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009『私情最大の作戦』

 両翼へあらかじめ雨あられと火矢を放ち、低草の平原に一本道を作って、周りを煙に巻いていく。

 経木材の槍先が、灰空へ向けて毛並みを逆立て作っていく。

 旗手の銀鷹旗が緋色と翻る。馬の横に蒼華旗を携えながら、ラングバルクの先鋒を司っていく。


 そんな中でカトラスを構える黒甲冑の古傷三兄弟が、槍兵の後ろから我先にとばかり大柄の黒馬で突き進んでいく。

「どけどけどけどけ!!!! 我らリバルゲンタの三戦士こそ、ラングバルクの雄たることを、東蛮シガンにとくと示さん!!!」

 強面髭面の三兄弟の勢いに、ただただ轢かれまいと冷ややかな温度をもち、槍兵が左右に割れていく。

「ははは!!! さあシガンのそば食いども、我が刀の錆となれ!!!!」

 突進していく黒馬の上を長物で引っ掛け落としたのは、槍兵を率いる百人隊長の一人と督戦任務の騎士だった。

 サバラッキの草むらに叩き落とされたリバルゲンタ砂漠の戦士達は、ただの規律違反としてタコ殴りの目に遭っていく。

「砂銀を掬って儲ける将来でも現実見ておけ」

 ボコり終えた槍兵達が吐き捨てて配置に戻る。竹光パイクを再び揃えた。

 火矢で整う一直線に、真新しい革靴を揃えて、行進を続けていく。


 狂犬ラングバルクの整然厳格な中央密集、両翼はよく燃え盛る。

 突撃路を塞がれてなお雄叫びするシガンの近衛兵を抑止するのに、ブライク王自ら馬で駆けつけて宥めるはめになる。

「王よ、なにゆえ止められるのか!!?」

「説明しただろう、これははじめから結果ありきなんだ。まれに好機にあってもオーラット帝の首を刎ねてはならん」

「しかしですね!!?」

 近衛兵が食い下がる頃、シガン側の本営の隣にて、強大な術式を組み上げるカテルジナ。

 彼女が全霊するメテオの唱えを、他の神官達がわざと指示を仰いで妨害の限りを尽くしていく。

「邪魔するつもりですか!!?」

「王の厳命ゆえ、神官長の指示なしでは我々は一歩も動けませぬ!!」

「厠ぐらい自分の判断で行きなさい!!!」


 シガンの陣形から白旗の伝令が早馬を駆けていき、ラングバルクの槍兵が割れて素通りさせていく。

 書筒を受けたミネルが、あまりの馬鹿げぶりに布紙を力任せに破ってしまう。

「シガンの統制から外れた近衛50が左側面を狙って先の沼地で便衣している。生け捕りだ。いいか絶対に殺すな」

「誰を殺すなと? ミネル姉さま」

 ミネルが青ざめて振り返る。棘々痛々真っ黒けのカインが、それはもう厭味ったらしく笑んでいる。

「陛下。彼らはシガンでも忠義極めて精鋭たる戦士。殺すには勿体のうと」

 ミネルは傅いてカインに具申する。

「しかし俺の首をとるがために便衣に伏したと聞く。戦士として卑劣ではないのか?」

「その卑劣こそ、転じてシガンの王や郷里に対するあまりにもな愛に故でございます」

 同じ武人の心が故とばかりに、傅くミネルが、頭2つほど小柄のカインを見上げる。

 鳶色の瞳は潤んで、武人の雄に女の可愛げを残す高貴の美女は、縋るような声色だ。

「そんな愛など俺は理解できんが、まあ姉さまに指揮を一任したのもこの俺だ。失態は許さぬが、好きにしろ」

「はっ」

 覇するカインがマントを翻して本営に入っていく後ろ姿に、ミネルは舌をべーと出してよく堪えたのだった。


 白い視線の矢を背に受け続けていたキシリルが、肩をよくほぐす。

 その射手『影』をハスエーに任せて、ミネルに駆け寄って首尾を尋ねる。

「案外予定通りだ。貴様が事前によーく練り込んだおかげでな」

 侮蔑をたっぷり塗り込むような皮肉のねちっこい声でミネルが答えたものだから、キシリルの胃痛が弩弓で射抜かれる程度に変質した。

