↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜王の歯医者ですが、虫歯一本がダンジョンになっています  作者: sakumaaa
第五章 守るための決裂

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/39

第29話 隠した物も、記録に残す

 護送対象という四文字は、工具名より始末が悪かった。


 工具なら用途を確かめられる。間違っていれば、作り直せる。


 けれど宛札は、私へ何も聞かずに私の用途を決めていた。


 私は荷車の縄を切らず、結び目へ細い測り針を差し込んだ。輪を一つ浮かせ、引き、戻す。私がいつも使う結び方なら、どこへ力を掛ければほどけるかも知っている。


「何をしておる」


「荷の確認です。私の工具なので」


 ヴァルドが一歩近づいた。荷造り場の端では、護送役らしい二人が王家の封蝋を温めている。箱の口が閉じれば、私でも勝手には開けられない。


「確認は済んでおる。鏡、若葉、替え刃、接合材、細綱。目録とも合う」


「入口の輪と節付き測り針が抜けています」


「余が持つ」


「患者が工具を持って、歯医者だけ帰るんですか」


「次の患者は決まっておらぬ」


 次の患者がいないことと、診られない状態へすることは違う。


 私は縄をもう一つ緩めた。中央箱の下へさっきつけた逃げ留めが見える。横から強い力が来たとき、革が裂け、箱だけを荷台の下へ逃がす仕組みだ。


 試しに留めを引く。


 箱は落ちた。


 ただし、半分だけだった。


 ヴァルドが追加した太い革が、箱の取っ手を屋根柱へ縛っている。私の逃げ道を、彼の安全策が止めていた。


「横転したら、箱が柱に引かれて割れます」


「落ちた箱がそなたの足を打つよりよい」


「足を避ける場所まで決めて作りました」


「そなたは作業を始めると、己を数から外す」


 正しい。


 正しいから、余計に腹が立つ。


 私は太い革を外さず、屋根柱の根元へ炭棒を一本立てた。荷車を横へ揺らす。箱は逃げず、取っ手が柱を引いた。炭棒が倒れる。


「一回で失敗です。私の足を守るなら、逃げ留めを長くして、箱が荷台の下へ落ちてから止めます」


 失敗した革を一本足した。もう一度引く。箱は地面へ落ちず、荷台の下でぶら下がった。炭棒は立ったままだった。


「これなら足も工具も守れます」


 ヴァルドは反論しなかった。護送役へ顎を引き、封蝋を待たせる。


 私の仕事が正しければ、彼は止めない。


 私がどこへ行くかだけは、止める。


 中央箱を開け、入口の輪と節付き測り針を取り出した。腰の革へ差す。その下に、歯色の薄片を収めた証拠受けがあった。


 四角い空白は、朝と同じ形で残っている。


「これも王都へ持っていくんですね」


「余が調べる」


「何と比べるんですか」


「そなたが知る必要はない」


 答えが変わった。


 罫書きの跡だったはずのものが、知らなくていい何かになった。


 私は証拠受けを抱え、休み囲いの裏へ回った。


 デルクは監視役の前で、昨日折れた柵の留めを直していた。浅い傷のある腕で板を押さえ、片手で鋲を回している。私を見ると、視線だけを証拠受けへ落とした。


「薄片の裏から落ちた物を見ましたか」


「見た」


「形は」


「爪ほどの四角い金具だ。薄片の爪と一緒に動くよう付いていた」


「誰が拾いました」


 デルクは荷造り場を指した。


「竜王だ」


 ヴァルドは、すぐ後ろにいた。


 隠れて聞くような人ではない。隠すと決めたまま、正面から立っていた。


「見せてください」


「ならぬ」


「治療で回収した証拠です」


「ゆえに危険を判断できる者が持つ」


「私は判断できないと?」


「そなたは危険だと知れば、測りに行く」


 否定できなかった。


 未知の壊れ方を見れば、なぜかを知りたくなる。患者がいるなら、なおさらだ。


 でも、それは見せなくていい理由にはならない。


 私は記録板を出した。歯色の薄片。三本の爪。四角い欠落。外れた可動金具、一個。


 薄片へ薄紙を当て、柔らかな炭を横へ寝かせてこすった。三本の爪は濃く、四角い空白の縁は細く写る。紙をずらして二度目を取ると、片側だけ半円の擦れが出た。


 外れた金具は、飾りではない。爪と一緒に動いていた。


 私は二枚の写しへ時刻を入れ、一枚を証拠受けの下へ、一枚を記録板へ挟んだ。小金具を隠されても、無かった場所と動きまで消させない。


 最後に、保管者――ヴァルド、と書いた。


「消せ」


「無い物を、無かったことにはしません」


「その記録がそなたを危険へ導く」


「記録が危険なんじゃありません。何を見て危険だと決めたか、私に知らせないことが危険なんです」


 ヴァルドの顎が固くなる。


「王都へ持ち帰り、余が確かめる。安全なら伝える」


「いつ安全になるんですか」


 返事はなかった。


「誰が決めますか」


「余だ」


「私の仕事を止める期限も、私が危険を知っていい時期も?」


「必要ならば」


 工具箱が閉じられる音がした。


 ヴァルドが封蝋を受け取り、私の可動鏡が入った箱の紐へ押す。赤い蝋に竜の印が残った。


「これで道中、誰にも開けられぬ」


「私にもです」


「店へ着けば開く」


 旅から外すだけではなかった。


 次の患者が現れても、私は自分の工具へ触れられない。危険の有無だけでなく、仕事を始めるかどうかまで、先に決められている。


 私は入口の輪と測り針を腰に残し、証拠受けを中央箱へ戻さなかった。


「これは私が持ちます」


「薄片も置け」


「小金具を戻してください。そろえば封をします」


「戻さぬ」


「では、欠けた証拠へ封はできません」


 私たちは、同じ箱を挟んで立っていた。


 さっきまでは、道具を落とさないためなら同じ失敗を見て、同じところで止まれた。


 今は、止まる場所そのものが違う。


「リタ」


 名前で呼ばれた。


 命令の前に名前を置けば、私を見たことになると思っているみたいだった。


「余は、そなたを死なせぬ」


「私は、死なないための情報まで取り上げてくれとは頼んでいません」


「頼まれずとも守る」


「それは、守るんじゃなくて決めることです」


 護送役の二人が、目を伏せた。


 ヴァルドは伏せなかった。


「王命だ。正午、荷車へ乗れ」


 患者が口を閉じたときより、嫌な音だった。


 私は記録板を閉じた。


「なら次は、歯医者としてではなく、リタとして返事をします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。