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029『蒼き10月の追跡』

 カルチス村から先の流れ橋が、上流の雨と無茶な馬車往来ですっかり全壊している。

「火急である。総出でこしらえよ」

「御意!」

 皇帝オーラットとしてのカインによる冷酷演技で、小舟や薪割り前の雑多な丸太など即座にかき集められた。

 街道沿いから駆けつける増援を加える帝国兵や領郷士、村人による架橋作業が進められていく。

「カルメン・ザルア、入ります!」

 村の酒場に張られる急ごしらえの天幕を聞きつけて、村の外れまで一通りを訪ね歩いていたカルメンが入った。

――レインの直進突撃に引きずられていたわりには、多少の擦り傷で済んでいる。

 そう、可憐の女騎士の意外な頑丈ぶりをカインが内心評価するも、カルメンには謎だった。

「それでカルメン。レイン妃は今頃スピオーネル城で血祭りやってるんだな」

「なぜワクワクな息巻きで尋ねる、マテ・ユリス」

 マテの研ぎ澄まされる野良猫顔にも、カルメンは謎だった。

 天幕の後ろ、酒場の玄関口から、壮年ゼレガの大柄が戦斧を担いで入ってきた。

「ハルボーマブゼのゾンビどもが徒党を組んだってんで、商人の泣きつきでヒノグレー神殿の呪祓いが出張ったようだがな……」

 ゼレガの野性漢の残る老顔は、静かに狼狽している。

「出張ったようだが?」

 カインが促すと、ゼレガがしょうがないとありのままを堰切った。

「人の人夫と一緒に現場のあちこちで焚き火を囲うばかりで、やってることが人間の模倣とも言い難いんだとよ」

「数は?」

「ざっと1万、人間を含めれば4万」

「それ、呪祓いの仕事か?」

「だから神官長が俺に泣きついてきてんだよ。お門違いだから帝国軍にやらせるようアルカドラク王配としての俺から圧力かけろって」

 カインは深く深くため息をつく。

 後の早馬でやっと追いついたハルボー宮の騎士の伝令を受け取ると、そのため息はもっと怒りに満ちた。

「ハルボーマブゼ総督がオーラ帝国へ逃げ込みやがった」

「おいおい、ずいぶんなあからさまじゃねえか」

 怒りのままカインは先を残りに任せるとゼレガと天幕を出、護衛の騎士達とともにハルボーマブゼへ早馬で戻っていく。

 残されるカルメンとマテが互いを見合い、確認する。

 流出した橋の先、スピオーネル領で起こっているであろう血河屍山を思い起こし、レインの狂犬ぶりとミツバの哀れを勝手な想像で盛っていく。


 廊下の端で、監督ゾンビや文官ゾンビに聖王教団司祭に混ざる労働者キシリルが、灰皿スタンド代わりの陶磁の壺を囲って屯ろしていた。

「ミツバ……?」

 キシリルの隈がどんどん薄まっていく。

「にんゲん、に、モドラれ、て、おります? エリアまねええええじゃああ」

 フォルタの観察メモをまとめて、みつばが短く説明する。

「どうもこれ、特定条件で発病する感染症が原因で、栄養状態を良くすれば根気よく回復するみたいです」

 そのメモをキシリルや監督ゾンビ達に見せると、生きるも腐るも問わずに憎悪の目になった。

 メモ内容から脳裏で国家安全保障と結びつけてしまったキシリルが、古えに語られる『栄虐のフォルタ』の歌を唱える。

「栄虐のフォルタが仕える者ぞ、屍山に栄華の御旗と滅び……」

 みつばには何のことかわからないが、より険しくなるキシリルの眉間からして、重大だ。

 メモをその場の他に渡して回覧させる。

 タバコを覚えたばかりの司祭が、加わろうとしたデカデンティアの女神官に「ちょっと」と耳打ちすると、互いに深い相談になる。

 そうして、正気に戻ったのか狂気以上の悪に触れた故の正義感からか、「所属に戻って報告する」と、吸いかけを壺に投げ込んだ。

 監督ゾンビは狼狽するばかり。

「わ、れ、わ、れ、な、お、? しかし、われ、ら、ニンゲン、も、える、フも、なぜ、生きる、まま、われ、らの、よう。に??」

「なんで一同に会社ごっこしているのかは科学的に説明つきようがないですけど、でもこのままじゃ擦り潰されるばかりなのが現実です」

「うううううううう」

 瞳が怨嗟に閃光し、自我を失いかけるような監督ゾンビの悲痛の呻きに、キシリルが肩を叩く。

「難しいことを今考えても惑うばかりだ。それよりも、これ以上の被害を出さぬために、走らなければ」

「みなに、づだええええっるううう」

 木剣を手にすると、のたのたと監督ゾンビが走っていく。

「それよりミツバ、生きていてよかった」

「いえ、一度死んじゃってるのは確かなんですが……」

 キシリルがよーくその姿を観察する。

 みつばの、長い睫毛に漆黒瞳のぱちくりの、ややまる気味の頬や顎のラインに視線を走らせる。

「え、えーと」

 セクハラと勘違いするようなキシリルの目の末、観察結果が発される。

「うむ。あの深い隈が消えているし、なにより肌の艶が赤子のようだ。それに体も軽そうにみえる」

「なんで温泉よりゾンビ化のほうが効能あるんでしょうかね」

 羨ましがるキシリルの「では私もゾンビになるか」との狂気のぼやきを、みつばは聞き逃さなかった。

「冗談に決まっているだろう」

「そうであってください」


 自治会議におけるなかなか進まない議題の数々に、アルカドラク貴族出の青年商人が悪態をつく。

「アルヘルムさん、ちょっとは配慮を考えてください」

 黒髪の中年商人に咎められると、侮辱をさらに棘つかせる。

「配慮って? ウォン・チェーク、お前はさ。確かに見かけはおつむの良い連中だがそれでもさ、ゾンビにそんな、配慮の必要な気持ちがあると本当に思うのか? これだから無学の東蛮出は」