「だがキシリル坊や。うまくいくほど、手玉にとってきやがるのが駄犬どもだと常々わかっているだろう。実際レインのやつがいなくなっているわけでな」

「幸い有効とみなせる予兆は何もみえない。それに実行される前に、ミツバをさっさと差し出す形でケリはつけるつもりです」

「ああ、あの、中古スライムでも特別に可愛い顔した。あれこそ斬首なのかい?」

 ミネルの確認に、キシリルは深くため息をついた。

「陛下らが許さないとは思うが、手打ちとしてはそこに落ち着きます。現に騎士カルメンを政治的に殺してくれた以上、この痛みぐらいは分かってもらう必要がある」

「ふーん。そればかりはあたしゃ反対だよ」

 ミネルは涼しげに、鷹の目をキシリルに射した。

 しかしキシリルとて、みつばのそれは避けたかった。

「そうならないよう、私や官僚達だって、全身全霊をもって戦に当たっています。ミネル殿下も、くれぐれも」

――ミツバを斬首したそのとき、おそらく同類だろう自分の何かが終わる気がする。

「わかってるよ。いくら異界の勇者ったって、どうみたってくたびれたスライムだ。そんなので片を付けるのは、あたしだって名折れだよ」

――ラングバルク皇室に序列する前帝アーネスタの長女と、それ以上の武人の誇りにかけて告げる。


 この戦の最悪の落としどころについては、キシリルに告げられるまでもなく、御手洗みつばは暗と理解していた。

――この戦争がいかに予定調和の滑稽なプロレスでも、それだけ自分は、政治的に爆弾すぎる。

「ま、自分みたいな木っ端が一人、生贄にされたって、その社会が回るなら大したことでもないでしょう」

 マカロンを齧るみつばのボヤキに、雑なマテが眉を強める。

「それがあってはならぬから、ヒノグレー神の叡智なり、古賢のフィーリアの加護が必要なのです」

 奸物神官長の神妙な発言をみつばは、否定しないが肯定も難だった。

「古賢も叡智も人を高みに登らせるための必要不可欠なのは日本でもそうです。しかし、それは特権であることも、この世界でも変わらないだろうし、むしろこちらの世界のほうが顕著でしょう」

「そんな顕著を解くために、まずは民衆を信心させる必要があります。高みの至りはそこからの始まりです」

「それは盲信とどう違うんです?」

 みつばの食って掛かりに、マテが驚いている。

 神官長は椅子の背もたれを正して、息を吸いながら背筋を正す。

「盲信と信心に何ら違いはありません。ただ言い分ける理由があるとすれば、人は朝顔のようなもので、蔓を伝える柱がなければ、簡単に地べたに這いずるばかりなのです」

「その結果が私の世界では、信仰の腐敗やただの権威張りに終始したわけで」

「ではなぜ、そうした腐敗を感じ取れたのです?」

「……」

「ミツバ殿、あなたは異界の勇者にしても特別聡明に見受けられる。しかし、どのような経緯で曲解するのかは知りませんが、腐敗を感じた時点で改革が起こったか、あるいは起こるはず。人の歴史とは、どのような世界でもこの繰り返しでしょう」

 カップをソーサーにちゃきと戻す。

 みつばは神官長を凝視する。その論に肯定しかけるも、結局は気がついた。

「最初に戻りますけど。結局その改革、どうあっても生贄が相当数必要でしょう。その優劣に関わらず。これはゲーム理論の最適化された行動がなされる話じゃない」

「そうであるから、人間というものは神をよく困らせるのです。哀しい話です」

 固まるマテに、奸物神官長が「お茶ばかりもなんですので、柑橘でもいただけませんか? 氷魔法で雪菓子にしていただきましょう」と微笑んだ。


 まずはラングバルク帝国の南、オーラ帝国やその国境のありようについて説明しなければならない。

 オーラ帝国は現在東西に二分され、その西は聖王教団の実行支配地域『聖王教国』として、ラングバルク帝国とは西方リバルゲンタ砂漠――アルカドラク王国との主戦場と直接接している。

