004『同じムジナのハートフルタイマー』
塔上の監禁室では、みつばを着せかえたメイド達が、極限社畜にとっては2年ぶりのまともな食事を用意して控えるところだった。
牢番の座るシンプルな丸椅子から宝塚美男のキシリルが立ち上がる。
やや崩れのアホ毛を赤茶色のオールバックへ戻して、控えるマテから引き継ぐとメイド達と一緒に下がらせる。
化粧台の椅子を持ってきて対面するみつばは、背もたれからほとんど直角に自立して面接同然にガチガチなものだから、キシリルは肋骨服の詰め襟を胸元までだらしなく開け、くつろぐよう暗に示した。
「ドタバタが過ぎて紹介が遅れてしまったな。私はキシリル、皇帝オーラット2世がカイン皇子だった頃より仕える」
「ラングバルク帝国の宰相ということですか?」
「宰相ではないのだが、宰相としてのほとんどを仕切っていると見てよろしい」
――……頬骨に連なる目の下に、白塗りで隠しているが強い隈がついている。
猫背なで肩とまではいわないが、こんな美男子を台無しにする程度にはくたびれている。
「そのような目で見るなミツバ」
同じ穴にいるとばかりにちくちく輝くみつばの漆黒瞳に、手招く無を見たキシリルが、丸椅子を後ろに摺ってまでドン引きする。
「はっ」と我に返るみつばが、長睫毛の吊り目をきつく閉じてから丸な頬をぺちぺち叩いてキシリルに改まる。
「す、すみません。乙女ゲーに出てくる貴公子みたいと思って」
「美男子に見惚れる麗しの乙女の目じゃねえだろうが」
――合わせるときりがない。
襟を詰め直すキシリルがガチゴチの仕切り屋モードに戻ってしまう。
「蒼華の勇者ミタライミツバ。今から貴様は勇者ではなく、つがいの駄犬の飼育員もとい皇帝夫妻の小話相手だ。禁止区域以外は城内および城下の帝都郊外まで自由に行ってよし。忌むべき行為は都度都度で良いから周囲に確かめろ。カイン様ははっきり発せばひとまず停まってくれる。穀潰しレインがつまらんと暴れるようなら手綱を引き、私かマテが抑えるまでよく耐えろ。よいな」
――お役所もびっくりの高圧と、いない皇帝夫妻に対する正当な罵倒ぶりだ。
「鞄の中身を改めさせてもらったから事後で断っておく。名簿、帳面、契約書が大量に挿まれた書類綴じについては異界情勢の資料として、写し終えるまでは預かることになる。預かった分析者が後日事情聴取を行って返すことになるのでしばし待て。良いな」
可愛らしいミツバチのデフォルメキャラクターをデコデコさせたトートバックを突き返すと、キシリルはある種の喜びとそれ以上の恐れを同時に抱いてぶつけながら、螺旋階段をドタドタ降りていったのだった。
王国への単騎吶喊と即刻勇者を拐った一件でカインとレインが缶詰執務にされてしまい、みつばはしばらく暇だった。
なので中世ファンタジーな大都会たる帝都をマテの目付けを受けながらみつばが迷いなく突っ込んでいくのが冒険者ギルドの一般ロビーだ。
「逃げる気か」
ジト睨のマテがみつばの喉元にスティレットを突きつけ、胸ぐら掴んで外へ出したのだった。
「当分のパートはないものかと……」
「気持ちはわかるが、皇帝陛下から賜るお役目を蔑ろにするつもりか」
「いえだから、その皇帝達が缶詰になって役目もないので、代わりの仕事を探そうと」
みつばを睨みつけるジトの水瞳が「おいこいつまじかよやばいぞほんものだぞどうすんだよこれ」と声にせずともドン引きしている。
マテのフリーズを理解できないが、ひとまず外に貼り出されるクエストだけでもと『酒場の掃除婦』を取ろうとしたみつばを、宇宙から戻ってきたマテがジト睨を突破した鬼の形相で「休ませるのに殺すぞスライム」とブチギレたのだった。
「なんかこう……この世界に召喚されたのだから、わくわくの気持ちで見学したい場所とかないのか」
強盗恩赦のマテ・ユリスは、もはや宮廷従者としての礼節をこんな社畜覇者に向けるのが、駄犬の相手よりアホらしくなった。
「二度言ったらマジ殺す」と握るスティレットのまま少女腕をスケバンに組んで、仁王立ちのシューズを舌打ちのように鳴らしてみつばを急かす。
「じゃあ商人ギルドとか、可能なら精巧な細工を生業にする工房を」
「殺すと言ったよな」
「違いますよっ! 本当にホントで本気のお仕事見学ですっ!!」
みつばの命乞いな絶叫にまだ「お仕事」が含まれたのがマテに一瞬の殺意を走らせたが、ひとまず労働から離れることができそうだとして、強引に安堵したのだった。
商人ギルドの仲介を得てから帝国でも有力な工房を一通りし終えて、陽の沈んで長影を作る宮殿へ2人は帰る。
定時点検がされていく宮殿への跳ね橋にてカルメンが対するのは、見違えるほどツヤツヤ満足な満面のみつばと、宇宙から戻らずのマテだった。
「マテ・ユリス?? おーい」
困惑のカルメンが革手袋を脱いでパンっと大きく猫騙しすると、魂の遊泳をしていたマテがやっと地上へ帰還したのだった。
