第19話 失敗作を、二つつなぐ
失敗作は、一つならただのガラクタである。
二つつなげれば、もっと大きなガラクタになる可能性もある。
「不吉な顔をしておるな」
作業台の向こうから、ヴァルドが言った。
「設計を考えてる顔です」
「失敗する前の顔だ」
「そんなに失敗してません」
「余の牙で一度。精霊王の森で――」
「数えないでください!」
夜の潮路工房には、金属を叩く音が絶えなかった。
左の潮塔では、マレナと船大工たちが軸を直している。
右では、十年分の錆を落として新しい縄を巻いていた。
工房にも、港中から材料が運ばれてくる。
船大工からは、水を吸っても膨らみにくい油木。
籠屋からは、濡れるほど締まる編み紐。
漁師からは、網を沈める真鍮の重り。
私の店では選ばない材料ばかりだった。
でも、マレナが用途を言えば理解できる。
「これ!」
泥だらけのマレナが、薄い青銅板を投げてよこした。
「船底の継ぎ目に使う。曲げやすいが、水の中じゃ戻ろうとする」
「もっと早く欲しかったです」
「先に聞けって、何度言わせる!」
怒鳴りながら材料を仕分けし、また潮塔へ走っていく。
同じ作業台へ立っていなくても、一緒に道具は作れる。
悪くない。
かなり心強い。
作業台には二つの失敗作があった。
一つ目。
昼の水槽で壊れた私の試作品。
若葉は水の流れを正しく読んだ。
けれど二方向の圧力へ耐えられず、中心ピンが折れた。
二つ目。
海王の保守箱から出てきた、母の逃がし軸。
水を止めず、別の支えへ重みを渡す道具。
ただし先端は削られ、黒い糸を締めるために改造されている。
「足りないもの同士ですね」
「合わせればよい」
「規格が違います」
私の試作品は細い真鍮。
母の軸は太い鋼。
歯車の間隔も、回る方向も違う。
そのままつなげれば、力が掛かった瞬間に折れる。
作り直す時間はない。
宮殿の鐘が鳴る間隔は、少しずつ短くなっていた。
セイルが持たなくなるほうが先だ。
母の軸へ自分の部品を重ねる。
合わない。
上下を逆にする。
やはり合わない。
「切ります」
「どちらをだ」
「両方」
ヴァルドが作業台へ手を置いた。
二つの金属を、動かないよう押さえる。
私は母の軸へ鋸を当てた。
手が止まった。
事故現場から持ち去られ、それでも残っていた母の道具。
母の治療が間違いではなかったと示す証拠でもある。
一度切れば戻らない。
「止まっておるぞ」
「証拠品です」
「道具であろう」
「母のです」
「今、その道具を持っているのは誰だ」
母が一枚だけ減らした歯車を見る。
これは飾るための道具ではない。
十年後の娘に、眺めてもらうためでもない。
荒れる流れを止めず、次の支えへ渡すために作った。
「……私です」
「ならば、使い道を決めろ」
鋸を引いた。
母が減らした歯は残す。
反対側を削り、私の真鍮筒へ入る幅まで落とす。
金属粉が作業布へ積もる。
後戻りはできない。
やがて、母の軸が私の輪の中心へ入った。
「回してください」
ヴァルドが慎重に柄を回す。
一周目。
引っ掛かる。
二周目。
真鍮輪がゆがむ。
三周目で動かなくなった。
「……失敗です」
「一人で完成させようとするんじゃないよ!」
マレナが工房へ飛び込んできた。
顔も腕も潮と油で汚れている。
「潮塔は?」
「二基とも動く! そっちは?」
「回りません」
マレナは継ぎ合わせた軸を手に取る。
母が減らした歯車を指でなぞった。
「ここ、わざと力を逃がしてるのか」
「一方向の力を逃がすためです」
「反対から来たら、ここで詰まるよ」
「母の治療では、一方向しか相手にしてません」
「今は二つの海だ」
マレナは師匠の潮蝶番を作業台へ置いた。
「削らない約束です」
「削らない。形だけ借りる」
母の接合材を練り、潮蝶番の薄板へ押しつける。
固まる前に外す。
板の曲がり方だけを写した薄片ができた。
それを、私の輪の左右へ貼る。
「回しな」
今度はマレナが柄を握る。
一周目。
母の欠けた歯車が、右から来る強い力を逃がす。
二周目。
私の真鍮輪が、その力を四本の鉤へ分ける。
三周目。
師匠の蝶番を写した薄片が、左から来る逆流を受け、中心軸を戻した。
止まらない。
滑らかに回る。
マレナはそのまま逆へ回した。
四本の鉤が安全に緩み、歯車を噛ませず止まる。
「逆に回す馬鹿は必ずいる。間違えても怪我をしない道具じゃなきゃ、港には置けない」
「合格ですか?」
「今のところは」
白い歯を見せて笑った。
「名前は?」
「またですか」
「現場で叫べない」
「……潮継ぎ」
「そのままだね」
「命が掛かるときに、洒落た名前は要りません」
双潮宮から、二度鐘が鳴った。
警鐘ではない。
二基の潮塔が、使える状態へ戻った合図だ。
私たちは潮継ぎを抱え、宮殿へ戻る。
セイルは、左右の水鏡の間に立っていた。
顔色は白い。
唇の端には、噛み締めすぎた血がにじんでいる。
「港の準備はできました」
「余の民に、潮の重みを持たせるのか」
「ほんの短い間だけです」
「失敗すれば、縄ごと海へ引かれる」
「危なくなったら離せ、と全員へ伝えました。王のために死ぬなとも」
「余が命じれば、死ぬまで離さぬ者もいる」
信頼しているから、怖いのだろう。
「なら、あなた自身で言ってください」
水鏡には、潮塔を囲む何十人もの人が映っていた。
太い親綱を肩へ掛け、こちらを見ている。
セイルが長く息を吐いた。
「我が同胞よ、聞け」
水鏡へ向けて声を出す。
「潮より己の命を優先せよ。余が倒れようとも、縄とともに海へ入ることは許さぬ」
水鏡の向こうで、人々が胸へ拳を当てた。
セイルが私とマレナを見る。
「余の歯を預ける」
「港ごと預かります」
「重いよ」
マレナが潮継ぎの反対側を握る。
「二人で持ちます」
セイルが奥歯を解放した。
藍色の境界の向こうで、空へ落ちる海が待っていた。




