010『駄犬が舞いおりた』
オーラ帝国の首都ドラートから発進した30ほどの大型ドラゴンは異質だった。
操る騎手は変わらないが、ドラゴンの腹には観測者を収める小型の籠がついている。
さらにいえばドラゴン達は、箱型のグライダーを引っ張って飛んでいる。
レインも同乗する1番騎グライダーの中では、色を揃えたウール服を着る20名のオーラ帝国兵が、邪魔くさそうな背嚢を足で蹴飛ばし気味に、胸にも大きな布袋をつけている。
皆、これが新たな戦い方だと緊張し、それでも緊張を解そうと互いの顔を見合って笑う。
レインの冷えた美貌にやや赤らめて、それでも鬨を待っている。
『まもなくサバラッキ上空。降下5分前、降下5分前』
伝声管ががなる。降下長は立ち上がり、とうとう堰を切った。
「1番騎ぃー、行くぞ!!」
『おう!』
「行くぞ!」
『おう!!』
「立てぃ!!」
兵それぞれが前の兵士の装備を指呼確認してから、布袋から伸びるフックをグライダー右天井のワイヤー線にかけていく。
「1番騎、進路良ーし、進路良ーし」
ドラゴン側の騎手が、伝声管伝いにコールする。
「コンテナ投下開始!」
入口を塞いでいた大きなコンテナを、先んじて落としていく。
「用ー意、用ー意、用ー意」
降下地点を見定めて、失速手前まで各ドラゴンが直進の滑空制動に移る。
並ぶ兵士達が、許可を聞き逃さまいと風切り音のひどい空でなお耳を澄ませた。
「降下降下降下」
いよいよ、降下の許可が下った。
「猟兵、降下始め!!」
シガンの陣より北東寄りの草原へオーラ帝国の降下猟兵が500、落下傘展開からの五点接地で降り立つ。
立ち上がる猟兵が訓練どおりの手早さで、重りを兼ねる背嚢に結んでいたパーカッションロック式の後装マスケット銃を分解状態から組み立てて、さらに短めの銃剣を先につけて、集結地点へ走っていく。
先に投下したコンテナが回収された。魔導師はしばし別れていた自身の魔導杖を持って、兵士は交代で薄鉄板と圧縮綿を組み合わせた複層の鎧を纏っていく。
鉄筋を組み上げた低床リアカーが次々出された。
継戦するための物資コンテナや、黒檀をくり抜いて荒縄で厳重に固める簡易前装砲を積載し直し、2人がかりで引っ張っていく。
降下長の制止も特に聞かず、遅れてレインも降下する。激突寸前に一発だけ全魔力を発し、風魔法で一旦舞い上げた。
そうしてゆっくり、優雅の限りに着地して、ドレスの裾を整えたのだった。
「レイン妃、むちゃくちゃにも程があります」
「しかし、この通りではないか」
「ここは血生臭い戦場です。本来は貴婦人があるべき場所ではない」
3番騎から下る猟兵指揮官ガトル・ヴェルクリス・オーラの、蒸し暑くしつこい注意に、レインの冷血も流石にほてる。
――そなたらを騙して招かねばならぬほど、ここはあまりにヌルいお遊戯なのだがな。
レインにも発していけない言葉ぐらいはわかったから、この熱血漢の武人のお小言をよく耐えた。
「我が夫に、オーラの援軍が届いた旨を伝えて参ります」
ヒールを脱いで素足になった。身体を極限にバフってから、地を蹴り飛ばしてほとんど飛んでいく。
「すごい方ですね。玉座の場でもそうですが、あんな冷血の美貌をもって、自らの夫のためととてもお熱い」
ガトルに随伴して降下した黒髪の若い騎士サトル・ウラキは、自らの父が崩れ落ちた謁見間にて、同じ騎士である双子の妹と一緒にいた。
「君の父君も、このような戦術を異界で実践していた戦士ではないか。それもこの世界で、実現できるようよく落とし込んだ」
「光栄のお言葉。父は我が誇りです。ガトル様」
届く各種報告をいちいち確認してからガトルは、禁忌を破ってまで行われた今回の勇者召喚について、同じ異界人たる騎士サトルの父コウスケ・ウラキと重ねてふと漏らした。
「とてもではないが、伝説に悪名高い勇者ソノダといい、この程の勇者といい、本当に君の父君と同じ異界の人間なのか? 私にはとても、もっと混沌として理解不能な別の異界の産物に思えてならないのだが」
「私も同感です。はたして父上のあったニッポンとは、どのような魑魅魍魎の跋扈する国だったのか。……想像がつきませんね」
主張の凹凸が垣間見れるボヘミアンドレスのみつばが左手首に今も巻く、国産チープなデジタル腕時計が、この世界の正午鐘に倣い15時ちょうどを指している。
「それの音、消したのか」
「アラームを使う生活でもないですから」
左手首を冗談めいて示すみつばの笑みに、マテは束の間安堵した。
――この調子で、そのような枷を外してくれたら、なおのこと良いのだが。
ヒノグレーの奸物神官長は、耳打ちされた報告詳細を確認するため、今は席を外して天幕の外に出ている。
なんとなく嫌な予感がみつばにはあり、時折空を見上げてはいた。
マテこそ、伝説に名高い『とまほぉくみさいる』の飛ぶ姿を40年ぶりに見れるのかと、少しばかり楽しみでもあって同じく見上げている。
で、案の定か想定外か、オーラ帝国の金陽を先鋒に翻すドラゴン25騎が中高度で飛来する。
ヒノグレーの神官や神殿兵達があわてて対空態勢を築く頃、視認したキシリルが白目を向いて泡を吹きながら、動く死体同然でカインの座する本営へ駆け込んで叫ぶ。