「ノミの大きさで何ができようと、それが何になるというんだ?」
フリーズして出力できなかった質問をやっと口に出せたところで、ここはもう宮廷だ。
「こんな時間にどうしたんです?」
陽を見ての通りでもう夜なのに、城門を出ていくカルメンは軽い革鎧に分厚いマント姿で、ロバよりは長毛黒馬の手綱を丁寧に引いている。
「実は……」
周囲の番兵が点検に気を割いているうちに、カルメンは密やかに「レイン妃たっての命令でして」と、革鎧の懐にしたためるハブランサスを象る藍シーリングの便箋を覗かせた。
カルメンが続けて答える前に、もはやマテは大険悪のジト睨だ。
「さすがのレイン妃も、ミツバ殿に関わる一連の騒動でこってりしぼられ反省されたご様子です。帝国の威光を背負う殿下の手前、公に謝罪するわけにはいかないとのことで、せめて弁明をいたねばと。……これから、届けへ出発します」
……流石のみつばも彼女が騙されているとは直感するのだが、この純粋の新米にして高潔の可憐が過ぎる乙女騎士に、届かない現実も目の当たりだった。
「ブライク王は穏やかで公正を重んじると伺っています。なにより、幼少の私にもよく優しくしてくださった。私は覚えています」
みつばとマテが見送る形で、暇そうな黒馬を優しく叩いて起こしてから、なんら迷わずカルメンは跨る。
「シガン王国へは北東に伸びるサバラッキの古街道を使っても2日かかってしまいます。急がねばなりませんので、これにて失礼。2週間後を目安にまたお会いしましょう!!」
課せられる重大な隠密使命に忠義と燃える帝国騎士カルメン・ザルアは、猛烈な馬足にも振り落とされるそぶりもなく、街道に繋がる川辺りの地平へすぐに小さくなったのだった。
もはやメイドとは言えないスケバン態度なマテとの、おそろしく雑だが十分過ぎる夕食を済ませる。
バックヤードの個室トイレで簡易シャワーを吊るさない、沸かした湯によるタライ入浴を満喫したみつばは、気絶以外ではじめて夢を見ずに心地よく熟睡した。
そうして翌朝。早くも宮殿で働く下級貴族や平民中心の官僚が忙しなく、そして口々に「正午に決するぞ」と青ざめて噂を上塗りしている。
「なんだろうね」
みつばのつぶやきに世間体を被るマテが一言、
「カイン様の本性を見れますよ」
みつばの怪訝を涼しく無視したマテは、耳打ちしてきたメイドにみつばを任せ、手招くキシリルについていく。
「ミツバ様。拝謁の折には、レイン妃のお側に控えるようにとのこと」
「は、はぁ」
今度はコルセットによる拷問を伴って着せかえ人形させられ、薄い黄色に黒アクセントのロココドレス姿になって控え場に連れて行かれると、先にレインが待っていた……が。
「ど、どうしたの??」
「ちょっとした事故」
添え木と三角巾で右腕を固定して、ふわはね金髪にも包帯が巻かされている。
――まさかカインが……?
「良からぬ想像をしているようだが、殿下はそのような安直の短絡をもって、か弱い婦女を傷つけることはない」
――か弱いの?
――陛下の基準では、か弱いのだ。
みつばのテンプレ予測をキシリルが不法投棄しつつ、耳打ちする文官の報告に「どうにか間に合ったようだな」と口角を緩めて一息ついた。
まもなく搬入される巨大な板の天幕を僅かにめくって「よろしい。やれ」と命じると、拝謁の大きなベランダの天上に、文官が6人がかりで、天幕のかかる巨大な搬入物を堂々と吊るしていく。
「準備ご苦労だった。ひとまず下がれ」
そろそろと下がっていく作業の人出と入れ替わって、冷酷と残虐をよく醸し出すカインこと皇帝オーラット2世が入った。
キシリルとマテに倣ってみつばもひれ伏す。
立ち上がるレインは完全に冷血妃として厳然し、絶対のオーラット帝へと静かに傅く。
「急でご苦労だった」
前に出たキシリルにオーラット帝が威厳してわずかに労うと、帝国の威風をそのもの体現してマントを翻し、後ろにレイン妃が続いたのだった。
「蒼き華を誇るシガンの王よ。問いたい。なぜ我が妃を討とうとした」
静まる群衆を前にして、臣民など目に留めず、オーラットは語る。
「狂犬の我に応えぬというのならばシガンの王よ。では王である前に、一人の、ブライク・ハヴェーノとして、なぜ、血を分けた妹を討とうとした」
静まるもどよめく群衆を前にして、臣民など目にくれず、オーラットは躍る。
「誇りを重んじるべき王者の男よ。なぜ無辜に生きる一人のおなごに、あのような卑劣の刃をもって……!」
群衆が息を停めてまで静まり返って極まっていく。
極まる。もはや小鳥も静まり返る。
……決する。
狂犬帝オーラット2世は、ラングバルクの名誉を打ち震わせて、この一槌を叩きつけた。
「帝国騎士カルメン・ザルアはとこしえに眠る。なぜだ! なぜだ、……答えろっ、ブライク王ぉおおおおおお!!!!!!」