 青年は自分の金髪を指でとんとん叩きながら煙管を叩き、文句なくすぐ掃除される石床に灰を落としてしまう。

「ないとは言い切れないでしょう。動く屍とて、元は私達と同じ人間だった。なら相応の扱いや礼儀があって然るべきものです」

「だからあんた、せっかく実力あるのに、いつまでもうだつがあがらねえんだよ」

 中年の沈黙を、青年は論破したと受け取った。

「商売人てのは上に対しても非情で張ったるからこそ、よくよじ登れるんだ。何か罰があるにしても、そいつを誰かにきせてなんぼの世界よ」

「しかしですな。レトル商人にまで押しつける行為には」

「死んでもまだ使えるって話だろう。結局は上の求められる意図に沿うしかないデクってわけだ。無意味な郷土愛を騙るゾンビも、そんなゾンビに何か期待する墜落者どもも」

 アルヘルムが笑うばかりでも、自治会議に参加の議員ゾンビとて馬鹿ではなかった。

 しかし、水準を保つための現状維持。

 この限界を、死者身分が超えることを、彼らは躊躇った。

「ちーじ、ちーじ」

 蒼華勇者と同じ日に死ぬる老騎士のゾンビが、元のガラ声をことさら震わせて挙手している。

「これでは、すピおおおおおネるが、吸われゆくぅ~」

「守れぬ。守れぬ。生きる者を、守れぬぅ~」

 いつの間にかゾンビになっていたエルフの長老や、呆ける残りで生きながら腐れていた木こりの老親分だって、可決しながら異議を唱えている。

「私、わ、任され、る、スピおおおおおネルの、未来を、ともに、発展を、考え、た、のに、のに、のに、のに」

 スピオーネル知事を任ぜられる、ゾンビ化したオーラ人の密輸商人レトル・トンドとて、死してすら大棚に逆らえない無念に囚われた。

「やっと、根無しが、根を、張れる、地、郷、すピおおおおおネル、すぴおおおおおねるうううううう」

 もはや怨嗟の闇を帯びて、リッチに変質する寸前だった。

「もは、や死する、ばか、り、俺は、まことに、情、て、」

 議員のゾンビ達も染まっていく。

「死と、とも、に、里も、昔も、思い、出、も、想いも、夢も、我ら、死は、死が、死を、死へ、本当の死は、嫌だ」

「たすけて、われら、ただ、いきたい、ちがう、いかしたい、きりすて、だめ、ねむりたい、ゆめのなかで、ただ、ゆめのさきで、ねむりたく、だ、け」


 外から閂される会議室前の廊下で、みつばとキシリルが恐ろしい形相だ。

「な、き、貴様、ミツバとかいうゾンビの女王だな。なんで人間に戻って」

「呪い殺されたくなければ出てって」

 みつばの瞳宿す無を感じ取り、貴公子めいた金髪の美青年がとっとと逃げた。

 もう一方の黒髪の地味な中年男の猫背の首根っこを、背高いキシリルが捕まえる。

「ウォンと言ったな、貴様はまだ罪悪感があるようだし残るんだ。でなければ、帝国国是法の定めるところで斬首だ」

「は、はいぃぃいいいい」

 そうして閂が外される。

「すみません。自治会議の会議室って、ここで合ってますか?」

 開く扉からみつばが頭をヒョイと出し、「さっさと入れ」とキシリルが突くので遠慮がちに入った。

「エリアマネエエエジャアア」

「えりあ、まねぇええじゃあああああ」

「ミツバ、さまぁあああああ」

 さすがのキシリルはドン引きだ。

 しかし、みつばはこのゾンビ達を、売り場で困っている老客程度だと、手慣れに受け止めた。

「心配するぐらいなら、その躊躇いが本当に禁忌なのか、まずその禁忌に当たる立場が今か、ちょっとは考えてください」

