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028『木こり歌』

 フォルタ・エスカルドが記す。

 対象は御手洗みつば、1995年4月11日生、女、血液型AB-。

 取得日、地球西暦2024年5月1日3時43分。

 取得座標、北緯35度14分XX、東経136度59分XX。

 蒼華の勇者として望堕220年5月1日召喚。

 ただしフィーリア神がエルダ先輩のめちゃくちゃで人間不信になり家出した今、どの神が召喚したのかは不明。


 観察記録

 望堕220年9月15日、ゾンビ化寄生蜂の汚染にある果実加工品――りんごのブランデーの摂取を確認。


 16日、皇室専用浴場の露天風呂から足を滑らせて崖下へ、頚椎骨折による即死。

 フィーリア神殿のヒステリー女がその場で治療し骨折全快するも既に心肺停止30分経過を備考。


 18日、弔い。

 ラングバルク皇妃が墓からなかなか離れないため、メモ追加あるまでは遠目での観察に留める。


「レイン……」

 神妙な顔をしたみつばだったが、レジュメの次頁を捲ると、そんなしんみりもいきなりぶっ飛ばされた。


 20日、ラングバルク皇妃がやっと剥がれたため、墓守を幻惑し掘り起こす。

 ゾンビ化の進度としては6割と言ったところ、意識混濁も自身の氏名や役職と死ぬ直前の記憶を問答できるので問題なし、全治3カ月と診断する。

 この治りの速さは、さすがに神の加護による『チート』か?

 アメリカのダラスに招致されるほどの工学秀才とのことで、ひとまず地球の知識を一通り吸い取ったら、記憶消してどこか東蛮の地の自活できそうな村に放り投げる予定。

 でも生前から中古スライムみたいだし、回復してもそのままなら生きられるかは知らない。

 可愛い顔だし嫌味なぐらい容姿も男好きなものだし、齢を自己申告できなくすれば、どこか妾に使ってくれることだろう。


「あの女ぶっ飛ばす」

 健康な人間と同じまでに血の気が戻る。

 怒りふつふつのみつばが次の頁を捲ると、今度は自身がひどかった。


 21日、対象が墓守を襲う。

 ただし襲い方が極めて特殊であり、ゾンビ本能というより自分と同じムジナに引き込もうとする人間の闇のそれ。

 ゾンビ化する墓守を従えて、そこらへんのゾンビ達もどんどん自分のムジナに引き込んで、墓場に連れてきては、おそらく社員教育を施している。

 この社畜に狂う何か――私は略してSQNと呼称する。の襲い方は極めて特殊で、襲われたうちの聖王教司祭の最後の言葉の評するところ「リッチだ」とのこと。

 ただしこのポンコツ司祭は生け捕りにされ、同じく生け捕られるスピオーネル民とともに社員教育が施され、いわば洗脳されていく。


 23日、戦士墓地でゾンビと生け捕り領民および聖王教団兵・司祭の総勢300体が創業式を執り行う。

 連行されてきたテサ・スピオーネルの大困惑の中、一同は『株式会社ハクアイスーパー尾張』の、なんでこれが社会的に認められたのか恐ろしくなる社歌合唱を拾う。

 コーラス部分の『この尾張から日本を征す。世界を覇して博愛の道』、壮大にしてそれまでの歌詞が……頭が痛い。

 以後、彼らをゾンビとは呼ばずSQNの呼称を属名として確定させる。ゾンビと呼ぶにはゾンビにあまりに失礼。


 24日、リーン先輩が嗅ぎつけた。

 なんでも都の流行り薬キンタンのゾンビ化副作用を見つけてトゥーレ商会を強請っていたが、対象ケースの異常伝播を観察した後、

 「だったらいっそゾンゾンゾンビなSQNの商会を創って、人夫の派遣と事業のアドバイスで大儲けしませんか~? これってゾンビをSQNとして制御できるってことですし~」とのこと。