 一方で東側、オーラ帝国の支配地域とラングバルク帝国との国境は、ケンタウロスやオークの跋扈するリッサ荒野が阻み、さらにはほぼ独立自治状態のスピオーネル辺境伯領も介している。

 オーラ帝国と聖王教団とは熾烈の内戦状態であり隔絶。

 国交の途絶しているラングバルク帝国にとって、特にオーラ帝国の最新情報は、布告ですら早くても4カ月遅れという点を注釈する。


 1週間前、音速矢の如くリッサ荒野を縦断した旅姿のレインが向かったのは、黄金輝くその悪趣味な玉座だった。

「我はラングバルク帝国の皇帝オーラット2世が妻、レイン=ハヴェーノ・カイン・オーラット・ラングバルクなり!!」

 ポニーテールに束ねていた黄金髪を解き、腰まで巻いていたボヘミアンドレスのスカートをばさりと戻す。

 玉座に至る赤い絨毯をなんら躊躇なく突き進むレインを認めると、オーラの帝王は近衛兵に武器を下げさせた。

「レイン=ハヴェーノ……つまりはそなた、蒼華シガンの王女だった者か? あの弱小からラングバルクの妃が排されるとは」

「シガン先王レギンが娘にございます。エギズ様……いえ陛下とは20年前、私が2歳の頃、お目通りを」

 レインが深く傅くと、不敵笑みの帝王エギズが玉座に座り、肘を突く。

「そのような古い話いまさら、よいよい。しかし美しい娘に育たれたものだ。途絶がなければ我が息子ガトルの嫁にと、いうところよ」

「もったいなきお言葉にございます」

「ところで、オーラット帝の倅というのは本物か? なにしろ15年間、聖王の勢が塞ぎきっており、貴国の噂が極めて薄くてな」

 その空白を埋めるため、レインは続ける。

「我が夫カイン・オーラットは17年前に生を受け、2年前、ラインバルク皇帝オーラット2世として即位あそばされました。私はその直前、第8皇子の時代に嫁ぎましてございます」

「ほお、15年の間にそのようなことが。して、オーラット前帝は息災かな?」

「10年前に崩御され、2年前まではその弟アーネスタが帝位にありましてございます。先に申しました通り、今は我が夫カイン・オーラットが皇帝にあられます」

「ふむ、ふむ」

 そうしてエギズが大柄の足をすらりと組んで、両手指を複雑に揉んで遊ばせる。

――髭を清潔に整える、野心みなぎる悪人顔には違いないが、このスキンヘッド中年オヤジは悪いなりに好々爺だ。

「ところでレイン妃、わざわざ危ないリッサ荒野を越えてまで、単身でなぜ参られた? いきなりでも久しい交流だ。そこまで迷惑ではないが、なにゆえか?」

「陛下のお力を得たく、馳せ参じございます。我がラングバルクはシガンとの戦を4日後に控え、卑劣にもシガンは勇者を召喚し、我が帝国を脅かすものと成り果ててございます」

「……なんだと??」

 エギズもそうだが、それ以上に近衛に混じる老人が青ざめて、隣の黒髪男女の騎士が慌てて支えている。

「とんちき野郎の災厄が……再び??」

「父上、まだ勇者ソノダの再来と決まったわけでは」

「父上、気をしっかりもってください」

「日本政府との取り決めを何だと思ってやがるんだ!! この、おバカぁあああああ!!!!!!」

 連れ出される彼らを凝視するレインの注意を戻すため、エギズはよく咳払いする。

 前提の説明は、互いにこれ以上いらなかった。

「して、どの程度の力を得たい? ラインバルク皇妃レイン=ハヴェーノ・カイン・オーラットよ」

「情報という点ではラングバルクが先を行くのでしょう。しかし、オーラのほうが戦に対し、先見の明があります」

「ほう。そうまで言うとは、では『あれ』を知っていると」

「ええもちろん」

 レインは邪に笑んでいる。

「オーラ帝国にとっても、実験場として最適かと。我がラングバルクは卑劣のシガンに勝てれば良いのですから、あとのことは後々の外交のお話であり、それこそが真にあるべき世界の姿なのです」

 悪顔エギズの不敵な笑みに帝王の野心まで秘め燃えるのを見、レインは心の中でサムズアップを連投するのだった。

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