 しかしみつばはすっかり呆れて、情けないお年寄り達のいちいちを見渡していく。

「し、か、し」

「われらは、いま、の、まねええええじゃあああ、と、ちが、う」

「俺た、ち、もう死んだ。ミツバさ、ま、また生きている」

 その一番の躊躇いを、みつばはやや強引に説き伏せた。

「おそらく同じ感染症が原因でゾンビ化してるのだから、もうそうなっているあなた達は生き返りますよ。すでに軽症から健康体に戻っているゾンビがキャンプで数十名確認されています」

「ほぉおおおんと???」

「確実、だと、言い切るには私からはつらいですけどね。でも、チャンスはあるってことで」

 激しい咳払いで、キシリルはひとまず場の傾注を得た。

「とにかく時間がないので、ここで市民キシリル・エスティファールとして議題を出させてもらう。……ミツバ・ミタライの自治会議参加に、反対の議員は?」

「ない」「なぁああい」「ナい」「ありまぁあああせぬ」

「かけぇええつー」

 槌がカーンと鳴り響く。

「では、議員ミツバ・ミタライとして議題を出します。本事態の責任を問う形でレトル・トンドを不信任とし、この私の新知事就任とし、議会を解散。異議のある議員は?」

「ない」「なぁああい」「ナい」「ありまぁあああせぬ」

「レトルさん、決を採って」

 さすがに議会が形骸化するのを恐れるのか、レトルはためらった。

「し、かぁああああし」

 そうやって可決を言わないレトルの躊躇を、羊皮紙たった1枚の議会法典に呆れ果てたキシリルが追い立てる。

「幸いこの議会、運営の法などあったものでなく、その正当性を問うのは議員投票の全会一致だけという、腐れたお上には大変ご都合のよろしい代物だ」

 みつばが優しく、レトルに限らず議員に真実を伝える。

「つまり形だけ整ってれば何だっていいってことです。本当だったらみなさんが苦しむような重たい役目じゃない」

「しかしなんて手抜きの法律ばかりなんだ。貴様ら、これは死からの越権より重い罪だぞ」

 慈愛のみつばと怒るキシリルのそれぞれの言葉に、レトルや議員たちの闇が消えていく。

「でぁああ、議員ミツバの、議題にぃ、けぇえええつを」

 レトルの決が会議室に響く。

「異論なぁあああし」「賛成」「ナい」「さんんせええええい」

 そうしてゾンビ議員は、いつものように可決していく。

「でぁああ、新知事ミツバを、信任んんん~議会、かいさぁあああん」

 カーン、カーン、カーン、カーン。

 そうして、異世界初であろう民主的ゾンビ自治会議は、めちゃくちゃに役目を閉じた。


 感涙する老人ゾンビとみつばで湧く会議室を先に抜けたキシリルが、中年商人により詰めて白状させる。

「黄金連合から、スピオーネルの管理を命じられました」

「黄金連合? 初めて聞くが、オーラ帝国の工作機関か」

――言いかけて口の硬いのが、なお災いだ。

「ちがいます! 我々はあくまで、聖王教団に保護される商人の集まりにございます!!」

 気迫の圧殺寸前で、中年商人は叫んだ。

「私とて、本来は東方リッサを彷徨うばかりの行商人であります。そんな大それる首謀にはございません!!」

「リッサの開拓民出か。ラングバルクの臣民であるなら、それ相応の罰を受けてもらうぞ」

 重責が一気に弾かれた中年商人は、「罰、罰、ですか。はは、そうでないと」と、虚ろにぼやくばかりだった。

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