032『さなぎ』
死と生の偽の狭間で焚き火を囲う。
冒険者の若い子分が焼ける栗を剥いては親分に渡すと、自分も賭けとばかりに口にしていく。
「なあ、こいつは渋栗ばかりですぜ」
渋い顔をする参加者の口直しにりんご酒を分けながら、ごろつきめいた髭の親分がげらっている。
「せっかく宮殿によく成って、毎年処理に困るのだがな」
護衛する騎士3人とて、10月末の寒風に今は冷たい兜を脱いで、焚き火に当たって惚けている。
他の焚き火でも、警備する帝国兵と呪祓いと参加の市民やごろつきや浮浪者が囲っては、下町のカードや、ちぐはぐ微妙な雑話に興じている。
「しかし大公。お貴族も大公とあろうものが、俺らみたいな下々とこうして囲って、メンツなり大丈夫なんですかい」
「こうした機会でもないと、皆、ともに暖をとることもあるまいに」
恐れて早足の貴族令嬢の実娘から、上等な毛布を受け取る。
「わしは帝国の執政官であって、ハルボーマブゼの自治には触れられぬが、それでも思うところが山程ある」
温かい飲物を受け取った太る貴族老人が、「あるだけ皆にも淹れなさい」とメイドに命じた。
下町から雇われる若いメイドは、この異様に怯えることもなく、様々な入れ物に茶を注いでいく。
「もっと南でココア茶は飲むけれど、この緑の茶は初めてだ」
「帝都ではそれを茶と呼ぶのだ。ところで親分さん、そのココアというのはどのような茶かな?」
フレイメル・ギャックレー大公は年甲斐もなく興味津々にして、髭を撫でる親分へ食いついた。
「豆の茶で苦いばっかしなんだが、土地の黒糖と山羊乳を混ぜると結構飲めるんだ。昔、黄金連合の仕事でさ、向こうじゃよく飲んだもんだ」
「へぇ。世界というのは存外に広いものですな」
大公殿下から出されて珍しげに飲む緑茶だったが、親分には白湯も同然だったようだ。
「だから陛下とて、これひとつをとっても一筋縄ではいかねえんだろう」
強引な再開発で半解体の目に遭うハルボーマブゼ市庁舎を見上げて、ギャックレーと親分がにやりと笑う。
「しかしわしの醜い贅肉が、肥えるばかりの58年の人生でこのように役立つとは、いやいや、生きているとわからんもんだよ?」
市庁舎の議場は今や不能で、若すぎるオーラット帝の冷酷な三白眼が蔑む下。
保護者たる総督をなくしたハルボーマブゼの上澄み達が、国是法違反の嫌疑でいちいち秤にかけられていく。
――さあさあ、相対するはシャルーの遺志、勇者の子息ミツルが払う破邪の剣。
「おお、ミツルよ。なぜ破邪を、破邪の刃ぞ我に振るう」
「カルマぞ。その盗み、その殺め、そのが起こる悲しみぞ。異界における総ての業を受け入れよ。いざ」
ミツルとの大立ち回りは三晩と続く。
カルマの剣がもう折れて、ミツルの破邪も、憎しみにもはや魔に落つつ。
「ミツルよ、やめよ。やめよ。我が望みはそのが破邪、ラングバルクを救うが我が忠義」
「カルマよ、もう遅く。センダイはもはやトマホークミサイルの雨あられ。カルマを滅すがこのために、世界はもはや君の敵」
「カルマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
「うるさいカルメン」
カルメンの焦茶ドタマが鈍い音を立てる。
鉄板入りのメイド靴を自分の足に直すスケバン・マテが、馬車から乗り出すみつばを見た。
赤道近いとはいえ秋の空。スピオーネルの岩山がわずかに湯気を立てるも、もうかなり遠い。
「おいミツバ、橋を渡るから危ないぞ」
「あ、わ!」
マテの警告は間に合わず、そのままの急流で浮きの不安定な舟橋の揺れ。
馬車窓から落ちかけるみつばのよろめきをレインが受け止めると、そのまま抱きついて離れなかった。
「死なれては困る」
「えと、ごめんなさい」
みつばの謝罪に、上目遣いのレインが頭巾頭で、今はない尻尾をふりふり振っている。
「よくない。二度と死ぬな。さもなければ斬首する」
「矛盾が激しいのですけれど」
「今度死んだら私が黒魔術でリッチにしてくれる」
……普段は冷血と評されるレインの琥珀瞳に別種の狂気が宿っているのを、みつばが確してしまった。
「ごめんなさい、死なないのでリッチは勘弁してください」
「そうですよレイン妃」
マテに写本を取り上げられるカルメンがげんなりぼやく。
「そもそも新型ゾンビの社畜原因は、ミツバ殿の深淵が原因だと。であるなら、本当にリッチにした日には、帝国が滅びますよ」
「それはそれで、カインが私と同じ穀潰しに墜ちるだけであろう」
「レイン妃!!?」「それは駄目だって!!」
「それにリッチのミツバとて、私がボコボコにして同じく墜とすまでのこと」
「とんでもない事を言ってるの気付けよ駄犬が」
馬車の中で女子達が一同多彩に呆れ果てている。
「しかし」
先日の決闘を再び思い出す。
「あのご領主、なぜあんな強かったんだ。しかも泥臭く鉄砲まで暗器にしてさ」
「それなんだがな」
ボロボロに負けたレインは来るリベンジのため、テサ・スピオーネルの周囲を物陰に引きずり込んで、「言わねば斬首」と吊るし上げて聞き回っていた。
そうして強引に得られた一つの答え。
忠臣が最初の最初から彼女に誤魔化し続けていた理由もこれに尽きた。
