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031『タフ・レディ』

 レインの初手たる電撃を帯びる左ストレートを柔らかくかわしてから、がら空きに見えた背に杖のエメラルドで打撃しようと薙ぎ払う。

 しかしこの程度は読み切れる。

 わざとの失速で打撃をかわし地表ギリギリまで急降下すると、城下の石造りの交互を素足で蹴り渡ってまた昇っていく。

 短慮な直線軌道だと狙いを定めてテサは唱える。

「熱砂の光精よ。水精の一目に集まりて、灼熱の乱れ矢を射ち放て」

 サペリ杖の周りで踊る蛍火が解き放たれた。

 手のひら大に張られる水膜へ眩い光源がより集まる。

 細いレーザーの乱れ撃ちで直進軌道のレインを焼き払おうとした。

 レインは背を反らしながらテサの頭上へ軌道をわざと外すと、テサの銀髪へ斧蹴りを落とす。

 斧蹴りを杖で受け止めるテサは、左手の隠し持ちを炸裂させて、驚くレインを引き剥がした。

「これはオーラ帝国の騎士が用いる、新たな形のダガーだそうで」

 先の煙るパーカッション式のペッパーボックス拳銃を、手品の種明かしとばかりつまらなく投げ捨ててしまう。

「やはり、魔導を尊ぶ北の王侯には、この臭いは無粋にも程があるでしょうね」

 血を拭うように振ってから整える杖のエメラルドが、煌々と緑光を発していく。

 発光の眩さに隠れて下の間合いへ瞬発に突っ込んで、電撃で熱すぎるナックルダスターの拳を、テサの顎へ撃ち込んだ。

「無粋は私とて同じこと、今更気にするものでもあるまい」

「氷の魔姫の噂より、金狼の名を戴いたほうがよろしくて?」

「口のお悪い箱入りだこと」

 危うく砕けかける歯を今一度噛み直したテサが、それまで向けていたエメラルドへの魔力を停めて持ち手に直した。

 鋭い杖先をレインに定め直すと、エメラルドへ一気に魔力を叩き込んで直進の推進力とした。

「当てつけか」

 レインは難なくかわすつもりが、左ラリアットを腹部に叩き込まれて鐘楼の壁に叩き込まれる。

 テサは止むことなくサペリ杖の杖先をレインの顔のかわす寸前に突き、回転を加えてエメラルドの持ち手でレインの右頬を打撃する。

 返す杖先のとどめをレインは受け入れなかった。大ぶりになったテサの腹部を両足で蹴り飛ばす。

 はりつけの壁から剥がれ落ちると、瓦葺きを強化脚で走り抜けて、浮かびながら咳き込むテサの背後下へ回っていく。

 その左後ろからレインが飛び上がるのを察知したテサが、浮遊魔法の停止による一瞬の自由落下で寸でにかわす。

 エメラルドの直進的な推進力を繊細な操縦で町の家々を縫っていく。

 途中に掛けられていたマチェットを得ると革鞘を捨て去る。

 より複雑な路地曲がりを経、東面に抜けかけるところで急停止して右直角の民家の窓を突き破る。

 棚を倒して足場を荒らし、煮炊きの火を消すだけの台所で、籠にある栗と棚のキンタン瓶を見つけ撒き散らす。

 急降下のレインが杖の魔力を探知して屋根ごと天井を突き破る。

 魔力の込められるサペリ杖がそこに刺すだけで、テサがいない。

 レインの頬に感じる僅かな空気の動きから、そのポニーテールの裁断までは1秒もかからない。

 崩れる姿勢を飛んで立て直し、振り向く先で、錆を削るばかりの古マチェットの身を正し、より正すためにしなやかなテサの左指が這われていく。

 金狼の突き込みに対してテサが突き返すふりをして、突き刺した杖を支えに身を翻す。

 標的を失うレインはそのまま食卓に突っ込んだ。

 破かれても上等な絹ローブが食べかけのパエリアにまみれて黄土色に染まる時間も与えない。

 杖を得るテサが、それまでのマチェットをレインに斧投げすると、袋小路から東面へ飛び上がって旋回していく。

「ちょこまかとネズミのように逃げおおせて」

 壁走り、また渡り、鐘楼の避雷針に立つテサに金狼が吠えていく。

「聞こえていますよ。せめて可愛いリスとでも例えていただきたいですね」