「今すぐシガンへ加勢!! 全軍がシガンに味方しろぉおおお!!! レインの駄犬がやりやがったあああああああああ!!!!!!!!」
上座を陣取るカインがゲラゲラ笑い転けてむせまくり、重鎮貴族も年寄りが青ざめきってその場で倒れる。
ほとんど発狂のゾンビ・キシリルは、『影の本営』にも突っ込んでいき、参謀や非番将軍をぶっ倒れさせた。
泥だらけのボロレインが本営の天幕を破るようにめくって、カインに跪く。
「陛下、1週間もの無断をお許しください。この間にオーラ帝国のエギズ帝王に謁見し、研究最中の最新兵科を派していただきました。これで勝利は確実のものでしょう」
「良きかな良きかな。さすが我が妻、我がレインの戯れよ」
いつも以上に調子づいてオーラット2世を演じるカインの口元は、演技の邪悪をとうに突破し、もはや面白すぎて笑いの止まらないガキの本性そのものになっている。
事態を又聞きして天幕に駆け込んだ若輩宰相ハスエーが、カインとレインに遠慮などなく阿鼻叫喚死屍累々に一喝した。
どうにか正気に戻るも言いなりにしか出来ない各役職に対して、感情を浮かべる余地のないほどの命令の数々で指揮系統を立て直していく。
「急げ、急げ!! 我らが盾にならなければ、本物の屍山が起こってしまうぞ!!!」
ミネル自ら近衛兵を連れて先陣し、途中からドネクル率いるコルトラータ騎士隊も加わり、ラングバルクの銀鷹とシガンの蒼華との両方を翻しながら、ドタドタ馬を走らせていく。
慌てて避けた小作の中年が、右手に握りしめる丸い矢尻の残り2つを凝視してから、近くから駆け寄るボロのやんちゃ娘とたんこぶのパン屋とで、互いに顔を見合わせる。
「何も考えるな!! 何も考えてはならん!! ただただ虚しくなるだけだぞ!!!」
「今はただ、無事に帰るための演舞に徹せよ!! 前進のふりを怠るな!!!」
徴集の槍兵達がどよめく中で百人隊長がとにかく叫んで、督戦騎士も睨みをきかせる。
士気統制を強引に回復させようとあがいているも、接敵最前線のシガン槍兵まで萎え切った。
双方8割方が勝手に辞めてしまい、先程までパイクで殴り合っていたラングバルク兵と菓子を持ち寄り、あるいは車座してカード賭博を始める始末だ。
「ミツバよ。私は有言実行を是とする故、『証明』してみせたぞ?」
まるで芸を覚えたのだから撫でてくれとばかりに、この泥だらけの駄目ゴールデンレトリバーは、琥珀瞳を爛々と輝かせて、金髪尻尾をふさふさ揺らす。
「うん。だいぶな被害だけどね」
叱るのも違うと諦めたみつばは、冷血美貌に駄々子の甘えを全開するレインの頭を「よしよし」と撫でる。
宇宙猫となったマテは給仕の一方で、どこか意識だけ遊泳して戻ってこない。
奸物ヒノグレー神官長に至っては、「あ、これ、聖王教団潰せるかも」と、リッサ荒野への空中交易路にかかる計算を脳裏で始める始末だった。
前進準備を整えたオーラの猟兵一団に駆けつけるラングバルクの特使が、シガンの特使も一緒に連れてきた。
ガトルも最初は「早々にシガンが降伏した」と拍子抜けでもありふれた予想が、ミネルと、駆けつけたブライク王の土下座によって、「あまりにも人騒がせな」という憤慨に変わってしまった。
「とくと確認するが。父上が謁見したレイン妃は、本物か」
「本物です」
ブライクの断言に、ガトルのこめかみがはち切れそうだ。
「で、これはオーラット2世による謀か?」
「オーラ帝国を陥れてラングバルクそのものに益がない」
ミネルの断言に、ガトルの顎が砕け散れそうだ。
土下座にはドネクルも加わり、コルトラータ騎士全員も加わり、草むらに伏していたシガンの近衛兵まで加わった。
しかし肝心の代表責任者がここにいないのを、ガトルはよく理解した。
「当事者を連れてこい」
「オーラット2世をか? それともレイン妃?」
「こんな茶番を最初から設計し、実行までした責任者だ。連れてこれぬならその名を今言え」
――連れてきても無駄だろう。叫ぶばかりのゾンビとして、今頃宇宙で野戦指揮をやっている。
「キシリル・エスティファールだ。『文句があるなら後日キシリル様に』どうぞ」
土下座の全員が、キシリルに責任を丸投げしたのだった。
「……まあいい。その名は覚えたぞ」
怒りをそこそこ治めて、ガトルは後ろの自陣を振り返る。
上空で旋回待機していたドラゴンは着陸し、初陣の出鼻をくじかれた上での撤収に、猟兵達がグチグチ文句を言っている。
「そのキシリルとやらも諸官らの苦労も私は多少理解するが、それより人騒がせが過ぎるゆえに、次はないものと思え」
『本当に、すみませんでした』
「この茶番のために用意したというエリクサー8万人分は迷惑料としてもらっていく。後日また改めて取りに参るぞ」
『本当に、本当にすみませんでした』
カラスがかぁかぁ鳴いている。屍肉をありつけずに空腹なのだろう。
……それでも大量の怪我人を捌くのに、フィーリア神殿もヒノグレー神殿も、応援要請を受けてデカデンティア神殿までもが、総出で2日かかる後始末だ。
カテルジナ神官長だって黙々と、流れ作業的に治癒魔法をかける程度には忍耐力をもっていた。
その途中でヒノグレーの神官長と対すると、「神の名を使う奸物が」とばかりに無言で睨むばかりだった。