 トゥーレより資金の目処も立つため、当座の細い私は乗るしかない。

 ひとまずの問題はSQNどもの食糧確保。これが欠けると元のゾンビに戻る。

 せっかく健康な人間へ治る道筋が出来るので、ここは気合を入れよう。

 ハルボーマブゼ商人同盟に掛け合ってみる。

 途中の追伸として交渉順調。早くもハルボーマブゼ総督が出、テサ・スピオーネルの会長職への退きとSQNによる民主的な自治会議の創設を条件に快諾。

 可決しか発さないSQNを議員に据えようって魂胆が丸見え。

 ハルボーマブゼおよびドラガゲントの商人同盟とトゥーレ商会代表との調整密談の議事は別紙にて。


 10月1日、ハルボーマブゼ総督ブルックス・バルスタ名でSQNを文明ゾンビとして新種族に指定。

 即日発布以降のSQN迫害行為を禁止。

 同日、ラングバルク大銀貨1600枚の黒字をスピオーネル辺境伯領収益として計上。

 会長テサ・スピオーネル、卒倒。

 ついでにSQN化を行おうとするも、こいつら無駄に倫理観があり妨害激しいので断念。


 10月7日、アルカドラク王都ドラガゲント冒険者ギルドより警告を受けるも、不当措置・外交問題をチラつかせ、ギルド内措置に留めさせる。

 同日、ハルボーマブゼ、北リバルゲンタ、ドラガゲントに支店設立。リーン先輩の提案で赤字額での小口受注を一手に引き入れ、ドラガゲント冒険者ギルドへの攻撃を敢行す。

 10月9日、アルカドラク商人連合より、秘密としてハルボーマブゼ同盟へ取り次ぐよう依頼が届く。

 アルカドラク金貨4000枚および備蓄穀物3割をラングバルク大銀貨2000枚で購入する条件で引き受ける。

 10月13日、リーン先輩より「ラングバルク中央が怪しんで使者を送り続けるものだから、転移陣の帝都に向かう側を細工してオーラ帝国へぶっ飛ばしました~」とのこと。

 先輩にしては珍しく気が利いて助かるが、せびってくる額が大銀貨1万枚。

 正直、テサ・スピオーネルの年貢の細工行為をやめさせれば済む話だが、曰く「それだとトゥーレのスケベ伯爵に責任を被せられませーん。穴は意図的にあけないと誘導できませーん」とのこ――。