「どちらも鷹に食われる運命だろう」

「そうですね。しかし、面持の問題がありますし。でも大きいばかりの狼さんが獲るには、どちらもつらい得物でしょう」

 杖のエメラルドがまばゆく光り、漂う蛍火が一つに集まると刃を作り出す。

「あまり燃費の良い技ではないのですが、得意を披露させていただきます」

 エメラルドを触媒に緑光の刀身を伸ばしたサペリ杖を確認で2度振る。

 振るたびにかまいたちがわずかに起って、植えられるりんごの木先をいくつか落としてしまった。

「やはり、出力ばかり強くて制御の難しいこと」

 そんなケチを漏らす。

 飛び上がってきた右後ろのレインに対し片手で大きく薙ぎ払ってから、改めて両手で薙刀構えを整える。

 薙刀化したサペリ杖の間合いを改めて計り直して飛び下がるレインのナックルダスターとて、軽口されるたびに帯びていく魔熱が限界近い。

「火傷の痕が痒いままならどうしてくれようか」

「ずいぶんと余裕のおありな。しかし、大丈夫ですよ。その手の痒い思いを二度とさせないほど、私も手加減できなくなりましたから」


「ミツバ殿!? キシリル様も!!」

 やっとの渡河を経てスピオーネルの城下にたどり着いたカルメンとマテが、生死の曖昧な群衆を割って掻いていく。

「マテさん、カルメンさん!?」

 特にカルメンの様子を見たみつばは驚く。

 ずぶ濡れに木の葉まみれに泥まみれになんだったら打撲まみれのカルメンに対して、全く無傷のマテの旅姿だ。

「こいつがいくらでもアホやってくれて、近道は出来たけどかなりやばかった」

「か、かなりって?」

「旧道に棲むゴブリン集落にわざわざ割って入りやがった」

「あー」

 逃げるのに山沢に飛び込んで濡れるはめになったのだろうと容易に想像がついたのだった。

「それで、何が起こっているんです?」

「あー、……まー」

 みつばが説明に困るなら、キシリルだって困るような、複雑怪奇の人魔の問わない邪悪の数々――。

「ひとまず食べます?」

 ゾンビ化した宿屋が出す屋台でみつばが買った、米の巻物をぷらぷら指して持った。

「なんですかこれ」

 独特の臭気にカルメンがドン引くが、一方でジト睨マテが空腹任せにひょいひょい食べている。

「私のいた日本で近いところだとー、……納豆巻き?」

 土地のムング豆を発酵させるひきわり納豆を、りんご酢でしめるインディカ米と一緒に漬物の高菜で巻いた、スピオーネルの弁当料理だった。

「まあ、忘れられないすごい味だから、ね?」

「嫌ですよ」

――以前より健康に見えるミツバだが、漆黒瞳に宿す無は、この料理で一段と深まっている気がする。

「ところで騎士カルメン、両者の戦いぶりをいかがみる」

 咳払いしたキシリルが指差す遠くで、月影に飛びまくるレインとテサの追い込み死闘が繰り広げられている。

「レイン妃がだいぶおされていますね」

「そうだな」

 カルメンの評価を、マテが追認する。

「駄犬は駄犬でもやっぱり宮廷育ちだ。整う運動場ばかりではしゃいでいればそうなるだろう」

 マテの詳細な分析を得てから、カルメンは訊ねる。

「しかし相手は誰ですか。レイン妃は場数の優劣もそれ以上の圧倒的な力でだいたいねじ伏せられるのに、あそこまで消耗させられるのは珍しいですよ」

「テサ・スピオーネルだ」

 キシリルの即答に、カルメンが石化した。

 かろうじて免れる僅かな声色で、もう一度確かめるも、

「テサ・スピオーネルだ」

「……スピオーネル領主の?」

「そう、そのテサ・スピオーネルだ」

「に、雇われた凄腕の魔導師ですよね?」

「本人だ、しつこく聞くな」

 完全に固まったカルメンは美神の石像となって、今後ともスピオーネルを見守ることだろう。


 群衆がテサに望みを託して、一同に歌い続ける。


死に征く我らが守るもの

子に知恵に古に今に

博愛に満ち足りるこの歩みに

次代の風の起るただ望みぞ


 懐のうちから2馬身まで届うるテサの自在な間合いだ。

