと、ようやく自分の目で確かめられた。


 父が作ったのか。父の古い部品を誰かが使ったのか。

 金具は、どちらとも言わない。


 私は鉱王の控えを隣へ置いた。こちらには名前がある。日付も、修理の窓口もある。けれど、作業した人をドルガが直接見たわけではない。


 足りないところを、頭の中の父で埋めるのは簡単だった。

 怖いほど簡単だった。


「その場所へ行けば、本人に会えるとは限らない」


 ネッサが言った。


「分かってます」

「なら、帰りの連絡先を」


 彼女は白い紙を一枚置いた。行くなでも、行けでもない。戻る道の話だった。


 私は製粉所の場所を書き込み、明日の夕暮れまでに一度連絡を入れる旨を書き留めた。もしそこまで辿り着けなかったとしても、途中の輸送所から状況を知らせる。


 ヴァルドが私の隣へ腰を下ろした。


「余は工房へ近づくだけで、相手を逃がすかもしれぬ」

「大きいから?」

「竜王だからだ」


 私はほんの少しだけ笑ってしまった。

 笑ったあと、急に喉が詰まった。


 父が生きているかもしれない。

 今まで何度も考えたはずのことが、行き先を書いた途端、急に明日のことになった。


「会ったら、何を言えばいいと思いますか」


 聞いてから、取り消したくなった。ヴァルドは父の代わりではないし、私の返事を決める人でもない。


 彼はしばらくの間、作業台の小さな金具を見つめていた。


「最初の言葉を間違えても、帰ってきてよい」

「答えになってません」

「余にも分からぬ」


 それだけだった。

 分からないと言われて、少しだけ息ができた。


 ネッサが紙を受け取り、保管係と閲覧した品を照合する。小金具はここに残す。私は輪郭と刻みを写し、閲覧した日付を入れた。鉱王から回収した膜と金具も、別の容器で預けた。


 父に見せるために全部持っていけば、なくしたときに確かめる物が何も残らない。


 箱の蓋が閉じる。

 今度は、中に何があるかを知っていた。


 修理場を出ると、ヴァルドが私へ布包みを渡した。


「何ですか」

「食え」

「中身を聞いてます」

「パンだ」


 包みを解くと、柔らかなパンが二つ入っていた。

 鉱王に合わせて食べた昨日の粥だけでは、足りなかったらしい。私の腹が返事をした。


「立派な報告だな」

「今のは記録しないでください」


 ヴァルドは自分の包みも開けた。


 並んで食べていると、ネッサが扉から顔を出した。北へ戻る便で、穀物の荷が一つ減ったという。精霊王領の畑は季節が戻っても、収穫まで待たなければならない。港へ届く荷も足りていないらしい。


「道は直っているんですよね」

「通れます。運ぶ中身が揃わないだけです」


 私はパンを見た。

 鉱王が赤い線を引いた道にも、その先の食事がつながっていた。


「今夜は休んでください。出発は朝です」


 ネッサはそう言って戻っていった。


 私は残りのパンを包み直そうとして、やめた。明日のために取っておくより、今食べたほうがいい。


 ヴァルドが、最後のひとかけを口へ入れる私を見ていた。


「明日、入口までは一緒に来てください」

「中へは」

「まず相手を見てから決めます。でも、黙って置いていかないで」


 彼は頷いた。


 帰りの紙には、二人の名前が並んでいる。

 私は父の名前がある写しを折り、その紙とは別の場所へしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。