 恐ろしすぎるレジュメの束を破りかけるところを止め、どうにか気を落ち着かせるみつばの顔は、ゾンビではなく般若だった。

「これ、倒すべき悪だ」

 とんちき召喚から約半年。蒼華の勇者ミタライミツバは、やっと倒すべき邪悪を見出した。

 健康を取り戻す体。薄そばかすに宿す漆黒瞳に、変わらず無の漂う。

 しかしその無に虚ろはない。


 執事ベリオールの報告により、テサ・スピオーネルは顔面蒼白で崩れ落ち、真っ白の灰になったのだった。

「あーお爺様、申し訳、申し訳、ございませぬ~」

「ちょっとあんた、こんな状態の会長に姫様へ謝罪させる気?」

 低トーンでも鋭い声色のフォルタが、トネリコ杖をとんとん鳴らしてベリオールを止める。

「今のスピオーネル領はレトル・トンドが知事でしょ。この飾りが何を謝罪しても組織としてどうなのさ」

「しかあああし、レインさ、まあは、テサかいちょーさま、にこそと、会見をおもとめめめめにぃ~」

「そういう問題じゃないの。この場合は責任者じゃないと話がまとまらないの」

 フォルタが憤るも、ベリオールは一歩も引かない。

「ふォルた社長さ、ま、しかし、レトルが出、た、ところで、なあなあ、できま、せんぞ」

「それは、……そうだけどさー」

 フォルタの戸惑いに、ベリオールが畳み掛けた。

「わた、くしは、信じており、ます。テサお嬢様は、かいちょーさま、にして、かつて、でも、だい々の、ご領主の、なか、聡明、お方でするぅ~」

「うーん」

 そうしてフォルタは折れて、貴賓の応接間を用意させたのだった。


 野犬のまま会見するわけには行かないと、ゾンビと人間のメイド達が泥だらけレインを浴場で丹念に洗い、着心地良さそうな絹のローブを用意する。

「色が好きじゃない」

 レインは白が大嫌いだ。金糸の刺繍を施すこのデザインはカテルジナを思い出し、幼少のあの一言が今でも脳裏に刺さってしまう。

 しかしこの健気に働き、明らかに気遣って用意するゾンビ達をこれ以上無下にするのも心苦しく、暴れるのはやめにした。

 ひとまずテサが首謀かそれ以外かにより、この手でその首を飛ばすかカインに任せるかは決めなければならない。

「ばーしゃ、ばーしゃ」

 特にぐずぐずの御者が白馬の2頭立てを用意したせいで、レインの憎悪は無駄に増す。

 行き届きすぎているほどピカピカな古い白馬車も、余計にボルテージを加算する要素だ。

「もーしわけ、ございませぬーーー。我々、行き届きません、こと、本当にほんとーーーーに、お詫びのしようが」

「あーあー、良い良い。これは個人の好き嫌いだ。貴様らのせいではない」

 45度の一礼集団に搭乗のレインは窓越しにひらひらと手を振ると、ひとまずテサをぶっ飛ばすと心に誓った。

 ラシャ張りの薄起毛は意外と乗り心地よく、スイッチバックの折りが何度も必要な急勾配な城下道でも、酔うことはない。

 一度は閉めたカーテンをさっと開けると、馬車は左に180度回ってリバルゲンタ湾を一望できる東面に移る。

 3000m級の台地により西日が影になってしまう、暗がりめいた山林と赤い海。

 真下の路端に目をやると、子供ははしゃいでボール遊びに興じ、一方で見守る老婆はゾンビ化しつつも、生前の腕のまま羊毛の糸繰りに忙しい。

 馬車にすれ違う、隊伍を組むゾンビと人間の男達。

 その装いに聖王教団の冠意匠まで混ざって、ざっざっざっと一歩の乱れないその姿は、まさしく一心だ。

 男達は互いに鼓舞し、生前よりも生きがいと高揚を得て歩みを止めない。

 彼らは揃えてよく歌う。


誉れの斧こそ 死に至らす

欠けるその時へ注するべし

若人 古き木こりに教えを乞うて

録されぬ知を代々遺せ


植える若きに 力は未だなく

我らが親の代わりと忘るるな

若人 古き木こりに教えを乞うて

録されぬ知を代々遺せ


 彼らが通り過ぎても別の一団が、別の歌を揃えて歌っていく。

 その歌に、レインは琥珀瞳を見開くほどだ。


死に征く我らが守るもの

子に知恵に古に今に

博愛に満ち足りるこの歩みに

次代の風の起るただ望みぞ


ただ墜ちゆくスピオーネルに

もう一度 今一度の

最後の栄光を

理を狂う我らがこそ

神を屠りてなお成さん


――過ぎていくゾンビも、人間の領民も、変わらない眼差し。

「本当に、死んでいるのか?」

 琥珀瞳に移る数々は、0の繰り返しなどと断じられない。


 スピオーネル城の貴賓ベランダに吹く東風。

 緑髪の三つ編みをなびかせて、魔女リーン・エスカルドが城下の急勾配を見つめている。

「とうとうラスボスさんが乗り込んじゃってー、宴はそろそろお開きですかね~」

 大きすぎる魔女帽子のひさしをよく整える。

 魔の大家フォーロの血も入るこのエスカルド魔女の緑瞳に、本気の赤も差す。

「さて、フォルタちゃんには悪いんだけど、ここでちょっと焼かれてもらいましょー。私は私で、ハルボーマブゼの始末がありますし~」

 そうして扉を開けることもなく、『永起のリーン』は消えたのだった。


「みつばさんの決し、テサさんとてその腹を括るこの大団円。さてはて、どんな最後がスピオーネルに下されるのやら」

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