 なかばヤケクソのレインが最大級の雷を落としていくも、そのほとんどが鐘楼の避雷針に吸い込まれていく。

 テサは、ただ薙刀と変じるサペリ杖の煌々エメラルドの向きを、レイン以外からまったくずらすことはない。


ただ墜ちゆくスピオーネルに

もう一度 今一度の

最後の栄光を

理を狂う我らがこそ

神を屠りてなお成さん


 スピオーネルの斜面に、這いずるような石造りに、東風が散っていく。

 路地や空洞の複雑を経、様々な匂いをテサの背に当たる。

――これが、皆が生き、死に、礎を得てまた生きる。

 スピオーネルの今を薫る匂いの数々にいくらかの鼻曲げがあろうとも、死臭など帯びていない。

 テサは肩で深呼吸を2度して、ただ眼前に広がるこの現実に確かを覚える。

 テサの銀瞳が、もはや狼と変貌するレインの、一切の微細を見逃さない。

 山焼け気味の肌の産毛とて、場の一切の微細を不感することはありえない。


 金狼は、ただの娘に戻ってしまった。

 それまでの剛烈な殺意がぱたりと切れる。

「降参だ、テサ・スピオーネル!!」

 瓦葺きの2階壁に背をつけ、腕の白肌を代わりにしてひらひら旗を揚げてしまう。

「そうですか。では、降参を認めましょう!」

 テサは煌々エメラルドから生える魔法の刀身を解く、レインのいる屋根へと渡っていく。

「お前の本気は確かにわかった。それは認めよう」

「……良かったです」

 脱力レインの解けた金髪が、東風に吹かれてテサの身をくすぐっていく。

 もう薄らと東陽の覗く。

 棚に生える陸稲苗は2人の戦闘でところどころ削られて、畑毎やり直しが必要だ。

「強いな、テサ・スピオーネル」

 野蛮に裂くノースリーブとスリットスカートの絹ローブは、豆醤の塩辛い香りで染まってしまった。

 そんなボロボロのレインに対し、テサ・スピオーネルは傅く。

「いえ。レイン妃が躊躇って手加減いただけなければ私は負けていました」

 レインも皇妃として、この臣下に姿勢を正す。

「あなたがエスカルドの魔女のようなただの探求おばけでなく、人だとわかってよかった。本当に、本当に良かった」

 テサの感涙が、朝陽の露と同じく輝く。

――レイン妃の御心をもって、このスピオーネルに再びの栄光が――

 しかしレインにはあまりにも心外だった。

 特に手加減については、まったくしていなかった。

「本気をもって、お前を殺すためにやって翻弄されていたわけだが??」

 破戒が原則のレインにあっても、この場の空気を読む配慮は出来た。

 しかしテサには、その駄犬程度の配慮ではとても足りていない。

「え?え?」

「まあ、そういうことであるのなら。まあ良し。しかし無自覚が過ぎるのはかえって罪だ。猛省せよ」

――辛勝のはずが、何か私の楽勝だったと思われている?

 テサに伝う脂汗などレインは無視して通告する。

「あとな、決闘の如何に関わらず国家反逆の咎で斬首するつもりだったが」

「え?」

「もったいないから私の勅命で首は繋げておいてやる。それ以外の処分はしばし待て」

「え?」

「スピオーネルに起こった0の繰り返しについては、私の思想として、一考の余地があると考える」

「えと、あの、そのー」

 マテとカルメンが駆けつけて代わりのローブを着せられると、レインは皇妃として一旦を締めた。

「それ以上の心を欲するな。このほどはもう、お前の処遇だけで済まされる話ではない」

「は、ははー」


 レイン達を乗せる、元は白で、なぜか黒インクのまぶされた馬車の中身が、「ミツバミツバ」と叫んで暴れている。

 全く気にしないキシリルがゾンビ御者に命じると、城より高い、皇室専用の浴場に登っていく。

「あの皆さん、私、何かしちゃいましたか??」

 遺されるテサへ具体的に答えられる人はなし。

 いっぱいいるゾンビにもなし。

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