第27話 王の牙は、五十七頭で立つ
王牙を支える三本の板は、一本が折れ、二本が残った。
薄片が内側で受けている重さは、あと二か所ある。
「二本で三か所は支えられません」
「三本へ戻す必要はない」
デルクは折れた中央の板を、革の上へ置いた。次に、残る二本を斜めに重ねる。中央では二枚、両端では一枚。壊れた板は荷重を受けず、二枚のずれを読む目盛りにする。
白い罫書き粉を持った親指が止まった。
「この組み方なら、三か所を二方向へ逃がせる。試すか」
今度は、先に聞いた。
ラシャは外枠だけを見ず、五十七頭の最後尾まで目を走らせた。
「許す。止めると言ったら、手を離せ」
「分かった」
トルカが二本の板を斜めに縫い直した。革を一枚ずつ挟み、内側へ自分の手首を入れる。私とヴァルドが逆向きに引いても、継ぎ目は皮膚を挟まなかった。
王牙へ触れる側には、入口の輪と同じラシャの前腕毛を編んで敷いた。硬い板を患者の素材で受け、五十七の革輪へ力を分ける。
ただし、輪を全部まとめて締めれば、外枠は強くなる。
王の命令も、また五十七頭へ一度に届く。
「一番丈夫にするなら、全部を一束にします」
私は五十七の輪へ手を置いた。
「でも、一頭が止めても、ほかの五十六頭に引かれます。三つの群れへ分けて緩めれば、止める返事は残せます。その代わり、ラシャの命令は弱くなる。呼んで、返事を待たないと動かせません」
「待っている間に崩れたら?」
「王牙へ全部を戻せば、次に折れたときは五十七頭が一緒に崩れます」
デルクの答えは正しかった。
ラシャは右上の折れた牙へ触れた。
「私は、牙を失うつもりだった」
「それはラシャの代償です。群れの返事まで決めることにはなりません」
金茶の目が私を見た。次に、ミオを見る。
ラシャは命令しなかった。
「角の列。止める合図を預かる者はいるか」
一頭が土を二度かいた。
「翼の列」
畳んだ羽が、肩から肩へ三度渡った。
「爪の列」
最後尾から石を引く音が戻ってきた。
三頭とも、ラシャが選んだのではなかった。群れの中から先に答えた。
「王牙の命令を弱める。三つの列は、進むか止まるかを自分たちで返せ。停止は、どの一頭からでも戻せ」
五十七頭の外側を、鼻先と脚と翼の合図が一周した。
賛成なのか、聞いただけなのか、まだ分からない。
だから治療で確かめる。
私は命綱をヴァルドへ、節付き測り針の細綱をトルカへ渡した。デルクには外枠の二枚が同じ印からずれないかだけを見せる。
「余にはまた引く役しかないのか」
「落とさない役です」
「初めからそう言え」
口では不満でも、命綱は私の腰を引かない長さに直してあった。
王牙の中へ入る。
歯色の薄片には、三つの出っ張りがあった。一つはもう床へ触れていない。残る二つが、折れた白い谷を内側から押し上げている。
私は根元寄りへ測り針を一節入れた。
ラシャの一呼吸。ミオの一呼吸。
細綱を二回引く。
外枠の斜めの板が締まり、根元の重さを受けた。薄片の出っ張りが、床から髪一本分だけ浮く。
二か所目。
先寄りへ針を移した瞬間、薄片が鳴った。
翼の列が一斉に羽を開く。
「伏せろ!」
ラシャの命令が王牙へ流れた。
三束に分けた革輪が、中央へ引かれる。斜めに重ねた板が閉じ、節付き測り針を挟んだ。
私は細綱を強く引き続けた。
誰も動かない。
王牙の外側で、足が二度鳴った。鼻先が隣へ触れ、翼が畳まれていく。ラシャの命令より遅い。でも、一頭も押し倒さずに止まった。
トルカが外枠を一目盛り戻した。挟まれた針を一節ずつ引き抜き、私は境界まで下がった。
「今の命令なら、早く止められた」
ラシャの声から感情が消えていた。
「はい。でも、私の停止まで挟みました」
「王が早ければいいわけじゃない」
デルクが折れた目盛り板を指した。二方向から読めるよう直した板には、三つの束が別々に戻った跡が残っている。
「遅くても、全部戻った」
ラシャは群れを見た。
「もう一度する。今度は、私は命じない」
再び王牙へ入った。
薄片が鳴る。
翼の一頭が羽を開く。隣が肩へ触れた。角の列が土を二度かき、爪の列が最後尾から石を引く。
三つの返事が外枠へ戻るまで、ラシャは待った。
私も待った。
細綱を二回引く。
二本の板が先寄りの重さを受けた。
三つの出っ張りが、すべて白い床から離れた。
歯色の薄片は、もう王牙を支えていない。
私は端の爪を一つずつ倒した。一つ目。停止。返事を待つ。二つ目。停止。三つ目。
薄片を引き抜いた。
五十七本の光は消えなかった。
一本の強い命令にも戻らない。
三つの束へ分かれ、外側を回って、またラシャへ返ってきた。
境界を出ると、トルカが牙枠を逆向きに引いた。二枚は動かない。折れた中央の板は荷重を受けず、ずれを知らせる目盛りとして滑った。
左奥歯の噛み止めを一本ずつ外す。入口の輪も外した。ラシャがゆっくり口を閉じ、右、左、もう一度右と噛む。
「根元は?」
「痛まない。奥は一度。浅い」
折れた牙は元の形には戻らない。けれど三つの重さは外枠へ移り、割れた面はもう互いを押していなかった。前腕毛の内張りと二枚の板は残し、三日ごとに目盛りを確かめる。
ラシャが休み囲いの門を開けた。
「帰る道を決めろ」
命令ではなかった。
角の列が土を鳴らす。翼の列が先に狭い道を譲った。爪の列は最後尾のミオに歩幅を合わせる。
五十七頭は、三つの列のまま谷道へ進んだ。
一頭の王が引かなければ動けない群れではない。
それでもラシャは、最後尾から一頭ずつ名を呼んだ。
「この合図を谷の道へ残す。トルカ、次の群れを任せる」
それが彼女の礼だった。
デルクの腕には、トルカが新しい布を巻いた。ラシャは彼へ向き直る。
「無断の試験は消えない。谷を出るまで、私の監視下で働け」
「直す場所は残っている」
「直す順を決めるのは、おまえ一人ではない」
デルクは反論しなかった。
証拠の薄片を布で包み、私はヴァルドへ渡した。
デルクが、折れた目盛り板をしまいながら言う。
「裏の白い粉を落とせ。外れた歯の方に、荷重の順が残っている」
ヴァルドの指が止まった。
薄片の裏から、爪ほどの小さな金具が落ちた。彼はそれを拾い、親指で粉をぬぐう。
金色の目が、一度だけ細くなった。
「何がありました?」
「ただの罫書きだ」
小さな金具は、薄片と同じ証拠袋へ戻らなかった。
ヴァルドの上着の内側へ、音もなく消えた。