「幼少の頃から遊ぶがてらに無双を働きすぎて、そのため、スピオーネルの使うカリガリ北街道を襲うことは、ゴブリンですらならぬと代々謂われるそうだ」
「え」
女子達が石化する。
「でな、さすがの暴れように先代ハゲルントが記憶を封じてまでして、おしとやかになったそうだが、それでも感情が高ぶると……との、話だった」
ポニーテールを根本から斬られたせいで、涼し気な声色で語るレインの金髪は、ベリーショートに応急するしかなかった。
早くも治りかけるレトルが、今後のスピオーネル辺境伯領の取扱について、解散した自治会議を再招集した。
その場には執政杖を持つテサ・スピオーネルが筆頭する。
ゾンビから当面治りそうもない老親方が言う。
「テサぁさま、切り捨てるのは、おやめ、くださいませ。誇りが死ぬ、なに、より、悲しゅうございます」
木の芽まで生えるエルフの長老が、なんとも言えない挙手をする。
「かわりたくない、これ、ひとのさが、さがはごうりにそぐわぬぅうう……」
老騎士は、ゾンビ化の回復力をしても老衰に勝てなかった。
その不在の代わり、現職の騎士長が、文官ゾンビの助言を得ながら発する。
「ご領主、先の騒ぎにおいて表の黒字は帝国に召し上げとなるでしょう。しかし、彼が算出する『へそくり』は、強かなことにこの倍を貯えております」
「しかし、変わらぬ選択はできません」
会議室の扉がわずかに開き、耳打ちの内容にテサが通して応じる。
回復しきったベリオールが入れるのは、ブレザー姿の小物そうな商人と、威厳でより背高い聖王教団の女性聖職者だった。
「トゥーレ商会アルカドラク店のオルカ・イツリアと申します」
「聖王教団北カリガリ教区で司教を任される、マリエラ・アムネです」
テサが自分の隣を勧めると、凸凹の2人が会議の席に加わる。
椅子に座ったオルカは罪悪感からすぐに折れた。
商会発売のカンポー『キンタン』の薬害と、原料たる土を獲るためのサペリ乱伐について、テーブルクロスに額をこすりつけてまで謝罪を繰り返す。
「我が商会は神秘のエリクサーに替わる、人による人のための完璧なポーションを追い求めて、ヴェルクリス王国のトゥーレ伯爵の莫大な出資により成立しております。その商いにおいて、見掛け倒しだった我が商会にとって、キンタンは画期だったのです」
「サペリの、もぉーりは、謝っては、戻らぬぅうううう」
エルフ長老の糾弾に、オルカの頭がより突っ伏す。
「我が方にも重篤な問題があった。本山の教えを忘れる不届きな一部が、このキンタンの密造に関わっておったのだ。原初の聖王は、あまりある強欲を認めない」
マリエラはその場で立つと、45度より深々と折れて、静かに謝罪する。
そのうえで、マリエラに起こされるオルカから提案だった。
「我々とて、せっかく届きかけた人のエリクサー『キンタン』を、やすやすと捨てたくはありません。被害に遭われた方々には極める冒涜と存じます。それでもなお、神の名の恣意に選別される治療がどれほどつらいものであるか、下々として考えていただきたい」
議員達の至る沈黙を破って、詰まるオルカを押しのけてマリエラが提案する。
「このオルカらトゥーレの商いやその出資の者どもは、キンタンを確実なポーションにしたい切実がある。しかし、そのためには、取得する土に含む、何かの純度が足らぬ。という話だ」
「何かとは?」
テサが聞き返す。
「教団の学者いわく、極めて小さな虫の卵らしいのだが、どうもただの自然では孵化しないらしい」
「で、それが、今回とどのように繋がるのです?」
「本山は『ゾンビはあくまで死者である』として、説を認めないと前に置くが」
マリエラが拳の指を組んで、聞き及ぶ事柄を再度咀嚼して述べていく。
「処刑される前のその学者が最期に言うところ、背骨のある動物に寄生し、皮やはらわたの激しい入れ替えをしながら彷徨くことで、落ちる腐敗で子孫を増やしている。とのことだ」
テサのあんぐりな見開きを無視するマリエラが、オルカの背を突いて、今後についての提案をさせた。
「原生するサペリほど材質はよろしくならないと聞きますが、その成長が5年で50年に匹敵するという、なにより実証がされた錬金術のマホガニー苗が、南のティーバートで取引が始まっております。もちろん、それだけの速度で茂るのですから、土地を枯らさぬための管理は必要不可欠。それも並大抵ではございませんが」
――緊張の息継ぎ……、ふざけてはいない。
「乱伐面積分について、我がトゥーレ商会による補償という名目で、苗の提供をいたしたく存じます。その如何で、今後とも当トゥーレと、治験の協力と、お取引をしていただきたく、どうか、お頼み申し上げます」
オルカは再び突っ伏すように机にしがみつき、頭を擦り付ける。
議員とテサは互いの顔を見合わせる。
――これこそが最後の好機か、それとも地獄の深淵か。
それとも単に0を1に至らしめるものなのか。
未来を、見定めなければならなかった。
3章完
ということで3章『ゾンビ』、おつかれさまでした|巴・ω・)実感がなく心配だが、楽しんでくれているのかな?
続きは書きかけの短編を完成させて投稿でき、『黄金を抱いて魔翔べ』の改稿と書きかけを終えてから(だいぶ古い原稿だからもっとも拙いのよね)
よって、しばらくお待ちください。




